第四十一話:温泉町にて
「いやぁ、よー来て下さった。ワシが町長のアルドじゃ」
「初めまして、エリーゼと言います。早速ですが、依頼のお話をさせて頂いても宜しいですか?」
「もちろんじゃ。いい加減ワシらも困っておってのぉ……。ただでさえ客足が鈍っていた所にこの騒ぎじゃ。何とかアイツらを追い出してくれんかのぉ」
アルドさんは、このままでは町の財政が危ないと嘆いている。
「具体的にはどのような被害が?」
「一番多いのは、やはり食べ物じゃのぉ。後は、観光客の荷物を盗んだり、隙を見つけて抱き着いて来たり……。可愛い見た目と裏腹に、スケベ親父のような所がある獣じゃから……」
「数はどのくらいいるのですか?」
「ハッキリとは解らんが、大体十~二十匹ぐらい目撃されとるよ」
それぐらいの数なら、うまく捕まえれば何とかなるか。
「住処とかは解りますか?」
「すまぬ、山の何処かじゃと思うんじゃが、そこまで調べておらんのじゃ」
アルドさんが申し訳なさそうに言う。
「如何しますか? エリーゼ様」
「そうですね、取り敢えずエテモンチーが現れたらサーチを掛けて、住処を突き止めましょう。後は捕まえて檻に入れて、町から遠い場所に連れて行くしかありませんね」
「今サーチする事は出来ないんですか?」
「動物が多い所では、サーチしても反応が多すぎて判別出来ないのよ……。だから対象に直接印を付けて追いかける方が確実なの」
成程。常に固まっている状態ならともかく、バラバラになっていれば、その反応がエテモンチーなのか、他の動物なのかが解らないのか。
「では、取り敢えずエテモンチーが現れるまで観光を楽しみましょうか」
エリーゼ様がそう言うと、アルドさんが俺達の為に用意してくれた宿を紹介してくれた。
依頼達成の際には宿代をタダに、未達成でも半額という大サービスだった。
それだけ、俺達に期待しているという事だろう。
アルドさんと別れ、俺達は用意された宿に向かった。
その宿はこの町で一番大きな宿で、特にその露天風呂は広さと景観の美しさに定評がある最高の宿だそうだ。
俺達が宿に着くと、宿の主人が出迎えてくれて部屋へと案内してくれた。
「うわぁ……。広いし綺麗だし、最高の部屋だな……」
案内された部屋は六人部屋で、窓から見える眺めも最高の部屋だった。
フェリス様とマリーが窓から外を眺めてはしゃいでいる。
「さて、取り敢えずどうしますか? 町を観光に行きますか? それとも早速露天風呂に行きますか?」
エリーゼ様の問いに全員が露天風呂を選択した。
「最初に言っとくけど、覗いたら……、切り落とすからね……」
フェリス様が脅してくる。
俺は゛何を?゛ とは聞かない……。だって゛ナニ゛を切られるって解るから……
「覗きませんよ。そういうコソコソした事は嫌いなので……」
見たいとは思うが覗きたいとは思わない。そういう卑怯な行為は性に合わない。
「まあ、あんたがそう言う事しない奴だって解ってるけど……、そうハッキリ拒否されるのも何か詰まらないわね……」
フェリス様が不満そうに言う。
複雑な女心というやつなのか……。
俺たちは男女に分かれて露天風呂に入った。
「すげぇー……」
中に入ると、広々とした温泉と美しい山々の景色が俺の目に飛び込んでくる。
俺はすぐさま掛け湯をして温泉に浸かった。
気持ち良すぎる……。
俺は適温な湯に浸かりながら目を閉じる。
この世界には、一般的に湯船が無い。シャワーのようなもので体を洗うだけなのだ。
俺達が泊まる宿にもシャワー設備しか無く、湯に浸かってゆっくりするなど久しぶりだ。
温泉があるなら、家庭に浴槽も作ってほしいな……。いっそ俺が作るか? テルマ〇ロマエ的に。
俺は湯に浸かりながらそんな事を考える。
あー気持ちいい。景色もいい。女湯の方から
「なにこれ、浮いてる。浮いてるわよ。見てエリーゼ、これって浮くのね」
とフェリス様の声が聞こえてくるが気にしない。
想像したら負けな気がする……。
「しまった、酒でも持ってきたら良かった」
現実世界では禁止行為だが、ここは異世界だ。温泉に浸かりながら酒を飲むのは至福だと俺は思う。
まあいいか、夜にでも酒もって入ろう……。
今は仕事中だ。すべてを終わらせてから悦に浸ろう。
「あ、あそこに何かいます。あれがエテモンチーですかぁ?」
女湯の方からマリーの声が聞こえた。
早速獲物が見つかったようだ。
「あー、逃げちゃいましたぁ」
「問題ないわ。サーチは掛けたから。高志、聞こえてる? 追いかけるわよ」
フェリス様の声に返事をして、俺は温泉を出る。
さて、とっとと終わらせてもう一度ゆっくり入ろう……。
各人が捕獲用の籠を背負い、鬱蒼と生い茂る山道を進む。
「近いわよ、気を付けて」
フェリス様が注意を呼びかける。
俺達は背負っていた籠を地面に降ろし、周囲を注意深く探索する。
「あ、あれじゃないですか? 木の上に」
マリーが見つけたようだ。指さす方を見ると、真っ白な毛に覆われた小さな獣が木の上からこちらを見下ろしている。
思った以上にラブリーな見た目だ……
あちこちに同じ姿の獣が見える。好都合な事に、俺達目当てに集まってきているようだ。
一、二、三……、おかしい……。数がどんどん増えてくる……。
「エリーゼ様……」
俺は不安げに呼びかける。
「これは……。想定外です……」
辺り一面に膨大な数のエテモンチーが集まってくる。いくらラブリーな見た目でも、これだけ数が集まると恐ろしい。ここは一旦引くべきだろう。
「逃げますか?」
俺の発言に賛同の声がする前に、エテモンチー達が一斉に俺達に襲い掛かってきた。
「なっ、や、やめなさい。そんな所を引っ張らないで、こら、何処を触って……」
「やー、やめて下さいぃぃぃ。そんな所吸われても何も出ませんよぉぉぉ……」
エリーゼ様とマリーの悲鳴が聞こえる。二人ともどんな目にあってるんだ?
めちゃめちゃ気になるが、生憎俺自身も抱き着かれたり、舐められたり、揉まれたり、服を引っ張られたりと被害にあっているので、観察する余裕が無い。
「や、やめろ。何処触ってんだ!」
俺は大声で叫ぶ。こいつら……。見た目のラブリーさと行動があまりに違いすぎる……。
だが、そんな地獄絵図の中……、たった一人蚊帳の外の人間がいた。
「なんで……、なんで私にだけ……」
俺、マリー、エリーゼ様とセクハラ被害にあっている中、フェリス様゛だけ゛が何の被害にもあっていなかった。むしろ、エテモンチー達はフェリス様に近づこうともしない。
呆然と成り行きを見守っていたフェリス様だったが、徐々に状況を理解し、表情が怒りに変わっていく。
「何よ……、ケダモノ風情が……。アタシには……、魅力が無いとでも……」
「フェリス様! いけません、押さえて下さい!」
エリーゼ様が焦った声を出す。
だが時すでに遅く……。
「言いたいのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
轟音が辺りに鳴り響く。
途轍もない破壊の嵐が辺り一面を覆っている。
どれくらい時が経ったろう……。
エテモンチー達は姿を消し……、周囲の木々も俺達のいる場所を除いて広範囲に吹き飛んだ……。
破壊の跡がちょうどドーナツのような形になっている。
今俺達は、恒例の反省会と言う名のフェリス様お説教タイムに入っている。
「……殺してないわよ……」
正座で小さくなっているフェリス様が、斜め下を向きながらボソリと呟く。
「壊しているでしょう」
エリーゼ様が呆れたようにそう言う。
「いくらケダモノとは言え、自分だけ相手にされないとか……。女としてのプライドに傷が……、ぶふっっ」
エリーゼ様はセリフをすべて言う前に、腹を押さえて笑い出す。
余程ツボに入ったのか、倒れこんで苦しそうに呻いている。
ダメだ、あの人は暫く使い物になりそうにない……。
そんな姿を見て、フェリス様が悔しそうにプルプル震えている。よく見ると少し涙目だ。
「あのぉ、エテモンチーは魔力を本能で感じるってお話でしたし、きっとフェリス様の強大な魔力を感じ取って近づかなかったんですよ」
マリーが優しく慰める。
「……あんただって、大きいじゃない……」
マリーの慰めが通じない。
エリーゼ様のせいで拗ねてしまったようだ。
「それは、質の違いじゃないですか? 攻撃魔法の使い手のフェリス様を警戒したんですよ。きっと」
俺はフォローを入れる。
「そうですよ、フェリス様。決して、貴方に魅力が無い訳では……、ぶぶっっぅ」
エリーゼ様は黙っててください。これ以上苛めないであげて……。
「うぅぅぅ……」
フェリス様が下を向いて唸っている。
「それで、フェリス様。サーチしたエテモンチーの反応はどうですか?」
やっと笑いが収まったエリーゼ様が、荒い息をしながら問いかける。
「周囲に反応は無いわ。かなり遠くに行ったと思う」
どうやらエテモンチーは恐れをなして逃げ出したようだ。
「まあ、結果として依頼は達成出来たという事ですね……。ただ、観光地の景観を破壊したのは少々まずいですが」
エリーゼ様の言うとおり、美しい山の景色にドーナツ状の破壊の跡が付いてしまったのは流石にまずい気がする。
取り敢えず、俺達は依頼者に報告すべく山を下りた。
報告を聞いたアルドさんは、最初驚きのあまり言葉に詰まっていた。
だが、尋常でない数のエテモンチーが住み着いていた事で、普通の手段では追い払えなかった可能性が高く、この際仕方の無い事だと諦めてくれた。
また、エリーゼ様があの破壊の跡を゛破壊神の爪痕゛と名づけて観光名所にしては? との提案に新しい観光スポットが出来たと逆に喜ばれた。
二人の会話を聞いていたフェリス様が下を向いてプルプル震えているが、諦めてもらうしかない。
これも罰なのだから。
すべてが終わり、俺達は再び宿に戻った。
俺は計画通り、大量の酒をもって再び露天風呂へと向かった。
時間外ではあったが、宿の主人のご好意で特別あけてもらったのだ。
「うーん。一仕事の後の一杯は最高だなぁ。お湯は気持ちいいし。風も気持ちいいし」
俺は貸切の露天風呂で、優雅なひと時を過ごしている。
フェリス様には気の毒だったが、結果的に早く仕事が片付いたのだから結果オーライというものだ。
酒をちびちびと飲みながら夜景を眺めていると、入口の方から人の気配がした。
「高志……」
入口を見ると、胸までタオルで隠したフェリス様が佇んでいた。
「なっ」
俺は驚きで言葉を失ってしまう。酔ったのか? 俺……。
「私も……、いっしょに入っていい?」
フェリス様が少し顔を赤らめながら小さく呟く。
「なっ。え? なっ」
俺は言葉が出ない。おかしい、これは夢だ。こんな事あるはずが無い。
「タオル……。取るから……。あまり見ないで欲しいな……」
フェリス様がタオルをゆっくりと外す。
俺は真っ赤になってただボー然と成り行きを見守ってしまう。
タオルが床に落ちる……。
そこには……。
水着姿のフェリス様がいた。
「見た! 見たでしょエリーゼ。こいつ、私の魅力にメロメロよ。やっぱりあの獣に見る目が無かっただけなんだから」
フェリス様が先ほどの恥らった姿が嘘のように元気にはしゃいでいる。
「まったく、情けない獣です……。この程度の色気に惑わされるとは。しかも見苦しいほど狼狽えて……。飛び掛かかって押し倒すぐらいの気概を見せて欲しかった所ですね……」
同じく水着姿のエリーゼ様が現れる。後ろには水着姿のマリーの姿も見える。
「あんたら……。ここは男湯なんですが」
俺は平静を装いながらそう言う。
ハッキリ言って、水着姿でもかなり色っぽいので目のやり場に困る。
「貴方がお酒を持って入るのを見ましてね。折角の貸切ですし、皆で湯に浸かりながら宴会でもと思いまして」
エリーゼ様が自身で持ってきたお酒を掲げながら言う。
「そうそう。大体一人で寂しくお酒飲んでるんじゃないわよ。こういうのは、皆で楽しむものよ」
フェリス様が腰に手を当てて言う。
「お湯の中で宴会なんて初めてで楽しみですぅ」
マリーは少し顔を赤らめながら笑っている。
「宴会はいいですが、俺水着履いてないんですよ」
「別に、私たちは気にしないわよ?」
フェリス様はそう言うと湯の中に入ってくる。エリーゼ様とマリーもそれに続く。
俺が気にするんだが……。
「なにブツブツ言ってるのよ、さっさと乾杯しましょう」
俺の意見など聞く耳も無く、全員で湯に入り乾杯の準備はじめる。
まあ、役得でもあるし気にするのは止めよう。
三人の綺麗どころに囲まれて酒が飲めるのだ。ならば存分に楽しもう。
「かんぱーい!」
全員で酒を煽る。
良く考えれば、他人と酒を飲むなんてどれくらいぶりだろうか……。
一人で飲む酒とはまた違った雰囲気だ。
俺達は日々の他愛無い話をしながら、宴会を楽しんでいた。
正直……、悪くない。いや、強がるのはよそう。一人で飲む酒よりずっと美味しく感じる。
いや、本音を言おう。水着姿の美女に囲まれて飲む酒が不味いわけが無い。
あまりの居心地の良さに酒がどんどん進む。
酔いが進み理性のブレーキが甘くなり、俺はつい三人の胸に視線をやってしまう。
普段は仲間として、そういう目で見ないように気を付けているのだが……。
マリーの胸……、すごいな……。マジで湯に浮いてる……。それに比べると確かに二人は……、足しても足元にも及ばんな。いや、別に無いには無いの魅力があるのだから気にしなくてもいいと思うのだが。
俺はついつい、そう考えてしまった。
そう、そんな俺をこの人たちが見逃す訳が無いのに……。
「はっ!」
気が付くと三人の視線が俺に集中していた。
「やはり、このケダモノは私たちの魅力の虜になっているようですね。それ自体は悪い気がしませんが、何故でしょう……。非常に不愉快な比較をされたような気がします」
エリーゼ様が無表情で俺の考えを読む。
俺、そんなに解りやすい顔をしていたのだろうか?
「そうね、このケダモノは『こいつら二人足してもマリーの足元にもおよばねぇ……プププッ』って考えてた気がするわ」
フェリス様、あんた絶対心が読めるんだろ。
「高志さん、そんな事考えてたんですか?」
やめて、マリー。そんな目で俺を見ないで……。
「この奴隷にはお仕置きが必要と思います。そうですね、この際比較される悔しさを味あわせるというのはどうでしょうか?」
エリーゼ様が何か恐ろしい事を言っている。俺の何を比較するつもりですか?
「そうね、いつも私たちだけが嫌らしい目で見られるのは不公平よね」
いや、そんなにいつも嫌らしい目で見てないでしょ?
「は、恥ずかしいですぅ」
マリーが手で目を覆っている。が、思いっきり隙間が開いている。
二人の悪魔がニヤニヤ笑いながら俺ににじり寄って来る。
「ふ、二人とも、何をするつもりですか?」
「何をとぼけた事を。゛ナニ゛を比較してあげるのですよ。」
エリーゼ様の目が獲物を見る目になっている。
そうだ、よく考えたら、俺達はかなりの量の酒を飲んでいるのだ。
この人らは……、無敵状態になっているのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って下さい。落ち着いて、皆飲み過ぎているみたいです。ここらでお開きにしましょう」
俺はズリズリ後退しながら提案する。
「酔ってなんかいないわよ。あんたも観念して大人しくしなさい。これはご主人様の命令よ」
いや、絶対に酔ってる。普段のフェリス様はそんな事言わないから。
アッと言う間に俺は追い詰められる。エリーゼ様が俺の体を押さえ、フェリス様がタオルに手を掛ける。
「ま、まじ許してください。その、あれです。こんな粗末なお見苦しい物を皆さんにお見せする訳には」
「粗末で見苦しいかどうかを、私たちが比べてあげようと言っているのです。貴方も男なら、むしろ堂々と見せつけるぐらいの気概を見せてはどうですか?」
いやだ。そんな気概はいらない。
「あんたも往生際が悪いわね。早く手を離しなさいよ」
フェリス様が俺の最後の砦を引っ張る。
マリーは無言だが、好奇心に光る視線が痛いほど突き刺さってくる。
「いや、ほんと、堪忍してぇ、い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
夜の温泉町に男の悲鳴が響き渡る……。




