第五十二話:男の戦い
「で、何かいう事はありますか?」
エリーゼ様が氷のような冷たい声で問いかける。
俺は宿の部屋で正座をしている。その前には仁王立ちしているエリーゼ様、後ろにはフェリス様とマリーがベッドに腰掛けてこちらを見ている。
「油断しました……」
俺はぽつりと小さな声で呟く。
「油断……。ほう、油断ですか……。貴方はあの醜態を油断の一言で済ませるのですか……」
エリーゼ様の声が更に冷たくなる。
俺は更に小さくなって項垂れる。
「まさか……、敵があのような卑怯な手を使って来るとは思わず……」
「ほう。卑怯ですか。にしては、随分と楽しそうにしていましたね?」
うっ……。
「大きな胸が揺れるのを随分と凝視していましたね?」
ううっ……。
「チラチラと中が見えそうな短いスカートを随分と凝視していましたね?」
はうっ……。
「むき出しの太股も一緒に凝視していましたね?」
おっふ……。
「去勢よ。やっぱり去勢するべきなのよ」
「だ、大丈夫です。私がちゃんと傷を癒しますから」
去勢、去勢言ってくる悪魔が一人と、何でも癒せば良いと思っている小悪魔一人が俺の後ろで喚いているが無視する。
「モリスに勝利した時は、見事な勝利に感動すらしたというのに……。なんですか、次戦のあの体たらくは……。私の感動を返して欲しいぐらいです」
声だけでなく視線も冷たくなってきた。
モリスに勝利した後、次戦の俺の相手はナイスバディな女戦士だった。
その女戦士は、デカい胸が零れ落ちそうな上着に中身がチラチラ見える小さなスカート姿で俺の前に立ちはだかったのだ。
「あの女戦士は……、強敵でした」
「何が強敵ですか。明らかに格下だったではありませんか。貴方は少しでも長く試合をしようと手を抜いた揚句に、下らない手に引っ掛かって、情けない……」
そう。俺は、相手が大したことない使い手だった事に油断して、わざと試合を長引かせて楽しんでいたのだ……、女戦士の艶姿を……。
「貴方もすでに気づいたでしょうが、貴方の最大の武器は集中力の凄さです。変に意識させるとまずいと思い、今まで言いませんでしたが、貴方の持つ魔法の盾に精神に作用する魔法などありませんよ。あの集中力は、貴方自身の力です。この闘技大会で、やっとその力を覚醒させたかと思ったのですが……、貴方はその集中力を何処に向けていたのですか……」
うっ……、すいません。揺れる胸とかに集中してました……。
そして最後は、相手が突然スカートを捲くり上げて俺に途轍もないお宝を拝ませてきて、驚いて隙だらけになった所を思いっきり剣で切り付けられたのだ。
「言っておきますが、貴方は卑怯な手と言いましたが、格下の女がいやらしい格好で相手の油断を誘う手は、こういった大会では常套手段ですよ。ちなみに、長い大会の歴史で色仕掛けで負けたのは貴方が初めてという事を覚えておきなさい」
「うっ……、すみません」
「あと、私の弟子が色仕掛けに弱かったのは、周囲に色気のある人がいないからなどと噂されて非情に不愉快な思いをしている私の心情も覚えておきなさい」
「……本当にすみません」
エリーゼ様だけでなく、フェリス様やマリーも冷たい目で俺を見ている。
色気が無い認定された三人は、さぞかし不愉快なのだろう。
「……ふう。まあ、もう終わった事ですからこれ以上とやかくは言いませんが……。最後に一つだけ。いいですか、実戦では決してこんな相手を舐めた真似をしてはいけませんよ」
「はい。申し訳ありませんでした……」
俺は素直に頭を下げる。
確かに、あれが命を狙う敵だったら死んでいたかも知れないのだ。
死因=色仕掛け。
さすがに情けなさすぎる。
「さて、そろそろ夕食にしましょうか」
エリーゼ様が軽く手を叩いて提案してくる。
だが、俺はモリスとの約束があるのだ。
そう、大切な約束が……。
「すみません。俺はこの後モリスと食事をする約束がありまして……。男同士で酒を酌み交わしながら熱く語ろうと……。そうだ。折角ですしエリーゼ様達も女性だけで食事を楽しんでは如何ですか? 俺の生まれた国では、女子会と言って、女だけで食事会をするという風習もありまして……」
「へぇー。女子会ねぇ……」
フェリス様が俺の言葉に反応する。
「で、貴方たちは男子会という訳ですか……」
エリーゼ様が疑いの眼で俺を見つめる。
俺は必死に平静を装う。
「まあ、いいんじゃない? モリスと約束してるんでしょ? 早く行きなさい。私たちも女子会を楽しむことにするわ」
フェリス様がニッコリと笑ってそう言う。
俺はその言葉を聞いて、すぐさま宿を出てモリスと待ち合わせしている場所に向かう。
街の中央大通りにある噴水前でモリスが俺を待っていた。
こちらに気づいたモリスが、引きつった顔で俺を見る。
「……なんで、連れてきた……」
モリスが俺にだけ聞こえる小さな声で言う。
「連れてきたんじゃない……。付いてこられたんだ。何度も撒こうとしたんだが、サーチまで掛けられて付いてこられた……」
俺の少し後ろには三人の悪魔どもがニコニコと笑って立っている。
「あ、こっちの事は気にしなくていいわよ。私達は女子会に行く予定だから。もしかしたら、貴方たちと目的地が同じになるかも知れないけど、気にしなくていいわよ」
黒髪の悪魔が笑いながら言ってくる。
「モリス……。もうダメなのかなぁ」
俺は弱気なセリフを吐く。
「諦めるつもりか?」
モリスが俺の肩に腕を回し、俺にだけ聞こえるように耳に顔を近づけてくる。
「いいか、よく聞け。今回、お前さんの試合を見た娼館のナンバーワンがお前さんの相手をすると言ってきた」
「な、ナンバーワンだと!」
俺も小声で話す。
「そうだ。色仕掛けで負けるという情けないお前を見て、母性本能が擽られたらしい。お前に最高の女を教えてあげたいとの事だ」
「さ、最高の女……」
「そして、それを聞いたナンバーツーが対抗意識を燃やしてな」
「な、ナンバーツー……」
「ナンバーワンよりもすんごいサービスをしてやるとこちらも立候補してきた」
「すんごいサービス……だと……」
「そしてな」
「な、まだあるのか?」
俺は小さな声で驚く。
「ああ、こちらがメインイベントだ。実はな、この娼館には一つ決まりがあってな。新人が初めて客を取る時、高額で売るか、自分で指名するかを選べるんだ」
「新人、はじめて」
魅惑の言葉に頭がクラクラする。
「でだ。今回、猫系獣人のミーアちゃん(〇〇歳処女)がお前を指名した」
「ミーアちゃん(〇〇歳処女)のご指名だと……」
「そうだ。俺との勝負を見て、お前さんに一目惚れしたんだとよ。是非お前にサービスさせて欲しいと言ってきた」
「ま、まて。だがナンバーワン、ツーはどうなる? まさか選べと?」
「おいおい、そんなケチな事言わねぇよ。全部乗せに決まってるだろ」
「ぜ、全部乗せしちゃていいのか!!!!!」
「おう。遠慮するな。朝まで食い放題だ」
「く……食い放題……だと……」
俺はモリスの言葉に心が熱くなる。
「で、お前はそれを諦めるのか? ナンバーワン、ツー、ミーアちゃん(〇〇歳処女)の全部乗せを」
モリスが俺に問いかけてくる。
「諦めれる訳ないだろぉ!」
俺は涙を流しながら叫ぶ。ただし後ろの悪魔達には聞こえないように……。
「だよな。ここで諦める奴は男じゃねぇ」
「だ、だけど……」
「解ってるよ。任せろ、俺に秘策がある。」
モリスが言う。だが、そのセリフは死亡フラグと思うが……。
「秘策とはいったい」
「ああ。これから行く予定の娼館は、食堂と酒場も兼任していてな。だから、そこであの三人と一緒に食事と酒を取るんだ。そして、あの三人を酔いつぶしてしまえば邪魔は入らない」
「だ、だが……、あの三人はザルだぞ」
「問題ない。あそこの酒場には龍殺しというとんでもない酒があってな。そいつを飲ませれば、どんなにザルでも酔い潰せる」
「だ、だけど……、そんなに上手くいくだろうか」
「弱気になるな! 高志。確かに、あの三人は強敵だろう。だが、お前は一人じゃない。俺が付いている。酒に関しては俺もかなりの自信がある。お前はあまり飲む必要は無い。あいつら悪魔の相手は俺がしてやる。例え刺し違えても奴らを倒してやる。お前は俺の屍を乗り越えて天国への階段を登れ」
「モ、モリス……」
モリスの頼もしい言葉に俺の目頭が熱くなる。
「いいか、よく聞け。大体、お前があんな色仕掛けに負けたのも、元を正せばあの悪魔達が悪いんだ。弱気になるな。あの悪魔達は、お前が漢になる為に乗り越えなければならない壁だ」
モリスが後ろにいる三人を見ながら言う。
三人がニヤニヤと笑ってこちらを見ている。
くっ……。
「見ろ。あの笑いを。明らかにこちらの考えを読んでいるあの顔を。今、ここで戦わなければ、お前さんは一生負け犬だぞ。それでもいいのか?」
「俺は……。勝ちたいです……」
「ああ。任せろ。お前は一人じゃない。俺が付いてる。二人なら必ず勝てるさ」
俺とモリスが固い握手を交わす。
「そちらの打ち合わせは終わりましたか?」
エリーゼ様がニヤニヤ笑いながら聞いてくる。邪魔する気満々だ。
「殺ろう……、モリス。俺はもう迷わない」
俺は決意する。
俺にはナンバーワン、ツー、ミーアちゃん(〇〇歳処女)が待っているのだ。
俺とモリスは気合を入れて店に向かった。
その後ろを三人が付いてくる。
良いだろう、かかって来い。俺達は負けない。絶対にだ!
……数時間後
そこには、酔い潰されて涙を流す二人の男の姿があった……。




