第五十五話:誘い
モリスと別れ、王都の拠点に戻って数日が過ぎた。
「お手伝いして下さり有難うございます」
マリーが野菜の入った袋を両手に下げながら俺の横を歩いている。
「気にしなくてもいいよ。特に予定も無かったし、こんな沢山の荷物は一人では無理だよ」
俺も調理道具等の重い物が入った荷物を持ちながら歩いている。
マリーは王都にいる時はよく教会の手伝いをしている。
冒険者になった時に、義務としては免除されているのだが自主的に手の空いている時は教会の仕事をしていた。
そして今日、マリーは教会が運営している孤児院の手伝いを頼まれたのだが、一人では手が足りなかった為、急遽俺もお手伝いする事になったのだ。
「本当に良かったのですか? 多くは払えませんでしたが、依頼としてギルドに出す事も出来たのですよ?」
「マリーだって今は無償で働いているんだろ? なら俺もそれでいいよ」
「私はアルテラ様に仕える者ですから……。ですが高志さんは」
「マリーは大切な仲間なんだから。困っていたら手を貸すのは当然だろ? フェリス様やエリーゼ様だって今日用事がなければ同じようにしたと思うぞ。それにマリーだってそうだろ?」
俺の言葉にマリーが目を少し潤ませて嬉しそうな表情を作る。
「酷いです。私……、両手が塞がっているのに……」
涙が拭えないと、泣き笑いの顔をしながら不平をいうマリー。
俺はそんなに特別な事を言ったつもりは無かったんだけどな……。
暫く歩くと、街の郊外にある孤児院が見えてくる。思っていたより立派な建物だ。
「思っていたよりも立派な孤児院だな」
俺は素直な感想を述べる。正直もう少しこぢんまりとした所を想像していた。
「アルテラ教会が結構な額を使って運営していますから。孤児たちも街の子供達と同等の生活を送れていますよ」
「へぇー。正直俺は宗教にはあまり良いイメージを持って無かったんだけど、少し見直したな」
俺の言葉に、マリーは何故か少し悲しそうな表情をする。
「ま、マリー?」
「行きましょうか、高志さん。子供たちがお腹を空かせてしまいますわ。早くご飯を作ってあげないと」
マリーはパッと表情を明るくすると、孤児院へと向かい歩いて行く。
正直さっきの表情が気になる所だが、あまり触れて欲しくないのだろう。気にはなるが、触れない方が良さそうかな。
孤児院に入り、荷物を所定の場所に置くとマリーは厨房の手伝いへと向かう。
荷物持ちが終わり仕事が無くなった俺は帰っても良かったのだが、マリーや他のシスターさんから夕食を一緒にと誘われたので、待っている間の暇つぶしも兼ねて孤児院の子供たちと遊ぶ事にした。
捨てられた者、親を亡くした者、そう言った二十人程の子供たちがここで暮らしている。
数人を除いて多くは五歳から十歳ぐらいの小さな子供たちだ。
数人の大きい子供は孤児院の手伝いで働いているので、俺は残りの小さい子供たちとグラウンドで遊んでいる。
「あははははっ、兄ちゃん見つけた」
俺は木の後ろに隠れていた所を見つかる。
「ちっ、見つかったか。これ、俺には不利過ぎるだろ。隠れる所が殆ど無いじゃないか」
俺は不満を言いながら見つかった人が入る場所に歩いて行く。
今、俺はかくれんぼをしているのだが、全体的に子供サイズなので俺のような大人が隠れれる場所が殆ど無いのだ。
「兄ちゃん、言い訳は見苦しいぜ」
子供たちの中でも一番年長の男の子が生意気な口調で言ってくる。
くそっ……。
子供に正論を言われて少し凹む。
俺は地面に腰を下ろし、遊んでいる子供たちを眺める。
皆、綺麗な服を着ているし表情も明るく金銭的な不自由は全く無いように見える。下手な街の子供よりも生活環境的には恵まれているかもしれない。親がいない寂しさはあるだろうが、その分シスターや他の仲間達に囲まれて、その寂しさを十分に埋める事が出来ているのではないだろうか。
この子達を見る限りでは、マリーの悲しそうな表情の意味が解らない。俺の勘違いなのだろうか……。
そう考えていると、夕食の支度が出来たとマリーが俺達を呼びに来た。
子供たちは歓声を上げて食堂へと走って行く。
「みんなー、ちゃんと手を洗うのよ!」
マリーがそんな子供たちに大声を出す。
「マリーは良いお母さんになれるな」
「ふふっ。さあ、高志さんもちゃんと手を洗って下さいね。手を洗わない子にはご飯を食べさせてあげませんからね」
マリーが優しい笑顔を俺に向けてくる。
うーむ。こういう時、男は頭が上がらなくなるんだよな……。
マリーから普段は感じない貫禄の様な物を感じてしまう。
俺はマリーに子供扱いされながら食堂に向かって二人並んで歩いて行く。
食堂に着くと、大きなテーブルに全員が座って俺達の事を待っていた。
「遅いぜ、兄ちゃん。折角の料理が冷めちゃうじゃんか」
「こら、高志さんに失礼な事を言ってはダメですよ」
マリーが窘めるが、俺は気にしないからいいよと笑って言う。
俺達が席に着くと、全員で祈りを捧げ賑やかな食事が始まる。
食事が始まり暫くすると、俺の傍に座っていた年長の少年が話しかけてきた。
「高志さんは冒険者をしていると聞きましたが、魔人の討伐をした事はあるのですか?」
「魔人の討伐? ……まあ、一度だけ下位の魔人と戦った事はあるけど……」
もっとも、それは冒険者になる前の出来事だが。
俺の答えを聞いて、質問してきた少年だけでなく、他の子供達までが目を輝かせて俺の方を見つめてきた。
「スゲー。兄ちゃんスゲーよ」
「でもたった一度だなんて……。もっと沢山殺さないと」
「そうだよな。もっと沢山殺して、あいつ等を根絶やしにしないと……」
「兄ちゃん、もっと頑張ってくれよ。俺も大きくなったら教会騎士になって魔人を殺しまくるからさ」
子供達が口々にそんな事を言いだす。
俺はそんな子供達の姿を見て、マリーのあの表情の意味を理解した。ふと横を見ると、マリーが悲しそうな表情をして俯いている。
俺はそんなマリーを慰めるように無言で優しく頭を撫でた。
孤児院からの帰り道、マリーがポツリと悲しげに話し出す。
「あの孤児院を運営する条件なんです」
アルテラ教の教義を子供たちに教え込む。
成程、小さい頃から英才教育を施せば自分たちに都合の良い立派な信者が出来上がると言う訳か……。
「高志さんは見直したと言ってくれましたが……。決して善意からではないんです。寧ろ……」
マリーが悔しそうに肩を震わせながら言う。
そんなマリーの頭を優しく撫でてやると、少し驚いた顔をして俺の事を見つめてくる。
「あまり難しく考えないで良いと思うぞ。確かに善意からでは無いかも知れないけど、アルテラ教会が多額の費用で孤児達を救っているのは事実じゃないか」
「でも!」
「それにな。子供達だって馬鹿ばかりじゃない。ちゃんと疑問に思う子供だっているさ。ただ、閉ざされたコミュニティで異端になる事は危険だから、そう言った子達は本心を偽って周りに合わせているんだと思うぞ。パッと見ただけだが、何人かの子供は魔人排斥を本心から思っていないように見えたぞ」
俺の言葉にマリーが表情を和らげる。
「マリーやマリーの爺さん、他にもいるだろ? アルテラ教全てがそうじゃないさ。教義は確かに過激と思うし、俺は正直好きにはなれない。だけど、結果として多くの人を助けているのなら、それはそれで良いんじゃないか? だからマリーもシスターをやっているんじゃないのか?」
俺はマリーの頭を撫でながら、優しくそう言ってやるとマリーは目を涙で潤ませながらジッと俺の事を見つめてくる。
「高志さんは……、ずるい人です……」
マリーはプイッと顔を背けるとポツりと呟く。
「え、えぇっ? ど、どこが……」
俺は何か悪い事をしたのか?
「知りません……。でも……、有難うございます」
マリーはそう言ってスタスタと歩いて行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれマリー。俺、今結構いい事言ったよね? 男前な事言ったよね? 何が悪かったの?」
俺は去って行くマリーの背を追いかけながら叫んだ。
うーむ、女の子ってよく解らん。
そんな事があってから数日後。
突如、俺達の元にアルテラ教絡みの厄介事が舞い込んでくる。
いや……。ついにと言った方が正しいのかも知れないが。
「アルテラ復活祭に招待?」
フェリス様が訝しげに声を上げる。
「はい。ベネリウス枢機卿より皆さんを是非ご招待したいと……。お爺様経由で私に言付かりまして」
マリーが困った顔をしている。
「アルテラ復活祭って何です?」
「アルテラ復活祭とは、文字通り女神アルテラを祀る祭りです。毎年王都にあるアルテラ教会総本部にて行われるのですが、参加出来るのはアルテラ教の信者、それも一部の者に限られているのです」
「国王陛下すら参加を認められた事が無いのよねぇ。何で私達が誘われるのか……。そもそも招待者がベネリウスという時点で怪し過ぎるんだけど」
「どんなヤツなんです?」
「次期教皇とも言われている権力者よ。敬虔なアルテラ信徒で、強硬な魔人排斥論の親玉。家に魔の森を焼き払えって言ってきたバカどものトップよ」
「神の為なら全てが正当化されるという……、典型的なアルテラ至上主義者ですね」
うーむ、ハッキリ言って関わり合いになりたくない人間だな。
「やはり、お断りしましょうか。私も、正直な所、何故皆さんが誘われるのか疑問なんです……」
立場的に誘ってはみたものの、マリーも本心ではこんな怪しい話を聞かせたくは無かったようだ。
「ですがマリー、大丈夫なのですか? 貴方の立場や面子もあるでしょう」
「その点は気になさらないで下さい。冒険者になった時点で、私は問題児扱いになっていますから」
マリーが少し笑ってそう言う。
「……高志。あんたはどう思う?」
フェリス様が問いかけてくる。
俺は、この時点で一つの仮説を立てていた。
それは、俺をこの世界に呼んだのがベネリウス枢機卿ではないのかという事だ……。
疑い過ぎかもしれないが、俺を誘い出す事が目的ならこの不可思議な招待に理由が付く。
問題は、相手が俺の事を疑っているのか、断定しているのかで変わってくる。
もし、すでに俺が異世界の人間だと断定されているなら、ここで断った所で次の手を打たれるだけだ。恐らく延々と逃げ続けなければならないだろう。
だが、奴らが強硬な手段に出ず招待という穏便な手を打ってきたのなら、まだ疑っているというレベルなのかもしれない。
ならば、ここは断らず相手の誘いに乗り、徹底的に誤魔化して疑いを晴らす方が良いのかも知れない。
だが、それは皆を危険に巻き込むという事だ……。
ふと見ると、フェリス様がジッと俺の事を見ていた。
「ねえ、高志。前に私が言った事……、ちゃんと覚えてる?」
フェリス様が真剣な表情で言う。
本当に、勘が鋭い人だ。
こうなれば、腹を括るしかない。どのみち、俺一人では手に余るのだ。
「君は、君の事を隠し続けた方が良い」
ふと、あの時の不気味な子供の言葉を思い出す。
今の生活を続ける為には、皆に協力を仰ぐしかないのかも知れない。
「これは、可能性の話ですが……。ベネリウス枢機卿の目的は俺かもしれません」
俺は皆に告げる。
「それはどういう事ですか?」
エリーゼ様が真剣な表情で聞いてくる。
「俺は……。この世界の人間ではありません」
俺は今まで隠してきた事をついに話した。
「……でしょうね。解ってましたよ。むしろ気づかれてないと思ってたんですか?」
「……数は殆ど無いけど、過去にもそういった例はあったから、何と無くそうじゃないかなぁと思ってたわ」
何を今さらと言った表情をする二人。
「え? 何、その今更感……。俺、すごい決意で話したんですよ。二人だって、いつか話せとか色々言ってたじゃないですか。いざ話したらその反応って……、俺かなり凹んでるんですが」
「ごめんね。私も、その、今更言わなくても想像ついてるわよとか言い辛くて……」
「貴方が必死に隠してたので、私たちも合わせてあげてたんですよ。ですが、話してくれた事は嬉しく思いますよ。やっと私達を信用してくれたんですね」
申し訳なさそうなフェリス様と、笑顔のエリーゼ様。
そうか……。彼女達が話してくれと言っていたのは、私たちを信用して欲しいという意味だったんだな。
「あ、あのぉ。私は凄く驚いてますよ。びっくりしました。だから元気出して下さい」
俺が無言なのを落ち込んでいると思ったのか、マリーが慰めてくれる。
「それで、その事と今回の事がどう繋がるのです?」
「実は、闘技場で不気味な子供から忠告を受けたんです。俺がこの世界に召喚されたのは、召喚者に何らかの目的があって召喚されたのだと。そして、今の生活を続けたければ、そいつに見つかるなと……」
俺の言葉に三人が押し黙る。
「つまり、貴方はその召喚者がベネリウス枢機卿だと言うのですね」
「はい。何故目を付けられたかは解りませんが、その可能性は高いと思います」
「ご、ごめんなさい。もしかしたら私が原因かもしれません」
マリーが申し訳なさそうに頭を下げる。
「私、お爺様に皆さんの事を色々お話してました。高志さんが、遠い国から来られたらしい事とか、変わった言葉や知識を持ってる事も話してしまって……、もしかしたらそれが伝わったのかもしれません」
「頭を上げなさい、マリー。アルテラ教の力をもってすれば、遅かれ早かれ目を付けられたと思うわ」
風変わりな人間の捜索。大陸全土に力を持つアルテラ教なら時間を掛ければ簡単な事だろう。
「どうする? 高志。城に帰ってお父様に庇護を求める?」
「いえ。俺はまだ疑いの段階なのではと思っています。ここでそのような行動を取れば……」
「相手の疑問が正しいと言っている事になりますね……」
「はい……。危険かも知れませんが、俺は寧ろ相手の誘いに乗って疑いを晴らす方が安全なのではと考えています」
虎穴に入らずんば虎児を得ず。ここで相手を騙す事が出来れば、今後の安全が約束される。無論その後も細心の注意が必要だが、一度容疑から外れれば下手を打たない限り安全が保障されるだろう。
「成程。つまり、私達で口裏を合わせて相手を騙そうという事ですね。ですが、正体を見抜かれている可能性もあります。危険な賭けではありませんか?」
「はい。エリーゼ様の言うとおりです。ですが、正体がばれていればもっと強引な手段に打ってくると思うんです」
「そうね。可能性が高いと考えているのなら、高志一人を狙う方が確実よね。事を公けにしたくないから穏便に事を運ぼうとしている……。そう考えたら高志の予想は正しいと思うわ」
皆がしばらく考え込む。
「あのぉ。私に話してしまって良かったのですか?」
マリーは、自分がアルテラ教の関係者という事を気にしているようだ。
「ああ。俺は三人に知ってもらいたかったんだ。だからそんな事は気にしなくてもいいよ」
俺は笑顔で言う。正確には四人、モリスにも伝えたかった……。次に会った時には必ず話そう。
「フェリス様が貴方を仲間に加えた時点で、我々は貴方を信用してますよ。フェリス様の野生のか……、いえ洞察力を信じていますから」
エリーゼ様の言葉に俺も賛同する。
「私達はマリーを仲間と思っているし、信じてる。高志もそう思ったから話したのよ。寧ろ謝らなければならないのはこちらね。貴方に教会を騙せと言ってるのだから」
フェリス様の言葉に、俺は自分の無配慮を気づかされる。
そうだった。その事はまったく頭に無かった。
「ごめん、マリー。俺……」
「いいえ、謝らないで下さい。私は今すごく嬉しいんです」
マリーが薄らと涙を浮かべて微笑んでいる。
「……招待に応じてやろうじゃない。今から打ち合わせるわよ。騙しきれれば良し。もし失敗したら、全力で逃げましょう。マリー……。場合によったら貴方は」
「構いません。私は皆さんの為なら教会を捨てます。元々私はそんなに信心深くありませんでしたから気にしないで下さい」
「有難う……」
俺は皆の決意に感謝する。
「もう一つ気になる事があるのですが……。忠告をしてきた子供とは何者なんでしょう」
エリーゼ様が疑問を口にする。
「解りません。突然俺の目の前に現れて、殴りかかっても触れる事も出来ず……」
「幻影? 魔法使いかしら……」
「俺の事を観察しているような口ぶりでした……。もしかしたら今も見られているかも知れません」
「気味の悪い話ですね……」
「取り敢えず、今はベネリウス枢機卿の事に集中するわよ。あくまで仮定に過ぎないけど、こいつが召喚者の可能性が高い以上、最悪を想定して行動しましょう」
俺達は打ち合わせを始める。
とにかくボロが出ないように気を付けよう。
相手がどんな手を使うかも解らないのだ。
そして、もしもの時は……。
俺は静かに決意する。




