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第百十三話:王都への帰還(前編)

 王都ローゼス。かつての俺が拠点としていた街。

 俺達は今、そのローゼスにある剣の鞘亭という宿屋の一室に集まっている。この部屋はその時俺達が寝泊まりしていた部屋だと言う。


 何気なく俺はぐるりと周囲を見回す。


 部屋の中央には大きな木製の丸テーブルに椅子が五つ、壁際には同じく木製のベッドが四つ並び中央の壁には大きめの窓、その眼下には大通りとそこを行き交う数多くの人が見える。


「どう? 何か思い出せそう?」


 期待の眼差しで俺を見詰めてくるフェリスに俺は小さく首を振る。


 こんな美人達と同じ部屋で寝泊まりしていたというのに、全く思い出す事が出来ないとは……。


 俺は小さく溜息をつく。奴隷兵士として長く暮らしたオーモンドの城ですら何も感じなかったのだからそれも仕方のない事かも知れないが……。

 しかし、こんな調子で俺は記憶を取り戻す事が出来るのだろうか?


「深く考えるな、主様よ。記憶を封印したのが管理者ならば簡単にはいかん。悩むのは時間と労力の無駄じゃ」


 俺の考えている事に気が付いたシェルファニールがそう慰めて来る。

 

 管理者。シェルファニールの話ではこの世界の創造神達が作り出した、その名の通りこの世界を維持管理する神の代行者……らしい。と言うのもシェルファニール自身、そういう存在が居るという事しか知らないそうだ。

 そんな奴が掛けた封印となれば簡単に解ける訳が無い。

 フェリス達から事の顛末を聞いた時、シェルファニールはその存在が管理者だと当たりを付け、早々に記憶を取り戻すのは諦めろと言ってのけた程だ。


「……はぁ。まったく……。創造神だの管理者だの……。これだからファンタジーってやつは……。なあ、シェルファニール。俺の元居た世界にもそんな奴がいるのか?」


「さぁて、どうかのぉ? 異世界の事は解らぬよ。創造神や管理者の事とて、我も古き魔人から伝え聞いただけじゃからな」


「私達も創造神や管理者等と言う存在は初耳なんですがねぇ」


「それはお主ら人間が、自分達に都合の良い神を作り過ぎたからじゃ。そこの女子が掲げておる女神アルテラなどが良い例じゃ。もっとも、突き詰めればアルテラの先に管理者がおったのなら、一概に間違いとも言えんがのぉ」


「あら? シェルファニール様。我々の奉じる神は高志様ですわ。管理者などと言う得体の知れない者ではありませんよ?」


「……成程……。こうやって色々な神が生まれた結果、本当の神が解らなくなってしまったのね……」


 フェリスの言葉に皆が頷き納得する。


「なあ、シェルファニール。管理者ってそもそもどういう存在なんだ?」


「ふむ。まあ、解り易く言えばこの世界の法の番人という所じゃな」


「法の番人?」


「うむ。例えばそうじゃな……。我ら魔人が魔人領以外では身を守る事しか出来ぬという事は教えたと思うが、もし我がその決まりを破った時、管理者が我を罰する。他にも以前竜が魔人領に入れぬと言ったじゃろ? もしその決まりを破れば管理者がそれを罰する。まあ、そう言う存在じゃ」


「ですがおかしくは無いですか? かつて人と魔人が争った時、その罰は無かったのですか?」


「うむ。この決まりに関してはその争いの後に出来た物じゃ。恐らくその当時の何者かと接触しその様な決まり事を作ったのじゃろうな」


「ちょっと待ってよ。そんなあやふやな物を信じてるの? そもそもアンタは話にしか聞いた事ないんでしょ? そいつの事。なのに何で?」


「くっくっく。可笑しいじゃろ? じゃがのぉ。我ら魔人にはその決まり事が刷り込まれておるのじゃよ。新しく生まれた者はもちろんの事、すでに生まれておった者達も、気が付けばその制約を植え付けられておったんじゃ」


 シェルファニールの言葉に皆が無言になる。管理者とはそれ程圧倒的な存在なのか……。


「そう言った決まりは我々人間にもあるのでしょうか?」


 エリーゼさんの問いは皆が思っている事だ。全員の視線がシェルファニールに集中する。


「さて、どうじゃろうな? あるとは思うが、皆が管理者の存在を知らぬのなら気にする必要はないじゃろう。なぁに、問題があれば警告ぐらいはしてくれるじゃろうて」


 決まりを知らないのなら守る必要は無いとシェルファニールは言う。

 かなりの暴論だが、知らないのなら守る事も出来ないのだから考えても仕方ないか。


「まあ、管理者の事は今考えてもしょうがあるまい。そもそもアレがしゃしゃり出て来る事態など余程の事なんじゃからな」


 その余程の事が俺の身に起こってるんだがな……。


「……そうね。確かにそうかも知れないわね」


 シェルファニールの言葉にフェリスが答える。

 もう一度会いに行こうとしても、マリーの話ではかつて俺の身に行われた儀式を再び行うには数十年以上の時と大がかりな準備が必要らしい。ならば、別の方法を考える方が確かだろう。

 

「焦らずゆっくり行きましょう。貴方に過去の記憶が無くても、私達の思い出が消えた訳ではありませんしね」


「そうですわ。それに私達が知っている範囲の事は教えて差し上げる事も出来るのですから」


「……ああ。そうだな」


 俺はそう一人ごちる。覚えていないのは寂しいと思うが、こうやって彼女達から話を聞いて、そう言った事があったと言う知識を得るだけでも良いのかもしれない。過去に拘るのでは無く、未来に目を向け新たな思い出を作って行くと言うのも選択として間違ってはいないだろう。


「では先生。僕達は予定通り別行動を取りますね」


 ロイがそう言って立ち上がると、リベリア、ロゼッタ、アデリシアの三人も同じように立ち上がる。


「ああ。気を付けるんだぞ。大丈夫だとは思うが、一応刺客に注意しておけよ」


 宿を出て行く四人に向けて俺は注意を促す。流石に暗殺者共も、竜に乗って空を移動するなんて事は想定外の筈なので、この王都にまで網を張られていると言う可能性は低いだろう。そう思えばこそロイの提案に甘えさせて貰ったのだが……。


 オーモンドの城を出る際、ロイが王都では別行動を取りましょうと言ってきた。

 ローゼスが俺の冒険者時代の拠点と知ったリベリアが、せめて僅かな時間でも思い出の街を散策して欲しいと願い出てくれたらしい。


「はい。では先生、行って来ます」


 そう言うと四人は扉を開けて部屋を出て行く。


「……気遣いに感謝しなくてはなりませんね」


 四人の姿が見えなくなった後、エリーゼさんがそう呟く。


「ああ。発案はリベリアらしい。自分の事でも色々大変だろうに……」


「そうね。家はあまり他国の情報を積極的に集めてないから……。王城にもドルギア帝国の情報で目ぼしい物は無かったし……」


「仕方ありません。海を越えた更に先の国ですからね。早々情報は入手出来ないでしょう……」


「結局ヴェールへ送った使者を待つしかないわね。せめてセバスが居てくれたら良かったんだけど」


「……? セバスさん……ですか?」


 誰だろう? 


「そう。家はセバスが情報関係を仕切ってるの」


「ですが、いくらセバスさんでもドルギア帝国の情報まで集めているとは……」


「セバスだったら一日あればそれなりの情報を持って来るわよ?」


 いや……、一日って……。ドルギア帝国まで移動するだけで何日掛かると……。仮に密偵を送り込んでいたとしても、そう頻繁に情報をやり取りできるはずが……。


「いくらセバスさんでもそれは……」


「ヴェール共和国の内乱時に情報を集めさせたら半日で戻って来たわ」


「……半……日……」


「流石に私も驚いてセバスに聞いたの。「セバスって空でも飛べるの?」って。そしたらご冗談をって笑われたわ」


「そ、そうですよね。いくらセバスさんでも空を飛べる訳が……」


「「そんな非効率的な事をする訳がありません」って」


「…………」


「まあ、セバスだしね。残念だけど居ないんじゃあしょうがないし諦めましょ。そんな事より! そろそろ私達も出発するわよ」


 フェリスはそう言うと少し離れた所に置いてある荷物の方へと歩いて行き、出発の準備を始めだした。だが残された俺達はその場で顔を近づけあうとヒソヒソと小さな声で話し合う。


「……今の話……そんな事で済ませられないんですが……。空を飛ぶより効率の良い移動って……」


「……私も同意見ですが、あまり深く考えてはいけません」


「そもそも何でフェリスはあんなに平然としていられるんですか?」


「オーモンド一族では全て゛セバスだし゛で納得するようになっているんですよ。何せ生まれた時から傍に居る人ですからねぇ。麻痺していると言うか、何と言うか……」


「うふふっ。幼少時の教育の賜物ですわね」


「……悪質な洗脳じゃねぇか……。しかし話をそのまま信じるなら、どう考えても空間転移を使ってるとしか思えないんだが」


「私はその様な力を聞いた事がありません」


「私もですわ」


 そう言うと俺達の視線は自然とシェルファニールへと向けられる。 


「ふむ。我は一人だけなら心当たりがあるのぉ」


 三人の視線を受けたシェルファニールは顎に手を当てながらそう答える。


「お前に心当たりがあるって事は魔人か?」


「うむ。我も話だけしか知らぬ奴じゃが、名はセルバディスと言ってな。かなり古い魔人じゃ」


「どんな奴だ?」


「詳しくは知らぬよ。だがお主らも話だけなら聞いた事がある奴じゃぞ?」


 俺達も知っている……だと……?


「かつてお主ら人間と戦争を起こした張本……」


「あぁぁぁぁぁぁぁっ! いい。いいです。シェルファニールさん。そこまでで。この話は此処までにしましょう。それ以上は聞かない事にします。聞いたら何か危ない気がします。知らない方が幸せな事ってありますよね?」


 突如、エリーゼさんが耳を塞ぎながら首をいやいやと振り始める。正直すでに手遅れな所まで聞いてしまった気もするが、あのクールなエリーゼさんがここまで取り乱すとは……。


「如何したの? エリーゼ。急に叫ぶなんて」


「何でもありません。お気になさらず。さあ、皆さん何をボヤっとしているのですか。時間が勿体無いですよ。さっさと街に行きましょう」


 エリーゼさんは早口でそう言うと、ツカツカと扉を出て行ってしまった。


「……セバスさんって、ヤバい人か?」


「うふふっ。好々爺然とした方ですわ。余計な真似をしなければ……」


 ……どうやら知らない方が良さそうだな……。

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