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第六十一話:何気ない日常

 ガンガンガンガン……。

 翌日、日が昇ると俺は二階で鉄鍋を力一杯叩き続けた。

 

「煩い、何事じゃ!」


 奥の部屋から寝ぼけ眼をしたシェルファニールが出てくる。


「もう陽が昇ったぞ。いい加減に起きろ。掃除が出来ないじゃないか」


「……我は眠りにつくと言ったはずじゃが」


 シェルファニールの声が低くなる。かなり機嫌が悪そうだ。だが俺はそれに気づかない振りをする。


「もう十分寝ただろ」


「いや、我は数百年は眠るつもりだったんだが……」


「そんな引き籠りを許す訳にはいかん。俺はあんたに命を助けられた借りがある。だから、その借りを返したいんだ」


「……どうやって?」


「俺は何の力もない無力な人間だ。そんな俺があんたに出来る事は……。あんたを真人間にしてやる事ぐらいだ」


「い、いや……、我は魔人じゃから……」


「黙れ! 魔人という事に胡坐をかくんじゃない。確かにあんたは長く生きたババアなのかもしれない。だが、見てくれはいい女なんだ。いい女は、常にいい女でいる努力をする事が義務だ。ゴミの中で埋もれて寝てるとか許さん! 例え神が許しても俺が許さん!」


「ば、ババア……」


 シェルファニールは突然の事に動揺している。


「ええい、黙れ。口でクソたれる前と後に゛サー゛と言え。分かったかウジ虫が!」


「ウジ虫……」


「黙れ、返事はサーイエッサーだ!」


 今、俺の中にハートマ〇軍曹が降臨した。

 

「いいか、掃除の基本は上から下だ。逆にすると二度手間になるから注意しろ」


 俺は掃除道具をシェルファニールに持たせて、掃除を彼女自身にやらせる。


「バカもーん、乾いた汚れは乾いたままで取り除くのだ! 濡らせば帰って時間がかかるんだ!」


 シェルファニールは逆らうのを諦めたのか、言われるがままに掃除をする。

 取り敢えず今日の所は彼女の部屋と、二階廊下を掃除させる事にする。

 

「……終わったぞ……」


 暫くして、シェルファニールがジト目で言ってくる。

 初めの内は四苦八苦していたが、やり方を覚えるとかなり良い手際で掃除をしていた。

 やれば出来る子だ。


「よし、じゃあ次に行くか」


「な、次じゃとぉ?」


「返事は!」


「さ、サーイエッサー」


 ハー〇マン軍曹は偉大だ……。


「ええぇい。魔人の癖に満足に魔法を使う事も出来んとは……。火力の調節ぐらいもっと上手く出来ないのか?」


「い、いや……。我は魔法で風呂を沸かした事などないから……」


「なんだ? 長く生きたとかほざいた癖に、風呂を沸かした事も無いのか?」


「うぅ……。別に風呂なぞ……」


「返事は!」


「サーイエッサー」


 最早条件反射の域に達した。

 やばいな。楽しくなってきた……。


「……よし。いい湯加減になったな。お疲れさん、シェルファニール。一番風呂を楽しんでくれ。着替えは用意しておいたから、ちゃんと着替えてから台所に来てくれよ」


 俺はそう言ってシェルファニールを風呂に入るよう勧めると、外にある湖に寄ってから台所へ向かった。

 暫くして、風呂から上がったシェルファニールが台所にやってくる。

 俺は彼女に席に座るよう勧めると、湖で冷やしておいた果物を切って出した。


「……うまい……」


 シェルファニールが果物を一切れ口に入れるとそう呟く。


「風呂は如何だった?」


「……気持ち良かった。お前に散々こき使われた後に入ったからなのか、凄い解放感があって……」


 シェルファニールが俯きながら小さく呟く。


「なあ、シェルファニール。あんたは昨日、長く生きたせいで物事が詰まらなく面倒に感じると言っていたが、本当にそうなのか?」


 俺の言葉に、シェルファニールはジッと俺の目を見ている。


「あんたは、単に人生の楽しみ方を知らないんじゃないのか?」


「……楽しみ方?」


「ああ。あんたは無駄だとか、必要ないとか、面倒とか言って、今日まで何もして来なかったんじゃないのか? いいか、楽しみってのは、無駄な事、不必要な事、面倒な事から見つかるもんなんだ。それも知識として知ってるだけじゃ意味が無い。実際に自分の目で見て感じて、経験してそこで初めて楽しいか楽しくないかを判断するもんなんだ。あんたは、今までそうして来たか?」


 俺の言葉にシェルファニールは言葉を詰まらせる。

 俺の言った事が図星なのだろう。


「朝にも言ったけど、俺はあんたに感謝してるんだ。だから礼がしたい。あんたに人生の楽しみ方を、俺が知っている範囲で伝えたい。暫く付き合ってもらえるかい?」


 シェルファニールは少し俯きながら頬を赤らめ、


「サーイエッサー」


 と恥ずかしそうに言った。


 翌日もまずは掃除からスタートした。

 昨日掃除をしなかった他の部屋をシェルファニールが掃除している。


「なかなか優秀だな。昨日教えた事をきっちり熟してるじゃないか」


 俺が褒めると当然だとドヤ顔で言ってくる。


「ほう、自身満々だな。で、この部屋の掃除はもう終わったのか?」


「うむ。今終わったぞ」


「本当に終わったんだな?」


「うむ」


 俺は窓の桟を指でなぞる。


「これは何だ?」


 俺の姑攻撃にシェルファニールの顔が引きつっている。


「お、お前……。そこまでするか……」


「ええぇい。おだまり! 少し褒めたらこれだから最近の娘は……」


 容赦しない。これも愛の鞭だ。

 しかし、今度は誰が降臨したのか……。ミンチ〇先生か?


 俺の指導とシェルファニールの努力の甲斐もあり、城の掃除は五日程で終わった。今、俺達は地下倉庫で整理と物の確認作業をしている。


「何でこんな物まであるんだ……」


 俺は棚に置いてあったジェ〇ガらしき物を手に取る。

 ジェン〇が何でこの世界にあるんだ……。


「それは何じゃ?」


 シェルファニールが興味深げに聞いてくる。


「まあ、俺の世界で有名な遊び道具だよ。何でここにあるかは不明なんだがな」


 俺は取り敢えずジ〇ンガを籠に入れる。後でシェルファニールと遊ぶのも悪くはあるまい。

 ふと横の棚を見ると将棋までありやがる。

 どうやら、過去に俺のような人間がここに居たのだろう。

 将棋も籠に入れる。

 シェルファニールならルールを覚えるのも早いだろう。これもいい暇つぶしになるはずだ。

 

 しかし、見れば見るほど色々な物がある。

 生活必需品から貴重品まで多種多様な物がこの倉庫には保管されている。


「なあ、シェルファニール。かつて住んでいた領民達がどうなったか知らないのか?」


「……ああ。興味が無かったのでな。寝て起きたら誰も居なくなっておった」


 興味が無かったか……。いや、シェルファニールだけじゃないな。恐らく領民達もシェルファニールに関心が無かったんじゃないか。

 シェルファニールは貢物と言っているが、この品揃えを見る限り便利な倉庫代わりにしていた可能性が高い。恐ろしい力を持つ魔人とは言え、眠り続けるだけで何も危害を加えないシェルファニールをいないものと扱っていたのだろう。


 何だか……、腹が立つな……。


 誰か一人でもシェルファニールに関心を持つ奴がいれば……。


「どうしたのじゃ? 高志」


「……いや、何でもない。そろそろ上に戻ろうか。遊び道具をいくつか見つけたからそいつで遊ぼう」


 俺の言葉に、シェルファニールが嬉しそうに返事をする。

 居ない者として扱われ、一人ぼっちだったシェルファニール……。

 初めてこいつを見た時、俺は何故かこいつをほっとけないと思った。

  

 それは、こいつが俺と似ているからだろう。


 居ない者として扱われ、生きる事に興味が湧かなくなる……。

 何の事はない。現実世界の俺と同じだ。

 いや、俺はまだマシだ。

 俺の周りには一人でも楽しめる物が数多くあった。

 家事やゲームに小説など、俺には辛い現実から逃げる手段が数多くあった。だから一人でも平気だったのだ。

 今、シェルファニールは楽しみ方を色々学んでいる。

 誰かが一人でもこいつの傍に居てやってれば、当たり前に知っていただろう当たり前の事を、シェルファニールは楽しそうに学んでいる。

 

 知っている事と体験する事は違う。

 色々体験させてやろう。 

 そうする事で、多くの未知を知る事が出来る。

 未知は楽しむ基本だ。

 それさえ知れば、こいつはもう生きる事に飽きたりはしないだろう。


 此処に来て二週間目。

 俺は今、シェルファニールと将棋で遊んでいた。

 俺はコンピューター将棋でかなりの好成績を収める力を持っている。ルールを覚えたばかりのシェルファニールに負ける事はまずありえない。

 今日も、シェルファニールは無駄な抵抗をしている。

 俺がハンデを付けてやると言っても、要らないと意地を張る。

 

「王手飛車取り」

 

 俺の桂馬が光って唸る。


「なっ……。ま、まて。まってくれ」


 シェルファニールが三度目の待ったを言ってくる。

 ハンデは要らないと意地は張る癖に、往生際は悪い。


「待ったは三度までだぞ」


 俺はそう言って、桂馬を戻す。


「うむ。ここに歩を打てば問題ない。先ほどは少し油断しただけじゃ」


「そうか……、ならこの角で王手」


「王を逃がすか……」


「はい、金で詰み」


「な、なな……」


「はい。今日はもうこれで終わり。俺はもう眠いから寝るぞ」


 有無を言わせず投了とする。


「うぬぬぬぬ……」


 シェルファニールが悔しそうに唸っている。

 まあ、負けるからこそ楽しいのだ。簡単に勝ってしまってはすぐに飽きるだろう。俺という高い壁を超える楽しみを教えてやろう。


「あ、明日じゃ。明日もやるからな」


 シェルファニールがそう言って将棋盤と駒を持って部屋に戻る。恐らく今日も自室で検討会をするつもりだろう。いい傾向だ。

 

 俺は自室に戻ると、すぐにベッドに横になる。

 疲れていたので、目を瞑るとすぐに睡魔に襲われる。

 そしていつもの夢を見る。目覚めると忘れてしまう夢を……。

 

 誰かが泣いている……。

 誰かが怒っている……。

 誰かが笑っている……。

 

「これだけは覚えておいて。貴方が私を守ってくれたように、私も貴方を守ってあげる。必ずね」


 優しい声……。


「そんな事させないわ! あんたは私の、私だけの奴隷なんだから。私の傍から離れるなんて絶対に許さない!」


 怒った声……。


「死なないで、お願い、もう私を一人にしないで!」


 泣いている声……。


 バサッ!


「はぁはぁ……」

 

 俺は飛び起きる。

 まただ、また何か夢を見たのに、内容が思い出せない。

 最近毎日のようにこの状態だ。

 俺は額に浮かんだ汗を拭う。

 原因は何と無く想像が付く。

 俺が今の生活をこのままずっと続けようかと思ってからこの夢を見だしたのだから……。

 俺は壁に立てかけていた剣を持って庭に出る。

 最近毎日夢に魘され起きた後に剣を振っている。

 俺は今まで剣なんか持った事が無いはずなのに、体が型を覚えているのだ。


 体力や力もかなり付いている。

 風呂に入った時腹筋が割れている事に気づいて驚いたのだ。

 体つきが明らかに記憶と違う。

 恐らく封印された記憶に関係しているのだろう。

 明らかに、俺は剣を知っているし、体も鍛えられている。

 何より、この世界の言葉が自然と解る時点で俺はすでにここに居た事あるのだろう。それだけでは無い、道具や食べ物などでも現実世界には無かった物を普通に理解している。

 どうやら、封じられたのは一部の記憶のみで経験などは身に付いたままなのだろう。

 

 俺は一通り剣を振るうと、地面に大の字に寝転がり空を眺める。

 

「このままじゃ……、ダメだな……。俺はやっぱり……」


 明るくなる空を眺めながら、俺は一人ごちる。


 何だかんだとバタバタとした毎日が続き、今日で一か月が経とうとしている。

 俺とシェルファニールは庭で二人酒を飲みながら月見をしていた。


「月を見る……。ただそれだけの事なのに、結構楽しめるものだな」


「情緒を楽しむってやつだよ。心の在り方一つでも物事を楽しむ事が出来るんだ」


 静かに二人で月を眺める。


「明日、ここを出て行こうと思う」


 俺は彼女に決意を伝える。


「……! な、何を言っているんだ。ここを出てどうするつもりだ? 我の領土を出れば魔獣や魔物が蔓延っているんだぞ。貴様のような脆弱な人間などあっと言う間に殺されるぞ」


 考え直せとシェルファニールが言うが、俺の決意は変わらない。


「夢を……、見るんだ」


「夢?」


「ああ。目が覚めると忘れてしまう。そんな夢を……。ただ、目覚めた後は、いつも大切な何かを探さないといけないような……、そんな気がして、居ても立ってもいられない気持ちで落ち着かないんだ」


「封じられた記憶が気になるのは解るが、外に出た所で封印が解けるとは限らんではないか。何故命の危険を冒す必要があるんじゃ。ここでずっと暮らしていけば良いではないか。ここで暮らしていても、いつか封印が解けるかもしれんじゃろ」


「それだけじゃないんだ、シェルファニール」


 俺は怒った顔の彼女の目を真っ直ぐに見る。

 

「ここで、君とずっとのんびり暮らすのも悪くないかもしれない。でも、心の何処かでそれではいけないって声がするんだ。ここに居ては、大切な何かを見つける事が出来ない……。そう思うんだ」


「ええい、ここが気に入らんのなら出て行くがいいわ! 勝手に出て行ってのたれ死ぬがよいわ。我はもう知らん。勝手にしろ」


 怒ったシェルファニールはそう言うと、そのまま自分の部屋に戻ってしまった。

 

 ……ごめん、シェルファニール。

 俺は心の中で彼女に謝りながら、去っていく背中を見送った。


 翌日早朝。

 俺は旅支度を済ませると、ロビーで彼女の部屋に向かって大声で叫ぶ。


「シェルファニール! 今日まで有難う。君に出会えて本当に良かった。このまま、ここで君と暮らす未来も悪くないと思った……。本当だ、信じて欲しい。だけど、その未来は俺が俺で無くなってしまうような……、そんな気がして、選ぶ事が出来なかった……。シェルファニール。俺はこの異世界を楽しむつもりだ。君の言う通り、道半ばで死んでしまうかも知れないけど、例えそうなったとしても、俺は死の寸前まで楽しんでやるつもりだ。だから君も、様々な事を楽しむ生活を送って欲しい。君のような魅力的な女性が、無為に日々を過ごすような悲しい事はやめてほしい」


 俺は荷物を背負うと外へと向かって歩き出す。


「さよなら、シェルファニール」


 そう呟き、扉を閉めた。


 外に出ると、まず俺は倉庫にあった地図を取り出した。

 目的地は人間の住む国だ。

 ここからだと、西へ真っ直ぐ進み森を抜けた先だ。それほど精密な地図ではないので、距離はいまいち解らないが、簡単な道のりではないだろう。それに、シェルファニールの言うとおり魔獣や魔物に遭遇したら高確率で死ぬ。とにかく、隠れながら進むしかない。


 そして、その日の夜。

 森の中で俺はゴブリンの集団と遭遇し、全身を切り刻まれ血塗れとなって倒れた……。


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