第四話:教師と奴隷
フェリス様に買われてから数か月が過ぎた……。
「ここまでで何か質問はある?」
木で出来た机を挟んで対面側に座っているフェリス様は、そう言って俺を見つめている。
特に無いと答えると、休憩を宣言して彼女が部屋を出ていく。
「疲れた……。マジきつい……。知恵熱出そう……」
俺は机の上に突っ伏して愚痴を言う。
この城に来てから今日まで長時間毎日勉強した。その甲斐があり今ではこの国の言語をある程度理解する事が出来るようになり、またそれにより多くの情報を得る事が出来た。
俺は彼女が出て行った扉を見つめながら頭の中で情報を整理する。
俺がいるのは、アラストア大陸にあるローゼリア王国の一領地、オーモンド辺境伯領の城らしい。
ローゼリア王国は北が海、西と南には大小無数の国家があり、東には魔物達が多く潜む魔の森があり、その奥には魔人の国があるそうだ。
オーモンド辺境伯領はローゼリアの北東、北を海、東を魔の森、そして西と南は王国内を北から東へと分断する大きな山脈に囲まれた、いわゆる陸の孤島だ。
そんな環境の為、魔獣討伐などの戦いが頻繁に起こるのに対し、外からの援軍は期待できない。
だが、幸いな事にオーモンド一族は代々強大な魔法の力を持つものが多く、特に今代当主セドリック・オーモンド辺境伯は大陸五指に数え上げられるほど強大な力を持っているとの事だ。
また、その子である長男ロイド・オーモンド、長女アリシア・オーモンド、次女フェリス・オーモンドの三人も大きな力を持っており、守護者として絶大な人気と畏怖を得ていた。
この世界には魔法が存在する。だが魔法を使える人間は少なく、また使える魔法の種類や力の差も激しいらしい。
ちなみに、フェリス様に俺も魔法が使えるようになれるかと聞いてみたのだが……。
「無理よ、だってあなた魔力を持ってないもの」
とあっさり言われた。魔法使いは相手の魔力が見えるらしい。
そして魔力が無ければ魔法を使う事は出来ないとの事だった。魔力は生まれた時に有る無しが決まっているらしく、魔力の無い人間は成長しても決して魔力が発生する事はないらしい。
俺の夢が……。
それを聞いた時はかなり落ち込んだが、魔力の無い者でも使える魔法武器や魔道具等もあるらしいので、そちらに期待をする事にしよう。
もっとも、高価で数もそう多くは無いらしいのだが……。
魔法の事もそうだが、言葉などの知識を俺に教えてくれたのはフェリス様だった。
彼女曰く、
「自分で買った奴隷の躾けだもの、自分でやるわよ」
うーん、ペット感覚……。
フェリス様は、一般の貴族とは違う、はっきり言えば変わり者のお嬢様だ。
そもそも、奴隷市場などに足を踏み入れる伯爵令嬢などまずいない。
奴隷に気軽に触れたり、話したりする事もあり得ない。
奴隷仲間のモリス曰く
「まあ、ここは陸の孤島で領地自体が少し世間と違うからな、それに皆が強大な力をもった魔法使いだから、一族全体が世間一般の貴族とは少々違うぞ」
との事だ。聞けば、俺はまだあった事が無いが、父も母も兄も姉も姉の旦那もあまり貴族らしくないらしい。
親が親なら子も子?
あの親にしてこの子あり?
ダメだ、いい言葉が浮かばない。
ガチャッと扉が開く音がして、フェリス様が部屋に入ってきた。その後をエリーゼ・テリアス騎士が続く。
エリーゼ様は長くサラサラとした金髪の、二十代前半ぐらいのスレンダーな女性騎士だ。身長はフェリス様とさほど変わらないのだが、醸し出す雰囲気は強者特有のオーラのような物がある。美しい顔立ちをしているのだが、あまり表情が変わらない人なので、どうしても怖さの方が引き立っている。
彼女はこの城の筆頭騎士であり、フェリス様専属の護衛騎士という特別な存在の人だ。フェリス様が何処かから連れてきた人で、フェリス様専属の護衛が本職なのだが、力がずば抜けている為筆頭騎士も兼任しているらしい。
当然だが彼女も魔法使いだ。身体能力や武器などを魔法で強化して戦うスタイルで、一度彼女の模擬戦を見た事があるが、すごい速さで相手の騎士達を模擬剣でぶっ飛ばしまくっていた。
こんなに細い体なのに、魔法ってすごいなぁ……。と思いながらつい俺は二人の胸に目をやってしまった。
魔力と胸の大きさは反比例するのか……。
ガシっと俺の頬に魔道杖の宝玉部が当てられる。
「な、なんで御座いましょう、フェリス様……」
「今、なにか変な事考えてなかった?」
ちっ、勘が鋭い。これも魔法使いだからか?
「と、とんでも御座いません、敬愛するご主人様に不埒な事など……」
フェリス様の目が更に細くなる。やばい、ゾクゾクしてきた……。
幸いな事に、特殊な性癖を発症する前にフェリス様が手を引いてくれた。
「まあ、今回は許してあげる。ただし、次同じ事したら……」
フェリス様は最高の笑顔で
「去勢するから」
「いや、あんたそれ伯爵令嬢の言葉じゃねぇーだろぉ!」
俺の魂の突っ込みを気に入ったのか
「あら、そうね。私とした事がはしたない」
ご機嫌な様子でそう言い、その横ではエリーゼ様が頭を抱えていた……。