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第百十四話:王都への帰還(中編)

「高志ではないか。無事に戻ってきおったのか。良かった……、本当に良かったのぉ……」


 部屋に入ると白髪にながい白髭を生やし、ゆったりとした紫色のローブを着た老人が満面の笑顔で迎えてくれた。

 俺達が宿を出て最初に向かった先はこの街の冒険者ギルドだった。


「あ……、えっと……、その……」


「ログナー。今の高志はかつての記憶を失っています。残念ながら貴方の事も覚えていないのですよ」


「なんと。そうじゃったか……」


「すいません」


 俺は少し残念そうな顔をするログナーさんに頭を下げる。


「いや、謝らんでもええ。覚えておらんのは残念じゃが、お主が無事生きて戻った事は目出度い事じゃ。よく無事で戻ってきた」


「……有難うございます」


「しかし記憶を失っておるとは……。大変じゃとは思うが頑張るのじゃぞ。何か困った事があれば何時でも頼ってくれ。これはギルドの長としてでは無く、友人としての言葉じゃ」


「……有難う……ございます……」


 笑顔でそう言ってくれたログナーさんに対し、少し涙目になりながら俺は礼を言う。

 

 俺は、この世界で随分と幸せな生活をしていたんだな……。フェリス達と言い、ログナーさんと言い、俺はとても優しい人たちに囲まれていたようだ。


「そうじゃ。戻ったのなら、お主に指輪を返してやらんとな」


「指輪?」


「貴方が持っていた冒険者の証ですよ。貴方が姿を消した際に指輪だけが残されたのでログナーに預けていたのです」


 指輪だけが残された? では何故俺はパンイチで草むらに倒れていたんだ? 


「俺が残したのは指輪だけなんですか?」


「そうですよ。あの時貴方が持っていた物で残されたのは指輪だけですが……。あっ、もしや盾の事を言っているのですか? 確かに、あの時身に付けてはいませんでしたが、貴方の装備には盾もありました。もしかして何か思い出したのですか?」


「……いえ、そうではないんですが……。一つ確認ですが、もしかして……、俺が皆と冒険者をしていた時の標準装備ってパンイチに盾と指輪だったとか?」


「……何故そんな変態を仲間にしないといけないんですか……」


 呆れた顔をされてしまった……。


 だがそれなら、俺の衣服は一体何処へいったんだ?


『我もお主を最初に見た時は変態じゃと思ったぞ』


 俺達に気を使って剣の中に入っているシェルファニールにもそう言われてしまう。

 

「そういやぁ、お前と出会った時の第一声は「変態か?」だったな……」


 懐かしくも悲しい思い出だ……。


「どうしたの? 高志。急に変な事を言いだして?」


「いえ。実はシェルファニールと初めて会った時と言うか、フェリス達から引き離されて最初に気が付いた時の格好が何故かパンイチだったんですよ……」


「何、あんた。またパンイチだったの?」


 ……また……だと……?


「高志。貴方が人買いに捕まった時もその恰好だったらしいですよ。一度なら偶然とも思えますが……、二度も続くとなると……」


「まて! 恰も俺の意思でやったかのように言うのは止めろ」


「そっか……。無理しなくてもいいのよ? 高志。ごめんね、気が付かなくて……。窮屈だったでしょ?」


「そっちもまて! 優しい感じで言っても、その言葉に優しさは微塵も含まれていない!」


「まあ!? 高志様にその様なご趣味があるなんて……。経典を書き直さなくてはいけませんわ」


「経典が事実を元に書かれているような言い方もするな! あれは完全にフィクションじゃねぇか!」


「落ち着きなさい、へんた……、いえ高志」


「絶対言い間違えじゃねぇだろ!」


 ニヤニヤ笑いを浮かべているエリーゼさんとフェリス。そして普段と変わらない笑顔のマリー。完全にからかっている体の二人も問題だが、寧ろ普段と変わらないマリーは冗談なのか本気でそう思っているのかが判断出来ないから余計に困る。


「ふぉっふぉっふぉっふぉっ」


 と、俺達のやり取りを聞いていたログナーが笑い声をあげた。


「いや、笑ってしまって済まぬ。だが安心したよ。記憶を失ってもお主たちの関係はあまり変わっておらぬようじゃな」


 優しい目をこちらに向けながらログナーはそう言った。


「はぁ……。成程。つまり俺はこの小悪魔共に弄ばれる日々を送っていたんですね……」


 相変わらずニヤニヤ笑いのフェリス達を見ながら、同時に俺の心には、何処か懐かしい感覚が湧き上がってきていた。


 その後、ログナーとお茶を飲みながら他愛無い話をして俺達は冒険者ギルドを後にした。彼から冒険者として復帰するかを問われたが、取り敢えず返事は保留にさせてもらった。


「何時でも良い。お主たちが戻って来る日を楽しみに待っておるぞ」


 ログナーはそう言って最新の情報に書き換えた指輪を俺に渡してくれた。資格を剥奪された訳では無いので、持っていても問題はないらしい。寧ろ王都の冒険者ギルドが発行している正式な身分証明書なので、今後多くの国や街で仕事をする際に役に経つから持っておくようにと勧められた。


 ログナーに見送られながらギルドを後にすると、俺達は次に何処へ行くかを話し合う。


「高志。引き受けていた依頼を果たしに行きませんか?」


「引き受けていた依頼?」


 エリーゼさんの言葉に俺は疑問を口にする。


「貴方の持つその剣ですが、それはドルネルという武器屋の男から調査を依頼された物なのです。どの様な能力があるかを調べてくれるなら、無償で譲ってくれるという話だったのですよ」


「そうだったのか……」


 俺は赤く光る剣を見つめる。

 魔人と契約する事で力を発揮する魔剣。確かに魔人が居なければどんな力があるか解らなかっただろうな。

 

「ドルネルは信頼出来る男です。真実を知らせても問題無いと思いますが……。気が乗らないなら無理にとはいいませんが?」


『良いのではないか? 主様よ。我もこの剣を何処で手に入れたか興味がある』


 そうだな。調査を約束して貰った物なのなら、キチンと報告するのが筋というものだよな……。シェルファニールも構わないと言っている事だし、受けた依頼を果たしに行くか。


 エリーゼさんの案内で暫く歩くと、前方に剣と盾の絵が描かれた看板が見えてくる。どうやらあそこが目的の武器屋のようだ。

 小さな木造の扉を開くと、筋肉質な男が一人カウンターに立っているのが見える。


「いらっしゃい……ってエリーゼに高志じゃねぇか。随分と久しぶりじゃねぇか」


 ドルネルさんはそう言うとカウンターから出て、俺達の傍まで笑顔で近づいて来る。


「久しぶりですね、ドルネル。元気そうで何よりです。こちらも色々立て込んでましてね。まあ、別に貴方の顔を頻繁に見る必要性もありませんし」


「その減らず口も相変わらずだな、剣鬼。こんな師匠を持ってさぞかし苦労してるだろ? 高志よぉ」


 そう言いながらドルネルは俺の肩をバンバンと叩いてくる。彼の態度を見るに、どうやら俺の記憶云々の事は知らないようだ。エリーゼさんも特に説明する気も無さそうだし、ここは合わせておくか。


「お久しぶりです、ドルネルさん。その節はお世話になりました」


 丁寧にしゃべりながらお辞儀をする。


「おうおう、礼儀正しい弟子じゃねぇか。師匠がこんなんだと弟子は立派に育つもんだ」


「うるさいですよ、ドルネル。奥にソフィーは居ますか? 彼女にミリンダの件を報告しなければ」


「ちょ、まて。冗談だ。謝るからそれだけはやめてくれ!」


 エリーゼさんの言葉に、ドルネルさんは血相を変えて謝る。


「……まあいいでしょう。私も幸せな家庭を崩壊させるのは忍びないですしね。シャーリーの件は黙っていてあげる事にしましょう」


 さっきと違う名前じゃねぇか。おっさんどんだけ弱み握られてるんだ……。と言うか、ミリンダの件は黙っていると約束してねぇし……。


「えぇい! 解ったよ。悪かった。久しぶりに顔を見せた馴染に対するお茶目じゃねぇか、全く……。で? 何しにきやがった、剣鬼。独り身が長くなりすぎて幸せな家庭を崩壊させる趣味でも持ったか?」


「ソフィー! 居ますかぁ? 居たら出てきて下さい。面白い話を聞かせてあげますよー!」


「わぁぁぁぁ! やめろ、冗談だ。ほんとにやめてくれ」


 ドルネルさんは泣きそうな顔になっている。


「全く。迂闊に冗談も言えねぇな。で? お前さんの事だ。ただ顔を見せに来た訳じゃあるまい。新顔のお嬢さんが二人いるが、そちらさんの武器でも新調しに来たのか?」


「ふふっ。初めまして、ドルネルさん。私は冒険者仲間のフェリスよ」


「同じくマリアンヌと申します。宜しくお願いしますわ」


 二人が自己紹介をする。


「おおっ! あんた等が噂の破壊神に聖女か。何だ、実物は随分と可愛らしいお嬢さんじゃねか」


 ドルネルさんの言葉に苦虫を噛み潰したような顔をするフェリス。

 さっきから剣鬼だの破壊神だの聖女だのと言っているが、あだ名か何かなんだろうか?


「ドルネル。気を付けなさい。フェリス様は破壊神と呼ばれる事を嫌っておられます。私の場合は貴方の家庭を精神的に破壊するだけで済ませてあげますが、フェリス様は物理的に破壊しますよ?」


「しないわよ!」


 エリーゼさんの言葉にドン引きのドルネルと憤慨するフェリス。

 だがそれってどっちもどっちだと思うが……。


「今日は以前貴方から受けた調査依頼についての報告に来たのですよ」


「おおっ! 高志にやったあのショートソードのか。正体が解ったのか?」


「ええ。きっと驚くと思いますよ」


 エリーゼさんはそう言うと、この魔剣の事をドルネルさんに説明する。半信半疑だったドルネルさんも、シェルファニールが姿を現すと驚愕の表情を浮かべて驚き、暫く呆然としていた。


「この姉ちゃんが魔人とはねぇ」


 暫くして落ち着いたのか、ドルネルさんはそうポツリと呟くとシェルファニールと剣を交互に見回す。


「しかしアレだな。どうせ持っていても正体が判明する事も無かっただろうし、お前さんにくれてやって正解だったな」


 笑ってそういうドルネルさんを見ながら、俺はこのおっさんも気のいい男だなと少し感心した。常人が使いこなせないとは言え、魔剣としての価値はかなりの物のはずだ。それを未練一つ見せずあっさりと正解だったと言ってのける事は中々出来る事ではないだろう。


「ほう。この娘が信頼出来ると言い切るだけの事はあるのぉ」


 ドルネルのそんな態度にシェルファニールも感心していた。


「なんだぁ? エリーゼが俺の事をそんな風に言っていたのか?」


「煩い、黙りなさいドルネル。私をニヤニヤした顔で見るのはやめなさい」


 エリーゼさんは顔を赤くして照れている。この人は攻撃力は高いが守備力は紙だな……。まあ、そう言う所が可愛らしい人だ。


「所で、一つ尋ねるが。この剣を何処で手に入れたのじゃ?」


「この剣か? こいつは前にも言ったが、冒険者がダンジョンで見つけた物を俺が買い取ったんだ。確か……、ドルギア帝国のダンジョンだって奴らは言っていたな」


 ドルギア帝国の名前がこんな所で出て来るとはな。


「シェルファニール? 何でそんな事を気にしているんだ?」


「うむ。この剣じゃが、少々気になる事があったのでな」


「気になる事ですか?」


「そうじゃ。この剣なんじゃが、手を加えられた痕跡がある」


「改良されているって事か?」


「いや、改良というよりも調査といった感じなんじゃが。一度バラして再度組み立てたような跡じゃ」


「? ドルネルもそうですが、剣の正体を探ろうとした者がいるのですから、それは当たり前の事では?」


「その痕跡は内部、人の手では決して触れる事の出来ない根幹部分にある。我も気が付いたのはつい最近の事なんじゃが、気になってな」


「正常に使えている時点でこの剣に異常は無い。という事は、仮にそれが本当の事なら、こいつを調査した奴は人では無く、しかもこの魔剣を正常に組み立てなおせる奴という事になるな……。この剣の製作者じゃねぇのか? それ」


「うーむ。そう言われるとそうかも知れんが……」


「ドルネル。この剣を売りに来た冒険者と連絡を取る事は出来ますか?」


「……すまねぇ。実を言えば、そいつらは全くの新顔でな。冒険者証も無い自称冒険者だったんだ……」


「貴方と言う人は……。そんな怪しげな者と取引をしたのですか……」


「いや、そのぉ……。すまん。俺も後から少し後悔はしたんだ。だが、あの時はその剣の正体不明な魅力に惹かれちまってな。買値も安くてつい……」


 呆れ顔のエリーゼさんと、苦笑いをしながら謝るドルネルさん。


「そうなると、その剣の出所は不明と考えた方が良さそうね。そいつらが本当の事を言っているかどうかわからないわ」


「盗品という可能性もありますね。そんな怪しげな物を私達に押し付けて来るとは……」


「悪い! 本当にすまんと思っているんだ。まあ、その、お前さんなら何かあっても大丈夫かなと……」


「……前言を撤回します。この男は全く信用成りません……」


 エリーゼさんは呆れた声でそう言ってため息をついた。


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