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第一話:状況確認

 何日過ぎただろう……。

 

 最初の頃は、僅かに入る日の光や食事の回数を数えていたが、すぐに意味のない事に気づいてやめた。

 今の俺に出来る事は食事と排泄と睡眠しかないのだ。

 言葉を覚える為に周りの連中とコミュニケーションを取ろうかとも考えたが、相手にされなかった。

 能力確認の為に行った数々の奇行や意味不明の言語のせいで、近づきたくない奴と思われているのだろう。

 まあ、それ以前にどいつも暗くうつむいて会話自体ほとんど無いんだがな……。

 出来る事といえば周囲の状況を見る事ぐらいだった。

 

 まず、自分の置かれている状況といえば、首輪を付けられて壁際に繋がれている。

 一定の間隔で他の連中も同じように繋がれている。

 足元には穴が開いており、そこに排泄するようになっている。

 初めの内はそこでの排泄行為に抵抗があったが、すぐに慣れた。

 周りが当たり前のようにやっていれば人間すぐに気にならなくなるものだ。

 悪臭にもだいぶ慣れた。風呂もなく、トイレは穴に垂れ流し、部屋の掃除なんかするわけがない。

 初めの内は何度か吐いたが、最近は食事も平気でとれるようになった。


 食事は1日2回、おそらく朝と晩だろう。

 薄い具の殆どない塩味のスープと硬いパンのようなもの。

 味はひどく、粗末で、原材料が何かは解らないが、とりあえず俺が食べれるものである事にホッとした。少なくとも餓死する心配は無いようだ。


 定期的に牢の外の廊下を小奇麗な格好をした男と守衛らしき男が見回りに来る。

時には、金持ちそうな男や女も連れて牢に現れる。

 そんな時は大抵下着姿のやつが首輪を引っ張られながら連れて行かれるのが見える。

 ここは奴隷市場という所で、小奇麗な男が奴隷商人、金持ちどもが客、連れていかれる下着姿のやつが入荷もしくは売れた奴隷なのだろう。

 そして、俺もまた奴隷としてここに入れられているのだ、買い手がつくまで……。


 俺の名前は小野寺高志。

 職業は派遣社員で、短期の仕事で細々と稼いでいた。

 というか、長期の仕事はすぐにやめる事が多く自然とそうなったんだが……。


 自分で言うのもなんだが、俺は性格が悪いわけではない。顔もスタイルも普通だ。仕事だって真面目にやる。ただ、俺は物事をデジタルに考えてしまう所があり、人から冷たいとか空気が読めないとか言われる事がある。

 たとえば、詐欺の被害にあった話を聞いた時、周りの人間が可哀想にとか、元気出してとか慰めてるのに対し


「いや、それ騙される方がおかしいだろ」


 とバッサリ本音を言ってしまったり、恋愛でうまく行かないと悩んでる話を聞いた時、周りの人間が思い詰めたらダメだよとか、ちゃんと話し合った方がいいよとかアドバイスしているのに対し


「一緒にいるのが苦痛なら、さっさと別れた方がいいだろ」


 と身もふたもない事を言ってしまう。

 俺としては、無駄な事をうだうだ考えるより前を進む方がより建設的と思うのでそう言うのだが、人はそれを好意的には見てくれないようだ。

 結果的に人間関係があまりうまく行かず、性格的にうまく行かない事をうだうだ考える事は無駄な行為と割り切ってしまう為、あまりコミュニケーションをとらなくなり、自然と居場所がなくなってしまい、職場を転々としながらの毎日を送っていた。


 そんな俺の楽しみは物語を読む事だ。

 早い話、現実逃避をしているのだが、ちゃんと現実と妄想の区別はついているので誰にも迷惑はかけていないから許して欲しい。

 そして、俺は色々な本を読みながら、いつか俺もこんな異世界に行ってみたいと夢見ていた。

 夢見ていたんだが……。


「これはないだろぉぉぉぉぉぉー!」


 いかん、思わず叫んでしまった。

 だが、幸いな事に誰も気にしていない。

 ここでは奇声を発するのは日常的な行為でよくある事だった。

 いやな日常だ……。


 何度考えても、何故ここにいるのかがわからない。

 普通に布団に入り寝て起きたらパンイチで首輪だった。


 よし、落ち着こう。フルチンでないだけましだ。いや落ち着け……。

 どうも最近思考が安定しない……。

 だが、考えるのをやめるとヤバい事になるという事だけはわかる。

 生きる屍になるだろう、周りの連中のように。


「会話が出来ればマシなんだがなぁ……」


 言葉を覚える事が急務だと改めて思う。会話が出来ればもっと情報が得られるだろう。なにより、今のままでは推測しか出来ない。

 ここは何処なのか、どういう世界なのか、俺は何故ここにいるのか。


 今はっきりしている事は、自分が牢屋に繋がれている事と、ここが異世界という事だ。

 隣にいる獣人がぬいぐるみや特殊メイクとは思えないし、なにより客が牢に入る際に明かるくなる魔法のような力を使ったのだ。

 それを見た時はかなりテンションが上がった。目を輝かせていた俺を見た客は俺に何かを言って牢を出て行った。


 あれ、多分


「期待してもお前なんか買わないぞ」


 とか言ったんだと思う。

 言葉は解らないが鼻で笑ったのは解った。

 かなりムカついた……。


 ここが夢にまで見た異世界とわかり、期待と興奮で胸が熱くなった。

 それまでは、不衛生な環境と不安から精神的にかなり追い詰められていたが、魔法を見てからは大分落ち着いた。

 魔法を使いたいという希望。

 これが今の俺にある唯一の光だった。


 夢にまでみた異世界、魔法、ここにはそれがあるんだ。

 そう思ったら不思議なほど心が落ち着いた。


 希望があるから人は生きていける。


 だれの言葉か忘れたが、今は心底うなずける。

 劣悪な環境、不確かな未来、すぐそばにある死の恐怖。

 それら暗い闇を見たら心が折れる。だから出来るだけ考えず魔法という希望の光だけを見よう。

 現実逃避、俺の得意技だ。


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