第三十四話:初めての依頼
「溝掃除、ゴミ拾い、引っ越しの手伝い、なにこれ……」
フェリス様が掲示板を見ながら呟く。
今日はギルドで実際に依頼を受ける予定だ。
依頼、訓練、休養とメリハリをつけて行こうというのがエリーゼ様の方針だ。
俺も賛成だ。
なにせ、訓練ばかりだと、フェリス様が可哀想だから……。
聞く所によると、フェリス様の訓練はかなり精神的にきついようだ。
寝言で、
「ダメな魔法使いでごめんなさい、ごめんなさい……」
と言っているのを聞いて正直涙が溢れそうになった。
今日のフェリス様は訓練から解放されてかなり上機嫌だった。
だが、依頼内容を見ているうちにどんどんテンションが落ちている。
「言っておきますが、低ランク冒険者の仕事は基本そういった雑用関係の物ばかりですよ」
「えぇーーー」
フェリス様が不満そうに言う。
「ご不満なら、私が選んで差し上げますよ。そうですね、これなんかどうですか? 絵画のモデル。全裸で数時間身動きせず立っている仕事です。相手は女性のようですし、問題ないでしょう?」
「いいえ、自分で選ぶわエリーゼ。これは新米冒険者の私たちがやるべき事だから」
良い判断だ。エリーゼ様に任せたらどんな仕事が来るか解らない。
「高志、貴方はどうですか? このモデルの仕事、男性でもいいみたいですよ?」
「いえ、選ぶ事も新米冒険者の大切な仕事です。自身で見つけたいと思います」
何故かその仕事を押すエリーゼ様。
何が気に入ったんだ?
俺はフェリス様の横に行き、二人で仕事を探す事にする。
「危険よ、高志。このままだと、私たち全裸にされるわ」
フェリス様が小さな声で囁く。
「ええ、あの依頼、よくみると男女ペアでも可とか書いてますね」
俺も小さく囁く。
ちなみに、報酬が結構いいのが嫌な所だ。
俺達は必至で仕事を探す。
少し離れた所でエリーゼ様が、
「この仕事、結構報酬がいいんですよねぇ。男女ペアだと特に……」
などと呟いているのが聞こえてくる。
どうも最近のエリーゼ様の行動が読めない。
冗談だと思っていたんだが、あれ結構報酬に釣られてる感じで危険だ。
何と言うか、ネジが少し外れている気がする。
「うーん、どれにしようか」
「まだ決まらないのですか? でしたら、やはり先ほどの仕事でいいのでは? よく見ると三人でモデルをすると報酬が四倍に……」
ひぃーーーーーっ!
「どっ、どうしよう……」
「も、もう何でもいいから選びましょう。適当に、全裸よりはマシです」
「そっそうね、じゃあ適当に選ぶわね」
そう言うとフェリス様は掲示板から適当な依頼表を剥がす。
「これにするわ、エリーゼ」
依頼表をエリーゼ様に渡す。
「何を選んだんですか?」
俺は質問する。
「ごめん、よく見なかった」
二人で小声で話していると、エリーゼ様は依頼表を読みながら
「そうですね、これでもいいですね」
とそう言って、依頼表を持って受付に行ってしまう。
何の仕事を選んだんだ?
街を出て少し歩いた所に俺達の目的地があった。
柵に囲まれた広い草原。そこにある建物の一画に俺達はいる。
「よーし。みんな着替え終わったようだなぁ。じゃあ、こっちに集まってくれ。今からやり方を説明すっから」
作業着姿の男が俺達を呼び集める。
俺達も作業着を貸してもらい、それに着替えている。
「いいか、慣れてない奴は二人一組でやるとええ。コツはこいつらが暴れないようにしっかり押さえる事と挟みをしっかり使う事だ。まあ、こいつら大人しい奴ばかりだからすぐに慣れるさ」
そう言うと男は家畜を押さえつけ、毛を刈り始める。
俺達は今、街はずれの牧場に毛刈りの手伝いに来ているのだ。
「正直ホッとした……」
フェリス様が言う。
俺もだ。なにせ、手続きから何から全部エリーゼ様がやってしまったので、俺達は現地に来るまで何をするのか全く解らなかったのだ。
「大体。よく考えたら、手続きも私たちがしないと意味ないわよね」
なんか自然と全部エリーゼ様に任せてしまった。
次からは気を付けよう。
「じゃあ、おめぇさんら、そろそろ始めてくれや。解らん事あったら、都度聞いてくれりゃあええ」
牧場主がそう言うと、集まっていた者たちが各々毛刈りを始める。
「では、お二人は組んで仕事をして下さい。私は一人でやれますから」
そう言うとエリーゼ様は近くにいた家畜を捕まえ、毛を刈り始める。
「ねぇ?」
「なんでしょう」
「エリーゼ。なんであんなに手馴れてるの?」
「私が知りたいですよ……」
あっという間に一匹目を終わらせるエリーゼ様。
牧場主がワシよりうまいと褒めまくっている。
「と、取り敢えず俺達も始めましょう」
「そ、そうね」
俺が押さえフェリス様が毛を刈る。
「む、難しい。エリーゼは簡単に刈ってたのに」
「フェリス様、まだですか? こいつ、だんだん暴れる力が強くなってきたんですが」
「ちょっとしっかり押さえなさよ……。きゃっ、もう動くからやり難いわよ」
俺達が一匹に四苦八苦している間に、エリーゼ様はどんどん刈りまくっていく。
牧場主が孫の嫁にならんかと頻りに訴えている。
日が暮れてきたころ、毛刈りが終了した。
結局俺達は殆ど何も出来なかった。
「さあ、みんなご苦労さんだったな、肉はたっぷりあるから沢山食べてくれや。」
特別報酬で、焼き肉がついていたらしい。
俺達は鉄板の上で肉を焼きながら、今日の反省会を始める。
「ねえ? エリーゼは何であんなに手馴れていたの?」
「もちろん、何度かやった事があるからですよ」
経験者だったのか。
「私だって最初からランクが高かった訳では無いですから。こういった依頼を沢山こなしながらランクを上げたのですよ」
そうか、考えれば当たり前の事か。
「何故、このような様々な依頼が冒険者ギルドにあるか解りますか?」
エリーゼ様が俺達に問いかける。
「いくつか理由はありますが、一番の理由は私たち冒険者に様々な経験を積ませるためです。何処でどの様な経験が役に立つか解りませんからね。冒険者にとって、経験とは財産です。一つも無駄にしてはいけないのですよ」
「ごめんなさい、エリーゼ。私、甘えていたのね」
俺も同じだ。
冒険者に憧れてはいたものの、派手な所ばかりを見て本質を見ていなかった。
「俺もですよ。自分が恥ずかしいです」
二人で謝る。
「謝る必要はありませんよ。私だって新米の頃は同じような失敗をしたのですから」
エリーゼ様がそう言って笑う。
「ところで……」
エリーゼ様が懐から一枚の依頼書を出してくる。
「次はこの依頼をやってみませんか? 報酬がかなりいいのですよ」
あのモデルの依頼書だった。
「いやよ、なんでその依頼に拘るのよ」
「いいじゃあないですか? 相手は同性なんですし。立っているだけでこの報酬はかなり魅力的なんですよ」
「おかしいじゃない、絶対何かあるわ」
「その時は断ればいいではないですか。話だけでも」
二人が言い合っている中、俺は依頼書に書かれている小さな注意書きに気づいてしまった。
(注1)男性の場合身長190以上の方に限らせて頂きます。
(注2)女性の場合身長170以上の巨乳の方に限らせて頂きます。
なるほど。
条件が厳しいから報酬もいいんだな。




