第六十八話:爺さんの頼み
俺は職員室に入ると、ゼペットの爺さんの机の前に立ち爺さんを睨み付ける。
「な、なんじゃ。そんな怖い顔をせんでくれ。お前さんが怒るのもわかる。じゃが、わしも困っておったんじゃ」
「……あいつ等に必要なのは教師じゃねぇ。医者だ。精神科医だ。とっとと入院させろ。冒険者なんぞになれる訳がない」
俺は低い声でそう言う。
「そう言わんでくれ。こちらにも事情があってそう言う訳にはいかんのじゃ」
「事情だと?」
「ああ。実は、この国は以前は王政じゃったんじゃが、最近共和制になってのぉ」
ああ、たしか内乱があったって話だったな。
「この学校は、国王が作った学校でな。王政時代は多額の資金が国から出ておったのじゃ。じゃが、共和制になってからその資金をかなり減らされてな……」
その話の流れでピンときた。
「……あの三人は金持ちの子か?」
「ああ、そうじゃ。三人の親から多額の援助金を貰っておってのぉ……。その代わりにあの三人の事を頼まれておるのじゃ」
「金持ちのガキがなんで冒険者になろうと……。そもそも親が何故それを許してるんだ?」
「あの三人が何故冒険者になろうとしてるかはわからんが、あの子達の親は皆子供の言いなりでな……」
成程。甘やかされまくっているという事か。
「じゃが、当然親たちは冒険者がいかに危険な仕事かは知っておる。じゃから、わしらに多額の援助金を払って、子供たちの事を託してきたのじゃ」
「……金目当てに出来もしない事を引き受けたと……」
「校長がな……。じゃが、この学校を維持する為にはやむを得ん事じゃったんじゃ」
確かに、経営者としては仕方ない判断かもしれないが……。
「アデリシアは問題無いだろう。嗜好には重大な欠陥があるが、冒険者としてやっていく実力は十分だ。だが、あとの二人は別だ」
俺の言葉に爺さんもわかっとるよと頷く。
そうか。冒険者として考えるなら、確かに問題児は二人だけだな。
あの時爺さんが何とかして欲しいのは二人と言った意味がよくわかった。
「あの二人に関しては、完全に心の問題だ。俺では無く医者をつれて来るべきだ」
「……医者にも匙を投げられてのぉ……」
もうすでに手配していたのか。
「無茶を言っとるのはわかっとる。じゃが医者も教師も役にたたんのじゃ。だが、お主のような突き抜けた者にならあるいはと……」
「突き抜けた者って……、爺さん持ち上げすぎだよ」
「わしはお主の戦いを見ておったんじゃぞ。あれ程の使い手をわしは今まで見た事がないわい」
うーん。シェルファニール様様だな。
「生半可な強さの者では、アデリシアに太刀打ち出来んしのぉ。前任者みたいに散々に襲われて逃げ出すのが落ちじゃ」
前任者が逃げた原因はやはりヤツか……。
だが、俺もシェルファニールの魔力による強化がなければ太刀打ち出来ない。学校にいる間は常にシェルファニールには剣の中に居てもらわないといけないようだ……。
『うーむ……、つまらんのぉ……』
ぼやくシェルファニールに俺はすまないなと謝る。
「お主には申し訳ないが、何とか助けて欲しい。無論ダメでもお主に責任を追及したりはせん。全責任はわしと校長が取る」
爺さんが俺に頭を下げて頼み込む。
ここまで言われたら断れないな……。
「解ったよ。何とかすると約束は出来ないが、思いつく限りの事はしてやるよ」
俺が仕方なく引き受けると爺さんは宜しく頼むと再度頭を下げた。
その後、爺さんとこれから住む部屋の事や、今後の事などの打ち合わせを終わらせると俺は職員室を出てグラウンドに向かう事にする。
あれから一時間といった所か……。
まあ、若いしまだまだ走れるだろう。ゆっくり戻るとしよう。
俺がそう考えていると、
『主様よ。前方右に注意せよ』
シェルファニールの警告と前方右側から人影が躍り出てくるのが同時だった。
俺は即座にその人影が持つナイフを避けると、相手の足を払う。
「きゃっ!」
可愛い悲鳴をだして、襲撃者が倒れる。
「なんの真似だ……」
俺は襲撃をしてきたアデリシアに冷ややかな目を向けて言う。
「酷いですぅ、先生。遅いから迎えに来ただけなんですのに……」
「迎えに来た人はナイフで襲い掛かったりはしない」
「それは、そのぉ……。報酬を頂こうかなぁと……」
「あの程度の働きで俺が満足する訳がないだろ? 俺の血はそんなに安くは無いぞ」
俺がそう言うと、アデリシアは不満そうな顔をする。
「ひ、酷いですぅ……。私、散々先生の為に尽くしたのに……。もう私では満足出来ないなんて……」
アデリシアは泣きまねをしながら大声で周囲に聞こえるように言う。
こ、この女……。
周囲の人間達が何事かとこちらを見るが、相手がアデリシアだと知るとすぐに事情を理解してスルーする。
「有名人は大変だな。皆お前の事をよく知ってるから騙されてくれないみたいだぞ」
俺の言葉にアデリシアは小さく舌打ちをしやがった。
「ふう。仕方ありませんわね。今回はこれで諦めますわ」
何事も無かったかのようにアデリシアが立ち上がる。
と突然ナイフを突き出して来るが、俺はその手首を掴んで止める。
「……隙がありませんわね……」
や、ヤバかった。今のはかなりヤバかった。
『主様よ。この女、暗殺者になった方が大成するのではないか?』
シェルファニールの言葉に俺も同意する。
「で、アデリシア。他の子達はどうしたんだ?」
「少しハイペース過ぎたのか、今はグラウンドに倒れこんで休憩中ですわ」
成程。ぶっ倒れるまで追い掛け回したのか。
「そうか。ならもうしばらく休憩させてやるか。その間、君には悪いが俺の相談に乗って欲しい」
「相談……、ですか?」
俺の言葉が余程意外だったのだろう。アデリシアが不思議そうな顔をする。
「ああ、なんせ俺は来たばかりで君たちの事を殆ど知らないからな。君たちを冒険者として育てるには君たち自身の事を知らないといけないと俺は思うんだ」
「私で良いのですか?」
「ああ。ハッキリ言えば君しかいない。君はすでに冒険者としてやっていくのに十分な力を持っているからな。君には申し訳ないが、俺が教育しなければならないのは残りの二人だけだ」
俺がそう言うと、アデリシアは最初驚いた顔をしたが、すぐに何時もの優雅な笑顔に戻った。
「ふふっ。面白い方ですわね、貴方。前任の屑とは大違いですわ」
優雅な顔で毒を吐くアデリシア。
「前任者を追い出したのはワザとか?」
「うふふ、あの屑は無能な癖に態度ばかりはデカいゴミでしたわ……」
肯定も否定もしないが、間違いなくワザとだな……。
「でもぉ……、貴方は少し違うみたいですわね……。私、貴方みたいな男の人……、好きですわよ……」
アデリシアが左手人差し指で俺の胸を突きグリグリと回してくる。
色っぽい眼差しで俺を見ているが……、その右手はナイフを持ちながらゆっくりと俺の死角に移動させている。
「なあ、アデリシア……。お前、暗殺者に転職しないか? お前なら世界が狙えると思うぞ」
ナイフ捌きから色仕掛けまで、この女は完璧に暗殺者向きだ。
「嫌ですわ先生ったら……。冗談が好きなんですね」
俺に気づかれていると気付きアデリシアは攻撃を諦めて俺から離れる。
冗談じゃないんだがなぁ……。
まあいい。まずはこれからの事を考えよう。
俺はそう思い、アデリシアを連れて教室へと向かった。




