第二十六話:取り戻した日常
目が覚めると、俺は豪華なベッドの上だった。
周囲を見渡すと、これまた豪華な家具が置かれている。
「ここは……、どこだ……?」
俺は自分の記憶を思い返す。
そうだ、俺はあの時腹を刺されて……。
あれ、俺死んだんじゃあなかったっけ?
自分の腹を見る。
傷が無い。
「助かったのか? 俺……、でもどうやって?」
俺はベッドから出ようとするが、体が思うように動かない。
「なんだ、体が、重い……」
仕方なく、ベッドに倒れこみ天井を見上げる。
「助かったんだな……。俺……」
もう一度呟く。未だに確信が持てない。
と、その時扉が開き誰かが部屋に入ってくる。
誰だろうと首を向けると、エリーゼ様がそれに気づいてこちらに向かってくる。
「やっとお目覚めですか。なかなか目覚めないので心配しましたよ」
エリーゼ様がベッド脇の椅子に座る。
「俺、何故生きてるんですか?」
「運が良かったのですよ。貴方は」
俺の言葉に、エリーゼ様が優しく笑う。
「あの時、偶然近くを通りかかった女神アルテラの司祭様が、村が襲われた話を耳にされて、怪我人の治療に村を訪れていたのです」
そうか、その司祭様が俺を癒してくれたのか……。
「傷は塞がったのですが、なにぶん流れた血が多く危険な状態は変わりませんでした。意識の無い貴方を城まで運びこの部屋で治療を続けていたのです」
意識が戻ってくれてよかったとエリーゼ様が言う。
「そうでしたか、有難うございます」
「お礼を言うのはこちらです。フェリス様をよく守ってくれました。貴方がいなければどうなっていた事か……」
「俺は……。当然の事をしただけです。フェリス様は俺の大切な主人ですから」
「それでもです。有難うございました」
エリーゼ様が頭を下げる。
正直照れくさい。
「そういえば、フェリス様は?」
あれからフェリス様はどうなったのか、俺は疑問を口にする。
それを聞いたエリーゼ様は
「ぷっ」
と吹き出し笑いをする。
「エリーゼ様?」
「いえ、すみません。心配はいりませんよ。フェリス様はあれから、元のフェリス様に戻られました。これも貴方のお蔭でしょうね」
そう言って微笑む。
「ただ……」
とエリーゼ様はまたも笑い出す。
「なにせ、あれだけ大泣きされましたからね。私もついついからかって遊んでしまって……」
うーむ、相変わらずの人だ。
「まだ、貴方の顔を見るのが恥ずかしいのでしょうね。この部屋に近づこうとしないんですよ」
まあ、俺も正直恥ずかしいが、ちょっとさびしいな……。
「まあ、もう少し時間をあげて下さい。落ち着いたら顔を出しに来るでしょう」
目覚めた事は伝えておきますよ。と言ってエリーゼ様は部屋を出ていく。
俺はもう一度天井を見る。
しばらくして、強烈な睡魔が襲ってくる。体調がまだ万全ではないのだ。
俺は逆らわずに眠る事にした。
優しく暖かな感触が俺の頬を撫でる。
目を開けると、フェリス様が俺の顔を覗き込みながら手で俺の頬を撫でている。
目が合うと、真っ赤になって離れる。
「お、起きてるなら言いなさいよ」
理不尽な事を言う。俺は今気が付いたばかりなのだ。
「無理言わないで下さい、今目が覚めたんですよ」
「そ、そう。ならしょうがないわね……」
沈黙が続く……。
「フェリス様」
「高志」
同時に声を出す。
またも気まずい沈黙……。
「フェリス様、お元気になられたようで良かったです」
俺が先に言葉を出す。
「……心配をかけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
フェリス様が言う。
「よかった……、本当に……」
今、俺の前にいるのは俺のよく知るフェリス様だ。そう思うと自然と笑顔がこぼれる。
「高志、体の具合はどう?」
「大丈夫ですよ、一眠りして大分よくなりました。すぐにでも起き上がれますよ」
フェリス様が起き上がろうとする俺を押しとどめる。
「無理するんじゃないの、まったく、貴方死にかけたんだからね。」
二人で顔を見合わせ笑いあう。
「本当によかった、怖かった……。貴方が死んでしまうかと思うと、本当に怖かった。」
フェリス様が俺の手を自分の両手で優しく包む。
「俺も怖かったですよ、あの時貴方が死んでしまうかと思うと……」
二人とも無言になる……。
しばらくの沈黙の後、フェリス様が徐に何かの紙を取り出す。
「これ、何か解る?」
フェリス様が聞いてくる。
よく見ると、奴隷解放証明書と文字が書かれている。
「それって……」
「ねえ、高志。もう一度聞くわね……。私を助けた褒美、何が欲しい?」
笑顔でそう聞いてくる。
くっ……、このあま……。
フェリス様はピラピラと証明書を揺らしている。
俺は溜息を一つつく。
「あの時と同じセリフになりますが、俺は褒美が欲しくて貴方を助けた訳ではありません」
俺はフェリス様の目を真っ直ぐ見てそう言う。
彼女も俺の目をジッと見つめている。
「ねえ、高志」
彼女が俺の目をジッと見たまま名前を呼ぶ。
「なんですか?」
「もしも、貴方が七歳の子供の命を救ったとして、貴方がその子供に『誰でも出来る、けどその七歳の子供にしか出来ない褒美』を求めるとしたら、何を求める? 」
「エロい事……」
ぎゅっとフェリス様が俺の頬をつねる。
「真面目に答えて」
俺は少し思案して
「うーん、そうですね……、『助けてくれてありがとう。』ってお礼を言えば良いんじゃないですか?」
そう答えると、フェリス様は少し驚いた顔をした後盛大に笑い出した。
「あはははっ、そうか、そうよね。当たり前よね。なんで気づかなかったのかしら、そんな当たり前の事に」
「フェリス様?」
彼女はしばらく笑い続けると、急に俺の傍に近づいてきた。
「ねえ、高志。私そう言えば、貴方にもお礼を言ってなかったわね。助けてくれてありがとう」
そう言って俺の頬に口づけをした。
俺は驚いて言葉が出なかった。
「貴方の世話はメイドにやらせるから、何かあったらその子に言いなさい」
フェリス様はそう言って若干顔を赤らめながら部屋を出て行った。
俺はまだ感触の残る頬を触りながら、未だその出来事を信じられずにいた。




