第二十七話:フェリスの思い出
私は顔を赤くしながら、自分の部屋に戻ると、そのままベッドに飛び込み枕に頭を埋めた。
エリーゼから彼が目覚めたと聞き、恥ずかしさを我慢して高志の元へと向かった。
部屋に入ると高志が眠っている事に気づき、少しホッとした。
あれだけ醜態を晒したのだ。
彼とどう話していいのかが解らなかった。
あの時、高志があの人と同じ目をして、同じ言葉を口にした時……。
私の心の奥底から、この人を゛失いたくない゛という強い気持ちが湧き上がってきた。
それまでは、私の心は喪失感と絶望感でいっぱいでどうしようも無かった。
何も興味が湧かず、生きる事さえ辛かった。
今思えば、何故そんな気持ちになったのか理解出来ない。
ふと、私は枕元に置いてある小さな宝石箱を手に取る。
蓋を開けると、中には銅製の安物の腕輪が入っている。七歳の頃私を助けてくれたあの人の持ち物だ。
私が七歳の頃、馬に投げ出され川に流された私を追いかけてくれた人。
私を抱きしめて、岩や流木から守ってくれた人。
力を振り絞って川岸へ引き上げてくれた人。
川岸に辿り着いた時、彼は怪我で大量の血を流し動けずにいた。
あの時も私は彼に褒美は何が欲しいかと尋ねたのだ。
そして、彼は言ったのだ。
「なにもいらない。褒美が欲しくて助けた訳ではない」
と……。
私が何故かと聞くと
「私がまだ貴方と同じ年の頃、同じ歳の幼馴染の女の子がいました。ある日二人で川で遊んでいた時、彼女が誤って流されてしまったのです。私は何も出来ませんでした。彼女の遺体も見つからず、私はずっと後悔をして今日まで生きていました。貴方が流された時、私には貴方が彼女に思えたのです」
だから助けたと彼は苦しそうに息をしながらもそう答えたのだ。
私はどんどん命を失っていく彼に、何か私に出来る事は無いかと何度も尋ねた。
「貴方が私の為に泣いて下さる。それで十分ですよ」
彼はそう言った後しばらく考え込み
「……そうだ……。では、誰にでも出来て、でも貴方にしか出来ない……。そんな褒美を頂けますか?」
そう私に言ったのだ。
それが何かを聞いたが、彼は答えてくれなかった。
もう彼は話す事が出来なくなっていたのだ。
そう、何の事はない。高志の言った通りだと思う。
彼は『ありがとう』の言葉を要求したのだ。
それはきっと私に対するお説教も兼ねていたのだろう。
何せ、私は彼に褒美だのなんだと言って、有難うという感謝の言葉を言っていなかったのだ。
高志に対してもそうだった。
私は当たり前の事を、大切な事を忘れていたのだ。
恥ずかしい……。
顔が羞恥で赤くなる。
反省しなくては……。
私はもう一度銅の腕輪を見る。
彼の形見の品。
これを見ると、私はあの時の彼の綺麗な目を思い出す。
私を見ながら私を通して別の、恐らく幼馴染の女の子を見ていたであろう彼の目を。
その目を見た時、私の心が熱くなり、彼を失いたくないと強く思ったのだ。
あの時、高志も同じような目をしていた。
ただ違ったのは、彼が私を通して別の所を見ていたのに対し、高志は私を見てくれていたのだ。
そう感じると、今まで心にあった絶望感や喪失感が吹き飛び、再び同じような熱さが湧き上がってきたのだ。
そして、また大切な者を失う怖さから思いっきり泣き叫んでしまった。
エリーゼがその時の事を、私の物まねをしながらからかってくる。
恥ずかしくて死にそうだ……。
彼の寝顔を眺めていると、ふと彼に触れたくなった。
何度か触ってみたが、あの時湧き上がってきた不快感などが無くてホッとした。
私は、彼を奴隷から解放してあげようと、奴隷解放証明書を用意していた。
ちょっとからかってやろうと思い、彼にあの時のやり取りを再現した。
でも、あの時と同じセリフを聞いた時、とても嬉しくなり、同時に彼を手放したくなくなった。
やっぱり、解放するのはやめよう。
何故か解らない。
この気持ちが何なのか? よく解らない。
何故あんな大胆な事をしたのだろう? よく解らない。
まあいい、今は考えなくてもいいと思う。
いつか、解る時がきっとくるだろう……。




