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第六十話:出会い

 目的地にはすぐに辿り着いた。

 鬱蒼と生い茂る森の中に広く開けた場所があり、そこに石造りの小さな城みたいな建物が立っていた。 正面に両開きの扉が見える。

 俺はショートソードを構えながら、静かに扉に近づいた。


「明かりは見えない。人の気配も無い。だが、朽ちた様子も無いな」


 俺は警戒しながら、扉をゆっくりと開ける。鍵は掛かっておらず、すんなりと音も無く開いた。

 中に入ると、床からなにから蜘蛛の巣と埃だらけの汚い状態ではあったが、階段などの建物自体はまったく朽ちてはいなかった。


「……建物自体に何か仕掛けでもあるのかな……」


 通常こんなに汚い状態なら、建物も朽ち果てるものだが……。何か特別な力が働いているのかも知れない。

 扉を潜ると、ロビーのような広い空間に出た。正面には二階へと続く階段が見える。一階奥には片開きの扉が左右に一つづつ見える。

 

「うーむ、雨風は凌げそうだが……」


 問題は水と食料だろう。状況からみて、人が住んでいるようには見えない。あまりにも汚すぎるのだ。

 人の通りがあれば、出入り口付近に蜘蛛の巣や埃が積もる事は無いはずだ。

 それに床に積もっている埃には足跡一つ付いていない。 


「取り敢えず、部屋中片っ端から調べるか」


 そう考えた時、


「何者だ……」 


 二階から女性の声がした。

 俺は驚いて声のした方向へ目を向ける。するとそこには、一人の美しい女性が立っていた。

 長い黒髪に赤く光る瞳。背は俺と同じくらいで、見ただけで解る程の大きな胸と尻、そしてそれに反比例するかのようにくびれた腰つき。

 あり得ない美しさを持った女性がそこには存在した。

 

 その女性は、俺を見て、

 

「……変態か?」


「まて、見た目で人を判断するのは愚か者のする事だ」


「ふむ、成程。では行動で判断してやろう」


 一人暮らしの女性の住む場所に、ショートソードを構えたパンツ一枚の男が、突然侵入してくる……。


「……変態の強盗か?」


「生意気言ってすんません。この状況で貴方の判断を間違っているとは大変言い辛いですが、お願いですから話を聞いて下さい」


 俺は速攻で土下座した。

 変態の強盗と言われても反論出来ない。いや、むしろそれ以外の答えを出す方が難しい。


 その女性はジッと俺を見つめている。

 俺は土下座姿勢で彼女の言葉を待つ。


「……記憶を封じられているな……。それにその剣……。貴様何者だ? 何故ここに来た?」


 突然の言葉に俺は困惑する。

 記憶を封じられている? どういう事だ。


「すみません。記憶を封じられているとはどういう事でしょう?」


「ああ、すまない。封じられているのだから解るはずがないな。間抜けな質問をした。ゆるせ」


 女性はゆっくりと階段を下りてくると俺の前に立つ。俺は正座のまま、彼女を見上げる。


「俺の名前は小野寺高志と言います。気が付くとこの格好でこの建物のそばの草むらに倒れていました。ここに来たのは、他に行くあてが無かったからです」


 俺は自分の状況を正直に話す。


「……我はシェルファニール。ここの主だ」


「突然やってきた事は謝ります。ですが、俺には貴方に頼る以外に生きる術がありません。俺に出来る事は何でもします。助けてもらえませんか?」


 俺の言葉に彼女は暫く考え込む。

 俺は彼女を見据えたまま、言葉を待つ事にする。


「……まあよい。あの扉の奥に地下に続く階段がある。その先に倉庫があるからそこの物を好きに使え。どうせ私には不要な物だ」


 そう言うと彼女は振り向いて元来た方へ去って行った。


「あ……、待って下さい。話を……」


 俺は去っていく背中に声を掛けたが、彼女は振り向く事無く二階へと登って行ってしまった。

 二階の奥に彼女が去って行き、辺りは静寂に包まれる。


「……とにかく、倉庫とやらに行ってみるか」


 聞きたい事は山ほどあるが後日にしておこう。ここで彼女の機嫌を損ねて追い出されても困る。

 俺は彼女に教えられた扉を開き地下への階段を下りる。

 暫く進むと、目の前に一つの扉が見えてくる。恐らくここが倉庫の入り口なのだろう。

 扉を開けて、俺は驚いた。

 そこには広い空間に所狭しと様々な物が保管されていた。

 食料、衣類、酒、武器、その他様々な物が置かれている。しかも、どれも新品同様の保存状態だ。

 蜘蛛の巣も埃もない。食料はどれも瑞々しく新鮮そのままの状態で保存されており、衣類などの物品も綺麗なままの状態が保たれている。


「何なんだ、ここは」


 明らかに特殊な空間となっている。恐らく、何らかの超常の力が働いているはずだ。


「魔法、なのか……」


 俺は傍に在った赤い果物を齧る。味も鮮度もまったく問題ない。

 これで食べ物の心配が無くなった。 

 俺は遠慮なく果物を齧りながら、何があるかを調べて行く。


「……お、服発見。助かった、どうやら変態剣士は卒業出来るな」


 洋服ダンスのような物の中には、男物や女物の様々な服や下着が入っていた。

 俺はその中から黒色の布で出来た服を選んで着る事にした。


「他には……」


 俺は広い倉庫を隈なく調べて行く。好きに使って良いと言ったんだ。徹底的に使わせてもらおう。


「だけど、何で自分には不要な物なんだ?」


 確かに男物の衣類などは不要かもしれないが、食料や女物の衣類関係はあの人にも必要な物ではないのか?

 うーむ、解らん事だらけだ……。

 だが、今あれこれ考えても仕方がない。明日にでも直接本人と話をしよう。

 この世界の事、記憶の封印の事、あの人自身の事……。

 聞かなければならない事が山ほどある。

 

 だが、今日はもう休もう。さすがに疲れた……。

 俺は倉庫で見つけた毛布を持ってロビーに戻る事にする。綺麗なのだが、ここにあまり長く留まるのは正直怖い。倉庫なのだから、人体に悪影響など無いとは思うが……。


 ロビーに戻ると、俺は壁にもたれ掛かり毛布を被る。

 彼女に許可されたのは地下倉庫の事だけだから、あまり勝手にうろうろしない方がいいだろう。

 目を閉じると、あっと言う間に睡魔に襲われた。

 どうやら思った以上に疲れていたようだ。


 翌日……。

 陽の光の眩しさに目が覚める。

 欠伸をしながら、周囲を見回すと思っていた以上に汚い。あの人はよくこんな汚い所で生活出来るものだ……。

 さて、取り敢えず彼女がやって来るまで何をしようか?

 ……考えるまでも無いな。掃除をしよう。

 俺は潔癖と言われる日本人なのだ。いくら他人の家と言えども、この汚さを許す事が出来ない。

 倉庫から道具を取って来ると、ロビーから掃除を始める事にした。


「くそ……、さすがに中性洗剤は無いし……。このネチャネチャは水で取れるのか?」


「この扉の奥は……、風呂か。……えっ? マジでこれ風呂なのか……。この色はあり得んだろ……。何故洗剤が無いんだ……。こんなもの水で何とかなるのか? ……え? 案外いける……、そうか。建物自体に劣化防止の力があるんだな……」


「ありえん。これが台所だと? こんな所で食事を作るなど冒涜だ……」


 あまりの汚さに怒りを覚えながらも俺は建物の一階部分を徹底的に掃除した。

 日が暮れた頃、ようやく一階部分の掃除が終わり俺は綺麗にした台所で料理を作る事にした。

 俺が料理をしていると、シェルファニールが入口からこちらを覗き込んでいた。 

 

「ゴソゴソと何をしていたんだ?」


「掃除に決まってるだろ。あんた、よくこんな汚い所で暮らせるな」


「別に気にしない。我はどうせ自室で眠るだけだからな」


「飯とか風呂はどうしてたんだ?」


「我に食事も風呂も必要ない」


「あんた……、風呂に何日入っていない……」


「さあな。千年……、ぐらいかのぉ」


「今すぐ風呂に入れ! 湯はもう入っているから。あとその服も、よく見たら目茶目茶汚いじゃないか。洗濯するから脱いだら籠に入れておけ!」


 俺は激昂した。こんな綺麗な人が汚物と変わらんなど許せなかった。


「まて、我は人ではない。お前たちと違い排泄も新陳代謝も止める事が可能なのだ。」


 汚物扱いが不服だったのか、シェルファニールが反論してくる。


「仏像や銅像も汚れは出さんが、塵や埃で汚くはなるんだ。四の五の言わずとっとと風呂に入れ!」


 何か言いたげだったが、俺は一切の反論を許さなかった。シェルファニールはブツブツと言いながらも風呂に向かって行った。


 暫くして、料理の方も一段落した頃、シェルファニールが台所に戻ってきた。


「風呂に入ってやったぞ」


「服は如何したぁぁぁぁぁ!」


 俺は全裸で胸を張って威張っているシェルファニールに対し叫ぶ。


「お主が汚いから脱げと……」


「脱いだら着ろぉぉぉ!」


「じゃが、用意されてなかったぞ」


 ……こいつ……。薄々感じてはいたが、かなりダメっ子動物だ。


「はぁ。解った、俺が倉庫から適当に持って来るから、そこの椅子に座って待っててくれ」


 そう言って俺は地下倉庫へ下着と服を取りに行った。


「……ほう。お主、随分エロい下着を持ってきたのぉ。くくく、このむっつりスケベが……」


「うるさい。だまれ。いいからとっとと着ろ」


 すでに、俺の中に遠慮の言葉は消えた。

 俺は座っているシェルファニールの前に作った料理を並べて行く。


「我は食事を取る必要などないぞ?」


「飯を食う事が出来ないのか?」


「いや、そう言う訳では無いが」


「なら一緒に食べよう。食事は何も生命活動の為だけじゃ無い。楽しんだり、コミュニケーションの手段だったりもするんだ。俺はあんたに聞きたい事が山ほどあるんだ。すまないが付き合ってもらえないか?」


 俺の言葉にシェルファニールは「仕方ないのぉ」と言いながらも頷いてくれた。


「ふむ。久しぶりの食事じゃが、悪くはないのぉ」


 スープを飲みながらシェルファニールが言う。俺は一人暮らしで自炊もしていたのでそれなりに料理が出来る。このスープも俺の得意料理の一つを有る材料で出来るだけ再現したものだ。


「なあ。あんたは人では無いと言っていたが、では何なんだ?」


「我は魔人じゃよ」


「魔人?」


「うむ。人より強靭な肉体と魔力を持つ、そんな存在じゃよ」


「魔力……。やはりこの世界には魔法が存在するのか?」


「うむ。その言い方じゃと、お主は魔法が無い世界から……、異世界から来たのか?」


「ああ。その通りだよ。理由は解らないけどな。異世界からの来訪者ってよくあるのか?」


「うーむ……。まあ無いとは言わんが……」


 どうやら、俺の存在はかなりレアケースなようだ。


「昨日、あんたは俺を見て、記憶が封じられていると言ったけど、それはどういう事なんだ?」


「お主にかなり強力な封印が施されておる。それが見えただけじゃよ」


「解く事は出来るか?」


「……無理じゃな。我が下手に手を出せば封印ごとお主の記憶が吹き飛ぶじゃろう」


 封印された記憶に、俺がここに来た理由が隠されているのかもしれない。

 そもそも、持っていた武器といい、この世界の言葉が解る事といい、不自然な事が多すぎる。

 きっと何かがあるはずだ。


「ここにはあんた以外に誰もいないのか?」


「うむ。この周囲は我の領土じゃからな。かつては人や妖精なども住んでおったが、いつの間にか居らぬようになって、今では我一人じゃ」


 今住んでいる所も、地下にあった物もかつて居た連中が用意したものらしい。

 

「我は魔人の中でも、特に強い力も持っておる。じゃから、我の領土に住む者たちが頻繁に貢物を持って来たのじゃ。もっとも我には不要な物ばかりじゃから勝手に倉庫に放り込ませておったがな」


 若干得意げに胸を張って言ってくる。


「あんたは普段ここで何をしてるんだ?」


「何もしておらんよ。お主が来るまで我は自室で眠っておっただけじゃ。こうして風呂に入ったり食事をしたり、会話をした事自体どれ程ぶりか……」


 侵入者が来たから目覚めたとシェルファニールが言う。

 成程。だから荒れ放題だったのか。  


「お主が突然我の領土に現れて驚いたよ。我の結界を超えて来るものがおるとは夢にも思わなんだからな。恐らく、我の力を超える何者かの仕業なのじゃろうな」


 デザートの果物を食べながらシェルファニールが言う。

 誰が何の目的で俺をここに連れて来たのか。正直あまり考えたくないな……。

 きっとロクなもんじゃないような気がする。


「なあ。あんたは俺が来るまでずっと眠ってたと言うが、何故眠り続けるんだ?」


「理由などない。詰まらんから眠るだけじゃ。我は長く生き過ぎた。何をするのも面倒じゃから眠る……、ただそれだけじゃよ」


 シェルファニールはそう言うと席を立つ。


「我は再び眠りにつく。お主は好きにするがよい。我が領土内なら魔獣などもおらんから命の危険も無かろう」


 そう言ってシェルファニールは二階の自室へと帰って行った。

 

「詰まらない……、か……」


 俺は彼女が去って行った方向を暫く眺めていた。


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