第四十話:温泉に行こう
サザンブロストの街に着いて今日で五日が過ぎた。
俺たちはこの五日間、宿に泊まり特に何もしないまま各人適当に過ごしている。
正確には約一名が宿に引き籠ったせいで何も出来ないのだが……。
「マリー、ちょっとこっちに来て仰向けになって寝てくれる?」
元凶の引き籠りがまた下らない事を思いついたようだ。
「は、はい……。ここに寝たらいいんですか?」
マリーは逆らわず、フェリス様の前に仰向けになる。
フェリス様はT字のような形でマリーの胸に頭を置いて寝転がる。
「やっぱり、思った通りだったわ。これ、枕に最適。すっごい気持ちいい。絶対安眠出来るわ……。マリー、あんたこれから寝る時は枕になりなさい」
フェリス様は頭をグリグリしながら、下らない事を言い出す。
「ほう、それは興味深い。その枕はあと一つありますね。そちらは私が使わせてもらいましょう」
エリーゼ様が本を読みながら、適当な事を言う。
「止めて下さいぃ……」
マリーが涙目で抗議する。
「しっかし、あんた本当にデカいわね…。ここまで来るともう嫉妬とか通り越して感心するわ。どうやったらこんなにデカくなるの? 揉んだの? 揉まれたの?」
「そんな事されてませんよぉ……」
「恐らく、アルテラ教会の一部のみが知る秘密の儀式があるのでしょう。マリー、隠さず教えて下さい。場合によっては、我々も入信する覚悟があります」
そんな儀式がある教会は嫌だな。
「無いですよぉ、そんな儀式……」
マリーが涙目で俺を見ながらそう言う。
俺を見つめる目が『助けて下さいぃぃぃ』と訴えかけている。
あんな肉食動物に追い詰められた小鹿のような目をされたら……。
くっ、あの目に逆らえる男はいない。
いや、逆らう奴は男ですらない!
俺は彼女を助けるべく、自身の身を肉食動物の前にさらけ出す事にする。
「お二人とも、いい加減下らない話はやめたらどうですか?」
「下らないとはなんですか。これは女にとっては譲れない所なのですよ」
「そうよ。今私たちの目の前に成功した女がいるのよ。その成功した秘訣を探り出すのは当然の事よ」
「本人に成功したつもりが無いんですから、探ろうとしても無駄ですよ」
「うっ……、確かに……」
「大体、俺の生まれた国でもそういった悩みをもつ女性はいましたが、大抵無駄な努力をしてましたよ。一説には、遺伝的要因が大きく影響するとの話しもありますからね。魔力が無いやつに魔法が使えないように、大きくなる才能の無い人は大きく出来ないんでしょう」
「なるほど……、牛は牛からしか生まれないと……」
「マリーを牛扱いはやめてあげて下さい」
「私も牛に生まれたかったわ……」
「あんたら二人ともマリーに謝りなさい」
マリーは、
「牛じゃないですぅ」
と涙目になっている。
「大体、もう五日も経つのですよ。いい加減宿を出ましょうよ」
「うぅ……」
フェリス様は小さく呻くと、うつ伏せになりマリーの胸に顔を埋めている。
どうも枕として本気で気に入ったみたいだ。
マリーも諦めたのか、好きにして下さいという目で遠くを見ている……。
「今までだって、フェリス様には悪評が付きまとっていたじゃないですか。なんで今回はそんなに気にしてるんですか?」
俺は疑問に思う。
城にいた頃、フェリス様には様々な悪評があったが彼女はまったく気にしていなかったはずだ。
何故、今回に限って……。
「伯爵令嬢に付く悪評は、本人もどうでもいいと思っている立場なので気にしなかったのでしょうね。ですが、今回は憧れの冒険者になった自分についた悪評ですからね……」
エリーゼ様がそう説明する。
成程、理想とした姿が壊れたから引き籠ったのか。
「ですが、確かに高志の言うとおりですね。いい加減動きましょう」
エリーゼ様も俺に同意する。
働かざる者食うべからず。いい加減仕事しないとね。
「解った……、で今後の予定はどうするの?」
フェリス様もさすがに引き籠るのに飽きたのだろう。やっとマリー枕から頭を上げてそう尋ねてくる。
解放されたマリーもホッとした表情でこちらの話に参加する。
エリーゼ様が指を一つ立てる。
「一つ目の提案は、王都に帰る」
指を二本立てて
「二つ目が、サザンブロストの街で暫く仕事をする」
三本立てて
「三つ目が、国境を越えて獣人の国ガルディア王国に行ってみる」
四本立てて
「四つ目が、近くにある温泉町に行き疲れを癒す」
「四つ目! 温泉行きたい!」
フェリス様が四つ目の提案に食いついた。
温泉かぁ、この世界にもあるんだな。
俺も温泉は好きだったな……、向こうの世界でもよく行った……、一人で……。
「温泉ってなんですか?」
マリーが首を傾げる。
知らないのか……、まあ軟禁生活でその辺の知識が足りてないんだろうな。
「温泉っていうのは、美しい景観を見ながら湧き出るお湯の湖に浸かって疲れを癒す所だよ。綺麗で気持ち良くて最高の……、心のオアシスさ」
俺は目を輝かせながらマリーに説明する。
「そして、湯に浸かって体を癒した後は美味い食事をして、夜は皆で恋バナや枕投げなんかしちゃって、仲間と行ったらそんな楽しいイベントまであるのさ……」
後半は妄想だ。ボッチは恋バナも枕投げも出来ない……。
「ほう、つまり夜に貴方が我々の中で誰が好みかを尋問するのですね」
何故尋問になる……。
「枕投げって、あんた、マリーを投げるつもり?」
マリーを枕扱いはいい加減やめようか……。
「お二人は少し黙って下さい」
二人の悪魔がニヤニヤと笑っている。
「なんか凄そうですねー、私も行ってみたいです」
マリーが温泉行に賛成する。二人の悪魔の言はスルーしたようだ。
うん、その能力はこれから生きて行く上で必須だ。
成長したね、マリー……。
「俺も賛成です。何故かは深く言いませんが、不思議と精神的な疲れが溜まっている気がします。ここらで少し癒しが欲しいです」
「ほう、それは不思議ですね。困っている事があるなら、いつでも相談に乗りますよ」
元凶の片割れがしれっと言ってくる……。
「では、温泉に行くとしますか。ですが、どうせですからギルドに顔を出して何かついでに受けれそうな仕事を探してみましょう」
俺たちはその意見に賛成して、全員で宿を出て冒険者ギルドへと向かった。
宿から少し歩いた所にこの街のギルドがある。
王都のギルドと比べるとかなり小さく、粗末な建物だったがエリーゼ様が言うには、街や村にあるギルドはこれぐらいの規模が普通という事だった。
扉を開けて中に入ると数組の冒険者がいた。
「おい、あれが破壊神か」
「ああ、見た目に騙されるなよ…かなり危険で凶暴らしい」
俺たちを見るなりヒソヒソ話を始める。
破壊神の噂は驚くほど速く伝わってきた。この街に着いた次の日には、ギルド内で知らぬ者が居ないほど噂され、街でもかなりの人が伝え聞いている状況だった。
みんな娯楽に飢えていたんだろうな……。
そのせいで、フェリス様は引き籠ったのだが、今はもう諦めたのか見た感じ平然としている。
「さて、何か都合の良い依頼は無いですかねぇ……」
エリーゼ様が掲示板を見ながら呟く。
どうせなら、何か仕事がある方がいい。何せ五日も仕事をしていないのだから。
まあ、その間俺はエリーゼ様と訓練をしたり、マリーと街を見物したりと有意義には過ごしたのだが。
「ねえ、これ温泉町の依頼じゃない?」
フェリス様が依頼を見つけた。
それは俺達が向かおうと考えている温泉町の代表からの依頼だった。
「なになに、エテモンチーを追い払って欲しいって……、何それ……」
見ると、エテモンチーという獣が町に降りてきて観光客に悪さをするので困っているらしい。そこで冒険者にそいつらを追い払って欲しいと依頼を出しているようだ。
「エテモンチーですか……、厄介ですね……」
「なんで? 皆殺しにしたらいいんじゃないの?」
「…………」
エリーゼ様がジト目でフェリス様を見る……。
周りの冒険者たちもその発言にドン引きである……。
「破壊神だ……、やっぱり破壊神だ……」
周囲がざわめいている……。
「……いいですか、壊すか殺すかで解決させる思考は止めなさい。特に、エテモンチーは個体数がかなり減少して絶滅の危機にある獣です。絶対殺してはダメです。いいですね、絶対殺してはダメですよ。大事な事ですから二回言いましたよ」
エリーゼ様が念を押す。もしや、フェリス様は破壊神のあだ名に開き直っているのでは……。
「う、うるさいわね、冗談に決まってるでしょ」
正直疑わしい……。
「あのぉ、エテモンチーってどんな獣なんですか?」
マリーが小首を傾げて尋ねる。
「エテモンチーは見た目は可愛い小さな獣なんですが、よく悪戯をするのです。食べ物を盗んだり、持ち物を盗んだりと」
サルみたいなものかな?
「後、困った性質がありまして……、その、抱き着いて来たり、触ってきたり、舐めまわして来たりと……、男女関係なくそういった被害を受けるんです……」
エロモンキーか……。
「更に厄介な事に、エテモンチーは知能もそれなりに高く、罠など殆ど効果がありません。また、魔力を感じる本能のような物も持っているようで、魔法の罠すら効果が無いのです」
うーむ……、確かにそれは厄介だ。殺す事も出来ず、罠も効果が無い。つまり手作業で捕まえるしか無いという事か……。大変そうだな。出来なくは無いだろうが……。
「いいんじゃないの? 引き受けたら。手間掛かりそうだけど、向こうから抱き着いて来るんなら捕まえるのも楽じゃない」
フェリス様が言う。
確かに、どうせ温泉に行くんだし、ついでに受けてもいいような仕事だ。
「可愛い動物さんなんですよねぇ、楽しみです」
マリーが笑う。
「二人もこう言ってますし、引き受けてもいいのでは? どうせついでですし、ダメでもペナルティーは無いんですよね?」
「ええ、依頼書を見る限り大丈夫そうですね。報酬もかなり高額です。そう考えると、美味しい依頼ですね。むしろそこが気になると言えば気になりますが……」
エリーゼ様は多少腑に落ちないという顔をしながらも、依頼書を持って受付に行く。
受付はすぐに終わり、俺達は温泉町へと出発する為馬車の停留所へ向かった。
温泉……、楽しみだな……。




