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第百二十話:女達は風呂へ

「くちゅん! はっくちゅん!」


 私の横でのんびりと湯船に浸かっていたアディが突然大きなくしゃみをする。


「うぅぅ……。何だろう、誰かに失礼な事を言われた気がする……」


「先生みたいな事言わないでアディ」


 私はジト目でアディを見る。旅の中、先生は時折くしゃみをした時に「ちっ、誰か噂してやがる」とか言う時があるのだ。まったく根拠も意味もない事を言うと皆で呆れていたのだが……。


「不思議よね。最初はバカな事言ってるって思ってたのに、今は何と無くそんな気がしてきて……」


「毒されておるな、小娘。気を付けるのじゃぞ、あれに毒されすぎるとおやじ化するからのぉ」


「うぅっ、それはいやかも……」


 同じく横に浸かっているシェルファニールさんの言葉にアディは心底嫌そうな顔をする。


「なになに? 何の話?」


「アディがおやじ化したって話を……」


「まだしてないわよ!」


「時間の問題。アディは先生の真似とか良くするし」


「うっ……」


 本人も自覚があったのか言葉を詰まらせ考え込んでいる。


「あー、そう言う事か。確かに気を付けた方がいいわよ。あいつ基本的に中身はおっさんだから」


 正面でゆったりと湯に浸かりながら天井を見ているフェリスさんがそう言うと、横で同じような姿をしているエリーゼさんも同意している。


「それに結構スケベだし」


「そうですわね。私も何度か下着姿を見られたり胸を揉まれたりと……」


「くっくっく。確かに。じゃがそのくせ肝心な時には意気地がなかったりとな」


「ふーん、へー、ほー。そうなんだ、見られたり、揉まれたり、肝心な時があったりしたんだ……? その辺の話を詳しく聞きたいなぁ……」


 フェリスさんがとても良い笑顔をしている……。


「やめい小娘。物騒な殺気を振りまくでない」


「こ、この話は此処までにしましょう。そうしましょう、それがいいです」


「……そうね。まあ後で本人に聞く事にするわ。主に物理で……」


 さようなら先生。


「まあそれは良いとして、シェルファニール」


「何じゃ小娘?」


「それよ! その小娘って言い方。何で名前で呼ばないのよ?」


 それは私も気にはなっていた。魔人だからお高くとまっているのかとも思ったがそんな風にも見えないし、寧ろ気さくで気遣いも出来る方だ。


「そうですね。貴方が我々を個別認識していないならそれも仕方ありませんが、そう言う訳でもないでしょうし、寧ろそちらの呼び方の方が面倒ではありませんか?」


 エリーゼさんの言葉に私も頷く。名前を覚える手間は無いかも知れないが、行動を共にする上で意思の疎通がやや難しくなるはずだ。何せ殆どが小娘なのだから。


「いや……、まあ、確かにそれはあるが……」


「何か理由でもあるのですか?」


「……まあ、その……、なんじゃ……。あまりお主ら人間に情を移したくは無いのじゃ……」


 そう言うとシェルファニールさんは少し寂しげな表情をする。


「お主らは皆、我を置いて行ってしまうからのぉ……」


 名を憶えればそれだけで個の関係性も深くなる。だからこの人は一線を引くために……。


「……はぁ。あんたねぇ……。言っとくけど、あんたもう手遅れよ」


 フェリスさんが呆れたような、照れくさそうな声で言う。

 彼女の言う通り、シェルファニールさんはもう情を移しまくっている。今更呼び方で一線引いたところで意味は無い様な気がする。


「そうかもしれんな。じゃが、まあ、気持ちの問題じゃよ」


「まあ、そういう理由ならしょうがないけど……」


「ですが、面倒なのは困るのではありませんか? どうせならもう少し呼び方を工夫されてみてはどうでしょう?」


 確かに小娘では複数が重なってしまう。人数が増えれば増える程、誰の事かが解らなくなる恐れがあるのだ。どうせならもう少し個別認識しやすい呼び方が良いだろう。


「ふむ、成程のぉ。確かにその通りじゃな……」


 そう言って頷くとシェルファニールさんはジッと私達を見つめる。


「よし。ならばこれからは巨娘、普娘、無娘と呼ぶ事にするか」


「今何処見て分けたぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 フェリスさんが両腕で胸を隠しながら立ち上がる。


「あれね、あんたケンカ売ってるのね? 良いわよ、買うわ。言値で買ってやるわ!」


「落ち着いて下さいフェリス様」


 荒ぶっているフェリスさんをエリーゼさんが押し止める。


「うふふふっ。その分け方では同じように重なる人が大勢出てしまいますわね」


 唯一重ならない人が余裕の表情でそう言う。


「そうですよ、シェルファニール。私の様な普に分類される人が多くなってしまいます」


 しれっと自分を普に分類するエリーゼさん。だが貴方が普になると、無も一人だけになるのだが……。


「そ、そうよ。その通りよ。私の様な普が多くなってしまうじゃない」


 いや、もう真っ先にキレた時点で説得力が無いです。


「それに男の人は如何するのです? 見比べるのですか?」


 リベリアの発言に全員がニヤッと笑いながら目を光らせる。


「ねえ、エリーゼ。男の場合は全員無になるんじゃないの?」


「ええ。可笑しいですね。彼女は一体ナニを見比べる積りなのでしょう?」


「私、まだ幼いので彼女がナニを考えたのかが解りませんわ?」


「ドルギア帝国の王女様は一体ナニを考えたの?」


「うふふふふっ。後学の為に詳しく教えて頂けますか?」


「ふむ、成程確かに男は如何するべきかのぉ? 妙案があるようなら教えて貰えるか?」


 全員がニヤニヤ笑いながらリベリアを見つめると、リベリアは顔を真っ赤にしながら後ずさる。


「えっ? い、いえ。わ、私ももちろん胸を想像しましたよ。ホントですよ。ほ、ほら、男の人だって胸の大きい人とかいるじゃないですか。太った人なんて私より胸が大きかったりするじゃないですか? そ、それだけです。そ、そんな目で見ないで、見ないで下さいぃぃぃ」


「と被告はこう申しておりますが、如何致しましょう」


「そうね。限りなく黒に近いけどそう言う事にしておいてあげましょう。でもあれね。真面目そうな子が一番いやらしいって本当だったのね」


「即座に反応した時点で皆同じ事考えていたんじゃないですか! 私だけじゃないですよね? そうですよね?」


「自白してる」


 真っ赤になって黙り込むリベリアを見ながら皆で笑いあう。


「まあ今の呼び方が慣れておるからこのまま好きにさせてくれぬか」


「そうね。まあ強要出来るような事じゃないし呼びやすいように呼ぶのが一番かもね」


 結局そう結論が出る。でも正直私は今のままで良い気がしていた。聞き慣れているという事もあるが、シェルファニールさんには今の呼び方が似合っている気がするのだ。


 長旅からの解放感、湯の気持ち良さ、楽しい人達との会話。気が付けばあっと言う間に時間が過ぎて行く。先生やロイが待っているのは解っているのだが、もう少しこの時間をとついつい長居をしてしまっていた。


「何だか喉が渇いてきましたね」


 私も同じ事を考えていたのでコクリと頷く。


「ふむ。ならば何か飲み物でも持ってきてやろう」


「良いのでしょうか? 随分時間が経っていますが?」


「いいじゃない、もう少しくらい」


 そう言うフェリスさんは少し湯でのぼせたのか、立ち上がり浴槽縁に腰を掛ける。若干赤らめた顔をしてボーっとしているフェリスさんは正直女の私が見ても色っぽいというかエロい。こんな人ですら自身の体に不満を持っている事が不思議でしょうがない。

 

「そうじゃな。後少しぐらいなら主様もとやかく言うまい」


 そう言うとシェルファニールさんはそのまま立ち上がり外へと向かって歩いて行く。私は(ああ、確かに上には上がいるしな……)などと考えながらその完璧とも思える後ろ姿を眺めていた。


 そして気づく。


「……シェルファニールさん、素っ裸で出て行きましたが……」


 あまりに堂々と出て行ったので私が言うまで誰も気が付かなかったようだ。


「あのバカ……。連れ戻してくる」


 少しは慎みって物をなどとブツブツ言いながらフェリスさんが早足で後を追いかけて行ったのだが……。


「……フェリスさんも素っ裸で出て行きましたが……」


 あまりに早足だったので声を掛ける事が出来なかった。


「ほっておきましょう。彼らと遭遇すると決まっている訳でもありませんし、仮に遭遇したとしても」


「したとしても?」


「彼らも魔の森では頑張っていましたからね。丁度いいご褒美です」


 うーん……。私としては色々複雑なのだが……。先生なら良いが、ロイだった場合……。あまり贅沢を憶えさせて欲しくない……。あの二人を基準にされると正直私が困る。

 私は自分の体を眺めながらそんな事を考える。


 「きゃぁぁぁぁ!」 ばきっ! 「なんでやぁぁぁぁぁ!」 ドォォォン!!

 

 そんな事を考えていると、突如外から女性の悲鳴と肉を打つ打撃音、そして男の叫び声と何かの物体が壁に当たる轟音が聞こえてきた。


 「僅かな可能性を物にするとは、流石ですね」


 「彼女の打撃も素晴らしいわ。腰の入った完璧な拳じゃないとあの音は出せないと思う」


 理不尽極まりない仕打ちを少しは同情してあげて欲しい……。



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