第二十二話:変わる日常
あれから一週間が過ぎた。
俺はあれから一度もフェリス様を見ていない。
聞けば、フェリス様は執務室と自室の往復だけの生活なのだそうだ。
あれほど明るく、活発だった彼女は今見る影もなく塞ぎ込んでいるらしい……。
仕事はする。食事も取る。だが、それだけだそうだ。
生きる屍……。
今の彼女はそのような状態らしい。
「さて、では説明してもらいましょうか」
訓練場の片隅に呼ばれた俺は今、エリーゼさまに剣を向けられている。
いきなり犯人扱いはどうかと思うが……。
「説明と言われましても、俺にもさっぱり解らないんです」
解るわけが無い、あの時、正直゛いい雰囲気゛だったはずだ。
彼女は俺の事を、なんて甘い期待さえした程だ。
「私は遠目から、貴方たち二人を見ていました。ええ、貴方が姫様に不埒な事を行えば、すぐさま剣で首を切り落とすつもりで」
……俺、ギロチンにセットされてたんだ……。
「貴方たちはとてもいい雰囲気で、ええ、まるで恋人のようで、それはそれで不愉快で、いっそ切ってしまうかと悩みましたが我慢してあげました」
……刃が落ちる寸前だったのか……。
「そして、もたれ掛かって寝ている貴方を突き飛ばしてテントに戻ってから、フェリス様の様子がおかしい。これはもう、貴方が原因としか考えられない」
エリーゼ様に言われるまでもなく、俺も原因がそれだと思っている。
だが解らないのだ。
「で、何をしたのですか? もしや、私の見えない所でいやらしい事をしたのですか? それとも、耳元で卑猥な言葉を呟き続けたのですか?」
「エリーゼ様が俺をどういう男と思っているのか、少々気になります……。あとすぐその発想に至る思考は淑女として如何なものかと……」
エリーゼ様は薄らと笑って、剣をしまう。
「冗談です。冗談でも言わないと耐えられない状況なのですよ。フェリス様の今のお姿をみていると……」
「それほど……、酷いのですか?」
「ええ、生きる屍……。感情というものを失ってしまっています。仕事などに支障はきたしていないのですが、それがさらに痛々しい……」
エリーゼ様の声に元気がない。
「心の病……、でしょうか?」
俺はうつ病という言葉を思い出す。
彼女がうつになるとはとても思えないのだが……。
「わかりません、何人もの魔法医に診察をさせたのですが」
原因不明、暫く日々の生活をさせながら様子を見るしかない。それが魔法医達の回答だそうだ。
「心当たりはありませんか?」
「すみません、恐らくではありますが、原因は俺だと思います。状況から考えてそれは間違いありません。ですが……、何故なのか……」
俺は俯いて答える。
寧ろ理由を知りたいのは俺の方だ。
「そう……、ですか。……わかりました。取り敢えず暫くは様子を見る以外に何も出来なさそうですね。もし、何か思いつく事があれば、すぐに私に教えてください。お願いしますよ」
エリーゼ様はそう言うと、この場を去って行った。
それから更に数日が過ぎた……。
フェリス様の状況は変わらない。
「元気ねぇな、まあ気持ちはわかるが無理にも元気だしとけ。カラ元気も元気の内ってね」
モリスが励ましてくれる。
「でも、僕らにも……、今までは気さくに声を掛けてくれたのに。なんだか寂しいな……」
ジンも元気がない。
「そうだよな……。なんか火が消えちまったみたいだ……」
カインが詩的な表現をする。
お前……、そんな頭あったんだな……。
カインの表現はまさに今の状況を的確に表している。
俺にとっては火なんてものじゃない、太陽そのものが無くなってしまった気分だ。
いつもそうだ、俺は失ってからそれの大切さに気付くのだ。
仕事も友人も恋人も……。
俺だって最初からボッチだった訳ではない。
当たり前にあったから気づかず、失って後悔する。それを繰り返す……。
結局俺は、異世界に来ても同じなのか……。
思考がどんどん暗くなる。
最近はずっとこんな感じだ。
よくない兆候だ。
「あまり考えすぎるなよ。フェリス様だってすぐに今までのフェリス様に戻ってくれるさ。俺たちはそれをまっていたらいいんだよ」
モリスの励ましが嬉しい。
少なくとも、今俺の傍には励ましてくれる仲間がいるのだ。
そう考えると、心が少し軽くなる。
そうだ、信じよう。
彼女を今までのように
゛しょせん俺には関係なかった人なんだ゛
と切り捨てる事はしないで。
辛い、こんな思いをするぐらいなら逃げてしまいたい。
でも耐えるんだ。
もうボッチは御免だ……。




