第三十話:旅立ち
一年程の時が流れた。
盾兵の計画は結局白紙となり、残念ながらテストチームだった俺達の小隊も解散となった。
「残念だったよな、俺達の実績は文句なしだっただけになぁ……」
モリスが悔しそうに言う。
ここにいる皆が同じ気持ちだ。
だが、仕方がない。
何故なら。
「確かに盾兵としてやっていくにはお前さんの持ってる盾ぐらいに特別なやつじゃあなければ、とてもじゃないが無理だろうな……」
そう、俺の持つ盾が優秀過ぎたのだ。この盾でなければ成り立たない盾兵では意味が無いのだ。
戦いに不慣れな者がその未熟を補う為に盾兵になったとしても、この盾でなければ囮役として満足に動く事など出来ないだろう。
逆に戦いなれた者ならば、そもそも盾だけで戦う必要が無い。
「結局、俺の思いつきで大勢を振り回しただけに終わっちまったな……」
「そんな事は無いさ。少なくとも俺は今日までの事を無駄だとは思わねぇ。盾兵の計画は白紙になっちまったが、だからと言って新しい兵科の可能性を考える事に意味が無いなんて事にはならねぇよ」
「僕もそう思うよ。それに、盾兵は白紙になっちゃったけど、僕たちのやってきた事が無駄だったわけじゃあないと思う」
「そうそう、少なくとも連携はかなり向上したと思う」
確かに、他の小隊も含めて連携に関してはかなり向上した。
今まで奴隷兵はただの壁としてしか考られて来なかったが、俺達の成果を基にして連携の見直しが数多く行われた。
その結果全体的な軍としての力はかなり上がったと言えるだろう。
「案外、エリーゼ様の狙いはそっちだったのかも知れないな……」
今思えば、エリーゼ様は訓練に際して常に連携を重要視していた気がする。
盾兵という物珍しさで多くの注目を集め、連携を重要視し実績を作る。
そうすれば、多くの人間に解りやすい形で連携の重要性を意識させる事が出来るだろう。
「どうだろうな、まあどうでもいいさ。俺は今日まで楽しかった。奴隷として恵まれいるとは感じていたが、楽しいと思ったのはこの小隊のお蔭だよ」
モリスの言葉に、ジンやカインも同意する。
今、ジンとカインは荷物の整理をしている所だ。
小隊が解散となり、部屋も移動となるのだ。
ジンとカインは二人とも同じ小隊に配属となる事が決まっている。
「じゃあ、僕たちはそろそろ行くね。今日まで有難う。皆と一緒に戦えて楽しかった。またいつか共に戦えると信じて、さよならは言わないでおくよ」
俺はジンとカインの二人と順番に握手をする。
思えば、一番成長したのはこいつかもしれない。
出会った頃はおどおどとした新米奴隷だったのに、今では一端のベテランのような風格を漂わせている。
「俺も、みんなと会えてよかった。向こうの小隊でも頑張れよ」
俺達は笑顔で別れる。
別に死に別れる訳では無い。同じ城内にいるのだ。会いたければ会う事も出来るのだ。
「しかし、俺達はどうなるんだろうな?」
俺は疑問に思う。ジンとカインは別小隊への移動の指示があったが、俺とモリスには未だ何の指示も無いのだ。
結局その日は何の指示も無く、部屋での待機を命じられたまま夜になってしまった。
「なあ、高志。起きてるか?」
モリスがベッドに横になりながら声を掛けてくる。
「ああ、起きてるぜ」
暫らく沈黙が続く。
「お前さんには感謝してる」
モリスが突然そんな事を言う。
「感謝してるのは俺の方だよ。モリスがいてくれたから、俺は今日まで生きて来れたんだ」
モリスがいなければ、いくらフェリス様の特別扱いがあったとしても生きてはいられなかっただろう。
「俺に感謝する必要はないさ。俺がお前さんの面倒を見たのはフェリス様からの命令だったからだ」
「例えそうだとしても、今俺が生きていられるのがモリスのお蔭って事には変わらないよ」
「俺は、フェリス様の命令でお前さんたちを見張っていたんだ。だから感謝する必要はない」
モリスの声が硬い。
「俺は、奴隷じゃない。お前たちを見張る為に送り込まれた監視者だ」
突然の告白に一瞬言葉を失うが俺は静かな声で
「だとしても、俺が助けられた結果に変わりはないよ」
そう答える。
「ちっ、つまらねぇな。一世一代の告白だってのにもっと驚きやがれよ」
「モリスが只者じゃないってのには気づいてたからね。別段驚かないさ。だけど、どうして俺に教えたんだ?」
「……明日、俺は巡回に出る小隊に欠員補充として配属される。そして、そこで不慮の事故が起こり゛死ぬ事゛が決まっているんだ」
流石に驚いてしまい、言葉が詰まる。
「もちろん、本当に死ぬわけじゃあ無い。俺達監視者はそういう形で奴隷から解放されるんだ」
「なんでそれを俺に話してくれたんだ。そんな形をわざわざとるんだ。人に知られたらまずいんじゃないのか?」
「お前さんには本当に感謝してるんだ。俺がこんなに早く解放されるのはお前さんのお蔭でもあるんだ。本来ならあと一年は奴隷として働かなくてはならなかったんだ」
俺の世話と、盾兵計画の功労者としての功績で期間が短縮されたと言う。
「それだけじゃない。さっきも言ったが、俺は楽しかったんだ。お前と出会えて。解放されるのが残念と思えるぐらいにな。だから伝えておきたかったんだ、お前さんだけにはな……」
「そうか……。有難う。そして、おめでとうモリス」
素直な気持ちで礼を言う。
「寂しくなるな、ジンとカインが移動しちまってモリスが解放される。なんて言うのかな、楽しかった祭りが終わってしまったような、そんな寂しさだよ」
「そうだな。俺もそんな気持ちだ。昔は早く解放されたくてしょうがなかったのにな」
「解放されたら、どうするんだ?」
「そうだな、取り敢えず実家に帰るよ。俺の実家はローゼリアの南西にある小さな村にあるんだ。借金の返済は終わったけど、貧乏なのは変わらないからな。とりあえず、明日頂ける報酬をもって帰ってやらないとな」
モリスは笑う。
「何が命令だから世話しただ。お前のお人よしは生まれついてのものだよ」
俺も笑う。
生きているなら、きっといつかまた会える。
だから……。
「ジンの言葉の真似になるけど、さよならは言わないよ。必ずまた会おう。それまで元気でな」
「ああ、俺も言わねぇよ。必ず会おう。死ぬなよ」
そう約束をして眠りについた。
翌日目を覚ますと、すでにモリスはいなかった。
アイツらしい別れだと思う。
二日後……、モリスが死んだとの連絡が入った。
何故だろう、俺はアイツが生きていると知っているのに涙が溢れてきた。
この部屋に一人残されて今日で四日目となる。
俺は体が鈍らないように鍛錬をする以外にする事が無く、一人で食事と鍛錬と睡眠という退屈な毎日を送っていた。
「しかし、どうなってるんだ? フェリス様やエリーゼ様からも何も言ってこないし」
いや、正確には小隊解散の説明があった時に話はあったのだ。
「ちょっと問題が発生してね、私とエリーゼはしばらく忙しくなるから」
フェリス様はそう言っていたのだ。
何があったのだろう、先日帰還したロイド様と何か関係があるのだろうか?
そんな事を考えていた時、突如部屋の外が慌ただしくなる。
「お待たせ、高志。ごめんね遅くなって」
フェリス様が部屋に入ってくる。ずいぶん大きな荷物を持って。
「お待たせしました。こちらの問題は解決しましたので、さっそく行きましょうか」
エリーゼ様が後に続く。なぜかエリーゼ様も大きな荷物を持っている。
「…………」
「何? なんでなんの準備もしてないの?」
「何も聞いてないのですが? 準備とは?」
「私言ったわよね? ロイド兄様が帰ってきたら冒険者になるって」
「…………」
彼女には報連相という言葉を贈りたい。
二人はベットに腰掛けて、俺の準備が終わるのをまっている。
もっとも、奴隷の俺にそれほど多くの荷物があるわけでもないのだが、彼女たちの荷物の一部を持つ事になったのでそれなりに準備に時間がかかっている。
準備をしながら、俺は二人から今日までの出来事を掻い摘んで教えてもらっていた。
「元々ね、お兄様が帰ったら冒険者になって良いってお父様は言っていたのよ」
フェリス様が不満そうに声を出す。
発生した問題とは、当初賛成していたセドリック様が急に反対しだした事らしい。
「なにかね、外に出れば他にも女がいるから駄目だ! とか、それならやはり牢に入れるべきだ! とか、何故かお父様かなり興奮していて、何言ってるのかよく解らなかったのよね」
「セドリック様は何をあんなに興奮されていたのでしょう。オーモンド一族の歴史に名を残す積りか? とも言っておられましたが、どういう意味なのでしょうね?」
二人の話を聞きながら荷物を詰める。
まあ、俺には関係の無い話だ。気にする事はないだろう。
「まあ、最後はお母様がお父様を折檻……、いえ説得してくれたんだけど。珍しくお父様は往生際が悪かったわね」
「ですねぇ。いつもなら、ああなった時点で死んだ魚のような目をされるのですが、此度はずいぶん粘っておられましたね。覚えていろ……。とか、諦めんぞ……。とか、どんな手でも使ってやる……。とか、何故でしょう? 時折あの方が世界最高峰の魔法使いという事が信じられなくなるのですが」
何故だろう、二人の会話から不穏な単語がいくつも出ているんだが。
あといちいち説得って言いなおさなくていいよ、もう。
「まあ、色々あったんだけど、ようやくすべての準備が終わったわ。後は貴方の準備が終わったら出発するだけよ」
フェリス様が嬉しそうに言う。
あまりの急展開に俺の思考が追い付かない。
憧れの冒険者になれる。
とても嬉しい事なのに、何故か不穏な空気を感じてしまう。
まあいい、気にしないでおこう。
俺があれこれ考えた所で事態は変わらない。
素直にこれから起こるであろう様々な冒険を期待しよう。
……一つの祭りが終わり、新たな祭りが始まる……。




