第三十三話:修行開始
昨日エリーゼ様が言っていた魔法使いの女性がフェリス様を迎えにきた。
フェリス様がその女性に手を引かれ、何処かへと連れ去られていく。
昨日のお説教の影響か、若干元気がないように見える。
本人も気にしていた事をガンガン言われて落ち込んでいるのだろう。
アベル様の件もあるしな……。
しかし、連れられて行く姿を見ていると、何故か金に困って娘を売ったような気 にさせられる。
哀愁が漂い過ぎだ……。
「あの魔法使いの女性は、どんな人なんですか?」
「腕に問題は有りません。教えるのも上手いです。人格は……、この際どうでもいいでしょう」
フェリス様。頑張って下さい……。
「さて、では貴方の修行を始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「とは言え、まずは戦い方と扱う武器を考えなければ行けませんね?」
エリーゼ様はそう言い考えだす。
「一つだけ決まっている事は、貴方の持つ盾は絶対に外せないという事でしょうね」
エリーゼ様は、目立たないように布を掛けている俺の盾を見ながらそう呟く。
片手武器。これは決定事項だ。
「よし、取り敢えず武器屋に行きましょう。武器をみて直感で選ぶのもありかもしれません」
俺達はエリーゼ様の馴染の武器屋へと向かう事にした。
街の大通りを歩くと、剣と盾の絵が描かれた看板が見えてきた。
木造のすこし小さな建物だ。
二人が扉を開けて中に入ると主人が出迎えてくれた。
「いらっしゃい……、ってエリーゼか。おいおい、久しぶりじゃねぇか」
「久しぶりですねドルネル。少しは腕を上げましたか?」
「当然じゃねぇか、お前こそ、腕を落としたりしてないよな?」
二人が挨拶を交わす。
「おっ、兄ちゃん、あんたエリーゼのなんだ? 男か?」
俺を見たドルネルはいやらしい笑い方をする。
「彼は私の弟子のようなものです。今日は彼に武器を見繕ってもらう為に来ました。何か掘り出し物はありますか?」
「あの剣鬼が弟子を持つのか……。俺も歳を取るわけだ」
しみじみと呟く。
「で、どういった得物が欲しいんだ?」
「片手で扱える武器、これは絶対条件です。その上で、そうですね。やはり扱いやすい物がいいですね」
うーん……。とドルネルは考え込んでいる。
「となると、やっぱり剣だろうな。そうだ、あれがあったな」
そう言うとドルネルは店の奥へ向かって行った。
暫くして、木箱を持って戻ってきた。
木箱を開けると中にはショートソードが一本入っていた。
「ほう、なかなか綺麗な品ですね。ですが、なんでしょうか? 普通のショートソードに見えるのですが。何か違和感がありますね」
「やっぱり、お前さんもそう言うか。これはな、以前冒険者が持ち込んだ品でな。ダンジョンで見つけた物らしいんだが……。正直チョット出来のいいってだけのショートソードのはずなんだ。なのに、何故か違和感を感じる奴が多い。魔力が込められてる可能性が高いと思うんだが。いくら調べてもそんな痕跡は無いんだ」
「そんな怪しい物を押し付けるつもりですか?」
「おいおい、確かに怪しくないとは言わないが、掘り出し物ってのも確かなんだぜ。普通のショートソードと考えてもかなりの物なのは確かだ」
確かに、素人の俺が見ても凄くいい品に見える。
俺は実際に持たせてもらい、軽く振るってみる。
いい、持ち手もぴったりだし、重さも十分だ。違和感とかは俺にはさっぱりだが、逆に感じないから問題ないように思う。
「で、いくらですか?」
俺が気に入ってるのに気が付いたのだろう、エリーゼ様は価格交渉に入った。
「タダでいいぜ」
ドルネルは信じられない事を言う。
「生憎と、そのような都合の良い話を信じるほどお目出度くはありません。何が目的ですか?」
「おいおい、まったくひどいな……。まあ、確かに。金は要らねぇが、一つ頼みたい。そいつを使ってみて、違和感の正体を調べてもらいたいんだ。期限は決めねぇし、物自体の所有権もそちらに渡す。正直な所、正体が解らないのが気になってしょうがないんだ」
成程。俺に実際に使って調べてくれと言いたいのか。それぐらいなら問題ない、こちらに全くデメリットが無いのだから。
……いや、あるな。
「そして、なにか良からぬ事があったとしても責任は取らないと……。そういう事ですね」
エリーゼ様の物言いにドルネルは苦笑いをしている。
図星なのだろう。
「高志、貴方が決めなさい」
エリーゼ様が俺に結論を求める。
決まっている。俺はこのショートソードが気に入ったのだから。
武器屋を後にすると、俺達は軽く手合せが出来る訓練場へと足を運んだ。
ここは、冒険者ギルドが運営する稽古場らしく、登録している冒険者なら格安で使える場所なのだ。
金を払えばコーチも雇える。
ちなみに、二階が魔法使い用の訓練施設らしくフェリス様もそこで訓練をしているらしい。
「ふふふ、なんだか懐かしいですね。こうやって相対するのが」
エリーゼ様が笑ってそう言う。
確かに、あれは俺が奴隷になって間もない頃だったなぁと懐かしく思う。
「ではあの日と同じように、まずは貴方の力を見てみましょう。武器はそのショートソードと魔法の盾を使って構いません。自由にかかってきなさい」
俺は返事をして、エリーゼ様に向かっていく。
実際の武器を使う事に抵抗は無い。
俺ごときが、この人に傷を付けられる訳がないのだ。
事実、エリーゼ様はまったく余裕の表情で俺の攻撃をいなす。
「なかなかいい動きですよ」
今日までの戦いの経験と鍛え上げた体、そして盾の魔法のお蔭で俺はそこいらの剣士よりは戦えているようだ。
ギャリン、ガン、ガン、ギャリーン。
エリーゼ様の手数がどんどん増え、逆に俺は手数がどんどん減って防戦一方となる。
そして気が付けば、武器を飛ばされ、尚且つ俺自身も久しぶりに空を飛んだ。
「ええ、期待以上でしたよ。それだけ動けるなら、基礎と簡単な技を仕込むだけですぐに戦士として戦えるようになるでしょう」
床にぶっ倒れている俺にエリーゼ様がそう告げる。
その言葉に心が熱くなる。
俺が、戦士に? まじか?
「さあ、いつまで倒れているのですか。さっさと起き上がりなさい。まずは簡単な素振りから始めますよ」
「はい! よろしくお願いします」
楽しくてしょうがない。
どんなに厳しい訓練もきっと耐えられると思う。
俺はこんな異世界生活を夢見ていたのだから。




