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第百十一話:逃亡奴隷の帰還

 その日の夕食中、全員でテーブルを囲い食事をしている所でシェルファニールがこんな事を言いだす。


「主様よ。うっかり忘れておったが、まだミスリル銀と古木の枝を手に入れておらぬぞ」


 もはや殆ど剣の中に入らなくなった彼女が俺の横で食事を取りながら話しかけてくる。


「そう言えば、ボルネアからの帰り道にベルゼムで買う予定でしたね。アリエルさんに送って貰った事でうっかりと忘れていましたね」


「でしたら、一度王都ローゼスに寄られたら如何ですか? 此処から一番近い場所でその二つを手に入れられる街はそこ位だと思いますよ」


「そうですね。折角ローゼリアへと来たのですし、観光も兼ねて王都へ寄るのも悪くないのでは?」


「わー。僕は是非言ってみたいです。王都見物」


「私もです」


「そうだな。そうするか……。ついでにそこで色々準備を揃えてしまおう」


 俺の結論にロイ達が目を輝かせて喜んでいる。


「ね、ねぇ……」


「はい? なんですフェリスさん?」


「その……、王都にはどれ位滞在する予定?」


「そうですね。観光と言ってもそれ程長くは……。一日と言った所ですかね」


 リベリアの件もある。折角アリエルのお蔭で時間短縮が出来たのだし、ここで余計な時間をとる事もあるまい。必要な物を揃える時間を考えると、自由時間は半日ぐらいになってしまうが……。


「そ、そう……。解ったわ。あ、いっ、言っとくけど、私も当然付いて行くからね」


 フェリスさんはリベリアを見た後、少し考える素振りを見せるとすぐに俺の方を向いてそう言ってくる。

 

 何か言いたい事がありそうな感じではあったが……。


「ふむ。王都とはどんな所じゃ?」


 俺がフェリスさんに疑問を問いかける前にシェルファニールがそう話を切り出し、会話は王都ローゼスの観光名所などの話になる。そんな話をしている内に夕食も終わり、明日は朝一番に出発と決まったので、早めの就寝をとる為に各人が割り振られた部屋へと向かった。




「なあ、シェルファニール。俺は少し外の空気を吸って来るよ」


 俺の部屋でダラダラしているシェルファニールにそう声を掛ける。こいつは隣の部屋が割り当てられているのだが、何故か俺の部屋に入りびたりゴロゴロとしていた。恐らく寝る時も此処で寝る積りなのだろう。

 

 まあいいか。どうせ今までもこうだったし、今更だな。


「解った。まあ大丈夫であろうが、何かあれば我を呼ぶのじゃぞ」


 視線は読んでいる本に向けたままそう言ってくるシェルファニールに軽く手を上げて返事をすると、俺は部屋の外へと向かって歩き出した。


 電気の無い世界だが、その分月明かりなどが明るい事もあり、小さなランプ一つでも比較的不便なく歩く事が出来る。

 俺は何と無く適当に歩きながら、気が付くと少し広めのバルコニーのような場所へと辿り着いた。

 バルコニーの中央へと向かい空を見上げると、満天の星空が広がっており、心地よい風も感じる事が出来、かなり居心地が良い。俺はそこで大の字に寝転がる。


「あー。なんか急に色々忙しくなったな……」


 思えば、ボルネア辺りから嵐のように色々な事が巻き起こったように思う。特に俺の過去関連の出来事は正直未だ混乱している所だ。


「奴隷兵士……か……」


 フェリスさん達から聞いた話で、俺の失われた過去については大体の事が解った。だが……。


「正直、他人事なんだよなぁ……」


 何と無くの曖昧な懐かしさを感じる事は時折あるのだが、正直に言えばピンと来ないのだ。

 

 ただ……。


 そんな事を考えていると、バルコニーの入り口付近に人の気配がした。

 大の字に寝転がったままそちらに視線を向けると、そこには夜着姿のフェリスさんが此方を向いて立っていた。


「また星空を眺めているの?」


 フェリスさんはそう言いながら俺の傍に近づいて来る。


「また?」


「そう、またよ。あんた、良くこうやって星空を眺めてたのよ? そう言う所は変わらないわね」


 そういってフェリスさんは何かを懐かしむような感じに微笑む。

 

「フェリスさんは如何して此処へ?」


「へっ? べ、別にその、ぐ、偶然よ。あんたの部屋に向かってた訳でも、部屋を出て行く姿が見えたから後をつけた訳でも無いんだからね。もっとゆっくりと話したかったとか、そう言うんじゃないから……」


 フェリスさんが顔を赤く染めながら視線を逸らして捲し立てる。その態度時点でそう言っているようなものだろう。そんな姿を微笑ましく感じながら俺は彼女を見上げると、今の状況に気が付いて焦りを覚える。

 

 彼女は大の字に寝転がる俺の頭のすぐ傍に無防備に立っていた。

 彼女は夜着の上に羽織る物を着てはいたがそれは短く、下の夜着は透ける程ではないにしろ薄い素材で、尚且つその丈は太股の少し下ぐらいまでしかない。

 

 そう。今俺はそんな彼女を下から見上げる格好になっているのだ。


 それはつまり……。


「ふぇ、フェリスさん。そんな所で立っていないで、良かったら横に座りませんか?」


 俺は少し視線を逸らしながらそう提案する。

 幸せ態勢をもう少し続けたいという欲望も頭を過ぎったが、俺の中の紳士がそれはやめとけと警告を発してきたからだ。

 至極自然にそう提案したつもりだったが、俺の僅かな動揺と視線に今の状況を悟ったのだろう。フェリスさんは更に顔を真っ赤にしてスカートの裾を両手で押さえて後ずさった。


「み、見た?」


「……大丈夫です。暗くてはっきりとは……」


 ばっちり見えてましたとは言えんな。

 

「……そう言う所は変わったかも知れないわね……。少しスケベになってない? あんた……」


 どうやら俺の嘘は御見通しなのか、少し怒ったような声でそう言うと彼女は俺の横に腰を下ろした。


「如何なんでしょうかね。男ならこんなもんじゃないですか? ちなみに、今のは不可抗力ですし、どちらかと言うと覗いたと言うよりも見せられた的な感じですよね?」


「う、うっさいわね。解ってるわよ。人を痴女みたいに言わないでよ」


 そう言うと彼女はプンとそっぽを向く。怒っているというより、恥ずかしくて照れているようだ。どうやら思いの外彼女と俺の関係は近しい物だったのかも知れないな……。


 気まずさから暫く無言が続く。だが何だろう。決して居づらい感覚は無く、寧ろ落ち着く感じだ。

 彼女もそうなのか、視線の先には穏やかな表情が見える。


「ふふふっ」


「き、急に笑い出してどうしました?」


「ごめんなさい、つい」


 彼女がとても穏やかな表情で俺を見つめてくる。


「なんだか懐かしくて。あんたが居た時はこんな毎日がずっと続くと思ってた」


「フェリスさん……」


「ねえ高志……。今の毎日をどう思う? 楽しい?」


「……そうですね。楽しんでますし、遣り甲斐も感じてますよ。俺は異世界の冒険に憧れていましたからね」


「じゃあ……、今と過去はどっちが大事?」


「そ、それは……」


 彼女の質問に俺は言葉を詰まらせる。それは質問の内容もさることながら、彼女がとても真剣で、尚且つ怯えているような表情で聞いて来たからだ。

 

「正直に言えば……」


 俺はそんな彼女の視線を真正面から受け止めながら話す。


「過去の事は後回しにしていました。気にはなるが生きる上では特に焦って思い出す必要も無いかと……」


「うん……」


「生徒たちの事に対して責任もありますし、リベリアを無事に国まで送り届けてやりたいとも思っています。ですから……、申し訳ありませんが、過去の事に関しては……、この件が終わってから考えさせて欲しいというのが本音です」


「そう……」


「ですが……」


 俺は自身の思いを少しでも伝えられるよう声に力を込める。


「一つだけ大きく変わった事があります。それは、皆さんに会って、今では絶対に記憶を取り戻したいと思っている所です」


 そんな言葉にフェリスさんの表情が驚きに変わる。


「俺は……、思い出したい。エリーゼさんの事も、マリーの事も……、そして貴方の事も……。だから……」


 そんな俺にフェリスさんが抱き着いて来た。

 俺の首に両手を回して、顔を俺の胸に押し付けて泣いている。


「フェリス……さん……?」


「怖かった……」


 彼女の肩が振るえている。その姿は昼間の凛とした姿とは似ても似つかない程弱々しく、彼女にこんな一面があったのかと思わせる程意外な姿だった。


「怖かったんだから! 突然私の前から居なくなって、見つけたと思ったらもう別の女を囲ってるし、しかも何だか楽しそうに冒険してるし……。もう……、帰ってきてくれないんじゃないかって……」


 涙声で一気に捲し立てて来る彼女を俺は軽く抱きしめた。

 強大な魔力を持つ彼女も、こうしてみると一人のか弱い女性なのだと思い知らされる。 


「あんたは私の……、私の物なんだから……。だけど……、あの魔人の言う通り……。だけど……」


 声が少しづつ小さくなっていく。何時しか彼女は何も言わずに、ただしゃくり上げるだけとなる。


「フェリスさん……。俺は貴方の奴隷と言う事ですが、いいのですか? この世界の法なら、貴方がその気になれば俺は……」


 そう。この世界の法なら俺は逃亡奴隷という事になるはずだ。彼女がお願いするまでも無く、俺は彼女の所有物として一切の自由など認められないはずなのだ。 


「……法なんて関係ないわ。元々あんたを奴隷のままにしてるのは……、唯の我儘で特に意味なんて無いし」


 少し落ち着いたのか、彼女は顔を上げ微笑する。


「そうね……。あの魔人と同じかな? 契約という絆、そう言ったものかしら……。私が、貴方を縛り付けたかったから……」


 と今度は少ししょんぼりとした感じで俯く。

 絆……。

 どうやら、俺と彼女はそう言った関係を築いていたのだろう。過去の俺がどうやってこんないい女をと疑問に思ってしまうが、彼女のこの態度から見てもそれは間違いあるまい。


 俺がそんな事を考えていると、彼女はまた俺の胸に顔を埋めてくる。

 俺はそんな彼女を優しく抱きしめると、そのまま暫く無言でその温かい感触を感じる事にする。

 

「フェリスさん……」


「フェリスって呼んで。私も覚悟が出来たから。もう迷わないし、恐れない」


「フェリス」


「なあに?」


「これからの事なんだが……」


「……いいわよ、貴方の好きにしたら。ただし……、私もついて行くわよ、良いわよね?」


「それは構わないが、本当にいいのか? それで」


「……仕方ないじゃない……。私だって早く記憶を取り戻して……、せめて私だけでも思い出して欲しいって我儘言いたいけど……。どうやれば良いのか全然わからないし……。頭に強い衝撃とかを受けると思い出すって聞いた事あるんだけど……、試していい?」


「可愛い感じで怖い事言うな……。やめてくれ、下手したら今日までの記憶も無くなる気がする……」


「ふふっ。残念」


「なら記憶の件は後回しになるが……」


「良いわよ。それに……、私はあんたと冒険に行けるならそれで良いし。今までの事を覚えていないのは寂しいけど、ちゃんと思い出したいって思ってくれているならそれでいいわ」

 

「そうか……、済まない」


「本当はね、王都に行くなら少し時間をかけて思い出の地を回ったりとかしたかったんだけど……。また次の機会でいいわ」


 食事の時に言いたそうにしていた事はそれか。

 リベリアの件もあるから遠慮したんだな……。


「高志……」


 フェリスが俺の胸に埋めていた顔を離すと、ジッと目を見つめてくる。


「お帰りなさい、高志。会いたかった……。また会えて良かった……」


 彼女はとても綺麗な笑顔をして俺の帰還を祝ってくれた。そんな彼女を見て、心の奥底から愛しいと思う気持ちが湧き上がって顔が赤く染まる。


「フェリス……。その……。ただいま」


 俺の返事に嬉しそうな顔をするフェリス。正直、帰って来たという実感は無いが、自然と俺はそう答えていた。


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