第二十話:冒険者への誘い
「あったまてっか〇ーか、さーいずぴっ〇ぴーか、そーれがどーした、ぼくどれえもーん……」
俺は歌いながら森を歩く。元ネタは秘密だ……。彼らには解るまいが。
「あははっ、なんだよその歌」
モリスが笑いながら聞いてくる。
案の定、彼には意味が解らなかったみたいだ。
「いや、俺の生まれた国の古い歌だよ」
「おや? あなたは、昔の記憶がないのではなかったですか?」
いつのまにいたのか、背後からエリーゼ様が声を掛けてくる。
今回の巡回にエリーゼ様とフェリス様が参加している事を忘れていた。
「い、いや……、これは、その、あれです。俺の魂に刻み込まれた歌でして……。それで覚えていたんです……」
いやな刻みだ……。
あぶない、その設定を忘れていた。どうも最近油断が多い、気を付けよう。
だが、それも仕方のない事かもしれない、盾のお蔭で防御力、精神力がかなり上げられているし、回復魔法のお蔭で大けがをしても直してもらえる。
現れる敵も雑魚ばかりだ。聞けば、森の奥に行けば行くほど危険なのが多いらしいが、俺たちが巡回するのは人里近い森の外延部だけだ。たまに危険なのも現れるらしいが、俺は遭遇した事が無い。
なので、ついついピクニック気分になってしまう。
「それより、エリーゼ様。フェリス様の傍にいなくて大丈夫なんですか?」
フェリス様は俺たちの少し後方にいる。まあ、周囲には他の騎士や兵士もいるから問題ないだろうが。
「ええ、他の者もいますし、フェリス様自身も十分な力を持ってますからね。それより、私は貴方の魂に刻まれている物に興味があります。他にもあるなら、すべて吐き出しなさい」
最近露骨に尋問してくるようになっている。
聞けば、エリーゼ様は俺が奴隷になった切っ掛けを調べ上げたそうだ。
なんでも、人さらい共が町の近くの路上で、下着姿で気を失い倒れている俺を見つけ、他の浚った奴らと一緒に纏めて売り飛ばしたらしい。
ちなみに、その人さらい共は今現在牢に繋がれて近々縛り首らしい……。
だが、結局捜査の糸はそこで切れてしまった。
なので、エリーゼ様は直接俺を尋問する事にしたようだ。
「痛い思いをする前にしゃべった方が身のためですよ、それとも痛い思いを期待しているのですか? 私も最近そういった書物を読み勉強している内にとても期待感が高まってきています。あら、不思議ですね、お互いが期待しているのですから、寧ろその方向に進んだ方がいいのかしら? 貴方はどう思いますか?」
うーむ、やばい。無表情を装いながら薄笑いしている……。怖さが倍増だ。
というか、何を勉強してるんだあんたは……。
と、その時後方からエリーゼ様を呼ぶ声がしてきた。
「まったく、いい所で……、仕方ありません。今回はここまでで許してあげましょう。次回……、そうですね、次回を期待していなさい。勉強の成果を見せてあげましょう」
そう言ってエリーゼ様は去っていく……。
やだ、なに、怖い……。
森の巡回は順調にすすみ、やがて日も落ちてきたので少し開けた草原で野営をする事になった。
そこはちょっとしたキャンプ場のような場所で見晴らしもよい。
俺たちは荷物運び用に連れていたロバからフェリス様用のテントを取り出し設置し、食事の準備に取り掛かる。
日も暮れた頃、食事の準備が終わりそれぞれが思いの場所に移動する。
俺たち奴隷組は野営地から少し離れた、小さな泉の傍の倒れた大木に腰掛け食事を取る事にした。
「風が気持ちいいね」
今日は良い風が吹いている。天気も良く絶好のピクニック日和だ。
「ああ、そうだな」
俺はジンの呟きに答える。今日はついている、雨の日とかだと最悪だ。
テントがあるのはフェリス様や一部の騎士だけで、基本野宿だ。
余分な荷物を持つわけにはいかないから仕方がないが……
「さて、見張りの順番をどうする?」
モリスが問う。今回の見張りは一人ずつの四交代と決まっている。
「いつものように、くじ引きでいいんじゃないか?」
俺の提案に皆が賛同し、くじ引きの結果俺は一番最初となる。ラッキー。
夜が更けた。
俺は二番目の見張り役のモリスと交代すると、すぐ寝るのもつまらないので、さっき食事を取った大木に座って夜空を眺めていた。
有触れたセリフだが、都会では見られない星空だ。
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ……。なんちゃってな……」
俺がオタク知識から出てきた言葉を呟く。
〇物語、好きだったなぁ。そういえば、劇場版見る事が出来ないや……。見たかったな……。
そんな事を考えていると、後ろから人の気配がした。
振り向くとそこにはフェリス様が一人でこちらに向かって歩いてくる所だった。
「何を考えていたの?」
そう言うと、フェリス様は俺のすぐ横に腰を掛けて座る。
彼女から漂ういい香りに思わず顔が赤くなる。
「いえ、大した事ではないですよ。星が綺麗だと思って見ていただけです」
「そうなんだ、別にいつもと変わらない空なのに……」
「最近、やっと周りを見る余裕が出来たんですよ。こんなに綺麗な星空に今まで気づかないなんて……。もったいない事をしてました」
フェリス様が俺の言葉に少し考える。
「つまり、貴方はこの当たり前の空を今まで見た事が無かったのね?」
フェリス様の言葉に、俺は自分の失言に気が付く。
「いえ、その俺には記憶が無いんで……。こんな星空も記憶に無かったんですよ……」
苦しい言い訳だ。フェリス様もジト目で俺を見ている。
「嘘がバレてないと、本気で思ってる?」
「……すみません。」
俺は素直に謝る。
「エリーゼがね、絶対に吐かせて見せるって言っててね。色々方法を考えているみたいなの。今さっきも見たら本を読んでてね、奴隷を本当の奴隷にする十の方法ってタイトルだったんだけど、私が見せてもらおうとすると、顔を真っ赤にして隠して見せてくれなかったわ……。どんな方法なのかしら?」
……うん、取り敢えずそんな本は取り上げて下さい。というか出版も止めて下さい。
「私も気になるわ、あなたの隠してる事……。私たちには言えない事なの? 教えてはもらえないの?」
フェリス様が寂しげにそう言う。
「……もう少しだけ、時間をもらえますか……。今は、まだ話す事が怖いんです……」
俺は正直に気持ちを伝える。
俺への謎が解けた時、ただの小野寺高志という人間となった時、彼女達は今まで同様に俺に興味を持ってくれるだろうか?
現実世界でボッチだった俺。
興味を無くされて、またボッチになる事が怖いのだ。
きっとそんな事は無いだろう。
彼女達も仲間達もそんな人たちでは無い。
だけど、どうしても俺は人を心から信じる事が出来ないのだ……。
「……解ったわ、少しだけ待ってあげるから必ず話すのよ。約束だからね」
「有難う御座います」
しばらく、お互いなにも話さないまま時間が流れる。
気まずさは感じない、むしろ心地いい。
「あと一年ぐらい経ったら、ロイド兄様が帰ってくるの」
フェリス様が話し出す。
「何処かに行かれていたのですか?」
「王都よ。兄様は冒険者として今楽しんで……、いえ、修行をしているの」
あんたら一族は……、そんなに城の暮らしが退屈か……。
「兄様が十五の成人を迎えた時に、お父様が家督を継がせて隠居しようとしたの」
あのおっさん……。
「二人は大ゲンカをしたわ……兄様は、俺に嫌な事を押し付けて自分だけ楽しむつもりか! とお父様を怒鳴りつけてね、お父様も、そんなに嫌ならお前も早く子供を作って押し付けたら良いだろ、ばーかばーか! と言ってね、最終的にはお母様が父を折檻……、いえ説得してね……」
……言葉選ばなくてもいいですよ、フェリス様……。あと、父親の方が子供すぎるだろ……。
「十年の期限付きで、兄様の自由を認めたの」
「なるほど、その期限があと一年なんですね」
「ええ、そうなの」
そう言うとフェリス様が嬉しそうに微笑んだ。
「お兄様が帰ってきたら、私も冒険者になるつもりよ」
フェリス様が宣言する。
驚いたが、不思議と納得できる。
この人たちは、領地だの貴族だのと言った高貴な物に価値を認められないのだろう。
爵位だの領地だのは、自分を縛る鎖であり
きっと奴隷と同じ心境なのだろう……。
「一年後が楽しみですね。フェリス様」
俺は笑顔でそう言う。彼女は、もっと広い世界で羽ばたくべきだ。
城に閉じこもっている貴族の令嬢など、彼女には似合わない。
「ええ。楽しみよ、すっごくね」
とても可愛らしい、良い笑顔で返事をする。
あと一年でお別れなのか……。寂しくなるな……。
俺がそんな事を思っていると
「言っとくけど、あんたもついてくるのよ」
とフェリス様が俺の鼻に指を指して言う。
「俺も……連れて行ってもらえるのですか?」
驚きで声が出にくい。
「当り前よ、あんたは私の奴隷なんだから」
さも当然だろうという感じで俺に答える。
俺は思わず涙ぐみそうになる。
憧れの異世界冒険に行けるのだ。
「それは、楽しみですね。実は昔から冒険に憧れていたんですよ」
俺は涙をぬぐって笑顔でそう答える。
彼女はその答えにとても満足したようだ。嬉しそうに笑っている。
その後フェリス様は、冒険への憧れややりたい事などずっと話し続けている。
よほど楽しみなのだろう。
俺はそれを聞いていたが、さすがに疲れから睡魔が襲ってくる。
そして、意識が遠のく……。
「もう、しょうがないわねぇ……」
最後にフェリス様の優しい声を聞いたような気がする……。
と、突然俺は突き飛ばされた。
意識がはっきりして、周囲を見渡す。
俺はどうやら横に座るフェリス様の肩にもたれ掛かって眠ってしまったようだ。
フェリス様を見ると、口元に手を当ててかなり狼狽している。
「た、大変なご無礼を働いてしまい申し訳ありません……」
俺はすぐさま頭を下げて謝罪をした。
「ち、違うの、貴方は悪くないの。何故……、何この感覚……。どうして……」
フェリス様はかなり混乱している。
月明かりだけなのでハッキリとは解らないが、顔色も悪そうだ。
「ご、ごめんなさい。私、もう休む事にするわ」
フェリス様は逃げるようにテントへ駆けていく。
俺はその姿を呆然と見送った……。




