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第六十二話:魔剣

 油断などしていなかった。木々の間を隠れながら進んで行っていたのだ。

 運が悪かった。ただそれだけだ。偶々進んだ先の木の影にゴブリンが居たのだ。

 遭遇は偶然。相手もまったく予期せぬものだったのだ。

 だが、そこで俺はミスを犯した。

 即座に殺すべきだった。

 だが、情けない事に俺は驚きで頭が真っ白になってしまったのだ。

 冷静になるのは相手の方が先だった。

 ゴブリンはすぐさま仲間を呼んだのだ。

 即座に剣を振ったが、相手を倒した頃にはすでに大勢のゴブリンに囲まれていた。


「はぁはぁ……。くそ、目が霞んできやがった」


 体中を切られ、血塗れになりながら俺は森の中を進んで行く。

 持って来た回復薬は既に使い果たしてしまった。

 急所は守ったものの、切られた箇所が多すぎて出血がひどい。

 救いは、集まったゴブリンを全滅させる事が出来た事と、新手が現れなかった事ぐらいだ。


「ぐわぁっ」


 足を縺れさせ倒れこむ。俺はそのまま、木の幹に背を預けて座り込んだ。

 目が霞み、意識が遠のく。

 もう立ち上がる事は出来そうも無かった。


「……情けないな。旅立った初日でこの様とは」


 あまりの情けなさに笑いが込み上げてくる。

 俺は薄れゆく意識の中、空に浮かぶ赤い月を眺めていた。


「随分情けない姿だな。まさか初日で死にかけておるとはのぉ」


 突然の声に驚いて見ると、すぐ傍にシェルファニールが立っていた。


「ははは、言わないでくれよ」


 俺は乾いた笑い声を出す。


「……高志。もう十分理解できたじゃろ。お主がこの森を抜ける事など出来ぬという事が。我と共に城に帰るというなら助けてやるぞ」


 シェルファニールの言葉に俺は何も言わずに黙り込む。


「嫌なのか? 死んだ方がマシと言うのか?」


 シェルファニールが怒りの声で言う。

 

「……俺の寿命はあと精々五十年って所だと思う。憧れの異世界で俺が生きられるのはたったのそれだけなんだ……。だから、俺はその限られた時間を目一杯使ってこの異世界を冒険したいんだ」


「死んでしまえば、冒険も何も無いではないか」


「……なあ、シェルファニール……。俺、今さっきすげぇ冒険をしたんだ。ゴブリンなんて魔物に囲まれて、始めて剣を振るって……。剣なんて今まで一度も使った事無いのに結構うまく戦えてな、驚くほど冷静に戦いに集中できて、時折時が止まったような感覚にまでなって……。あの時、俺は確かに憧れた異世界の冒険をしたんだ。俺はそんな冒険を望んでいるんだ。それは、残念だけどあの城には無い。今、君と城に戻って生き延びたとしても、それは俺にとっても、君にとっても望む未来にはならないと思う」


「記憶も取り戻せぬまま、ここで野垂れ死ぬというのか。お前はそれで満足なのか?」


「ごめん、シェルファニール。これは譲れないんだ。俺が俺である為にも絶対に……」


 俺は現実世界で、後悔ばかり繰り返していた。

 仕事、友人、恋人……。

 楽な方に流されるまま生きて、結果全てを失った……。もうそんなのは御免だ。


「憧れた異世界で、憧れた冒険の果てに死ぬんだ。案外恵まれた最後だよ」


 遠くなる意識の中、俺は微かに笑って言った。

 

「……お前は、我の物にはなってくれんのか……」


 シェルファニールが悲しげに言う。正直意外だ。ここまで彼女に気に入られるとは思ってもいなかった。


「今まで、我を恐れる者、敬う者、利用しようとする者はおったが、お主のような者は居なかった。我は長く生きたが、お主と過ごした僅かな時が一番楽しかったのじゃ」


「俺は異世界の人間だからな。正直、魔人と言われてもよく解らない。俺にとって君は命の恩人であり、魅力的な女性だよ」


「それが嬉しかったのじゃ。今まで、我をそのように扱った者など誰も居なかった」


 シェルファニールはそう言うと俺の傍らに膝を立てて座り込む。


「お主の記憶を封じて、我の元に送り込んだ者は、我がこうする事を予想していたのかもしれん。思惑通りに動かされるのは不満じゃが……」


 そういうとシェルファニールは俺の額に手をかざす。


「何をするんだ?」


「……お主が持つ剣。それはかつて、人と魔人が共に生きた頃に作られた物じゃ」


 かざされた手から出る魔力が俺の中に流れ込んでくる。

 

「名を契約の剣と言ってな、契約を交わした魔人を剣に憑依させる事で魔人の力を使えるようになるのじゃ」


「それって……」


「ふん。たかだか五十年。戯れに貴様に付き合ってやるわ。貴様が我の物にならんのなら、我がお前の物になってやる。感謝するがよいわ、我が主様よ」


 そう言うとシェルファニールの体が光に包まれて消えていく。同時に俺の持つ剣が光り輝いてゆき、俺の体の傷がどんどんと癒されていく。


 光が消えると、シェルファニールの姿は無く、俺の体の傷も消えていた。

 俺は立ち上がろうとしたが、ふらついてすぐに倒れてしまう。


『わが主様よ。傷は癒えたが、体力も消費しておる。今は無理せず横になっておれ』


 俺の持つ剣からシェルファニールの声がする。

 剣を見ると、刀身が美しい赤色に染まっていた。


「君が剣になったのか?」


『正確には剣の中におるといった所じゃな。我が中に入る事で、契約の剣は魔剣として真の力を発揮するのじゃ』

 

 魔剣シェルファニールといった所か……。


『さて、我が主様よ。いくつか説明せねばならん事がある。』


 シェルファニールの言葉が俺の脳に直接聞こえてくる。


『まず、我はこの魔人領の外では自衛以外に力を振るう事が出来ん。かつて交わされた不可侵の盟約でそう決められておる。じゃが、剣の状態であればお主に力を貸す事は可能じゃ。じゃが力を使えば代償も必要になる。我の力を使えば、それに対してお主の力も消費される。簡単に言えば、我が力を使いすぎたら、お主は干からびて死ぬから気を付けろ』


「……簡単に言うなよ。魔剣というより妖刀とか呪いのレベルじゃねぇか」


『リスクは当然じゃろ。むしろその程度のリスクで我の力を使えるのだからお得と思え』


 うむ、確かにその通りか……。

 

『それと、我と契約を結んだ事で、お主の身体能力も強化されておる。特に今までお主にはなかった魔力が加わった事で、魔法を知覚出来るようになっておるはずじゃ。その辺りが今までと大きく変わっておるから気を付けるんじゃ』


「解った。取り敢えず動けるようになったら色々試して見るよ」


 この森には魔獣や魔物が大量に徘徊している。試すには打って付けの環境だ。

 森を超える頃には力の扱い方にも慣れているだろう。


「シェルファニール……、有難う」


『ふん。我の主となった以上、簡単に死ぬ事は許さんぞ』


「ああ。約束するよ……。なあ、シェルファニール」


『なんじゃ』


「一緒に楽しもうな。冒険を」


『……当然じゃ』


 俺達の冒険が今幕を開けた。


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