第四十二話:フェリスの怒り
様々な依頼をこなすうちに、俺達パーティーの冒険者ランクはBになった。
異例の昇格スピードだと、ギルドでは噂されている。
当然の事だ。何せ剣鬼、破壊神、聖女ととんでもない人たちが組んでいるのだから。
だが、注目が集まると当然様々な問題もついて回る。
これもまた当然だ。
その三人が見目麗しく、途轍もない力を持つ女性達のパーティーなのだから。
憧れ、嫉妬など様々な思いが集まってくる。
そして、その中にいる異分子……。
大した力も無い奴隷男に対する悪感情もまた、当然の成り行きと言えよう。
「おい、貴様」
俺が街で買い物をしようと歩いていると、突然声をかけられる。
見ると、見知らぬ貴族風の男と、その護衛らしき男二人が俺の傍に立っていた。
貴族風の男は尊大にふんぞり返り、こちらを見下した目をしている。
ハッキリ言って関わり合いになりたくないタイプだ。
だが、声に反応してしまった以上無視する訳にもいかない。
「何でしょう?」
俺が答えるとその男は、手紙のようなものを差し出してきた。
「フェリス嬢、エリーゼ嬢、マリアンヌ嬢を私の屋敷にご招待する。貴様はこの招待状を持って三名を我が屋敷まで連れて来い」
男は命令口調でそう言う。
またか……。
三人に直接言っても相手にされないので、俺に言ってくる連中が多いのだ。
奴隷という自分たちより低い身分でありながら、三人と親しい人間。
利用するにはもってこいなのだろう。
「申し訳ありませんが、私にはそのような権限がありません」
俺はいつも通りの決まり文句を言う。
「奴隷風情が口答えをするな! 貴様は言うとおりにすればいいんだ」
男が拳を振り上げる。
避けるのは簡単だ。俺もエリーゼ様の指導と多くの実戦経験でそれなりの強さは身に着けた。
だが、俺はわざと避けずに殴られる。
バキィ!
右頬に男の拳が突き刺さる。
大した威力はない、精々唇が切れたぐらいだ。
男が再度手紙を突き付けてくるが、俺は申し訳ありませんと断る。
男は激昂してまた殴ってくる。どうやら、今回のこいつはしつこいタイプのようだ。
俺は地面に亀のように丸まり急所を守る。そんな俺を男は何度も蹴り飛ばす。
今までの連中は数発で諦めたのだが、今回は随分としつこい。
俺は痛みに耐えながら、これが本来の奴隷の扱いなのかな? と自分がいかに運が良かったかを改めて感じていた。
「たかが奴隷の分際で。何の力も無い雑魚が。勘違いするなよ、貴様などあの三人のお零れを貰っているだけの屑だ。自分を弁えろ、屑が」
男の言葉が突き刺さる。正直蹴られる痛みよりも、この言葉の方が痛い。自分が三人に比べて如何に無力な存在なのかは、嫌と言うほど理解しているのだ。
強くなりたい……。
力が欲しい……。
あの三人と共に並ぶ事が出来るほどの強さが欲しい……。
「お前に言われなくても、解ってるんだよ……」
俺は蹴られながら小さく呟く。
暫くして、急に男の動きが止まった。
俺はやっと諦めたかと思い男を見ると、男は俺の後ろを焦った顔で眺めていた。
男の目線を追っていくと、そこにはフェリス様、エリーゼ様、マリーの三人がいた。
「お前。私の奴隷に何をしている」
フェリス様が今まで聞いた事も無い、冷たい声で言う。
俺はその声に思わず震えてしまった。これが、本気で怒った時のフェリス様なのだろう。他人事なのに震えが止まらないぐらい怖い。
「わ、私は……、ただ生意気な奴隷にれ……、礼儀を教えていただけで……」
男は情けないほどに震えている。いや、他人事の俺ですら震えが出るのだ。直接敵意を向けられたこいつはどれ程の恐怖だろうか……。考えるのも恐ろしい。
フェリス様がつかつかと男に向かって歩いて行く。
護衛の二人が必死の形相で間に入るが、その護衛達をエリーゼ様が吹き飛ばす。
魔法を使わず体術だけで……。
護衛を吹き飛ばしたエリーゼ様は、ジロリと男を睨んだが、すぐさまフェリス様に道を譲る。
男は腰が抜けたのか、後ろに倒れこみ後ずさって逃げようとしている。
「わ、私は、ルーベンス財務卿の覚えめでたきメルバーン子爵家の……」
男が怯えながらトラの威を借ろうとしている。
「だから何?」
フェリス様は聞こうともしない。
フェリス様が男を追い詰めている時、マリーが俺の傍に来て回復魔法を掛けてくれる。
「高志さん。今癒しますね」
マリーのお蔭で傷も痛みもすべて消えた。
俺はマリーに礼を言うと、立ち上がりフェリス様の元へ向かう。
「フェリス様」
「何?」
「もうその辺りで……。野次馬も増えてきましたし、これ以上事を荒立てぬ方が宜しいかと」
俺の言葉に、フェリス様はキッと怒りの籠った目で俺を睨みつける。
俺はその目を正面から受け止めた。
しばしの沈黙が続く……。
「失せろ。二度と私達に近づくな」
フェリス様が男に冷たく言い放つ。
男は護衛の男達に連れられて逃げ去って行った。
「……宿に帰るわよ」
フェリス様がポツリと呟く。その言葉にはかなりの怒りが込められている。その怒りは俺に対する物もあるのだろう。
俺は素直に言葉に従った。
「何で抵抗しなかったの?」
宿に着くなり、フェリス様が問いただして来る。
声こそ普通のトーンだが、かなり怒りを抑えているのが解る。
「突然殴りかかられたもので、油断してました」
俺はしれっと恍けた。
「そんな嘘が私に通じると思ってるの?」
怒りレベルが上昇した。
だが、俺はそのまま黙秘する。二人で暫くにらみ合う。
「抵抗したら、私たちに迷惑がかかると思ったんじゃないの?」
図星だ。俺は変に抵抗して三人に下らない迷惑をかけるぐらいなら、黙ってやられた方がいいと思ったのだ。
だが、俺は沈黙を貫く。
すると、フェリス様は突然右手を大きく振りかぶった。俺に平手打ちをしようとしている。
タイミング的には簡単に避けれる。いや、わざと避けれるタイミングにしているのだ。
バシィーン!
俺の左頬にフェリス様の平手打ちが炸裂する。
俺はわざと避けずに平手打ちをくらう。
「何故避けなかったの?」
「相手がフェリス様でしたから」
俺はフェリス様の目をジッと見つめたまま答えた。
相手がフェリス様であれば、俺はどのような目に遭おうとも甘んじて受け止める。それぐらいの覚悟はとうに出来ているのだ。
「……それでいいのよ。貴方を叩いていいのも、傷つけていいのも私だけ。貴方は私の……、私だけの奴隷なんだから。その権利は私だけの物。他人に譲った覚えはないわ」
フェリス様は俺の左頬を右手で優しく撫でてくる。
「今後は必ず抵抗しなさい。これは命令よ。貴方のすべては貴方の物じゃない、私の物よ。貴方の受ける屈辱も、傷も、すべて私が受ける物と思いなさい」
フェリス様は俺の左頬を優しく撫でながら、ジッと目を見つめてくる。
俺もフェリス様の目をジッと見つめる。
しばしの沈黙が続く……。
「……。お話はまだ続きますか?」
突然背後からエリーゼ様の声がする。
その声に、俺とフェリス様はビクッと驚く。
うっかりしていたがこの部屋には全員で帰ってきたのだ。当然傍にエリーゼ様とマリーもいたのだ。
エリーゼ様はニヤニヤと、マリーは真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。
「あ、お邪魔のようでしたら、私とマリーは゛二時間゛ほど外に出てますよ? その時間で済ませて下さいね。あと、汚れたシーツはちゃんと洗って部屋の空気も入れ替えて下さいね?」
エリーゼ様が、からかい口調でそんな事を言う。
「ば、バカじゃないの! そう言うんじゃないから。これは、躾け、躾けよ。バカな奴隷を躾けてただけなんだから!」
フェリス様の顔が真っ赤になっている。
俺もさすがに恥ずかしい。顔が熱くなってくる。
「おや? これは申し訳ありません。お声を掛けずに黙って部屋を出て行った方が良かったですね。ですが、私達が部屋を出る前に゛事が起こってしまってはいけない゛と、つい要らぬ気を回してしまいました。ですが、もしやお二人はその方が燃える方なのですか?」
なおもからかい続けるエリーゼ様に対し、真っ赤になりながら否定し続けるフェリス様。
俺はそんな二人を見ながらエリーゼ様の気遣いに感謝する。
エリーゼ様のお蔭で、いつもの空気に戻ったのだ。
マリーも俺と同じ事を思ったのだろう。俺の横で二人のやり取りをニコニコしながら見守っている。
俺はそんな二人を温かい目で見ながらも、心の中では今日あの男に言われたセリフを思い出していた。
『勘違いするなよ、貴様などあの三人のお零れを貰っているだけの屑だ。』
悔しくて……。俺は拳をギュッと握りしめた……。




