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第五十四話:友との別れ

「あー、気持ちいいなぁ。やっぱり温泉は最高だよなぁ」


「そうだな。昔は近くにあったからそんな気持ちが解らなかったけど、家に帰って久しぶりに湯に浸かった時にそう思ったよ」


 モリスが湯で顔をバシャとしながら言う。

 今、俺達は村の温泉に来ていた。フェリス様達は、エリスさんとアイラと一緒に女湯の方に行った。ここから少し離れた高台の方に女湯があるらしい。


「あの頃、お前さんとこうやって村の温泉に浸かるなんて夢にも思わなかったよ。運命ってのは不思議なもんだな」


 モリスが満天の星空を眺めながら言う。

 

「ああ、そうだな」


 俺も同じように空を眺めながら呟く。

 そもそも、俺は異世界の人間だ。そんな俺が皆と出会う事自体、運命の不思議を感じてしまう。

 何者かの思惑で呼ばれたという事は、正直未だに心の奥底で恐怖を感じている。だが、こうして皆と出会えた事には感謝もしている。


「なあ、モリス。俺達といっしょに行かないか?」


 その言葉に、モリスは目を閉じて考え込む。

 俺は、皆と一緒にいつまでもこんな生活を楽しみたい。モリスが傍に居てくれたら、毎日がもっと楽しくなるだろう。そう思うと、誘わずにはいられなかった。


「ああ、いいな。そういう毎日も……」


 モリスが目を閉じたまま言う。

 その態度で、俺はモリスの答えが解ってしまった。


「なあ、高志。お前、アイラを嫁にする気はないか?」


 突然モリスがそんな事を言いだす。

 アイラを嫁に……。きっと平凡だが幸せな毎日が送れる事だろう。

 朝、彼女に起こされて、朝食を取り、村で畑仕事や狩りなどをしながら、夕方に家に帰り、夕食を共に取り……。


「ああ、いいな。そういう毎日も……」

 

 俺も目を閉じてモリスと同じ言葉を使う。


「……残念だよ。お前さんが義弟になってくれれば、俺も安心だったんだがな」


 モリスがそう言って笑う。


「お互いに……、譲れない物があるんだな……」


「ああ。ままならないな……」


 俺達は無言で星空を眺める。


「なあ、高志。怒らずに聞いてほしいんだが」


 モリスが俺を正面から見る。


「お前さん。今のままで本当にいいのか?」


 モリスが痛い所を突いてくる。


「モリス……。忘れてるのか? 俺はフェリス様の奴隷なんだぞ」


 俺の言葉にモリスは忘れてたよと恥ずかしそうにする。

 モリスの言いたい事はすぐに解った。

 あの人達と共にいる限り゛俺は成長出来ない゛。

 確かに、エリーゼ様が訓練をつけてくれる事である程度戦士としてのレベルは上がったが、奴隷兵士の頃と比べたら雲泥の差だ。

 理由は簡単だ。奴隷兵士の頃は、常に命の危険と背中合わせだったのに比べ、今は完全に゛甘やかされているのだ゛。

 闘技場では、久しぶりに危険な目にあったが、所詮お祭りレベルである。

 今のままでは……。


 だが、俺はフェリス様の奴隷だ。彼女の傍にいる事は奴隷として当然であり、そもそもこんな事を考える事自体、奴隷としてあるまじき事なのだ。

 

「モリスの言いたい事は、俺自身嫌というほど理解しているよ」


 俺は少し悲しげにそう言う。

 強くなりたい。あの人たちと並べる程に……。

 だが、今の恵まれ過ぎた環境では不可能だ。


「どんなに自由が許されても、奴隷はやっぱり奴隷なんだ」


 見えない鎖で雁字搦めにされている。

 彼女の傍を離れない限り、成長の見込みが無い。

 だが、奴隷として彼女の傍を離れる事は許されない。


「そう……、だな。フェリス様は絶対にお前を手放さないだろうな……」


 モリスが溜息をつく。

 お前、それが解ってて妹を嫁に勧めて来たのか……。

 いい度胸しているよ、モリス。

 

「正直に言うと、フェリス様が俺の事をどう思っているのかよく解らないんだ」


 俺はもう一度空を眺める。


「愛情なのか、それとも独占欲なのか……」


「お前自身はどうなんだ?」


「俺は……」


 一瞬の沈黙。


「愛してるよ。あの方の事を。あの方のすべてを俺の物にしたい」


 俺はハッキリとそう言う。


「だけど。今は無理だ。俺では……、あの方に釣り合わない。例えあの方が許してくれたとしても、俺が許せない。下らないプライドかもしれないが、俺は……。あの人の背中を見るのではなく、共に並んで歩きたいんだ」


「茨の道なんてもんじゃねぇな。どんだけ険しいか解ってるのか?」

  

 モリスが苦笑いする。


「解ってるさ」


 俺も苦笑いで答える。


「まあ頑張りな。もし、諦めがついたら俺の所に来いよ。妹がまだ独り身なら嫁にやるし、そうでなければ綺麗所を紹介してやるさ」


「諦めると決め付けている事は気になるが、その気持ちには感謝するよ。妹さんが売れ残りそうなら、俺が妾にしてやるから安心してくれ」


 二人で笑いあう。


「さて、そろそろ家に帰って酒でも飲もうや」


「昨日あんだけ飲んだのにまだ飲むのか?」


「おいおい、昨日の酒は楽しんで飲んじゃいないだろ。今日はたっぷり楽しんで飲もうや」


 俺達は湯から上がり、脱衣所に向かう。

 今日が終われば、俺達はまた別れる事になる。

 もちろん、今生の別れではないが、何時また会えるか解らないのだ。

 ならば、残りの時間をたっぷりと楽しもう。


「そうだな」


 まだ別れまで時間はある。

 残りの時間を有意義に楽しもう……。


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