第十九話:密偵モリス
「反乱など不穏な様子はありません。体調・健康面に異常をきたしている者も特にありません。私からの報告は以上です」
俺はフェリス様に片膝をついて報告する。
「ご苦労様、モリス。あなたの方は問題なくて?」
フェリス様が執務机に両肘をつき手を重ねながら俺に問う。
「はっ、特に問題はありません」
俺はそのままの姿勢で答えた。
「ねえ、モリス。辛くない?」
俺は思わず笑ってしまった。
「フェリス様、奴隷を辛くないと思う奴はいませんよ」
「御免なさい、つまらない事を聞いてしまって……」
「ですが、それ以上に感謝してますよ。この仕事が無ければ、姉と妹が借金のかたに売られてましたからね。形は妾でしたが、実質奴隷同様の扱いを受けたでしょう……。それを思えば……」
「……あと二年ね、頑張って生き残りなさい」
そう、俺の任期はあと二年なのだ。二年経てば俺はこの仕事から解放される。
「そうですね……、あとたった二年になったのですね……」
俺は呟く、以前はあれだけ待ち遠しかったのに、今では少しさびしく思えてしまう。
「あら、あまり嬉しそうじゃないわね?」
「いえ、嬉しくないわけでは無いんですよ、ただ、最近面白い奴が入ってきたので……」
二年後、解放されるにあたって、一番一般的なやり方が死を偽る方法だ。
密偵は複数でしかも任期もバラバラなので、満了時に都度、解放しましたとはいかないのだ。
密偵の存在を知られない為に、怪しまれない方法でなければならない。
俺は二年後に皆と死に別れる事が決まっているのだ。
「あら、それなら契約延長してもいいのよ?」
フェリス様が笑って言う。
「ご冗談を、奴隷にとって一番の褒美は解放される事なんですから。俺はその権利を捨てるつもりはないですよ」
「ふふ、残念。ご苦労様、下がっていいわよ」
許しを得て俺は執務室を出る。
二年後、解放されたらまず何をしようか?
そうだな、取り敢えずあいつの代わりに娼館にでも行くかな……。




