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第六十四話:犬探し

 ベルファルトで男の死体が見つかったとの情報が私の元に届く。

 それが、私の探している奴隷と似ていると聞いたとき、私はエリーゼを連れてすぐさまベルファルトに向かった。


「フェリス様。落ち着いて下さい。まだ高志と決まったわけでは……」


「解ってるわ。でも……」


 あのバカが簡単に死ぬ訳がない。神をその身にやどし、超常の力で多くの奇跡を起こしたあの男があっさりと死ぬわけが無い。

 だが……。

 あいつ個人は大した力を持っていないのだ。

 しかも、記憶を無くされるとも言っていた。

 もしかしたら……。

 一抹の不安が過ぎる。


 ベルファルトの警備隊詰め所に着くと、私は布を被せられている遺体を確認する。


「……違いましたね」


 エリーゼの言葉に私もホッと心を落ち着かせる。

 死体の男は髪の色だけ同じの、全くの別人だった。

 安心して、思わず涙が零れてくる。

 私は手で涙を拭うと、丁重に遺体を葬るよう指示をして外へ出た。


 町中を歩きながら、私とエリーゼは道行く人を見続ける。

 最近の私たちは、常に周囲の人を確認するのが癖になっている。

 手掛かりは何も無いのだ。

 ならば、地道に探す以外方法が無い。


「フェリス様。少しお疲れのようですね。この町は私が探索しておきますから、先に宿に戻られてお休みになって下さい」


 エリーゼが私を気遣う。


「大丈夫よ」


「ですが、安心して涙を流すなど随分と心が弱っておられる証拠です。少し休まれて心を落ち着かせて下さい。大体心配し過ぎですよフェリス様。あの男には私の教えを心と体に叩き込んでいるのです。記憶を無くしても、叩き込まれた教えは決して無くならないはずです。ならば、そう簡単には死んだりしませんよ。」


 技術と心構えは決して消えないとエリーゼが言う。

 悔しいが、エリーゼはあのバカを信じている。何処に行っても生きられるだけの強さがあると……。


「解ってはいるんだけど……」


 私は小さく呟く。

 私もあのバカを信じたい。だけど、常に不安が脳裏をよぎるのだ。

 また奴隷として売られてはいないだろうか……。

 もしや、すでに買われて酷い扱いを受けてはいないだろうか……。

 ちゃんとご飯は食べられているだろうか……。

 寒さに凍えていたりはしていないだろうか……。


 想像して、また涙が出てくる。

 情けない。私は随分と弱くなっている。エリーゼが心配するのも当然だ。


「そうね……。すこし宿で休ませてもらうわ」


 私はエリーゼの提案に素直に従う事にした。

 私が心や体を壊したら元も子もない。心が弱っているのは疲れのせいもあるだろう。私には少し休息が必要なのかもしれない。


 エリーゼと別れ、私は宿に向かって歩く。

 歩きながらも、私は周囲の人を観察し続ける。

 と、その時。

 道の先に゛あのバカ゛が居たのだ。

 私は一瞬自分の目を疑う。

 だが、確かにあそこにいるのは高志だ。見間違いじゃない。゛見間違える筈が無い゛。

 あいつは、今通りを横切り路地へと入って行った。

 私もそれを追いかける。


 心が熱くなる。 

 涙が出そうになるのを必死にこらえる。泣きながら再会を喜ぶなど゛私らしくない゛。

 私はあのバカのご主人様なのだ。

 だから主人らしくあいつを迎えてやろう。

 優しく声を掛けて、労って、抱きしめてやろう。

 そう思って、路地に差し掛かると……。


 そこには、高志と。

 見た事が無い゛女゛が居た……。

 私と同じ長い黒髪で、私と゛まったく正反対のスタイル゛……。

 デカい胸と尻と細い腰。なんだあの完璧超人は……。


 二人は親しげにしている。

 女はあの゛犬゛の頬っぺたを抓り、あの゛駄犬゛はヘラヘラ笑っている……。

 なまじあの女が、私と同じ黒髪なのが更に怒りを倍増させる。

 あの゛野良犬゛……、黒髪の女なら誰でもいいのか……。いや、あのデカい胸が……、そんなに大きいのが好きか……。

 ヘラヘラ笑いの゛糞犬゛の顔を見ていると、もはや感動の再会を思っていた心は完全に消えた。


「……あんた……、ここでその女と何をしているの?」


 怒りを出来るだけ抑えて私は低い声で言う。

 だが、どれだけ押さえようとしても湧き上がる怒りと魔力が暴走寸前だ。


 ゛犬男゛は恐怖で顔を真っ青にしている。

 成程、記憶は無くしていても、私への忠誠心は残っているようだ。

 だが、それは゛当たり前の事だ゛。

 私を散々心配させた癖に、他の……、私と似て非なる女に欲情するような゛犬コロ゛にはお仕置きが必要だ。


「うむ。いや何、我はこの男に激しくされるのも、乱暴にされるのも構わんのだが、変な所に突っ込まれるのは我慢出来んのでな……。文句を言っておったのじゃ」

 

 恐怖で立ち竦む゛犬畜生゛の代わりに女が答えてきた。それもとんでもない答えを……。


「激しく……、乱暴に……、変な所に突っ込む……。あんた昼の路上でナニやってんのよぉぉぉぉ!!」


 制御不能の魔力が湧き上がる。

 私の右手に途轍もない量の魔力が集まって行く。 


 いつの間にか目の前にいた女の姿が見えないが、最早如何でもいい事だ。

 ターゲットは目の前にいるのだから……。


 私は魔力弾を解き放つ。

 怒りで手加減が殆ど出来なかった。これ……、殺しちゃったかも……。

 まあいい。もうあいつを殺して私も死のう……。なんかそれでいいような気がする。


 そして、信じられない事にあいつは私の魔力弾を゛弾き消した゛のだ。


「なっ?」


 私は信じられない状況に頭が真っ白になる。

 あいつに、何故か゛魔力が宿っている゛。

 それもかなり強大な魔力……、あの女が持っていた魔力が。

 消えたあの女は何者だ? 

 私が混乱している隙に、あいつは逃走を図る。

 

 くっ、記憶が無いくせにそう言う所はあいつらしい決断の速さだ……。


「な、あ……、ま、まて。逃げるなぁぁぁ!」


 私はすぐさまサーチの魔法を掛けるが、それも同じように弾き消された。


「な、また。あんた何で……」


 間違いない。あいつはどうやったかは知らないが魔法を……、それもかなり強い力を得ている。

 私の魔力を弾くなど、私と゛同等以上゛でなければ出来ない事だ。


「如何しましたフェリス様?」


 騒ぎに気づいたエリーゼが私の傍にやって来る。

 エリーゼはあいつに気づいていない。


「あいつが、激しくて、乱暴で、変な所に突っ込んでたの」


 ダメだ。色々混乱して上手く説明出来ない。


「……お疲れなのですね、フェリス様……。今日はもう宿に帰りましょう……」


「ちがーう! 可哀想な子を見る目をするなぁー!」


 ダメだ。完全に逃げられてしまった……。

 私はここであった事をエリーゼに説明する。


「にわかには信じられない話ですが……」


 そうだろう。私自身この目で見ても信じられないのだから……。


「ですが、何故でしょう。あの男ならそう言う事も゛あり得そうな゛気がします」


 何気にエリーゼはあいつを高く評価している。

 うーむ……。こいつももしかして……。まあ二番目ぐらいなら許してやるか……。

 だが、あの女は駄目だ。

 何故か解らないが、あの女は私の最大の敵のような気がする。私の勘がそう言っている。


「とにかく、狩りを始めるわ。警備隊に連絡して。街道や町の出入り口をすべて封鎖して。あいつをこの町から逃がさないようにして」


 私の命令に従い、エリーゼが詰め所に向かう。

 エリーゼを見送ると、私は宿に戻る事にする。

 彼奴は生きている。しかも強い力を得て。

 最早何の心配もいらない。あの力なら、簡単に死ぬ事は無い。

 ならば……。


「ふふ、ふふふふっ。そうよ。忘れていたわ。これが狩りだという事を……。記憶を無くしているとはいえ、この私から逃げ出すなんて……。しかも、別の女と……。ふふ、うふふふふふ」


 私の笑い声が無人の路地裏に木霊する。


 暫くして、エリーゼが宿に戻ってくる。


「申し訳ありません。一足遅くあの男は船でこの町を離れたようです」


「何処へ向かったの?」


「ヴェール共和国に向かったようです」


「そう……、ならば私達も向かうわよ。マリーにも連絡してあげて。あちらで合流しましょう」


「はい。解りました」


「あ、あとね」


「はい?」


「今後あいつの呼び方は゛犬゛でいいわ。人扱いする必要は無いから」


「…………」


「なによ。何か不満でもあるの?」


「……畏まりました……」


 エリーゼは溜息を付きながら宿を出て行く。

 

 さて、狩りの始まりだ……。

 

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