第五十六話:罠
アルテラ教会総本部前の道には、数多くの屋台とそこにくる人でごった返していた。
「凄い人じゃないか。ごく一部の人しか参加出来ないんじゃなかったのか?」
「いえ。ここの人たちは便乗してお祭り騒ぎをしている人達です。教会の中に入る事は出来ません」
俺の疑問にマリーが答えてくれる。
残念だ。どうせならこっちで楽しみたかった。
教会の入り口前で受付の司祭に話をすると、案内人を呼び出してくれた。
案内人のシスターが建物の中の一室に俺達を通すと、席に座って暫くお待ち下さいと丁寧にお辞儀をして部屋を出て行く。
暫くして、穏やかで優しそうな顔をした初老の男が部屋にやってきた。
「本日はお越し下さり誠に有難う御座います。私はベネリウスと申します。フェリス様とは数年前に一度お会いしましたな。お久しぶりで御座います。高志様とエリーゼ様とはお初にお目にかかります。お会い出来て光栄で御座います。マリアンヌ。急なお願いを聞いてくれて有難う。感謝するよ」
ベネリウス枢機卿は俺達一人一人に笑顔で話しかけてきた。
何と言うか、随分と人当たりの良い人だ。イメージとは随分と違う。
だが、それだけに注意が必要だ。
悪人が全員悪人面しているとは限らないのだ。
「本日はご招待して頂き、有難う御座います。信徒でもない我々を、信徒でもごく一部の者しか参加を許されないアルテラ復活祭に呼んで頂けるなど……。大変光栄ですわ」
フェリス様が猫十匹ぐらい被ってお礼を言う。
「いえいえ。皆さまのお噂はかねがね伺っておりました。是非一度ゆっくりとお話をしたいと思っていたのですよ。そんな折、復活祭が間近という事もありましたのでご招待させて頂いたのです。復活祭はその性質上守秘の義務があるのですが、それさえ守って頂けるのなら信徒でなくても参加は可能なのですよ」
「守秘の義務ですか……。それこそ我々が参加してもよいのですか?」
「ははは。そう難しく考えなくても良いですよ。殆ど形式のようなものですから。他言を控え、書物などに残さない。そうお約束して下されば」
ベネリウス枢機卿は手を振りながら笑顔でそう言う。
「でも、国王陛下すら参加した事が無いと聞いたのですが」
「ははは。逆ですよ。国王陛下をご招待するなど恐れ多い事ですから。まして守秘の義務を課せるなど」
参加した事が無いのではなく、参加をお願いする事が出来ないだけとベネリウス枢機卿は言う。
暫くして、一人の司祭が準備が整った事を伝えにやってきた。
俺達はそのまま司祭に連れられて、大きなホールにある観客席へと案内される。
観客席で座ってまっていると、聖歌隊が讃美歌のようなものを歌いだした。その後も楽器による演奏や女神アルテラへの感謝の言葉の朗読など、ハッキリ言って退屈な催しが続く。
こんなのの何処に守秘が必要なんだよ……。
俺は欠伸をしながら思う。
何度目かの欠伸をした時、急に会場が静かになる。
「これより、真実の歴史を伝える。歴史の闇に葬られた女神アルテラ様の奇跡と使命を……」
舞台の司祭が良く通る声で話し始める。
「かつて、このローゼリアの地は魔人による侵略を受けていた。強靭な肉体と強大な魔力を持つ魔人達。そしてそれらに率いられた無数の魔獣や魔物達。奴らはこのローゼリアの大地を次々に侵略し、我々は滅びに瀕していた。だが、一人の強大な魔法使いが現れ魔人達を魔の森奥深くに追い返した」
確かオーモンド初代当主。フェリス様のご先祖様だったっけ。
「それは表の歴史……、いや偽の歴史だ! 何故なら、真にローゼリアを魔人の手から救ったのは女神アルテラ様なのだから!」
随分過激というか……、フェリス様が怒りの表情になりつつある。当然だろう。自分のご先祖様の伝説を偽と言われたら不愉快にもなるだろう。あの爺よくこんなものをフェリス様に見せる気になったものだ。ケンカを売っているようなもの……、いやケンカを売っているんだろう。注意した方が良さそうだ。笑い顔の裏は随分と黒そうだ。
「絶望していたローゼリアの民の前に、美しく清らかで眩いぐらいの光に包まれた神々しいお姿の女神アルテラ様が降臨された。そして、アルテラ様はそのお力で魔人達の力を封じて下さったのだ。力を封じられ無力となった魔人達は次々と討ち取られていき、魔の森奥深くに追いやられた」
成程。確かに、初代当主が強大な魔法使いとは言え、単純に力だけで追い返す事が出来るとも思えないな。こいつらの言う事が真実かどうかは別にして、何か他の要因があったというのはあり得る話だ。
「時の権力者共は、自分の地位を脅かすかも知れないアルテラ様を恐れ、その奇跡を無かった事としたのだ!」
権力者共って、国王や貴族の事だよな……。こいつら、下手すりゃ反逆者じゃねぇか……。そりゃ、この復活祭に国王とか呼べんわ。守秘義務とかも当然だ。こんな話、表ざたには出来んわ……。
「それは良い。アルテラ様は権力など欲しない。だが奴らは更なる過ちを犯したのだ! それは、滅ぼすべき魔人と手を結び相互不可侵の契約を結んだのだ! それを知ったアルテラ様はお怒りになり、我らの前から姿を消してしまわれた」
うーむ。その辺りはなんか眉唾だよな。その程度で怒るとか沸点低すぎだろ。追い返したとは言え、双方膨大な被害があったんだ。寧ろ英断と言えるはずだ。
「我らアルテラ様に仕えし者は、使命を果たさなければならない。残虐非道な神の敵である魔人をこの世界から駆逐し、真なる平和を。アルテラ様が望し世界を作らなければならないのだ!」
周囲から盛大な拍手が巻き起こる。中には「魔人を滅ぼせ」などと叫ぶ声も聞こえる。
これではカルト教団と変わらない。
不安に思い、マリーを見ると顔をしかめているのが見えてホッとする。他にもそういった態度の司祭やシスターが見えるので、どうやら魔神排斥論者は一部の者だけのようだ。
だが、そのトップが時期教皇と目されるベネリウス枢機卿なのだから、将来的にはどうなる事か……。実際、アルテラ復活祭がこんな内容なのだから。
その後も魔神排斥を訴える内容の催しが続き、いい加減限界が来そうになった時、やっと全ての出し物が終わった。
正直もう帰りたい気持ちで一杯だったが、是非夕食をと誘われ、仕方なく別室に連れて行かれた。
「しかし、ひどい祭りだな」
俺はポツリと呟く。復活祭とは名ばかりの革命家の演説のような代物だ。もはや洗脳に近い。
「ここまで極端な内容になったのはここ数年なんです。それまでは、あまり大っぴらにお聞かせ出来る内容では無かったですが、これほど過激な物では無かったんです……」
今日の物は特に酷かったとマリーが申し訳なさそうに言う。
「どうにもきな臭くなって来ましたね」
「はい。実は、お爺様も今回の件を不自然に思ったらしく、同席してくれるはずだったんですが、未だに連絡が何も無いんです」
「……このまま帰るという訳にも行かないわね」
フェリス様の言葉にうなずく。
ちょうどその時、扉をノックする音が聞こえてベネリウス枢機卿が姿をあらわした。
「いやいや、お待たせしてしまい申し訳ない」
「……私たちもいい加減疲れたから要件があるならさっさと話してもらえるかしら」
フェリス様が被っていた猫十匹は全部いなくなったようだ。
「ははは。いやいや、相変わらずですなフェリス様は。では早速お聞きしますが」
気分を害した様子もなく、ベネリウス枢機卿は椅子に座るとにこやかに話し始める。
「我々に協力をして頂けませんか?」
「協力?」
「はい。我らが女神アルテラ様よりの使命……。魔人の撲滅にです」
「お断りするわ」
フェリス様がハッキリと拒絶する。
「はっはっは。しかし、我々がお願いしているのは貴方では無い」
ベネリウス枢機卿はそう言うと俺の方を見る。
「貴方にお願いしているのです。高志殿」
「俺に言われても……。俺は何の取り得も無い奴隷ですよ」
「いやいや、貴方には立派な取り得があるのですよ。゛数多の犠牲を払い召喚するだけのね゛」
その言葉に背筋が寒くなる。
「召喚……。いったい何の事を言っているのですか?」
俺は平静を装う。
落ち着け。ブラフかも知れない。
「ベネリウス枢機卿。貴方は何か勘違いをしているのでは?」
エリーゼ様も平静を装いながら言う。
「くっくっく。此度のお誘いを、まさか素直に受けて下さるとは思ってもいませんでした。断られる事を前提に色々策を考えていたのですが……」
「へぇー。それは、マリーのお爺様が見当たらない事に関係しているのかしら」
フェリス様の声が低くなる。
「勘が鋭いですな、フェリス様は……」
「お爺様に何をしたのです!」
「安心なさい。我々の邪魔をしないように閉じ込めているだけですから。貴方方が招待に応じて下さらない時に人質にする予定だったのですが、その必要も無くなりましたからね」
未だに笑顔を保ったままベネリウス枢機卿は言う。
「そう。なら私達も遠慮する必要は無さそうね」
フェリス様達が魔法の詠唱に入る。
だが、それを見てもベネリウス枢機卿は余裕の表情を崩さない。
と、突如フェリス様達の表情が険しくなる。
「な、これは……」
「魔法が……」
「どうして……」
三人が困惑の表情で呟く。
と、扉より教会騎士が数人入って来ると、フェリス様達に拘束の魔法を掛ける。
エリーゼ様は素早く騎士に攻撃を仕掛けるが、一人を倒すのが精一杯だった。
三人は魔法の網に捉えられ床に倒れている。
俺もまた騎士の一人に後ろから羽交い絞めにされ動けなくされている。
「何をしたの……」
フェリス様が苦しそうな声で言う。
「おや? 今日の催しを見ておられたのに解らないのですか? これこそがアルテラ様が残された奇跡のお力ですよ」
ベネリウス枢機卿は楽しそうな声を出す。
自分の思惑通りに事が進んでいる事に機嫌を良くしているのだろう。
「アルテラの力……、魔人の力を封じたというやつか?」
「ええ、その通りです。対象は魔人に限ったものでは無いのですがね。効果は皆さまが身をもって体験されているのでお判りでしょう」
こんな切り札があったとは……。
「もっとも、我らの力では効果範囲が精々この本部周辺までが限界なのですがね」
成程。だからこいつは俺達を呼び寄せたかったのか。
最悪だ。何が虎穴に要らずんば虎児を得ずだ。完全に藪蛇だ。これならセドリック様に助けを乞うた方が良かった……。いや、人質を使われたらどちらにせよ、ここに誘き寄せられていただろう。仮にセドリック様や多くの兵士と攻め込んだとしても、この力を使われたら……。
「見つかった時点で詰んでいたのか……。だが、何故俺だと断定出来たんだ。俺は自分の身元を誰にも話した事は無かった。疑わしい行動はあったかも知れないが、あんたは俺が異世界の人間だと確信している。何故だ」
俺の疑問を聞き、ベネリウス枢機卿は一人の司祭に何かを持って来るように命じた。
暫くして、司祭が両手で抱えるぐらいの箱を持ってきた。
中に入っていたのは……。
「俺の……、寝間着……」
そう。その中には俺が現実世界で寝る時に来ていた寝間着が入っていたのだ。
それだけでは無い。枕元に置いていた目覚まし時計や携帯電話、そして……、
「財布……。そうか、中の免許書を見たのか……」
顔写真……、確信する訳だ。
「多くの犠牲を払って貴方を召喚しようとしたのに、我らの前に姿を現したのは服と小物類だけ……。流石に焦りましたよ。この肖像画が無ければどうなっていた事か」
だから俺はパンイチだったのか……。今明かされる真実。
「さて、高志殿。今一度問いましょう。我々に協力して頂けますか?」




