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第六十七話:問題児達

「なあ、爺さん。本当に俺でいいのか? 言っとくが、俺は人に物を教えた事など一度も無いぞ」


「ああ、気にせんでええ。寧ろまともな教員だと逃げ出す可能性が高い。お前さんのように突き抜けた強さを持ったやつの方が上手くいくとワシは思っとるよ」


「爺……、引き受けたら歯に衣着せなくなったな。やっぱりかなりの問題児という事なんだな?」


 ゼペットの爺は知らんふりをしてこちらの質問をスルーする。


「……まあいい。もうここまで来たら今更とやかく言うまい。取り合えずそいつらに会ってから考えるさ」


 俺は腹を括る。

 今、俺達は船を降りた後馬車に乗り、ヴェール冒険者学校へと向かっていた。

 ゼペットの爺さんが提示してきた条件は結構いいもので、住む場所も学校側が提供してくれるし、給与も高額であった。もっとも、爺さん曰く俺ぐらいの腕ならもっと高額を望んでも良い位らしいが、まああまり欲張らないでもいいだろう。

 

「そろそろ見えてくるぞ」


 爺さんの言葉に、俺は馬車の窓から外を見る。

 すると、前方に赤レンガ作りの正門が見えてくる。奥には同じく赤レンガで作られた三階建ての建物が見える。左には広いグランドがあり、右には木造三階建ての建物が見える。


「正面が校舎で右が寮になっておる。お前さんにはあそこの寮に住んでもらうぞ」


 正門前で馬車を降り、俺達は爺さんに建物の説明を受けながら先に進んで行く。

 正面レンガ作りの建物が校舎となっており、俺達はそこの一階の職員室へとまずは向かうことになった。

 来客用の一室で待っていると、爺さんともう一人同じ歳くらいの老婆がやって来る。


「初めまして、校長のマゼンダです。ゼペットから話は聞きました。急な話ではありますが、ゼペットの推薦でもありますし、何より話を聞けば剣に魔法にとかなりの腕前との事。であれば、安心してあの子達の事を任せる事が出来ると言うもの。是非お願いしたいと思います」


 驚くほどあっさりと採用された。

 

「……俺の担当する生徒はどういった子達ですか?」


 俺の質問に校長は、直接会う方が早いと言いゼペットに後を任せて去っていく。

 

『明らかに逃げたのぉ……』


 アンタッチャブル感が半端ねぇ……。

 もうめんどくさい。直接会った方が色々早そうだ。


「爺さん、早速会わせてくれ。もう細かい話は後で聞くよ」


 爺さんが生徒を呼びに行くと言うので、俺はグラウンドに連れて来てくれと頼む。グラウンドで紹介してもらう方が腕前を見るのにも手間が省けていい。


 グラウンドで待っていると、三人の男女が校舎の方角から歩いてくるのが見えた。

 茶色い髪に中肉中背で線の細い、ジャニーズ系といった感じの男の子が一人、黒の三つ編みおさげ髪にメガネをかけた委員長風の女の子とウェーブがかった銀髪をした、美人系の女の子の二人が俺の前にやって来る。


「僕たちの新しい先生は貴方ですか?」


 男の子が俺に問いかけてくる。

 俺がそうだと答えると三人が頭を下げて挨拶をしてくる。なかなか礼儀正しい子供たちだ。見た感じ問題児のようには見えないが……。

 俺は簡単に自己紹介をすると、三人をグラウンドに座らせ、一人ずつ自己紹介するように言う。

 すると、まず最初に男の子が立ちあがる。


「初めまして。僕はロイ・オズベルトと言います。主武装は槍です。筋力増強の魔法も使う事が出来ます」


 ロイは簡単に自己紹介をすると、背負っていた槍を構え、槍さばきを披露してくれた。

 構えから連撃、体捌きから槍を回転させて止めの一撃と見事な槍さばきだった。


『ふむ、見事じゃな。一度手合せをしてみてはどうじゃ?』


 シェルファニールが言ってくる。

 槍さばきといい、動きの速さといい、十分一人前の戦士だ。何処に問題があるのか見当がつかない。爺さんは対人成績が悪いとか言っていたが、この学校はそんなにレベルが高いのだろうか?


「ロイ。なかなか見事な槍さばきで驚いたよ。一度俺と手合せをしてみよう」


 俺はそう言って剣を構える。

 すると、何故かロイは俺から目を逸らす。心なしか震えているようにも見える。


「どうした?」


「せ、先生。剣を……」


 ロイの声が震えている。何なのだ?


「剣を僕に向けないで下さい。危ないじゃないですか!」


 ……え?


「早く剣をしまって下さい。僕は人に武器を向けられるのがダメなんです……」


「…………」


 俺は取り敢えず剣を背負いなおす。


「あー、ロイ。一つ聞きたいんだが、お前どうやって戦う気だ?」


 武器を向けられるのがダメと言う時点で戦士として終わっている。


「……えっと、武器を持っていない敵を専門に戦おうかと……」


「そんなんおるか! 武器を持ってない敵ってどんなんや?」


 俺は思わず叫んでしまう。


「いますよ。例えば戦闘中に武器が壊れた敵とか、武器を捨てて逃げ出す敵とか」


「お前……。もうそれ虐殺と変わらんぞ。戦闘とは言えんだろう。大体それまでは如何する気なんだ? 味方が戦っている後ろに隠れてるつもりか?」


「そんなつもりは無いです。ただ、その……。人によって得意不得意ってあるじゃないですか。魔法使いを相手にするのが得意な人とか、剣を相手にするのが得意な人とか……。僕は武器を持たない奴を相手にするのが得意なだけなんです」


「……得意と言うか、お前武器を向けられるのがダメなだけだろ……」


 物は言いようだな。こんなんでよく冒険者になろうだなんて考えたな……。


「ちなみに、駄目なのは武器だけか? 爪とか牙とかは平気か? あと平気な武器とかは無いのか?」


「えっと……、爪とか牙でも尖った物は基本的に駄目です。あとハンマーなんかの打撃系もダメです。あ、木刀とかなら何とか耐えられます。でも出来れば向けられたくないです。だって……、木刀でも当たり所が悪かったら危ないじゃないですか」


 俺は平然と情けない事を言ってのける槍使いを眺めながら、確かにこいつは問題児だと理解した。

 俺はロイに座るように指示し、二人目の自己紹介をお願いする。

 すると三つ編み委員長系の女の子が立ち上がる。


「私はロゼッタ・ワータネンと言います。魔法使いです。得意魔法などは特にありません。あらゆる魔法に精通しています」


 ロゼッタは胸を張って言う。

 若くしてあらゆる魔法に精通しているとか……、天才か? 

 だが、爺さんは上手く魔法が使えないから悩んでいると言っていたはずだが……。

 俺は取り敢えず試しに何か魔法を使ってみてくれと言ってみる。ロゼッタは解りましたと答え、杖を構えて詠唱を始める。


 ……十分ほど経っただろうか……

 ロゼッタは相変わらず目を閉じて詠唱をしている。


「なあ、シェルファニール」


『なんじゃ?』

 

「今、お前は剣に居るから俺にも魔力が見えるはずだよな?」


『そうじゃな』


「あいつの魔力がよく見えないんだが、何故なんだ?」


『そうだろうな。あやつは魔力なぞ欠片も持っておらんからのぉ』


「……魔力が無くても魔法って使えるのか?」


『使える訳ないじゃろ』


 シェルファニールはやっと気づいたかと笑って答えてくる。お前、気づいてたなら先に言ってくれ……。

 俺は詠唱中のロゼッタに声を掛ける。


「あー、ロゼッタ。少し俺と話をしようか」


「何ですか? 先生。もう少しで何か出そうな気がするんです。静かにして下さい」


「いやいやいや、出ないから。君、魔力を持ってないだろ? 魔法使いじゃないよね?」


「魔力が無いから魔法使いじゃないと誰が決めたんです?」


 ロゼッタが怒りの表情で俺の方を向く。


「いや、魔法って魔力が無いと使えないんだろ? なら魔力が無い君に魔法が使える訳が無いじゃないか」


「そんな事はありません。魔力が無い人に魔法が使えないなんて決め付けるのは間違ってます。例え今までがそうだったとしても、私が世界で最初の魔力が無い魔法使いになりますから」


 ロゼッタの自信に溢れた言葉に思わず納得しそうになる。

 

『無理じゃからな。魔力の無い者が魔法を使える可能性はゼロじゃ。これは決して覆らん』

 

「あー、ロゼッタ。君の気持ちは解るが、魔力が無い者は魔法使いになれないんだ。可能性はゼロだ」


 俺はシェルファニールの言葉を聞いて、ロゼッタに真実を伝える。


「そんな事はありません。私はかつて神からお告げを頂いたんです。私は何れ世界を滅びから救う大魔法使いになるんです」


「……え?」


 この子は、何を、言って、いるんだ、?


「今はまだその時が来てないだけなんです」


 ロゼッタが目を輝かせて言ってくる。正直、俺はこの子が何を言っているかが理解できない。


「その神様ってどこの神様? どこでお告げを聞いたの?」


「私が子供の頃に夢の中に現れたんです。どこの神様かは解りませんが」


 それって……、ただの夢じゃね?

 こいつは……、ただの妄想少女なんじゃないのか?

 何が上手く魔法が使えなくて悩んでいるだ。魔法なんか使える訳がない。悩む以前の問題だ。あの爺……。


 取り敢えず、これ以上は何を言っても無駄っぽいのでロゼッタにも座るように指示をして最後の一人に自己紹介をするようにお願いする。

 すると銀髪の少女は立ち上がるとスカートを摘み上げ優雅に一礼をしてくる。


「初めまして。私はアデリシア・マックレーンと申します。回復魔法を得意としております」


 アデリシアはにこやかに笑ってそう言った。

 確か爺さんの話じゃ、腕前に問題ないと言っていたが……。正直あの爺さんのいう事は信用出来ん。

 嘘は言っていないが、大事な事を何も言っていないのでは嘘と変わらん。

 

「あー。アデリシア。君の腕前も見せてもらえるかな?」


 俺がそう言うとアデリシアは輝かんばかりの笑顔で喜んでと答える。

 そして……、何処から取り出したのか幅広の凶悪なナイフを逆手に持って俺に襲い掛かってきた。

 俺は咄嗟にナイフを持つ手の手首を握り、その手を彼女の背の方向にねじり上げて抑え込む。

 

「い、痛いですわ先生。何をなさるんです?」


「それは俺のセリフだ。いきなり襲い掛かってきてどういうつもりだ?」


「そんな、先生が腕前を見たいと言ったではないですか?」


「……お前は回復魔法の使い手なんじゃないのか?」


「ええ、そうですわ。ですから、まず先生に怪我をしてもらおうと」


「……いや、わかった。すまん。いろいろ疑問は残るが、確かに回復魔法を使うなら怪我がないと駄目だな。君の腕前は別の機会に見せてもらう事にしよう」


 俺はそう言ってねじり上げていた手を解いてやる。


「そんな……、酷いです。先生……」


 俺の言葉にアデリシアが絶望したような表情を見せる。

 俺は、何か、酷い、事を、言ったか?


「私、先生の血が見れると思って喜んでいたのに……。先生はとても腕の立つ魔法剣士と教頭先生から聞いて、私とても楽しみにしていたんですよ。先生のような人の血はどんな色をしているのかと」


 ……え?


「あー、アデリシア……。どんな色も何も、俺の血の色は皆と同じ赤色だが……」


「同じ……。先生! バカな事を言わないで下さい」


 アデリシアが激昂する。

 俺の脳はもう活動を停止しそうだ。


「血の色は人それぞれ個性があるんです。明るい赤、暗い赤、時折光が見える赤、薄い赤……、いいえ赤だけではありませんわ。朱色や時には闇のような黒など……」


 アデリシアはうっとりとした表情で語り出す。

 おーけー、わかった。取り敢えずこいつが一番問題児だという事はわかった……。

 

「ねぇ、先生……。私、見たいんです。先生の……、温かいのを……。ぴゅーって出して欲しいんです。私の顔にかけて欲しいんです。だから……、お願い、先生……」


 アデリシアが子供とは思えない程、色っぽい顔と声で俺ににじり寄ってくる。

 俺の心臓が猛烈な勢いでドキドキしているが、それは振りかざされているナイフのせいだろう……。

 

 俺はアデリシアの執拗な攻撃を何度も避ける。

 

「先生、大丈夫です。私が必ず癒しますから。だから、お願い。先生の血を見せて下さい」


 優雅な微笑みを浮かべながら鋭い攻撃を仕掛けてくるアデリシア。

 こいつロイよりも動きが速い。

 何度目かの攻撃の後、アデリシアは諦めたのか攻撃の手を止める。

 

「先生……酷いです……」


 アデリシアが悲しそう目で俺を見るが、俺はスルーする。

 

「あー……。取り敢えず君たちの自己紹介はこれで終わりとしよう。ああ、もう十分すぎる程理解出来たよ……」


 どっと疲れが出る。アデリシアの攻撃を避けるのに、大分魔力を使ったのだ。

 それだけ彼女の攻撃は速く正確で鋭かった。


『あの女……、戦士としても十分な腕じゃな』


 むしろ何でヒーラーなんぞをやっとるんだか……。


「さて……、これからの事だが……」


 俺はそう言いながら、頭を抱えたい衝動を必死に抑える。

 戦えない戦士に、魔法を使えない魔法使い、血を見るのが大好きなヒーラー……。


 ど・う・し・ろ・と・?


「お前ら、取り敢えず走れ」


 基礎体力の向上は全職必須だ。取り敢えずは走らせておけばいいだろう。その後の事は、あの爺を吊し上げてから考えよう。


「えー。僕は走るのは嫌いなんですよね」


「私も……」


 ロイとロゼッタが不満の声を上げる。

 

 こいつら……。

 俺はイラッとする。こうなったら、もう俺も我慢なんぞせずに行こう。


「あー、アデリシア」


「はい。先生」


 アデリシアが優雅に微笑んで答える。

 こいつは、普通にしてればかなり美人なんだが……。何故こうも残念な子なんだろう……。


「突然だが、君にクラス委員長をお願いしたい。仕事は俺のサポートだ」


「嫌です。何故私がそのような事を」


「……俺は、仕事に対しては報酬を払う男だ」


「はい?」


「アデリシアが一生懸命仕事をしてくれたら、俺もそれに対して報酬を出してやるつもりだ」


「報酬とは?」


「俺の二の腕辺りをグサリ、いや、アデリシアの働きいかんでは脇腹をグサリというのもありかもしれんな。君が俺を満足させる程の働きを見せてくれたら……。わかるよな?」


「……刺していいんですね?」


「きっと噴水のような血が出るだろうなぁ。きっと綺麗だろうなぁ」


「はい! 私、今より先生の補佐をやらせて頂きます」


「ああ、君ならそう言ってくれると思ったよ。ではまず最初の仕事だ。そいつらを走らせろ。限界までな」


「はい! お任せ下さい」


 アデリシアは座っていた二人にナイフを振りかざす。


「貴方たち。何をのんびり座っているんですか? 走りなさい。走らないとどうなるか解りますよね?」


「や、やめてアディー。騙されてるよ。絶対先生に騙されてるから」


「ぼ、僕に武器を向けないで。わかった、わかったから。走る、走るよ。アデリシアが走れって言うなら走るから、そのナイフを僕に向けないで」


「さっさとしなさい! あんた達の血なんて見慣れてるんだから、今更無駄な魔力を使わせるんじゃありませんわよ」


 アデリシアに急き立てられながら三人はグラウンドを走り出す。


『刺させるのか? 主様』


「何故? 俺は何も約束してないぜ。それに俺は満足させたらと言ったしな」


『悪党じゃな』


 シェルファニールが笑っている。

 

「さて……。取り敢えず職員室へ戻るとするか」


 俺は生徒二人の悲鳴を聞きながら職員室へ向かって歩く。

 取り敢えずあの爺と話さんとな……。

 

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