第四十五話:剣鬼の弟子
「凄い。人の数も、店の数も……。下手をしたら王都より賑やかなんじゃないか?」
俺は街に入ってすぐの大通りに立ちつくし、周囲を見回す。
今俺達がいるのは、ローゼリア王国一の歓楽街として有名な街ソレスタ。王都から南西にあるこの街は眠らない街と言われ、多くの店とそこを目当てに来る客で一日中賑やかな街だ。
レストラン、カジノ、娼館、闘技場果てはテーマパークまで様々な建物が存在する。
俺は煌びやかな街に終始圧倒されてボー然と立ちすくんでいた。
「何をボーっとしているのです。行きますよ」
エリーゼ様が急かす。
ここへ来たのは、エリーゼ様の提案があったからだ。
その提案とは、俺の実力を試す為に闘技場で行われる武術大会に出場しろというものだった。
「武術大会?」
エリーゼ様の提案を聞き、俺は?の表情を浮かべる。
二日酔いで痛む頭を押さえながら、俺は詳しい説明を求める。
「はい。ここから南西にあるソレスタの闘技場で行われています。様々な部門があるのですが、確か一週間後に剣士の大会が行われるはずです。魔法禁止の大会ですので、貴方が出場するのにうってつけです」
「でもエリーゼ。私、その宣伝チラシをギルドで見たけど、確か予選はもう終わってたんじゃなかった?」
「問題ありません。闘技場の支配人は、かつて私が命を助けた事がある男です。少しおど……、いえ頼めば大丈夫でしょう」
今脅せばって言おうとしたよね。絶対まともな関係じゃないよね?
「エリーゼ様も出場されるのですか?」
「いいえ。残念ながら、私は過去に五度ほど優勝した為にもう出場出来なくなってしまったのです」
成程、さすがエリーゼ様。殿堂入りと言う訳か。
「高志。今の自分の力を試すいい機会ですよ?」
エリーゼ様のその言葉で俺の覚悟が決まった。
そして俺達は馬車に乗り、一路ソレスタの街へと向かったのだ。
街の大通りを真っ直ぐ進むと円形の建物が見えてきた。あれが闘技場なのだろう。
周囲は屈強そうな戦士達や、賭博を楽しむ客などで賑わっている。
俺達は、エリーゼ様の後をついて関係者しか入れない特別な区画へと入る。
しばらく進むと少し豪華な建物が見えてくる。あそこにオーナーがいるらしい。
建物の受付で来訪を伝えると、俺達は椅子に座って待つ事にする。
暫くして、建物の奥から恰幅の良い中年の男が現れる。
「てめぇ、剣鬼。何しにここに来やがった! お前が出たら賭けにならねぇから二度と来るなと言っただろう! 何が目的だ? 金か? 金が目的なら、払いますから帰って下さい」
命の恩人に対する態度じゃないよね。これ。
あと、エリーゼ様……。殿堂入りじゃなくて出禁だったのか……。
「バルガス。命の恩人に対して随分な言い草ですね。恩に着せるつもりはありませんが、その態度はずいぶんではありませんか」
「何が命の恩人だ。狙ってきたのもてめぇじゃねぇか!」
……自作自演?
「失礼な。貴方が私を闇討ちしようとしたから、返り討ちにしただけではありませんか。本来なら皆殺しにした所を、特別に見逃してあげたのです。立派な命の恩人ではありませんか。」
どっちもどっちですね……。
「で、金が目的じゃねぇなら何しに来やがった?」
「武術大会の剣術部門に参加させて欲しいのです」
「おめぇが出たら賭けにならねぇんだよ! てめぇのせいでどんだけ大損したと思ってやがる。優勝賞金分の金は払いますから、お願いですから帰って下さい」
バルガスは涙目だ。なんだか可哀想になってきた。
「勘違いしないように。私が出るのではありません。私の弟子を出したいのです」
エリーゼ様は俺を前に出してそう言う。
「弟子だぁ? あの剣鬼が弟子を作っただと?」
バルガスは驚きの顔で俺をじろじろ見まわす。
「見た感じ、それほど強そうに見えねぇな。どれくらい強いんだ?」
「私の弟子と言ったでしょう」
「お前が認めるぐらい強いと?」
「私の弟子ですよ」
話がかみ合っているようで、実はかみ合っていない。何せ、エリーゼ様は一度も強いとは言っていない。詐欺師がよくやる手だ……。だが、バルガスはその事に気づかず、勘違いをしたようだ。
「あの剣鬼の弟子か……。確かに大会的に面白くなりそうだな。本人に知名度は無ぇし、見た目強そうにも見えねぇ。賭け率が偏る事もねぇか……。いいだろう。特別枠で出してやる。ただし、大々的に宣伝するぜ、あの剣鬼エリーゼの弟子が出場するってな」
「なっ! いや、それは……」
「構いません。バルガスの好きに宣伝して下さい」
俺の言葉を遮って、エリーゼ様がバルガスの言葉を肯定してしまう。
いやいや、ちょっとまってくれ。
「高志。期待してますよ。貴方なら、私の名に泥を塗る事は無いと」
ニヤニヤ笑いながら、とんでもない重荷を背負わせてくる。
何とか反対したかったが、バルガスはそうと決まればと、すぐさま俺を大会にエントリーした後、大々的に宣伝を始めてしまった。
もはや後戻りは出来なかった。
「エリーゼ様……」
俺はジト目でエリーゼ様を見る。
「なんです、その恨みがましい目は。これは、師から弟子への愛の鞭です。これぐらいの重圧、簡単にはねのけるぐらいの気概を見せなさい」
鞭程度じゃない気がするが……。
「それに、私は貴方に私の弟子を名乗る資格があると認めたのですよ。もっと自分に自信を持ちなさい」
洒落や冗談で名乗らせたりはしないとエリーゼ様は言う。
「もし、自分の強さを信じる事が出来ないなら、貴方の強さを認めた私を信じなさい。貴方は十分に力を付けています。落ち着いて、冷静に戦いなさい。そうすれば、必ず勝てますよ」
エリーゼ様の言葉が俺の心を熱くする。
そうだな、今更後戻りは出来ない。
信じよう、自分を。そして俺を信じてくれるエリーゼ様を。
「……解りました。俺、勝ちます」
弟子の名に恥じぬ戦いをしよう。
俺はそう決意した。




