第六話:俺に出来る事
何回空を飛んだだろう……。
体中が痛い。
俺はベッドに横になり体を休めていた。
「おう、ずいぶん派手にやられてたな」
同室の奴隷仲間のモリスが声を掛けてきた。
俺の与えられた部屋は十人部屋で、今は俺とモリスの他に三名の奴隷が一緒に暮らしている。
と言っても、話しかけてくるのはモリスぐらいなんだが……。
今の俺は完全に孤立している。フェリス様から特別扱いされている事で、あまりいい感情を持たれていないようだ。また日々のスケジュールも別行動なので、コミュニケーションをとる機会も殆ど無い。
まあ、その辺りは焦らず行こうと思う。もう少ししたら、他の連中と合流する事になるのだ。
言葉より行動で示した方が、俺という人間を理解してもらいやすいだろう。
「全身が痛い。痛すぎて何処が痛いのかが解らない……」
俺は泣きそうな声を出した。エリーゼ様はかなり手を抜いていたようだが、戦闘経験の無い俺にはあまり意味の無い気遣いだ。むしろ一撃で意識を刈り取ってくれる方が優しさという物だろう。
まあ、それじゃあ訓練にならないんだが……。
「ははは、気の毒にな。まあ、ゆっくり寝とけや。明日も早いんだからな」
そう言うとモリスは自分のベッドに潜り込んだ。
すると、アッと言う間に寝息が聞こえてくる。
俺はその寝息を聞きながら目を瞑り、考え込む。
エリーゼ様にボコボコにやられたのは、意図的なところもあった。
更なる特別扱いで増えるであろう敵を少しでも減らすため、同情を集めたかったのだ。
ある程度は効果があったと思う。
見物人の多くは笑いながらも同情的な視線で俺を見ていてくれた。
だが、考えなければならないのは、明日以降どうするかだ。
今日の訓練で、俺には剣の才能がない事が痛いほど理解できた。
もしかしたら異世界チートで……、等と都合の良い事も考えていたのだが、残念ながらそんな物は無かった。
もちろん、毎日鍛錬をしていればそれなりに向上するだろうが、大したレベルにはならないような気がする。
今日は良い、明日もまだ大丈夫だろう。
だが、このまま時間が経てば俺に対するフェリス様の興味が薄れていく可能性が高くなる。
それだけは避けなければならない。
彼女が何故俺を買ったのか……。
今では、ある程度予想が付く。
゛変わった奴隷゛に興味を持ったからだろう。
俺は異世界の人間だ。だから普通にしていても、他の人と比べると違和感のようなものがあるだろう。
普通の人間には解らないかもしれないが、彼女は心が読めているんじゃないかと思えるほど勘が鋭い。
その勘で俺の違和感に興味を持ったのだろう。
彼女は事あるごとに俺の反応を確かめる。
観察しているのだ、俺を。
そして俺が彼女の予想を超える、楽しませる反応をすれば満足するのだ。
伯爵令嬢で強大な魔法使い。何不自由ない生活に彼女は退屈しているのだろう。
飽きられる訳にはいかない。今彼女の庇護を失えば、孤立した俺がどうなるか目に見えている……。
自分の居場所を確立するまでは、彼女の興味を失うわけにはいかないのだ。
どうしようか?
俺は考える。今から努力した所で強くなれるわけが無い。
ならばどうするか?
答えは決まっている。まともな方法がダメなら、そうでない方法を取るしかないのだ。
とは言ってもなぁ……。
ただ興味を引くだけではダメだ。俺は奴隷兵士としてここにいるのだから。
興味を引くと同時に、戦場で生き残る方法も考えなければならない。
争いのない日本で生きていた俺が、冷静に戦場で生きる術を考えられる事を不思議に思うが、恐らく奴隷市場での劣悪な環境から脱出出来た事と、未だ現実感が無い事が理由ではないだろうか。
実際に戦いに出された時、俺は戦えるのかと不安に思う気持ちはあるが、それを考えるのは今は止めよう。
考えた所で意味が無い。他に選択肢は無いのだから……。
「あー、くそっ。どうすりゃいいんだ」
俺は思わず声に出しまい、焦って周りを見る。
周囲には他の奴隷が寝ているのだ。
幸い誰も起きなかったようだが、あまり騒ぐのは良くないだろう。
俺は冷静になる為にも、一度思考をリセットし、自分に出来る事は何かを考える。
そして自分が何をしなければならないのかを考える。
戦いなどした事が無い俺に出来る事は、空想や妄想の中から自分で出来そうな事を探すだけだ。
異世界転移物のラノベとかを思い浮かべながら、何か使えそうな手は無いかと考える。
そしてふと思いついた。
そうだ、なにも出来ない事を無理にする必要はないのか。
思いつきだが、試す価値はあるだろう。
さっそく明日の訓練で試してみよう……。