第五十七話:邂逅
地下へと続く長い階段を俺達は降りて行く。
フェリス様達は未だ力を封じられている見たいで随分と調子が悪そうだ。アルテラの力は魔力や体力など様々な物を弱体化させているみたいだ。
その周囲は教会騎士が囲み、とても逃げられる状況ではない。
「爺、俺達を何処に連れて行くつもりだ」
俺はぞんざいに言う。もはや敬称をつけて名を呼ぶつもりも無い。
「この先にかつて女神アルテラ様がご降臨された場所があるのですよ。貴方にはそこから女神アルテラ様の御許に向かって頂きたいのです」
爺が笑顔でそう言う。
こいつのいう協力。それは何の事はない。俺を生贄にして、女神アルテラをこの世界に降臨させる事だった。
「かつて、アルテラ様をご降臨させた聖女様が通った道。そこを貴方に通ってもらいたいのです。この道は資格ある者しか通る事が出来なくなっておりまして、貴方自身で歩いて貰わなければならないのです」
成程。だから人質が必要だったのか。
俺に協力させる為に……。
「高志はどうなるのよ」
フェリス様が苦しそうにしながら声を出す。
「さて。何分我らも伝承に基づいて動いているだけですので。聖女様がその道を通り、アルテラ様をご降臨させた事は伝わっていますが、聖女様がどうなったかまでは……」
「随分杜撰な計画ですね。そもそも高志がその道というものを通ったとして、本当にアルテラが降臨するのですか?」
エリーゼ様が軽蔑の眼差しを向けながらそう言う。
「ははは、これは手厳しい。確かに、我々の根拠は伝承に基づいているだけです。ですが、実際に資格ある者しか通れない道があるという事実もあります。そこを通れば゛何かが起こるはず゛。我々はその何かを起こして見たいのです」
「そんなあやふやな事に高志さんの命を危険に晒すのですか……」
マリーが呟く。
マリーの顔色が悪いのは、力を封じられているからだけではないだろう。裏切られた思いとお爺さんの事もあり、かなり精神的に辛いはずだ。
「女神アルテラ様の復活。それは我々の悲願。その前にはどの様な事も些末な問題にすぎません」
狂信者には何を言っても無駄だろう。こいつらは目的の為に手段を選ばない。
「我々は、あの道を通る資格ある者を必死に探しました。長い時間をかけて道を調べ上げ、資格ある者を探す魔法を作り上げ、この世界すべてを調査し……。だが、何時まで経っても見つける事が出来なかった……。長い絶望の日々を過ごすうちに、私の曾祖父が新たな方法を考え出したのです」
「それが召喚という方法か……」
探して見つからないなら、無理やり連れて来たらいい。確かに確実な手段ではあるが……。
「そうです。これとて、容易い方法ではありませんでしたよ。多くの費用と時間、そして人命を失いました」
何とかの一念というやつだな。
「いっそのこと、アルテラを直接降臨させる方法を考えた方が早かったんじゃないか?」
「無論、様々な方法を考えていますよ。今でも多くの研究がされています」
これが失敗しても、また次の方法を考えると爺が言っている。
「その研究に、どれだけの人命が犠牲になっているのかしらね」
「ははは、女神の為の尊い犠牲ですよ。皆、神の御許で救われている事でしょう」
俺達は軽蔑の眼差しを向ける。
何を言っても無駄だろう。こいつは心底、それが゛正義゛だと思っている。
そんな話をしている内に、俺達は階段の終点に辿り着く。
そこは広い地下空洞になっており、視線の先に人一人が入れるぐらいの空間の歪みのような物が見えた。あれが道という事だろう。
その周囲には爺の仲間と思われる男女が沢山集まっていた。
俺達は道のある地下空洞の中心部付近まで歩く。
「さて、では高志殿。さっそくこの先を歩いて頂けますかな?」
爺が興奮した表情を必死に抑えながら言う。
悲願が達成するかも知れないのだ。小躍りしたい気分なんだろうな。
「高志……」
フェリス様達が不安そうな表情で俺を見ている。
フェリス様達やマリーのお爺さんが人質に取られている以上、俺に選択肢は一つしかなかった。
「ちょっと、出かけてきます。大丈夫、すぐに戻ってきますよ」
俺は皆に笑顔でそう言うと、空間の歪みに向かって歩き出した。
「ああ。女神よ。我らが女神アルテラ様。今こそ、そのお姿を我らの前に……」
狂信者どもが祈りを捧げている。
俺は唾を吐き捨ててやりたい気持ちを抑えて、空間の歪みの中に入る。
あっさりと中に入れた事に拍子抜けしながらも、俺は真っ暗な空間を歩き続ける。
どれ位時間が経っただろう、俺はひたすら前に歩き続けていた。
すると、突然周囲が明るくなり、真っ白な広い空間に変化した。
「なっ、なんだ突然……」
俺は足を止め、周囲を見渡す。
真っ白な白い空間。他には何も見えない。ここが終点ということか?
「やっぱり来ちゃったね。折角警告してあげたのに」
と、突然俺の目の前に、あの時の不気味な子供が現れた。
「やあ。久しぶりだね、小野寺高志さん」
その子供は笑顔で挨拶をしてくる。
「まあ、何と無く思ってたけど……。お前がアルテラという事か?」
俺はそいつを睨み付ける。女神というから女とも思っていたが……。目の前にいるのは男の子だ。まあ、常識に囚われても意味が無いかな。あるがままを受け止めよう。
「残念。僕はアルテラなんかじゃないよ」
「じゃあ、お前は誰だ」
「難しい質問だね。僕自身、僕が何者か解らないんだよ。まあ、便宜上神と呼んでくれても構わないけどね」
その子供は両手を少し広げ困ったような顔でそう言う。
「じゃあ、お前に用は無い。俺はアルテラに会いに来たんだ」
「ふふふ、冷たいなぁ。でも、アルテラに会う事は出来ないよ。彼女は゛もう死んでるから゛ね」
子供が笑ってとんでもない事を言う。
「女神が死んだ?」
俺は驚きを隠せず叫ぶ。
「あはは、いいねぇ。その反応」
その反応に気を良くしたように、子供は俺の事をニコニコ笑って見ている。
「勿体付けるのは此処までにしてあげるよ。そもそも、君たちは勘違いしているんだ。アルテラというのはね、ここにやって来た人間の女の名前なんだよ」
「やって来た人間……、もしや聖女の名前なのか?」
「ふふ、そうだよ。君たちが聖女と呼んでいる……、復讐に狂った下らない女の名前さ」
どういう事だ……。
「まあ、立ち話もなんだし座って話そうか」
子供が指をパチンと鳴らすと丸いテーブルと椅子が現れる。
「別に指を鳴らす必要なんか無いんだけどね。まあ様式美というやつだね」
子供が席に座るように勧めてくるので、俺は遠慮なく座る。すると、何もなかったテーブルの上にティーセットが現れる。
「さてと……。何から話そうかな……」
子供が考え込んでいる。
「一からすべてを話してくれ」
俺は目の前の紅茶を飲みながら頼む。
「躊躇なく飲むんだね、君は。初めて僕に会った時は怯え捲くっていたのに、今は随分と落ち着いているしね。不思議な人間だね、君は」
「今だって怯えているさ。だが、もうここまで来たら腹を括るしかないだろ。あの道を通った時点で死は覚悟していた。なら、それ以上怖い物はないだろ?」
俺の答えに子供は満足したようだ。ニコニコと笑っている。
「そうだね……、まず僕の事なんだけど、さっきも言ったけど僕自身解らない。気が付くと存在していたという感じかな。僕は何でも出来るけど、何でもは出来ない……。何て言ったらいいのかなぁ、ここにやってくる者に力を貸す事は出来るけど、自分の意思で力を振るう事は出来ない……。そんな感じかな?」
「自分の意思で力を使えない? だが、お前は以前俺の前に姿を現したじゃないか?」
「あはは、アレはまあチョットした反則技みたいなものかな? まあ、神のお告げとかよくあるじゃない。君があまりにも平和ボケしてたから、一言言いたくなってね」
「何故? そもそも、お前は何で俺を知っている?」
「ふふっ。君は小説とか読むでしょ? 僕も同じなんだよ。まあ、僕の場合本ではなく、人の観察なんだけどね。暇つぶしに、色々な人間を観察するのが趣味なんだよ。勇者と言われる人から外道と言われる人まで、多くの者達を観察してね」
「何故俺が観察される事になったんだ?」
俺は何の特徴も無い人間だ。そんな俺に何故こいつは目を付けた?
「君に目を付けたのは偶然さ。アルテラ教の連中がやっていた召喚の儀式を見ていてね。あいつら、僕に会う事の出来るやつを、無理やり異世界から引っ張り込もうとしててね。そう言う方法で僕に会うのは反則だから失敗させようかとも思ったんだけどね、なんか面白そうだったから見逃してあげたんだ。ただし、すんなり成功させるのも面白くないから、君だけは別の場所に飛ばされるようにしてね」
「……お前が元凶か……」
「あはは、そんな目で見ないでよ」
「自分の意思で力を使えないんじゃなかったのか?」
「これに関しては別だよ。異世界の人間の召喚は本来禁則事項なんだ。だから、僕にはそれを止める権限がある」
「……この世界の管理者なのか、お前は?」
「そうなのかもね。僕には解らないよ。知識も権限もある。だけど使命のような物はないんだ。だから、召喚も気分によって成功させたりもしてたよ。面白そうならね」
最悪だ……。こいつにとっては面白いかそうでないかがすべてのようだ。制限が無ければこの世界はとんでもない事になっていただろう。
「召喚を邪魔した後、どうなるかをずっと見てたんだ……。正直驚いたよ。以前にも言ったけど、絶対君は悲惨な毎日を送る事になると思っていたんだ。君がどう絶望して歪んでいくか……、それを楽しもうと思っていたのに、君はどんどん別の方向に進んでいく。久しぶりだったよ、こんなに楽しかったのは」
俺は子供を無言で睨み付ける。こいつは神でも管理者でもない。悪魔、邪神の類だ。
「解った。もう俺の事はいい。アルテラの事について教えてくれ」
俺は吐き捨てるように言う。これ以上は聞きたくない。こいつのあまりの身勝手さに怒りが湧き上がってくる。
「彼女はね、君と同じここに来る資格をもっていた人間なんだ」
「資格ってのは何なんだ?」
「運だよ。宝くじみたいなものだね。あの歪みに反応する因子をもっていればここに来る事が出来る。その確率は、まあゼロに近いんだけどね。だからこそ、アルテラ教の連中は自分たちの世界ではその因子を持つ者を見つける事が出来なかったんだ」
「あの歪みもお前の仕業か?」
「そう取ってもらっても構わないよ。ただし、元々僕はここに誰かが来るなんて思っていなかった。あの歪みは僕がここに来る為に作った物でね。本来は僕以外は通る事が出来ないはずだったんだ。だけど、それこそ神の悪戯ってやつだね。彼女や君のように通れる者が現れた」
子供は楽しそうに話す。
「アルテラはね、魔人に家族、夫、子供、友人。自分の大切な人達をすべて殺され、自身も酷い目に遭わされていてね、絶望に暮れながら偶然あの歪みに入り込んだんだ。僕は驚いたよ。まさか別の何者かがやって来るとは思ってもいなかったからね。僕の事を知ると、彼女は僕に力を貸して欲しいと頼み込んできてね。面白そうだったから、力を貸してあげたんだ……。対価と引き換えにね」
「対価?」
「ああ。当然じゃないか。自身にとって価値あるものを支払い、願いを叶える。僕は無償で力を貸すほど優しくはないよ」
「彼女は何を支払ったんだ?」
「彼女には自分の命ぐらいしか無かったね。それでも正直不足だったけど、まあ大サービスしてあげたよ」
子供は笑って言う。
やばい、想像以上にこいつは危険だ。
「彼女はその後、自らを女神アルテラと名乗り、魔人排斥の為にその力を振るったんだ。もっとも、彼女の支払った対価程度では彼女の願いであった魔人撲滅は不可能だったからね。だから彼女は周囲の人間を唆した。唆された者たちが、アルテラ教の連中と言う訳だよ」
「そう言う事か……」
「その後、彼女は力を封じる魔法の宝玉を残して消えた。それが、フェリス達を封じている力の元さ。本来はその宝玉も魔人撲滅の為に使用させるつもりだったんだろうがね」
アルテラ教の歪んだ思想。当然だ、そもそもが復讐に取りつかれた女の妄執が作り上げた物だったのだから。
「さて、ところで高志。君はどうするつもりだ?」
子供が問いかけてくる。
「貴様が邪神の類という事は理解出来たよ。何も願わず帰る事は可能なのか?」
「もちろん可能さ。君はなんの問題も無く元来た所へ帰る事が出来るよ。だけど……、本当にそれでいいの?」
その言葉に俺はグッと拳を握る。
そう。このまま戻っても何の解決もしないのだ……。
「言っておくけど、アイツら狂信者共は君たちを無事に返す気は無いよ。君たち全員神の名のもとに人体実験の犠牲になる。君はこの道を通る資格を探る為、バラバラに切り刻まれるだろうね。フェリス達は、そうだなぁ……、強い子を産む為の道具にでもされるかな? 色んな男共に犯されて、死ぬ事も許されず……、薬や魔法で自我は消されるかもしれないね。まあ、その方が幸せだろうけど」
俺はその姿を想像して怒りに気が狂いそうになる。
そんな事を……。
俺の大切な女を……。
そんな目に遭わせてたまるか!!
「おい邪神! 力を貸せ。フェリス様達を助ける為に」
俺は邪神に向かって言う。
「ふふふ、邪神だなんて失礼だね、君は」
邪神は笑っている。
「うるさい、黙れ。俺の命をくれてやる。黙って力を貸せ」
俺は笑う邪神に命令する。
あの人達を守る。その為なら俺の命ぐらい安い物だ。
「いいよ。力を貸してあげるよ。元々そのつもりだったしね……。ただし、対価は君の命じゃない。もっと大切な物を支払ってもらうよ」
邪神はにやぁといやらしい笑みを浮かべる。
「てめぇ……」
俺は低い声で言う。
命より大切な物。そんなのはあの人達以外には無い。そんなものは支払う事は出来ない。
「あははは、そう心配しなくてもいいよ。支払うのは君自身だ。決して周りの人間達に危害を加えたりはしないから」
「何を支払えと言うつもりだ……」
「なぁに。僕が楽しむ為に必要な事を君にお願いしたいのさ。それは、君にとっても悪い話では無いかもしれないよ。まあ、どうするか判断するのは君だ。僕は無理強いするつもりは無い」
邪神はそう言って支払う対価を伝えてくる。
それを聞き、俺は……。




