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第百十六話:魔の森(前編)

「先生! そちらに行きました!」


 ロイの声に俺は解ったと声を上げると、手に持っていた盾を構える。前方からは瘴気により魔獣化した瘴気熊ミアズマベアーが俺の方へと向かって突進してくる所だった。

 俺は瘴気熊の動きに注意しながら相手の突進をいなす形で避けると、俺に攻撃を避けられた瘴気熊はつんのめるような態勢で動きを止め、ゆっくりとこちらを向いて威嚇をしてきた。


 バーン!


 銃声が響き渡ると同時に、瘴気熊の頭が大きく揺れる。

 ロゼッタの銃弾が瘴気熊の頭にヒットしたものの、障壁により大きなダメージを与える事は出来なかった。

 だが、意識をそちらに向ける事は出来たらしく瘴気熊は俺から視線を逸らし、銃弾の飛んできた方向に向かって威嚇の声を上げた。

 そこをすかさず、俺の後方からアデリシアが二本の短剣を構えながら走り出すと相手の首筋を鋭い剣戟で切り裂く。魔力で強化されたアデリシアの短剣は瘴気熊の障壁を簡単に切り裂き、瘴気熊は断末魔の声を上げながら仰向けに倒れた。


「良い攻撃でしたよ、アデリシア」


 背後からエリーゼさんが現れる。


「ロゼッタの銃撃も良いタイミングでしたし、高志もようやく盾を上手く使いこなせるようになってきましたね。ですがロイ。貴方は瘴気熊を高志の方へと突進させてはいけませんね。あの場合は貴方が瘴気熊に止めを刺さなければいけませんよ」


「済みません。相手の攻撃にすこし慌ててしまいました……」


 エリーゼさんの講評に済まなそうに答えるロイ。


「動きを見ていましたが、相手の攻撃に対して怯えのような物を感じていますね? いえ、怯える事自体は構いません。ですが、それをしっかりと抑え込みなさい。本来の貴方の実力なら慌てる程の事では無かったはずですよ?」


「はい」


 エリーゼさんの容赦ない言葉にロイも反省した面持ちで返事をする。敵に対して真面に戦えなかったかつてのロイの事を思えば、格段に力を付けたと俺としては思ってしまうが、今後更に力を付ける為にはエリーゼさんのように厳しい指摘が必要になるだろう。俺ではどうしても甘やかしてしまう所があるので、エリーゼさんに指導を頼んで正解だったと思う。


 今、俺達は魔の森を進んでいる。

 王都を離れ、一度オーモンドの城に戻った後、俺達はシェルファニールの屋敷に向かうべく魔の森へと向かったのだ。

 オーモンドの城に戻った際、俺達は準備がてらいくつかの打ち合わせを行った。その一つが、エリーゼさんに俺達の指導をお願いする事だった。ロイ、アデリシア、ロゼッタは勿論、俺自身の指導もだ。

 その為、今現在俺は魔剣では無く通常状態の剣を使っている。

 先日エリーゼさんから指摘された点を考え、この機会に少しでも自身を鍛えなおそうと思い、あえて生身の体で戦う事にしたのだ。

 ふと、俺は先ほど敵の攻撃を防いでくれた盾を眺める。


 俺がかつて使っていた魔法の盾か……。


 盾を眺めながら俺はオーモンドの城での出来事を思い浮かべる。



 

 王都から城へと戻った俺達は束の間の休息を取りながら魔の森踏破の準備を整えていた。かつて俺とシェルファニールだけで越えられたのだから問題は無いと思うが、油断しないに越した事は無い。

 俺達は大広間に集まり、装備の点検と食料や魔法薬などの所持品の確認をしていた。そんな中で俺はずっと考えていた提案を皆にしたのだ。

  

 魔の森では魔剣を使わずに戦いたいと……。


「大丈夫か? 主様よ。我の力が無ければ、主様はこの中で最弱じゃぞ?」


「最弱言うな……。解ってるよ、それぐらいは。だけど、折角戦力的に余裕が出来た事だし、この機会に俺自身を鍛え直したいんだよ」


 エリーゼさん、フェリス、マリー。それに魔の森ならシェルファニールも本来の力を出せる。このメンバーなら多少足手まといが居ても大丈夫だろう。

 この考えも油断と取れるかも知れないが、それでも俺は……。

 

 魔剣に頼り過ぎている。


 以前エリーゼさんに指摘された点が何時までも心に引っ掛かっているのだ。かつての俺はもっと強かったとエリーゼさんは言った。技術もさる事ながら、特に精神的な面で劣っていると。その一因は明らかにシェルファニールへの依存にあるだろう。戦いが雑になっていると言っても良い。

 

「お前に頼り過ぎってのも男として情けないしな。せめて記憶を失う前の俺と同等ぐらいの強さは取り戻したいんだ」


 奴隷兵士の頃に感じていただろうピリピリとした緊張感を今一度思い出したい。

 それは、記憶を失った後に初めて戦ったあの時には確かにあったものだ。それを俺はシェルファニールに甘え過ぎたために失ってしまったように思う。


「成程。貴方の気持ちは解りますが、他の皆はどう思いますか? 魔の森は瘴気に覆われ日中でも暗く、周囲は木と草に覆われた深い森。そこに瘴気に侵され魔獣化した獣やゴブリンやオーク等の魔物、それに下位の魔人も襲い掛かってくる世界でも有数の危険地帯です。彼の戦力ダウンはそのままパーティーの安全に繋がってきますが……」 


 エリーゼさんが真剣な表情で問いかける。エリーゼさんの目が俺に


 ゛その考えも甘えですよ゛


 と暗に言っている気がする。


 戦力が上がったから自分の修行をしたい。


 確かに俺の我儘だ。如何に強い力があろうとも、他人を守る事は難しい。それを残った仲間に押し付けようとしている。

 しかも、甘えを無くすといいながら今度はエリーゼさん達に甘えようとしていると言われても否定出来ないのだ。


「僕は構いません。先生の気持ち、何と無く解りますから」


「そうね、私も構わないわ。先生の事は私が守ってあげてもいいわよ」


 ロイとアデリシアが賛成してくれる。 


「私は何も言えない。足手まといは私も同じだから。でも、その為に私の命が危険にされされる事になっても構わないわ」


「私もロゼッタさんと同意見です」


 戦力的に役にたたないロゼッタとリベリアも事実上賛成してくれた。


「いいんじゃない? エリーゼ。皆がこう言っているんだし」


 最後にフェリスがそう締めくくる。俺はそんな皆に頭を下げて礼をした。


「……解りました。そう言う事でしたら私も協力を惜しみませんよ。確かに、人は極限状態に追い込まれると本来以上の力を発揮したり、普段以上の実力アップをしたりする事があります。この機会に自分を極限状態に追い込みたいと言う貴方の気持ちは解りました。心苦しくはありますが皆が賛成し、貴方自身が望む以上、私も心を鬼にして貴方を限界まで追い込んであげましょう」


「……そこまでは望んでません」


 何故極限状態一択……。


「即死でなければ大抵は癒しますから安心して追い込まれてくださいね」


「安心して追い込まれろって言葉おかしいよね?」


 だから何故極限状態しか選べない……。


「相変わらずそう言うの好きね。あんたの性癖にとやかく言うつもりは無いけど、自分を痛めつけて喜ぶとかあまりいい趣味じゃないわよ?」


「性癖でも趣味でも無いし、喜んでもいない」


 人を変態変態呼ばわりするな。


「まあ、大方つまらない男の意地とかプライドとかそんな事なんだろうけど……」


「……それを言われると辛いな……」


 フェリスの言葉に俺の声がトーンダウンする。自分でも解っているのだが、どうしても譲れなかったのだ。


「でも……、そう言うの……、嫌いじゃないわよ……」


「フェリス……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、視線を逸らすフェリス。


 何この可愛い生き物。


 俺はそんなフェリスをジッと見つめると、フェリスも恥ずかしげに上目遣いで俺を見詰め返してきた。

 二人の視線が交差する。

 

「フェリス……」


「高志……」


 パンパン!


 と突然手を叩く音が響く。


「ハイハイ、場所を弁えてラブ臭を撒き散らして貰えますかー? 公衆の面前ですよー? 遇えて見せ付けてますかー? 痴女ですかー? でもそう言うのは余所でやって下さいねー。見ている方が恥ずかしですからねー」


「流石ですわ、フェリス様。それがツンデレというフェリス様の必殺技なんですね?」


「あれよ。あれがアディに足りない力よ」


「くっ。悔しいけど勉強になるわ……」


 皆の視線が俺達に集中していた。

 

「ち、違うわよ。これはそう言うんじゃなくて……」


 しどろもどろに答えながら俺達は顔を真っ赤にして俯いたのだった。





 あの時のフェリス……、可愛かったなぁ……。


 俺は盾を見つめながら、その時の事を思い出していた。結局あの後、恥ずかしさに耐えきれず逃げ出したフェリスだったが、暫くしてこの盾を持って戻って来たのだ。

 

 昔の勘を取り戻すなら、昔と同じスタイルで戦いなさい。

 

 彼女はそう言って俺にこの盾を渡してくれた。

 オーモンドの先代当主が使っていた国宝級の盾。頑丈で軽量。様々な魔法による守りが込められた逸品。こんな物を使わしてくれていた辺り、俺はかなり特別扱いして貰えていたんだなと今更ながら感謝してしまう。


「何を考え事をしておるのじゃ? 主様よ」


 盾を見ていた俺にシェルファニールが声を掛けてきた。


「ボーッとして逸れるでないぞ? この森にもエルファリアのように結界が張られておる。それもあんな子供騙しのような物では無く、古の上位魔人が施した厄介な物がな。我から逸れれば途端に森に迷う事になるのじゃぞ」


「ああ、済まない。気を付けるよ」


 俺は素直に謝る。森に入る前、シェルファニールが全員に注意した事だ。どれ程強い力があっても、魔人以外にはこの森の結界を越える事が出来ないらしい。ただし、魔人の傍にいれば結界は無効化し、唯の森のように走破出来るとの事だ。


「昔から多くの冒険者が森の奥を目指して旅立ち、その殆どが帰らなかった為に帰らずの森とも言われていました。私達もその教訓から森の外周部付近しか立ち入らないようにしていましたが、やはり何かしらの結界があったのですね」


 エリーゼさんがしみじみと呟く。あまりに高度な結界で常人には知覚すら出来ないらしい。


「うむ。招かれざる客に来られるのも面倒じゃからな……、ふむ。無駄話は此処までじゃ。前方に魔獣の気配じゃ」


 シェルファニールが新たな敵を感知し皆に警告する。


「……悔しいわね……。こっちは全力で警戒してるのに、片手間のあんたに及ばないとか……」


 フェリスが恨めし気にシェルファニールを睨む。


「くっくっく。気にするでない。人には不利な土地じゃからのぉ」


 そう言うとシェルファニールはリベリアとロゼッタの傍に移動する。シェルファニールには二人の護衛に徹してもらっていた。俺とロイが前衛、アデリシアが俺の援護。エリーゼさん、フェリス、マリーは中央で指揮と俺達のフォローをする。そして最後衛にリベリアとロゼッタが控え、それをシェルファニールが守る。これが今の俺達のフォーメーションだった。

 当初リベリアも前衛を希望したのだが却下した。

 それは実力面の不安もあったが、皇家の者は前線に立つよりも後衛にて部隊全体を見る方が相応しいと考えたからだ。

 俺の考えを理解してくれた彼女は素直に後衛に控え、戦い全体を見る事に集中している。

 

「さーてと。行こうか、ロイ」


「はい!」


 前方に薄らと獣の影が見えてくる。その形状から恐らく瘴気熊ミズアマベアーだろうと推測出来る。


「先生、先に行きます。さっきの失点を取り返したいので」


「おっ? 一丁前に男の意地か?」


「はい!」


 ロイは元気よくそう返事をすると敵に向かって駆け出していった。


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