第二十九話:亡き友の意思を継ぐ者
「なあ……、モリス……」
「なんだ?」
「最近……、よくセドリック様を見かけるんだが……」
「そう言えば、最近はよく城におられるようだな」
「たまに凄い目で俺を睨んでる気がするんだが……」
「気のせいだろ?」
「そんな時はいつもセバスさんが焦った顔で引き留めてるんだが……」
「まあ、領地経営ってやつは色々問題も起こるからな。俺たちのような人間にゃぁ解らん世界さ」
そうか……。
大変なんだな……、セドリック様もセバスさんも……。
俺は二人の苦労を気の毒に思う。
今、俺はモリス達と訓練前の準備運動の真っ最中だ。
今日はエリーゼ様との模擬訓練の予定だが、未だエリーゼ様が来ないので体力トレーニングもかねて軽く雑談しながら筋トレをしている。
最近は、身体能力も格段に上がり余裕で訓練を熟せるようになっていた。
なんだかんだとあったが、俺はこの世界に馴染みつつあるようだ。
「何故だろうな? 療養中の豪華な待遇よりも今の方が落ち着くんだが……」
「気の毒にな、骨の髄まで奴隷になったんだよ」
「で、でもその方が幸せだと思うよ」
「ああ、傍から見たら不幸でも本人が幸せなら、きっとそれは良い事なんだろうな」
でもそれって、結局不幸って事だよね……。
そんな話をしていると、一人の騎士が俺たちに近づいてくる。
ロベルト様だ。
「元気そうだな、高志」
ロベルト様が笑顔で話しかけてくる
「はい、お蔭さまで」
俺はアベル様の事を思い浮かべる。
思えば、あの痛ましい戦いの後ロベルト様と初めて会うのだ。
なんて言えばいいのか……。
触れない方が良いのか、お悔やみを言えば良いのか、つい複雑な表情になる。
「アベルの事は気にするな。あれから時間も経ったし、俺も気持ちの整理はついている。そもそも、俺もアベルも死がいつも傍にある事は覚悟していた」
俺の表情を見て察したのか、そんな事を言う。
「……俺達はアベル様に沢山助けてもらいました。なのに……、何もする事が出来ませんでした」
短い間だったが、アベル様には沢山世話になった事を思い出し、涙が出そうになる。
「気にするな、アイツもそんな事を望んじゃいない。お前がアイツの為に悲しんでくれる。それだけで十分だよ」
ロベルト様がそう言って笑う。
俺が死んでも誰も悲しまないと思っていたように、俺も誰かの死を悲しむ事なんか無いと思っていた。
不思議な心境だ。
俺がこの世界に馴染む事が出来ている一番の理由は、きっとこういった人達と築く事が出来た絆のお蔭なのだと思う。
「実はな、俺は近く結婚しようと思う」
ロベルト様が突如そう言う。
「それはおめでとうございます」
俺は反射的に祝辞を述べる。
行き成りの展開に思考が追い付いていない。
「相手はアベルの妹だ」
その一言で思考が追い付く。
だが、それは……。
「言っとくが同情とかじゃあ無いからな」
俺の思考を読んだのか、先回りして否定してくる。
「元々、俺達は幼馴染でな。何れは結婚するつもりではいたんだ。もちろんアベルにも生前にその話はしていた。ただな……、正直結婚に縛られる事に抵抗があったんで、ついつい先延ばししてたんだ」
ロベルト様が照れたように頭を掻きながらそう言う。
「アベルの死を、妹に告げた時俺は後悔したよ。妹の晴れ姿を見せてやれなかった事に……」
確かに……、そんな理由で先延ばししていたのなら後悔せずにはいられなかっただろうな……。
「俺は、悲しむあいつの姿を見た時に決意したんだ。アベルの代わりに俺がこいつを守ってやろうと。そう思ったら結婚を申し込んでたよ」
ずいぶん性急だな。妹さん困ったんじゃねぇのかな……。
「始めは『同情なんてするな!』なんて怒られたんだけどな」
照れ笑いしながらそう言う。
当然だ。そのタイミングで言えばそう取られてもおかしくない。
「だけど俺が、お前の為なら裸になって町の中央広場で土下座しながら愛を叫ぶ覚悟がある! って言ったら、あいつ泣きながら抱き着いてきてなぁ……。さすがはセドリック様の考案した究極のプロポーズだなって感心したよ」
……それ、絶対違う意味で泣いてると思うぞ。
あと……、土下座は立派な暴力だからな。
……だが……、まあ目出度い事には違いないか……。
「自分が死ぬ時に、後事を託せる友人がいれば何も心配する事は無い……。俺の生まれた国の偉い人の言葉です。俺は、お二人の関係を羨ましく思いますよ」
俺はそう口にする。ボッチの俺には眩しすぎる関係だ。
俺にも幼馴染の友人はいた。
だが、結局俺はそいつとの関係も断ってしまったのだ。
何故なのか理由が思い出せない。気が付けばボッチになっていたのだ。
「おめでとう御座います、きっとアベル様も喜んでいると思いますよ」
俺がそう言うとロベルト様は、笑って礼を言いながら去って行った。
去っていくロベルト様の背中を見送っていると背後から突然声がする。
「ほう、自分が死ぬ時に、後事を託せる友人がいれば何も心配する事は無い……。ですか。とてもいい言葉ですね。貴方の国の言葉はなかなかに興味深い。きっと他にも沢山あるでしょう、いい加減吐いたらどうですか」
俺は悲鳴を上げて飛び上がった。
エリーゼ様が気配を消して俺の後ろに居たのだ。
「お願いですから、気配を消して後ろに立たないで下さい……」
俺は文句を言う。
いい加減心臓に悪い……。
「すみません、私も気を使って物陰から盗み聞きしていたのですが、つい興味深い発言を聞いてしまい、我慢が出来ず背後に回ってしまいました。私とした事が……。ここは何も知らない振りをしながら貴方を尋問する方が正しい対応でしたね。反省します。次からは気を付けましょう」
まったく反省の色が無い。
というか、その対応は絶対正しくないので止めてください。
「ですが、貴方にも問題はあるのです」
とエリーゼ様が言う。
あんたに問題があるとか言われるのは正直不本意だ。
「俺に問題?」
「はい、あなたはフェリス様にいつか話すと約束したそうですね」
そういえば、あの時フェリス様と話してた時にそんな事を言ったような……。
「あなたは……、゛フェリス様には゛……約束をしたのですね」
……なんかニュアンスが違うと思います……。
「あなたは……、゛私には゛約束をしてくれないのに……、フェリス様には約束したのですね」
……なんか……、そんな言われ方をすると、こっちが悪い事したような気がするのは何故だろう……。
「もちろん、話す時には必ずエリーゼ様にも話します。約束しますよ」
元々、フェリス様と約束した時、俺の中ではエリーゼ様とも約束したような気になっていたのだ。
だが、確かに言葉にしなければ伝わらないだろう。
「そう……、私は二人だけの約束と思っていたのに……。エリーゼとも約束したのね……。何故かしら、とても不愉快だわ……。具体的にはその不愉快な男に折檻したいぐらいに……」
また突然、俺の背後から声が聞こえた。
俺は再度驚き、後ろを振り返ると今度はフェリス様が気配を消してそこに立っていたのだ。
「おやおや? これはこれは、『彼は私に゛は゛約束してくれた。』などと言っていたお方ではありませんか……。言い難い事で御座いますが、少々勘違いされていたようですね。彼は゛私にも゛約束してくれましたよ」
エリーゼ様はとてもいい笑顔をしている。
何がおやおや? だ。あんたの方向なら思いっきり見えてただろ……。
「あらあら、これはこれは。私の言葉を聞いた途端に彼の所に向かったお方ではありませんか……。言い難いけど、余裕の無い女はモテないから気を付けた方がいいと思うわ」
フェリス様もとてもいい笑顔だ。
何故だろう、俺は最近美人の笑顔が怖くてしょうがない……。
「まあ、約束してしまったのならしょうがないわ。でもそうなると、もう一つ問題が出るわね」
フェリス様が言う。
逃げたい。
だが二人に挟まれ何気に退路を断たれている。
その連携力はもっと他の事に活用すべきだと思う。
「そうですね、果たして彼は゛どちらから先に話してくれるのでしょうね゛」
「そうね、約束をしたのは私が先なんだから、当然私が先よね」
「そうですね、話すように問うたのは私が先なのですから、私が先と思いますが」
「あら可笑しいわね、何故意見が分かれるのかしら」
「可笑しいですね、これはハッキリさせないといけませんね」
二人の会話に口を挟む隙が無い。
あんたら、どっかで打ち合わせでもしてるんか?
「ねえ、高志。答えてもらえるかしら? どちらから先に話してくれるの?」
「言うまでも無い事ですが、フェリス様は゛二択゛での質問をされています。貴方ならその意味が解ると信じていますよ」
俺を追い詰めるフェリス様と退路を断つエリーゼ様……。
いつの間にか俺達の傍から離れ、遠くから様子を窺っているモリス達……。
今現在、俺の周囲には自分が死ぬ時に、後事を託せる友人がいない事だけはハッキリした。




