第四十八話:戦意喪失
闘技大会二日目。
早朝に三人と別れた俺は、闘技場の待機室で準備運動をしていた。
昨日勝ち残った者たちがここに集まっている。
「よう。お早うさん。お互い勝って目出度いな」
モリスが声を掛けてくる。八百長疑惑を避ける為、俺達は大会が終わるまで外では会わない事にしていた。なので、お互いが昨日の勝ちを今称え合った。
「お前さんに掛けたから、金銭的にもかなり目出度い状況だよ。嬉しい限りだぜ」
「出場者も掛けれるのか?」
「ああ、自分に掛ける事も可能だぜ」
こういう大会の賭博は出場者は不可と思い込んでいた。
案外その辺りは緩かったのか。
俺も掛けたらよかった。
「お前さんのオッズがあの変態より高かったから、かなり美味しい掛けだったぜ」
あの変態より人気が無かったのか、俺……。
まあ、剣鬼の弟子という看板だけで、俺自身は無名だしな。
あの変態は、ある意味有名だろうし……。
「それより、モリス。一つ聞きたい事があるんだが」
俺は真剣な顔で問いかける。
モリスも真剣な顔になり俺の言葉を待っている。
「お前が紹介してくれる店って、具体的にどんな店だ?」
モリスがずっこける。
「聞きたい事ってそっちかよ。俺は二刀流の事を聞いてくるとばかり思ってたぜ」
「それも興味はあるが、俺にとっては店の方が重要だ。昨日から想像力が膨らみ過ぎて困っている」
どんな店か解らず、想像だけがどんどん大きくなっているのだ。
すでに、昨日の戦いの事など遠い過去の事になっている。
「それに対戦する以上、手の内を聞き出すような真似もしたく無いしな」
俺がそういうと、尤もだとモリスが笑う。
「まあ、お前さんがそう言うなら、お互いの手の内は秘密にしとこうか」
「それより、店とはどんな店だ? すごい店か? すんごい店か?」
「どう違うのかわからねぇが、そうだな……、すんごい店かな?」
マジか。すんごいのか。俺の心が熱くなる。
「俺の家がこの街から近かったからな。昔からよくこの街に遊びに来ていてな。その店もよく通って、用心棒なんかもしてた事があるんだ。だから、店のオーナーや娼婦達とも顔なじみで、ある程度の我儘も聞いてくれる。」
「我儘を聞いてくれるのか……」
「店はこの街でもチョイ高めの店だが、俺の友人だと言えば結構割引もしてくれるぜ」
「割引もしてくれるのか……」
「働いてる連中も、人や獣人の綺麗どころが集まっててな。テクなんかも、ベテランが新人にキッチリ教育するから凄いぜ。俺もよく練習台にさせられたもんさ」
「れ、練習台……だと……」
「で、お前さんはデカいのが好きなのか? 無いのが好きなのか? 普通ぐらいが好きなのか? どんな女が好きなんだ?」
「……。究極の選択を俺に迫るのか。モリス……。何故、俺を苦しめる……」
「…………」
「俺は区別はするが、差別はしない。どんな大きさも全てを受け入れる度量があると断言できる」
「お、おう……」
「そんな俺に……、お前は選べと言うのか……。無理だよ、モリス。俺……、選ぶ事なんか出来ないよ……。だって全部好きなんだもん……」
俺は両手を地に着け頭を垂れる。
「……。わ、解った。俺が悪かった。なら相手もサービスも俺に任せてもらうぜ。任せとけ、絶対に後悔はさせねぇから」
モリスが俺の肩に手を置いて笑顔で言う。
「ち、ちなみに……、た、例えばどんな……」
「そ、そうだなぁ。いっその事三人でいくか?」
「ぜっ全部乗せだとぉ!!!!!!!!!!!!!!」
俺は大声で叫んだ。
モリスが周囲を見渡しながら焦っているが気にしない。
思えば、俺は現実世界の立ち食いそば屋では、必ず全部乗せを頼んでいた。
思い出した。俺はすべてを選ぶ漢だったはずだ。いつの間に、俺は小さな男に成り下がっていたのか……。
「お、落ち着け。例えばだ。その辺りは店と相談して最高のもてなしを考えてやるから」
「モリス。俺は世界を制する漢だ。相手が何人でも、怯むことは無い!」
「お、おう……」
モリスが何時もの表情で引いているが、気にしない。
「なあ、モリス」
「な、なんだ?」
「俺……。なんでここで戦ってるんだろう?」
「ま、まて。闘志を失うのはやめてくれ」
「なんか、戦うのが面倒になってきた。適当に負けるから、天国に連れて行ってくれよ」
「ま、まて。頼むから戦意を失わないでくれ。俺がエリーゼ様に天国に連れて行かれる。お前はドMだから平気かも知れないが、俺にはあの人の罰は辛すぎる」
何気に俺の事そう思ってたのね……。
「なぁに、モリスも慣れたら平気になるよ。そのうち、普段の生活が物足りなくなるかもな……」
俺は遠い目でそう語る。
「い、いや。まて、俺は生憎そうなるつもりは無い」
モリスはかなり焦っている。
「そ、そうだ。お前さん、この闘技場には観客として娼婦達も来てるんだ。あいつら結構強い男が好きな奴が多いからな」
モリスが突然そんな事を言いだす。
「それが?」
「バカだなぁ。ここでいい所を見せとけば、サービスもプラスアップされるぜ。相手はプロだが、やはり好みの男となると、特別扱いになるだろうな。すんごい店が、ものすんごい店になるかもな」
「…………」
それを聞き、俺の心の中の悟〇が『ク〇リンの事かー!!!!』と叫ぶ。
信じられない程の闘志が湧き上がる。
今、俺は壁を越えて新たなステージへと進んだ。
「試合、勝つ、おねーちゃん、サービス、ものすんごい、リアリー?」
「お、おう……」
「ふぉぉぉぉぉ!!!! 俺は勝つぞ。我が心に一点のくもり無し!」
俺は立ち上がり気合を入れる。
「頼むから戦意が1か0というのはやめてくれ……。お前さん、今よっぽど抑圧された環境にいるんだな……」
モリスが同情の視線を向けてくる。
「モリス。君が悪いんだ。俺の中に眠っていた漢の魂を呼び覚ましてしまったんだから……」
「お、おう……」
そんな話をしていると、二回戦の抽選が始まった。
俺の相手は牛の角が生えたガタイの大きい獣人だった。
「あいつは優勝候補の一人だ。動きは遅いが、パワーと耐久力が凄い。油断するなよ」
モリスが俺の相手の情報を教えてくれる。
「問題ないよ、モリス。俺、何故か負ける気がしないんだ」
「そ、そうか。そいつはよかった」
何故だろう。モリスの表情は『こいつ大丈夫か?』と言っている。




