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第百十七話:魔の森(中編)

「くっ」


 右腕に走る激痛で意識を取り戻す。

 見ると俺の右腕が半ばから千切れており、その傷跡にマリーが回復魔法を掛けている所だった。


「……そうか……。俺はあの時……」


 回復魔法で徐々に生えてくる右腕をボンヤリと眺めながら俺はこれまでの経緯を思い出す。


 


「今日はここまでにしましょう」


 視線の先に少し開けた広場がみえた時、エリーゼさんがそう皆に言う。そこは奥に綺麗な泉もあり視界も良好で野宿するには打って付けの場所だった。


「あー。流石に疲れたわね。ねぇ、あんたの屋敷まであとどれ位かかるの?」


「そうじゃな。あと二日と言った所かのぉ」


「あと二日かぁ……。あと二日もお風呂に入れないのか……」


 フェリスはそう言いながら軽く自分の体を匂っている。香水を使ったり、濡れたタオルで体を拭いてはいる物の、やはり女性陣にとってその辺りは気になる所のようだ。


「大丈夫だって。風呂に入ってないのは全員同じなんだから臭いも解らないって」


 気にするなと励ましたつもりだったのだが、女性陣全員から白い目を向けられた。


「……解らないから良いって問題じゃないんだけど……」


「高志様。流石にこれに関しては……」


「先生。もしかしてそう言うのが好きなの?」


「フェチ?」


「……あ、でもそう言う人って帝国にも居ました」


「そうですか。たまに私の傍でクンカクンカしていたのはそう言う事だったのですか」


「まてぇい! 失言は認めるが何故そっち方向に持って行く。あとクンカクンカは完全に冤罪じゃねぇか!」


 蔑みの視線を向けてくる女性陣に俺は力強く反論する。


「主様よ。お主はデリカシーが無さ過ぎじゃ……」


 そんな俺にシェルファニールが呆れた表情をしながらそう呟く。


「はぁ……。悪かったよ。女性陣にとっては死活問題なのに軽く考えた俺が悪う御座いました。お詫びに水を汲んでくるから、取り敢えずあと二日は体を拭くだけで我慢してくれ」


 俺はそう言うと、荷物からバケツを取り出し泉へと向かう。

 

 そう。俺はその時重大なミスを犯した。


 初めに気が付いたのはフェリスだった。

 

「ちょっと高志! あんた何やってるのよ!」


 俺がちょうど水を汲もうとした時、フェリスの叫び声が聞こえたのだ。


「いや、何やってるって水汲んでるんだが?」


 そう呟いた時、泉の中から何かの気配を感じた。


「いかん! そこから離れるのじゃ、主様!」


 シェルファニールの叫びと同時に泉から大きさ三十センチぐらいの魚型をした魔物が飛び出してきた。


「くそっ!」


 すかさず武器で防ごうとして俺は気が付く。


 武器を……、置いてきてしまった……。


 咄嗟に右腕を前に翳せたのは訓練の賜物だっただろう。あそこで呆けていたら首をやられていたかもしれない。

 

 だが、代償として俺の右腕はそいつの鋭利な牙で食い千切られた。





「俺は気を失っていたのか……」


 右腕を食い千切られた後の記憶がスッポリと抜けている。恐らくその時の痛みと衝撃で気を失ってしまったのだろう。


「はい、ほんの数分ですが」


 俺に膝枕をしながら回復魔法を掛けてくれているマリーがそう答える。ぐるりと周囲に目を向けると全員が心配そうな表情で俺の周りに集まっていた。


「敵は?」


「シェルファニール様が排除して下さいました」


「……そうか。ありがとう、シェルファニール」


「気にするでない。寧ろ我はお主に詫びねばならん。少々油断しておった」


「貴方だけではありません。今回の事は皆に油断がありました。我々は魔の森の奥深くに来ているという事をもっと意識しなければなりませんね」


 単独行動も武装を忘れた事も俺の油断だが、その行動を見過ごした皆にも油断があったとエリーゼさんが言う。ここまで圧倒的戦力で順調に行きすぎた事が逆に油断を招いてしまったのだろう。


「だけど、一番悪いのはアンタなんだからね! ちゃんとわかってるわよね!」


 強い口調で言うフェリスだが、その顔は血の気を無くしており目には薄らと涙が溢れている。どうやらかなり心配させてしまったようだ。


「申し訳ない……」


 俺は素直に謝る。皆の心配そうな表情をみるとそれ以外の言葉が出て来なかった。   

 

「まあまあフェリス様。幸い腕一本で済んだのですし、再生も直に終わります。今回は気を引き締めなおす良い機会だったと思いましょう」


「……済まないマリー。そう言って貰えると助かるよ」


 そんな話をしている内に、右腕はもう半分ぐらい再生が出来ていた。何というか、肉がボコボコと盛り上がりながら徐々に腕が伸びて行く様子は見ていて気持ちの良い物ではないが、千切れた腕が元通りになるのだから贅沢は言えないな。


「しかし、回復魔法って凄いな……」


 未だ感覚は戻っていないが、もう右腕の形は完全に元通りになっていた。


「凄いのはマリーさんですわ。失った部位を繋げるのではなく再生させるなんて普通の人には出来ません。いえ、繋げる事さえ難しいんですから。傷を塞いだり痛みを和らげると言った事が一般的な回復魔法なんですのよ」


「へぇー。そうなのか……」


「うふふっ。褒めて頂いて有難うございます。ですが、だからと言って油断はしないで下さいね。再生出来ると言ってもその分魔力消費も多いですし、時間経過によって成功率も下がっていきますから」


「成程ね。万能って訳でも無いって事か」


「そう言う事です先生。あ、マリーさん。そろそろ交代致しますわ。後は私の魔法で処置出来ますから。マリーさんの魔力は少しでも温存して頂かないと」


 アデリシアがそう言うとマリーは「宜しくお願いします」と言って場所を譲り、俺の枕がアデリシアの太ももに変わる。


その後、アデリシアと護衛としてシェルファニールが俺の傍に残り他の皆は野営の準備に入った。その様子を眺めながら俺は大人しくアデリシアの治療に身を委ねた。


「……なあ、アデリシア」


 痛みも治まった頃、俺は一つ疑問に思った事を尋ねる。


「何ですか?」


「俺の腕が千切れたんだよな?」


「はい。それはもうザックリと」


「それなら大量出血だったよな?」


「はい。それはもうドップリと」


「にしては……、何か普通だな」


「何がです?」


「いや。何って、血が出たんだよ? 俺はてっきり大喜びしているかと思ったんだけど?」


「ああ。その事ですか……」


 喜ぶどころか浮かない表情のアデリシア。


「何だよ。もしかして俺の事が心配で喜べなかったのか?」

  

「いえ。そんな事は無いのですが……」


 そうですか。そんな事は無いですか……。


「じゃあ何でそんな浮かない顔してるんだ?」


「いえ……、その……。先生の血が見れた事は嬉しかったのですが……。何と言うか……。期待外れというか何と言うか……。ぶっちゃけ大した事の無い血だったので……。ランク的に最低と言っても過言ではないと言うか……」


「……なんだろうな……。なんかめっちゃ悔しいんだが。俺の血はそんなにダメか? 自分で言うのも何だが、この世界に来て体も鍛えられたし、食生活もかなり改善されたし、コレステロール値とか血糖値とかかなりいい数値が出てるはずだぞ? サラサラの綺麗な血だと思うぞ?」


「……先生の名誉の為に控え目な表現で言いますが、ゴブリンやオークの方がまだ良い色をしていますわ」


「それで控え目か! 何それ? そいつら以下なの?」


「以下なんてそんな。先生には他にも良い所があるのですから……。まあ同等ぐらいの価値は」


「足しても同等しかないの? 俺の良い所ってそんだけなの? お前の中で血のウェイトってどんだけ大きいの?」


「うふふっ。まあ、それは冗談ですが」


 そう言ってアデリシアはクスクスと笑う。


「……はぁ。しかし、俺の血は御満足頂けなかったか……」


 今後血を狙われる事が無くなったのだから喜ぶべき事なのだが、何と無く屈辱感と言うか敗北感と言うか……。


「まあ仕方あるまい。主様の血ではのぉ」


「……お前まで俺の血をディスるのか……」


「いや、そうでは無い」


 俺の恨めし気な声に慌てて手を振るシェルファニール。


「恐らくその娘が美しいと感じておるのは血では無いからじゃよ」


「どういう事ですの?」


「……ふむ。そうじゃな。良い機会かも知れぬな」


 シェルファニールはそう言うと懐から透明の小瓶を取り出す。


「空の小瓶? 何をするんだ?」


「旅に出る時に約束したじゃろ? 主様を襲うのを我慢したら褒美をやると。その娘はその約束をシッカリと守ったからのぉ。じゃから……」


 そう言うとシェルファニールは自らの右手首を切り裂いた。


「シェルファニール!?」


 前に突き出した右手からは大量の血が流れ出し、その血は重力に引かれて地面へと滴り落ちる。シェルファニールは小瓶を持つ左手を右手の下に入れると、その滴り落ちる血を瓶の中へと溜めていった。


「綺麗……」


 そう呟いたアデリシアは驚きで目を大きく開かせたまま、ただ呆然とその様子を眺めていた。

 

「ほれ、受け取れ」


 小瓶が血で一杯になった所で出血を止めるとシェルファニールは小瓶に蓋をして無造作にアデリシアに投げ渡した。

 

「……なんて綺麗なの……。こんな綺麗な血……、見た事が無い……」


 アデリシアは小瓶を受け取った後も呆然としたまま、ただひたすら小瓶を見つめていた。


「……おいアデリシア。大丈夫か? アデリシア?」


 俺はアデリシアを何度も呼びかけたが、アデリシアには全く聞こえていないらしく返事が返ってこない。


「おい、シェルファニール。どういう事だ?」


 一点を見つめたまま恍惚の表情を浮かべているアデリシアに不安を覚えた俺はシェルファニールを問いただす。


「うーむ。少々衝撃が大きすぎたかのぉ」


「どういう事なんだ? 説明しろ!」


「いや、何。その娘は血を見て綺麗と言っていた訳では無い。正確には血に含まれている魔力を見ておったのじゃ」


「魔力? それなら魔法を使える奴らは皆見ているんじゃないのか?」


「そうでは無い。多くの者達が見ているのは魔力の量じゃ。じゃがその娘はそれだけでは無く魔力の性質をも見ておったのじゃ。言うなれば一段上の世界を見ておるのじゃよ」


「魔力の性質? どういう事だ?」


「うーむ。どう説明したものかのぉ……」


 シェルファニールは顎に手を当てて思案する。


「魔力量とは文字通り魔法の威力に関係するものじゃ。量が多ければ多いほど攻撃力や防御力は勿論、効果範囲や威力等も高くなるし、使える回数も多くなる」


「ああ。それは何と無く解るが」


「そして性質とは発動させる魔法その物に関係する物じゃ。それをコントロールする事により様々な魔法を発動させる事が出来る。魔力弾であったり、障壁であったりな」


「……発動させる魔法の種類を決める物という考えでいいのか?」


「まあそれだけでは無いがの」


「だけど、それがどうして一段上の世界なんだ? 魔法使いは皆色々な種類の魔法を使っているじゃないか?」


「そうではあるまい。似た性質の魔法を使う事は出来ても、非なる性質となると大概の者は使えぬじゃろ? 例えば攻撃魔法と回復魔法が良い例じゃ。この二つを使える者はこのパーティーには我以外おらぬであろう? 我ら魔人の様に魔法に長けた種族ならともかく、そうでない者達は性質を本当の意味で理解してはおらぬし、また理解する事も出来ぬ。じゃから魔法を使う事は出来ても、使いこなす事は出来ぬのじゃ」


「そうなのか? 俺から言わせれば、皆沢山の魔法を使っているように見えるんだけどな」


「我から言わせれば自身が使える性質を若干弄って使っておるだけじゃな」


 素人の俺には解らない世界だな……。


「そして、性質にはもう一つ重要な使い方がある」


「重要な使い方?」


「うむ。魔法において魔力の大きい者はその物量で相手を圧する事が出来る。じゃがな。性質をコントロールすれば魔力量の差を覆す事も可能なのじゃ。例をあげるなら、魔法を障壁で弾く方法は量による物で、掻き消すのが性質のコントロールといった所じゃ。お主ら人間であれば、性質をコントロール出来る者が殆どおらぬから量=力となるが、我ら魔人にその方程式は成り立たん。優位ではあれど脅威では無いのじゃよ」


「成程ねぇ。だから一段上の世界なのか……。それってそんなに綺麗に見える物なのか? いや、そもそも何故それがアデリシアに見えているんだ?」


 俺は未だに呆然と小瓶を見つめながら、時折「へへっ、うへへへへ」と笑っている残念なアデリシアを見ながら問う。


「まあ、性質は色のような側面もあるから見る者によっては美しく感じる事もあるじゃろう。何故見えるかは我にも解らぬよ。突然変異か、あるいは先祖に人以外の血が混じっておったか……」


「見える事によって何か問題とかは無いか?」


「その辺りは心配いらぬ。問題も無いし、利点も無い。見えるからと言ってもそれで上手くコントロール出来るかと言えば、残念ながら質のコントロールはそう単純な物では無い。残念ながら鍛え上げても大成は出来ぬよ。そもそも人間に性質のコントロールは難しいのじゃよ。種族的にな」


「そうか……。まあ問題が無いのなら良かったが……。利点も無いのか……」


 未だに小瓶を見つめたまま薄ら笑いをしているアデリシアを色々な意味で残念に思いながら見つめる。考えれば、何故血を見るのが好きかと言う理由が解っただけで根本的に解決出来た訳ではないのだ。


「おい、アデリシア。涎、涎! 乙女がしちゃダメな顔になってるぞ!」


「ぐふっふぇふぇふぇっふぇふぇ……」


 ……駄目だ。完全に逝ってる……。


「うーむ。困ったのぉ……。良かれと思ったのじゃが……。これは暫く使い物になりそうにないのぉ……」

 

 シェルファニールは右手で頭をポリポリとかきながら呆れた声でそう呟いたのだった……。


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