表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/129

第四十二話:フェリスの怒り

 様々な依頼をこなすうちに、俺達パーティーの冒険者ランクはBになった。

 異例の昇格スピードだと、ギルドでは噂されている。

 当然の事だ。何せ剣鬼、破壊神、聖女ととんでもない人たちが組んでいるのだから。

 だが、注目が集まると当然様々な問題もついて回る。

 これもまた当然だ。

 その三人が見目麗しく、途轍もない力を持つ女性達のパーティーなのだから。

 憧れ、嫉妬など様々な思いが集まってくる。

 そして、その中にいる異分子……。

 大した力も無い奴隷男に対する悪感情もまた、当然の成り行きと言えよう。


「おい、貴様」


 俺が街で買い物をしようと歩いていると、突然声をかけられる。

 見ると、見知らぬ貴族風の男と、その護衛らしき男二人が俺の傍に立っていた。

 貴族風の男は尊大にふんぞり返り、こちらを見下した目をしている。

 ハッキリ言って関わり合いになりたくないタイプだ。

 だが、声に反応してしまった以上無視する訳にもいかない。


「何でしょう?」


 俺が答えるとその男は、手紙のようなものを差し出してきた。


「フェリス嬢、エリーゼ嬢、マリアンヌ嬢を私の屋敷にご招待する。貴様はこの招待状を持って三名を我が屋敷まで連れて来い」


 男は命令口調でそう言う。


 またか……。

 三人に直接言っても相手にされないので、俺に言ってくる連中が多いのだ。

 奴隷という自分たちより低い身分でありながら、三人と親しい人間。

 利用するにはもってこいなのだろう。


「申し訳ありませんが、私にはそのような権限がありません」


 俺はいつも通りの決まり文句を言う。


「奴隷風情が口答えをするな! 貴様は言うとおりにすればいいんだ」


 男が拳を振り上げる。

 避けるのは簡単だ。俺もエリーゼ様の指導と多くの実戦経験でそれなりの強さは身に着けた。

 だが、俺はわざと避けずに殴られる。


 バキィ!


 右頬に男の拳が突き刺さる。

 大した威力はない、精々唇が切れたぐらいだ。

 男が再度手紙を突き付けてくるが、俺は申し訳ありませんと断る。

 男は激昂してまた殴ってくる。どうやら、今回のこいつはしつこいタイプのようだ。

 俺は地面に亀のように丸まり急所を守る。そんな俺を男は何度も蹴り飛ばす。

 今までの連中は数発で諦めたのだが、今回は随分としつこい。

 俺は痛みに耐えながら、これが本来の奴隷の扱いなのかな? と自分がいかに運が良かったかを改めて感じていた。


 「たかが奴隷の分際で。何の力も無い雑魚が。勘違いするなよ、貴様などあの三人のお零れを貰っているだけの屑だ。自分を弁えろ、屑が」


 男の言葉が突き刺さる。正直蹴られる痛みよりも、この言葉の方が痛い。自分が三人に比べて如何に無力な存在なのかは、嫌と言うほど理解しているのだ。

 

 強くなりたい……。

 力が欲しい……。

 あの三人と共に並ぶ事が出来るほどの強さが欲しい……。


「お前に言われなくても、解ってるんだよ……」


 俺は蹴られながら小さく呟く。


 暫くして、急に男の動きが止まった。

 俺はやっと諦めたかと思い男を見ると、男は俺の後ろを焦った顔で眺めていた。

 男の目線を追っていくと、そこにはフェリス様、エリーゼ様、マリーの三人がいた。


「お前。私の奴隷に何をしている」


 フェリス様が今まで聞いた事も無い、冷たい声で言う。

 俺はその声に思わず震えてしまった。これが、本気で怒った時のフェリス様なのだろう。他人事なのに震えが止まらないぐらい怖い。

 

「わ、私は……、ただ生意気な奴隷にれ……、礼儀を教えていただけで……」


 男は情けないほどに震えている。いや、他人事の俺ですら震えが出るのだ。直接敵意を向けられたこいつはどれ程の恐怖だろうか……。考えるのも恐ろしい。


 フェリス様がつかつかと男に向かって歩いて行く。

 護衛の二人が必死の形相で間に入るが、その護衛達をエリーゼ様が吹き飛ばす。

 魔法を使わず体術だけで……。

 護衛を吹き飛ばしたエリーゼ様は、ジロリと男を睨んだが、すぐさまフェリス様に道を譲る。

 男は腰が抜けたのか、後ろに倒れこみ後ずさって逃げようとしている。

 

「わ、私は、ルーベンス財務卿の覚えめでたきメルバーン子爵家の……」


 男が怯えながらトラの威を借ろうとしている。


「だから何?」


 フェリス様は聞こうともしない。

 フェリス様が男を追い詰めている時、マリーが俺の傍に来て回復魔法を掛けてくれる。


「高志さん。今癒しますね」


 マリーのお蔭で傷も痛みもすべて消えた。

 俺はマリーに礼を言うと、立ち上がりフェリス様の元へ向かう。


「フェリス様」


「何?」


「もうその辺りで……。野次馬も増えてきましたし、これ以上事を荒立てぬ方が宜しいかと」


 俺の言葉に、フェリス様はキッと怒りの籠った目で俺を睨みつける。

 俺はその目を正面から受け止めた。

 しばしの沈黙が続く……。 


「失せろ。二度と私達に近づくな」


 フェリス様が男に冷たく言い放つ。

 男は護衛の男達に連れられて逃げ去って行った。


「……宿に帰るわよ」


 フェリス様がポツリと呟く。その言葉にはかなりの怒りが込められている。その怒りは俺に対する物もあるのだろう。

 俺は素直に言葉に従った。


「何で抵抗しなかったの?」


 宿に着くなり、フェリス様が問いただして来る。

 声こそ普通のトーンだが、かなり怒りを抑えているのが解る。


「突然殴りかかられたもので、油断してました」


 俺はしれっと恍けた。


「そんな嘘が私に通じると思ってるの?」


 怒りレベルが上昇した。

 だが、俺はそのまま黙秘する。二人で暫くにらみ合う。


「抵抗したら、私たちに迷惑がかかると思ったんじゃないの?」


 図星だ。俺は変に抵抗して三人に下らない迷惑をかけるぐらいなら、黙ってやられた方がいいと思ったのだ。

 だが、俺は沈黙を貫く。

 すると、フェリス様は突然右手を大きく振りかぶった。俺に平手打ちをしようとしている。

 タイミング的には簡単に避けれる。いや、わざと避けれるタイミングにしているのだ。


 バシィーン!


 俺の左頬にフェリス様の平手打ちが炸裂する。

 俺はわざと避けずに平手打ちをくらう。


「何故避けなかったの?」


「相手がフェリス様でしたから」


 俺はフェリス様の目をジッと見つめたまま答えた。

 相手がフェリス様であれば、俺はどのような目に遭おうとも甘んじて受け止める。それぐらいの覚悟はとうに出来ているのだ。


「……それでいいのよ。貴方を叩いていいのも、傷つけていいのも私だけ。貴方は私の……、私だけの奴隷なんだから。その権利は私だけの物。他人に譲った覚えはないわ」


 フェリス様は俺の左頬を右手で優しく撫でてくる。


「今後は必ず抵抗しなさい。これは命令よ。貴方のすべては貴方の物じゃない、私の物よ。貴方の受ける屈辱も、傷も、すべて私が受ける物と思いなさい」


 フェリス様は俺の左頬を優しく撫でながら、ジッと目を見つめてくる。

 俺もフェリス様の目をジッと見つめる。

 しばしの沈黙が続く……。


「……。お話はまだ続きますか?」


 突然背後からエリーゼ様の声がする。

 その声に、俺とフェリス様はビクッと驚く。

 うっかりしていたがこの部屋には全員で帰ってきたのだ。当然傍にエリーゼ様とマリーもいたのだ。

 エリーゼ様はニヤニヤと、マリーは真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。


「あ、お邪魔のようでしたら、私とマリーは゛二時間゛ほど外に出てますよ? その時間で済ませて下さいね。あと、汚れたシーツはちゃんと洗って部屋の空気も入れ替えて下さいね?」


 エリーゼ様が、からかい口調でそんな事を言う。


「ば、バカじゃないの! そう言うんじゃないから。これは、躾け、躾けよ。バカな奴隷を躾けてただけなんだから!」


 フェリス様の顔が真っ赤になっている。

 俺もさすがに恥ずかしい。顔が熱くなってくる。

 

「おや? これは申し訳ありません。お声を掛けずに黙って部屋を出て行った方が良かったですね。ですが、私達が部屋を出る前に゛事が起こってしまってはいけない゛と、つい要らぬ気を回してしまいました。ですが、もしやお二人はその方が燃える方なのですか?」


 なおもからかい続けるエリーゼ様に対し、真っ赤になりながら否定し続けるフェリス様。

 俺はそんな二人を見ながらエリーゼ様の気遣いに感謝する。

 エリーゼ様のお蔭で、いつもの空気に戻ったのだ。

 マリーも俺と同じ事を思ったのだろう。俺の横で二人のやり取りをニコニコしながら見守っている。


 俺はそんな二人を温かい目で見ながらも、心の中では今日あの男に言われたセリフを思い出していた。


『勘違いするなよ、貴様などあの三人のお零れを貰っているだけの屑だ。』


 悔しくて……。俺は拳をギュッと握りしめた……。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ