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第三話:美女と奴隷

「高志! 左から来るぞ、押さえろ!」


 横の男の声にわかったと答えて、俺は左を向いて盾を構えた。

 左からは2mぐらいのオオカミみたいな魔物がこちらに突撃を掛けて来る所だった。

 俺は足を踏ん張り相手の突撃に合わせて盾を体ごとぶつけた。

 盾をカウンターでぶつけられた魔物はギャンと鳴き声を上げ、後ろに跳ね返されると威嚇の声を上げながらこちらを向いて構えている。


「光の槍よ、貫け!」


 後方から別の声が聞こえると、俺の横を光の槍が通り抜け、目の前の魔物に突き刺さり粉々に吹き飛んだ。


「さすがはフェリス様の魔法、あのブラックファングが一撃とはなぁ」


 と先ほどの横の男モリスがこちらに近づいて来る。この男は俺と同じ歳ぐらいの優男だ。短い黒髪でパッと見は品のある顔をしているが、その眼光は鋭く歴戦の兵士を思わせる。

 腕も確かで、頼りになる男だ。

 こいつは俺の世話係を命じられたらしく、ここに来た時から色々と助けてくれている。なかなか物知りな所もあり、情報収集の面でも助けられている。


「そっちは片付いたのか?」


 俺はモリスに解りきった質問をする。戦いの音が無くなっている事はすでに気づいていたし、終わってなければこの男がのんびりとした口調で話しかけてくるはずもないのだ。


「ああ、そいつが最後だ。こっちのはエリーゼ様が全部ぶった切ったよ」


 当たり前のように答えてくる。確か、そっちには五匹いたはずだが……。

 俺の考えを読んだのか、モリスは笑いながら


「まあ、五匹ぶった切ったエリーゼ様もすごいが、こっちの五匹は雑魚だからな」


 と教えてくれる。どうやら俺の目の前のブラックファングは群れの長で上位種らしく全体的な力、特に防御力が比べものにならないぐらい高いらしい。

 初級攻撃魔法の光の槍では、普通の使い手なら傷を負わせるのが精一杯、下手をすると弾かれるそうだ。


「俺はあまり他の魔法使いを知らないからな、よくわからん」


「フェリス様を基準にしたら他の魔法使いが可哀想だぜ」


 モリスは笑って俺の肩を叩く。

 モリスは会った当初から気さくに付き合ってくれて正直随分と救われている。俺はこの奴隷兵士の中で浮いた存在だった為、モリスが居なければまともに生きて行けなかっただろう。


 その時後ろから一人の美女が声を掛けてきた。


「何の話をしてたの? 私の事が話題みたいだったけど。内容によっては罰を与えるけど?」


 噂をすれば俺のご主人様であるフェリス・オーモンド辺境伯令嬢がにこやかに近づいて来た。


「ちなみにどのような罰を?」


「エッチな話なら火、バカにしてたなら氷」


「俺たちはフェリス様を素晴らしい方と褒め称えていました」


「氷がいいのね?」


 笑みのまま俺に魔道杖を向けてくる。答えに若干のからかいを入れたのがばれたらしい。

 さすがにこれ以上からかうと本当に氷魔法が飛んできそうなので、フェリス様の魔法について話をしていたと答えると


「なーんだ、そんな話かぁ」


 心底つまらなそうにそう呟いた後、軽く笑顔を浮かべ


「まあ、そんな話が出来るのなら怪我の心配もなさそうね。半時休憩したら城に帰るからそれまでゆっくりしてなさい」


 と言い残し別の奴隷兵士の所へ向かって歩いていった。


「変わった方だよ、本当に……、俺たちのような者まで気遣い、声を掛けてくれる」


 モリスは去っていくフェリス様を見送りながら俺に言う。


 ああ、と頷きながらあの時俺を買った美女、フェリス・オーモンド辺境伯令嬢の事を考えていた。


 粗末な布の服を着せられフェリス様の待つ所に連れて行かれると、彼女は奴隷商人に金の入っているだろう袋を渡している所だった。

 金を受け取った奴隷商人が去って行くと、フェリス様は俺の前にやってきた。

 俺は怖くて彼女をまともに見る事が出来なかった。

 買われた事で改めて自分が奴隷になったんだという現実を突き付けられた事、彼女の周囲にいる大勢の護衛騎士を見た事、そしてそんな只者ではない彼女が俺を買った理由が解らない事が怖かった。

 そんな気も知らず、彼女は俺に笑顔で話しかけてきた。


 俺に言葉が通じない事を知らないのだろうか?

 奴隷商人は俺を少しでも高く売る為に黙っていたのかも知れない……。

 そう思った俺は首を左右に振り


「すみません。俺には、あなたが何を言っているのか解りません」


 と声を出した。

 幸いにも首を振る行動と意味不明の言語で、言葉が通じていない事に気づいたようだ。

 返品されるかな? とも思ったが、彼女は少し驚いた表情をした後、すぐ笑顔に戻った。


 そして驚いた事に、彼女は自身の右手で首輪に付けられている鎖ではなく、俺の左手首を握りしめ前に向かって歩き出したのだ。

 周囲の護衛も何人かは顔を顰めてはいるものの、特にその行為を注意する事も無く彼女に従って進んでいく。


 しばらく進むと馬と荷馬車が見えてきた。彼女は俺を荷馬車の後ろまで連れて行くと、徐にカギを取り出し俺の首輪を外し路上へ投げ捨てる。

 ここまで来ると、さすがに彼女が俺を奴隷という物ではなく、人として扱ってくれている事に気づく。

 笑顔で頭を下げお礼を言うと、彼女も笑顔で何かを答えてくれた。

 久しぶりに触れた優しさに、心が熱くなり涙が出そうになった。

 俺はこの時、異世界に来て初めて笑う事が出来たのだ。


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