第十八話:治癒魔法
「あはははっ、そいつは大変だったなぁ、いやぁ、フェリス様が血相変えてお前を探してるから何事かと思ってたぜ」
「モリスにとっては笑い事かも知れないけど、俺は大変だったんだぞ」
今、俺達は魔の森の定期巡回に来ている。
魔獣や魔物の報告が無くても、俺達は住民の安全確保の為に定期的に魔の森を巡回しているのだ。
俺は森を歩きながら、モリスと昨日のセドリック様との一件を話していた。
「僕もびっくりしたよ、訓練中にフェリス様が゛あいつは何処?゛って凄い形相で兵士長に詰め寄って……」
「兵士長、真っ青だったよな」
うーん、兵士長気の毒に……。
「皆は、前回の騒ぎを知ってるのか?」
俺は最初の被害者の事を聞く。
「ああ、大騒ぎだったからな。シグルド様は城下町で魔法薬を作る魔法薬師なんだが、良い魔法薬を作る事で有名な人なんだ。シグルド様が拉致されたと大騒ぎになった時、もしや隣国に拉致されたのでは? なんて陰謀説まで出てな」
「アリシア様が……。あの方ってすごくお淑やかで、優しくて、綺麗で……。そんなアリシア様が……」
カインがすごく怯えたような声を出す。
「凄かったよな。あの方は体が弱い為、殆ど戦闘には出ないんだが実は三兄弟の中でも一番の使い手なんだ。確か、無詠唱魔法とか、三種同時詠唱とか出来るらしい。そんなあの方が……、あのアリシア様がブチ切れてな……」
「犯人がセドリック様と解ったとたん、全力で魔法をぶちかましたんだ。セドリック様に……」
「東側の城壁とか建物が全壊してな……。大変だったよ……」
「建物の修復作業に俺たちも駆り出されたんだが、セドリック様も罰として働かされてな、奥様とアリシア様が交代で監視して……。容赦なくこき使ってたな……」
以前、モリスがオーモンド一族は少し変わっていると言っていたが……、どこが少しなんだ……。
その時、ガサッガサッと茂みから音がする。
「敵だ! 防御陣形!」
すぐさま騎士が号令をかけ、俺たちはすかさず防御陣形を組む。
すると視線の先の茂みからブラックファングが一匹現れた。
「奴は群れで行動する。複数現れるぞ、油断するな!」
騎士が叫ぶと同時にその周囲から続々とブラックファングが現れる。
「ちっ、数がかなりいやがる」
俺は出来るだけ多く引き付ける為、気合の声を上げながら突進する。
数が多すぎる為、すべてを食い止める事が出来ず何匹かが隊列中央の騎士たちに襲い掛かる。
「向こうの事は気にするな、この程度の魔物なら問題ない、自分の事に集中しろ!」
モリスの檄が飛ぶ。俺は盾で一匹の頭を思いっきり叩き割った。
数は多いが、一匹一匹は犬を少し大きくしたぐらいの魔物だ。牙による攻撃は脅威だが、動きにさえ注意すればさほどの危険は無い。
いける、こいつらそんなに強くない。
俺は盾を構えながら、どんどんと敵の中央に進んでいく。
俺の周りに多くのブラックファングが集まってくるが、俺はそいつらをいなし、殴りつけ戦う。
今日までそれなりの戦闘経験を積んだ事で、俺は少し調子に乗っていた。
「高志! あまり無茶するな」
モリスの声が聞こえる。
心配し過ぎだよ、モリス。こいつら程度なら問題ない。俺も大分強くなったし……。
そんな時、明らかに大きさが違うブラックファングが一匹俺の死角から現れた。
ザシュッッッ!
強烈な痛みが俺の脇腹を襲う。そいつの爪でえぐられたのだ。
「ぐっ!」
俺は痛みと衝撃で思わず膝をつく。
まずい……。
俺は突出し過ぎている事に今更ながらに気づいた。
周囲にいたブラックファングがその隙を見逃すはずがない。
一斉に俺に襲い掛かってきた。
俺はなんとか地面を転がって逃げたが、全ての攻撃をかわす事出来ず、一匹が俺の左太ももに噛みついている。
「ぐぁぁっ」
俺のピンチに気づいたジンが駆けつけてくれて、俺を噛みついているブラックファングの胴を切り落とす。その後、騎士の魔法の援護があり、俺の周囲のブラックファングは一掃された。
俺はジンに肩を借り、何とか安全圏に離脱する。
傷口を見ると、肉がごっそり持っていかれ大量の出血をしている。
あ、俺死ぬかも……。
大量出血で血の気が引いて頭がボーっとしてくる。
それが幸いなのか、痛みは麻痺して感じない。
「大丈夫。今癒しを掛けるから、気をシッカリと持って」
俺の傍に騎士が近づいてくる。アベル様だ。
しばらくして、アベル様の回復魔法が発動すると驚くべき事に、エグリ取られた肉や大きく空いた穴がみるみる塞がって行く。
「傷口は塞がったけど、失った体力と血は癒せないからしばらく安静にね。大丈夫、もう戦闘は殆ど終わってるから」
笑顔でそう言うとアベル様は他の負傷者の所へ向かって走って行った。
すげーな、回復魔法って……。
俺は痛みが完全に消えた脇腹を見ながら思う。
現実世界では死んでいただろう傷が完全に癒されているのだ。
しばらくしてモリスが近づいてくる。少し怒っているようだ。
「ごめん、少し調子に乗り過ぎた……」
俺は素直に謝る。
俺のせいで自分だけでなく仲間すら危険に晒したのだ。あの時、ジンが危険をおして助けてくれたお蔭で俺は生き残る事が出来たが、裏を返せばジンの命をも危険に晒したという事だ。
それに、俺やジンが抜けた穴が他の兵士達をも危険に晒したのだ。
一歩間違えたら死と隣り合わせという事を俺は調子に乗って忘れていた。
「ふう……、まったく……。まあいい、解ってるならな。次から気を付けろよ」
モリスがそう言い、俺の肩を軽く叩いた。
本当ならもっと言いたい事があるだろうに。だがモリスは、もう俺はこんなバカな真似はしないと信じて、一言で済ませてくれた。
済まない……。モリス、皆……。
心の中で詫びる。
俺は生活に慣れてきた事もあり、すこし警戒感が薄れていたようだ。
気を張り続けるつもりはないが、気を付けよう。
ここが死と隣り合わせの戦場だという事を忘れてはいけないのだ……。




