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第五十話:心音

「ちょっと、高志。あなた……、なによその顔色。真っ青じゃない」


 フェリス様が俺の顔を見るなり驚きの声を上げる。

 あの後、俺はフラフラとしながら、なんとかフェリス様達の所へと辿り着いた。

 気分が悪い。

 不安、疑問、恐れ。様々な負の感情が俺の心を支配している。今にも倒れてしまいそうだ。


「あ、あのぉ。もしかして先ほどの試合で何処か怪我をされたのですか? もしそうならすぐに癒しますよ?」


 マリーが心配そうに尋ねてくる。

 俺はその言葉に小さく首を振る。

 

「……高志。これから医者の所に向かいましょう。その状態は普通ではありませんよ」


 エリーゼ様が立ち上がる。

 だが、俺はその申し出を断った。


「すみません。ご心配を掛けてしまって……。ですが、病気とか怪我では無いです……。その、少し疲れてしまって……」


 詳しく話す事は出来ない。あの不気味な子供のいう事を信じるなら、何も知らせない方が良いだろう。俺にとっても、エリーゼ様達にとっても。

 俺の言葉を聞くと、エリーゼ様は少し考えるそぶりを見せる。


「……解りました。貴方が疲れと言い張るなら、それ以上追及はしません。ですが、今日はもう宿に戻って休みなさい。そして、明日もそのような状態なら試合は棄権させます。いいですね?」


 エリーゼ様が少し溜息をつくと、そう命じる。

 

「そうね。早く宿に戻った方が良いわね。高志。肩貸した方がいい?」


 フェリス様が心配そうに俺を見る。

 

「……私とマリーはモリスの試合を見届けてから戻ります。フェリス様は高志と一足先に宿へ戻って頂けますか?」


 エリーゼ様が俺達二人の様子を眺め、少し考えた後にそう言ってくる。

 フェリス様が解ったと答え、俺の体を支えてくれる。

 俺はフェリス様に支えられながら、二人で宿に戻った。


 宿までの帰り道。フェリス様が俺を気遣ってくれるが、俺は心ここに非ずの状態だった。

 どれだけ考えても答えなんか出る訳が無い。

 だが、あの時感じた恐怖が脳にこびり付いて離れないのだ。

 

 宿に辿り着くと、フェリス様は俺をベッドに腰掛けさせてくれた。

 そして、飲み物を用意してくれる。

 俺は震える手で飲み物を受け取ると、少しずつ飲み喉を潤した。


「ご飯は食べられそう?」


 フェリス様の質問に首を振る。

 とても食欲なんか湧いてこない。食べても吐いてしまう気がする。

 ベッドに座り、ただ項垂れている俺を見ていたフェリス様は、急に俺の顔を自分の胸に抱き寄せ、そのまま床に倒れこむ。

 俺はフェリス様に顔を抱かれたまま、前のめりにフェリス様に覆いかぶさる形で床に引っ張りこまれた。


「なっ? フェリス様?」


 俺は混乱する。フェリス様の柔らかな胸の感触が俺の頬に当たる。顔を退けようにも、フェリス様の両腕で抱き込まれているので動く事が出来ない。


「フェ、フェリス様。あ、当たってます」


 俺は焦った声で言う。

 柔らかい感触といい匂いで色々ヤバい。


「いいから。大人しくしなさい」


 フェリス様はそう言うと、俺の顔を強く抱きしめる。

 俺はフェリス様の胸に顔を埋めるような形で、フェリス様に覆いかぶさる。

 

 お互い無言のまま、しばしの時が流れる……。


「昔ね。私、雷が怖かったの」


 フェリス様が優しい声で話し出す。


「雷が鳴るとね。アリシア姉様が私の傍に来てくれて、こうして優しく抱きしめてくれたの。そうしてもらうとね、不思議と心が安らいだの」


 フェリス様が更に俺をギュッと強く抱きしめてくる。

 フェリス様の心臓の音がトクン、トクンと聞こえてくる。

 その音を聞いていると、恐怖に埋め尽くされていた俺の心がどんどんと癒されていく。


「どう? 少しは安らいだかしら?」


 その言葉に、俺は自分の顔を強くフェリス様の胸に押し付けコクンと頷いた。

 柔らかい胸の感触、いい匂い、安らぐ心音……。

 心が落ち着き、体に力が戻ってくる。


「何が……、あったの?」


 フェリス様が優しく問いかける。

 

「怖かった……。怖かったんです」


 俺はいつの間にか泣いていた。恐怖から解放されて、張りつめていた糸が切れてしまったのだ。


「今日の試合……、じゃあ無いわよね。あの後、何があったの?」


 俺はその問いに何も答えなかった……。いや、答える事が出来なかった。

 なにも答えず、変わりに俺はさらに強くフェリス様の胸に顔を埋めた。


「……貴方の隠している事に関係する何かがあったのね?」

 

 相変わらず勘の鋭い人だ。

 俺は少し迷った末に、コクンと小さく頷いた。


 無言のまま、時間だけが静かに過ぎてゆく。

 フェリス様は俺の顔を胸に抱き締めたまま、優しく頭を撫でてくれる。

 俺はそんなフェリス様に甘え続ける。


「ねぇ。高志」


 フェリス様が優しい声で俺の名を呼ぶ。


「これだけは覚えておいて。貴方が私を守ってくれたように、私も貴方を守ってあげる。必ずね」


「……はい。有難うございます」


 俺は小さく礼を言う。

 

 さらに時が流れる。離れるタイミングがうまく取れず俺は相変わらずフェリス様の胸に顔を埋めていた。もうすでに心は平常を通り越し、レッツパーリー状態になりつつあった。

 俺は葛藤する。もういっその事押し倒してしまおうかと……。

 だが、同情心を利用してそんな真似をしていいものだろうか?

 悩む俺の心の中で、天使と悪魔が囁いてくる。


悪魔「おいおい、何悩んでるんだよ。もうこれって相手オッケーって言ってるようなもんじゃねぇか」


天使「……俺、バックが好きだな」


 てめぇ! 天使じゃねぇだろ!!


 ダメだ。俺の心に天使がいない。当然だ。こんな状態で止まれる訳が無い。

 俺は両腕の力で上半身を持ち上げ、フェリス様の顔を正面から見つめる。

 フェリス様は抱きしめていた腕を振りほどかれた事で、床に両手を広げた状態で倒れた形となる。

 見つめ合う俺とフェリス様。

 すると、フェリス様がそっと目を閉じた。


天使&悪魔「ボーナス確定!」


 目を閉じたフェリス様の唇にゆっくりと俺の唇を近づける。

 徐々に近づく唇と唇……。


 ガチャン!


「ただ今帰りました。高志さん、具合どうですか?」


 マリーが扉を開けて部屋に入ってくる。

 三人の時間が止まる……。


「は、はわ、はわわ。わ、わた、わたし……」


 マリーが真っ赤になって慌てる。

 俺とフェリス様は飛び跳ねるように離れる。


「如何したのです? 何かあったのですかマリー」


 マリーに続いてエリーゼ様が部屋に入ってくる。


「わ、私。御免なさい。お二人のエッチを邪魔する気なんかなかったんです。本当です。私後ろ向いてますから、遠慮なく続けて下さい」


「ち、違う。勘違いしないで。私達そんな事してないから」


 フェリス様が焦った声でマリーに詰め寄る。

 俺はそんな二人のやり取りを見ながら、惜しい事をしたという気持ちとホッとした気持ちで複雑だった。


「どうやら調子は元に戻ったみたいですね?」


 エリーゼ様が俺の傍にやってきた。


「すみませんでした。ご心配をおかけして」


 俺は素直に頭を下げる。


「で? 実際は何処までヤッてたのですか?」


 エリーゼ様が笑いながら聞いてくる。


「生憎と、何もやってません」


「まったく。わざわざ二人きりにして、ある程度時間まであげたのに何も無かったとは……。もしかして、立たないのですか?」


「最近のエリーゼ様はエロオヤジ化が酷いですね……」


 俺はジト目で睨む。


「ふふふっ。その様子なら、明日の試合も問題なさそうですね」


 エリーゼ様が優しく微笑む。


「モリスは如何でしたか?」


 俺の問いに、モリスも勝ったとエリーゼ様が教えてくれる。

 

「お二人で解決されたのなら、私からは何も言うつもりはありませんが、あまり一人で抱え込まず、私たちに頼っていいのですよ」


「……はい。有難うございます」


 俺は頭を下げて礼を言う。

 実際は何も解決などしていない。

 あいつが何者なのかも、俺が何故ここに呼ばれたかも、何一つ解っていないのだ。

 だが、考えてもしょうがない。むしろ、今までのように何も知らない方がいいように思う。変に調べようとすれば、やぶ蛇になるような気がするからだ。

 俺は一人じゃない。俺を支えてくれる人達がいる。

 ならば、俺は今まで同様この人達と好きにこの異世界を楽しもう。

 奴が言っていた喜劇を続けてやろう。

 俺は真っ赤になって違うを連呼するフェリス様と、ひたすら謝るマリーを見ながらそう決意した。


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