第百二十四話:エリーゼチーム
「このような事に付き合わせてしまい申し訳ありません、リベリア」
「そんな……。気にしないで下さい。私も結構楽しんでいますし」
隊列の先頭に立っているエリーゼさんが私に謝って来たので、私はそんなエリーゼさんに両手を振る。
「そう言って頂けると助かります」
エリーゼさんは溜息をつく。
「しかし……、貴方も変わった方ですね」
「私がですか?」
「ええ。皇族でありながら随分と腰が低い。私が知る貴族や王族の大半は気位が高く鼻持ちならない連中ばかりですよ」
「フェリスさんは違うのでは?」
「あの一族は例外です。あのような変じ……、いえ、そのまあ、あの方達はオーモンドですから」
「うふふっ、自分の事は呼び捨てで良い等と言われる高貴な方は私の知る限り初めてですわ。勿論オーモンドの皆さまは例外としてですが」
「私は皆様に色々と助けて頂いている立場ですし……」
「世間一般の高貴な方々はそれを当然と受け止めますがね。まあもし貴方がその様な態度を取る輩であれば手助けなどしませんでしたが」
「ははははっ……」
思わず乾いた笑いが出てしまう。
「それに……、私は皇族といっても身分の低い母から生まれた事もあり、あまり皇族として扱われていませんでしたから……」
そう言って私は俯く。
そう、私の母は王城で働くメイド、それも下級貴族の友人が怪我をしてしまい、その治療の間だけ代わりを務めて欲しいと頼まれた一般市民の娘だったのだ。ただの下働きだけの仕事と言われ役人の許可も取れた事から身代わりで働いていた所を偶然皇帝に見初められたのだ。
血統を重んじる者が多いドルギアでは私や母は下賤の血と蔑まれ、表舞台に出る事も無く城の奥でひっそりと暮らしていた。
「兄達の死が無ければ、私は適当な貴族の家に嫁がされるだけの道具で終わっていたと思います」
兄達が死に、父が病気で倒れた時、宰相オズワルドは自身の孫オズベルドを次期皇帝にしようと動き出した。そして私にオズベルドの妃となり次代の子を産むように迫ってきたのだ。
そんな中、オズワルドの専横を良く思わない者達が私を次期皇帝候補に押し上げ今に至るのだ。
「ですから私自身あまり高貴な振る舞いとかも解らないのです。勿論色々な教育は受けましたが、どうにも私には似つかわしくない様に思えてしまって」
「成程、そのような出自でしたか。だからその様な目をしておられたのですね」
「目?」
「ええ。失礼ながら最初に貴方を見た時、私には貴方が皇族とは思えませんでした。貴方の目には力が感じられません。ですがその理由が解りました」
「それは私が下賤の生まれだからですか?」
「いいえ、違います。貴方が自分をその様に卑下しているからです」
「それは……」
「親の血筋がどうだろうと貴方は貴方ではないですか。それを貴方は周りの声に負け自分を蔑んでいる。それではその様な頼りない目になるのも頷けます」
「…………」
エリーゼさんの言葉が私の心に突き刺さる。
「貴方とフェリス様の違いが解りますか?」
「……力が違います……」
「いいえ、自己を持っているか否かです。貴方の育った環境には同情しましょう。恐らく周りからは蔑みの言葉や視線を嫌と言うほど受けてきたのでしょう。ですが、それがフェリス様なら決してそのような物には負けなかったでしょうね」
「フェリスさん程の力があれば……」
「例え力が無くともあの方は負けませんよ」
「何故貴方にそんな事がわかるのですか!」
思わず声を荒げる。貴方に私の何が解ると言うのだ。
「……私は孤児です。幼い頃、村を襲った盗賊達に両親を殺され攫われた私は下働きとして扱き使われながら成長しました。日々罵声や暴力を受けながら私は数年の間そこで生きて来たのです」
突然の告白に驚きの余り私は息を飲む。
「幸い私は幼く、またその頃は発育も悪く汚い子供でしたので性的な被害こそありませんでしたが、体から痣が無くなった日が無い程毎日痛めつけられていました」
そう言ってエリーゼさんは私の目を見つめながら薄く笑う。
「地獄のような日々を送りましたが、私は貴方の様に負けたりはしませんでしたよ」
「私は……」
「私は当時魔法どころか剣すら握った事はありませんでしたが、それでも盗賊達へ復讐する事を固く誓い日々努力しました。貴方はどうでしたか?」
「それは……」
「貴方は死んだ兄達の無念を晴らし皇帝になる事を目指しているそうですが、私にはその思いが全く感じられないのです。それは本当に貴方の思いなのですか?」
エリーゼさんのきつい言葉を聞きながら私は何も言えず俯いてしまう。
「エリーゼ様。あまり苛めては可哀想ですわ」
そんな私の後ろからマリーさんが優しい言葉を掛けてくれる。
「……申し訳ありません。少しイラッとして言い過ぎてしまいましたね。ですがこれだけは言わせてもらいます。もし中途半端な思いしか無いのであれば悪い事は言いません、このまま国に帰らず生きて行きなさい」
「そんな事は許されない……」
「誰が許さないのですか? 貴族ですか? 民ですか? ですが今の貴方について行こうと思う者が果たしてどれだけいるのですか? 謙虚な姿勢は貴方の美点です。ですが皇帝を目指そうと言うのなら貴方はもっと自分に自信を持つべきです。今後自分を卑下するような事は二度と言わない様にしなさい。そうでなければ誰も貴方にはついていきませんよ」
エリーゼさんの厳しい言葉に私はただ項垂れるだけだった。
その後暫く無言のまま森を進んで行く。
私は歩きながら、ただひたすら先ほどのエリーゼさんの言葉を思い返していた。
好き放題言われて腹が立つが、何より腹立たしいのはエリーゼさんの言った事は全て真実を突いている事だ。
表舞台に立たず城の奥でひっそりと隠れるように生きて来たのも蔑む視線や態度から逃げていただけなのだ。
エリーゼさんの過去に比べたら私の過去など……。
エリーゼさんは私なんかが想像出来ない程の苦労をしてきたのだろう。そしてそんなエリーゼさんだから、私の態度に怒りを感じたのだと思う。
怒られるのも当然か……。
いや、正確には呆れられたのかも知れない。
誰もついてこない……か……。
その言葉を思い出して涙が出そうになるが、グッと我慢する。ここで泣けば私は皇帝を目指す資格を失ってしまうような気がする。
……皇帝か……。
゛それは本当に貴方の思いなのですか?゛
本当にあの人は痛い所ばかりを突いてくる。
優しい兄達の仇を打ちたいと思う気持ちはある。宰相に好き放題やられる事に対する不満もある。だが実の所私は、ただ周囲の者達に流されるまま今に至っただけで皇帝を目指したいと思った事は一度も無いのだ。
オズベルドの妃となるか皇帝を目指すか。
この二択を迫られた私には皇帝を目指すしか他に道は無かった。あんな奴の妃になるぐらいなら死んだ方がマシだった。
高志さんと出会い、竜玉を手に入れた私はそのまま国に帰る事も出来た。
だが私は言い訳をつけながら国に帰る事を遅らせてここに居る。
また私は逃げ出したのだ。
国になんか帰りたくない。
このまま皆と過ごしたい。
私は……、皇帝になんかなりたくない……。
隠していた本心が浮かび上がってまた涙が出そうになる。
ガサガサ。
とその時前方の茂みから音が聞こえてくる。
エリーゼさんが剣を構え、マリーさんも背後で魔法の準備を始めている。
「気をつけなさい、何やら大きな魔力を感じます」
エリーゼさんの言葉と同時に茂みから巨大な魔物が姿を現した。その魔物は全長2メートルを超える巨体で、獅子のような体に蛇のような尻尾。そして何より特徴的なのが獅子と山羊の二つの頭を持っている所だ。
「何をボーっとしているのですか、構えなさい!」
エリーゼさんの言葉で私は自分が無防備に突っ立っている事に気づく。
そんな私の目と山羊の目が合わさると山羊の目が怪しい光を放った。
「リベリア!」
私の意識は闇に覆われた……。