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第百十話:師との再会

 大きな城の中庭、兵士の訓練場のような場所に俺達は降り立つ。

 そこには数多くの兵士が訓練をしており、突如現れた竜に皆が驚いていたが、そこから俺達、特にフェリスさんの姿を見つけると、何故か皆納得した表情で全てを受け入れていた。


 ある意味よく訓練された兵士だ……。


 野次馬が大勢集まる中、白竜アリエルは大きく翼を広げると、大空高く舞い上がって行く。俺達はその姿を地上から見上げ大きく手を振って別れを告げた。

 

「ここが……。俺が過ごした場所なのか……」


 暫く空を見上げていたが、アリエルの姿が見えなくなったので俺は今居る周囲に視線を向ける。


「ええ。この場所で貴方は奴隷兵士として鍛錬をしていました。私もよく貴方に稽古をつけてあげたのですよ。何か思い出しませんか?」


「……済みません。初めて見る景色のようにしか思えません……」


 エリーゼさんの言葉に俺は申し訳なく思いながら謝る。少しでも懐かしく感じるかとも思ったが、残念ながらそんな気持ちは湧いてこない。


「そうですか……。そうだ! どうせなら軽く手合せでもしませんか?」


「手合せですか?」


「ええ。私は貴方の剣の師でもあるのです。正直に言えば、今の腕前がどれ程なのか興味があります」


 エリーゼさんが俺の師? 俺はこの人に教えを受けていたのか。


「……それは是非お願いします」


 俺はエリーゼさんの提案に二つ返事で答える。するとエリーゼさんは近くに立て掛けてあった模擬剣を二本掴み、一本を俺に投げ渡してくる。俺はそれを受け取ると、一段高くなっている石造りの訓練場に登り中央まで進む。

 何が始まるか気が付いた周囲の連中がゾロゾロとその周りに集まりだす。その中の何人かは俺の事を知っているらしく、俺の名前がチラホラとその連中の言葉から聞こえてきた。


「主様よ、我無しで勝てるとは思っておらぬが少しは頑張るのじゃぞ!」


「先生! 頑張って下さい!」


 シェルファニール達も最前列で応援をしてくれる。その後ろには今も続々と野次馬が集まりだしている。

 

 暇な連中が多すぎだろ……。


「では行きますよ。良いですか?」


 エリーゼさんの言葉に俺はハイと返事をして頷く。するとエリーゼさんは自身の模擬剣を正眼に構える。それを見て俺も同じように正眼に構えた。


 ダッ!


 一瞬の事だった。気が付くと目の前にエリーゼさんがいた。俺は無意識に剣を頭の上に横向きに構えると、そこに大きな衝撃が来る。エリーゼさんの剣が上から叩き付けられたのだ。


「なっ!」


 俺の驚きの声はそこで止まる。その後の流れるような攻撃に防戦一方となり、声すら出す余裕が無くなったのだ。

 三度目の打ち込みで剣が弾かれ、四度目で胴を横凪に殴られ、五度目は寸止めで地面に倒れた俺の顔に突き付けられた。


「……参りました……」


 強すぎだろ、この人……。明らかに手加減している状態でこれとは……。


「……はぁ……」


 そんな俺にエリーゼさんは深いため息をついた。


「私は貴方の魂に教えを刻み込んだ積りだったんですが……。まだまだ甘かったようですね。まさか記憶と共に私の教えも失っているとは……」


「……え、えっと……。その、済みません、弱くて……」


「立って構えなさい。もう一度行きますよ」


 謝る俺に対し、エリーゼさんは訓練場の中央に行くとまたしても正眼に剣を構える。


「えっと……」


「何をしているのです! さっさとしなさい!」


「は、はい!」


 俺は即座に立ち上がり訓練所の中央へと向かう。


「皆、どうもエリーゼと高志は暫く時間が掛かりそうだからほっときましょう。取り敢えず皆を部屋に案内するから、少し休んで旅の疲れを癒すといいわ」


 そんな俺達を見たフェリスさんが、残りのメンバーにそう声を掛けると、俺達を残して建物の中へと進んで行ってしまった。

 

「え? ちょ、ちょっとまって……」


「何処を見ているのです、高志!」


「い、いやその……」


「全く……。記憶は失えど、私の教えは体に染みついていると信じていたのですが……。まあいいでしょう。少し叩けば嫌でも体は思い出すはず。ええ、私達との記憶はともかく、剣の教えを忘れる事は許せませんね。師として見過ごせません」


「まっ、待って下さい。記憶は確かにありませんが、結構剣の腕前は……。今日まで戦ってきた実績も……」


「黙りなさい。今の一戦で貴方が弱くなっている事が解りました。大方魔剣頼りの戦い方ばかりをしてきたのでしょう。良いですか。剣は道具です。鍛えるべきは己自身。私は貴方にそう教えたはずです」


「……その辺りは、その……。覚えていないと言うか、何と言うか……」


「黙りなさい! 心配はいりません。記憶は無くとも、体は覚えています。私がそう仕込みました」


 エリーゼさんの目付きが……。


「ふふふ。さあ、行きますよ。覚悟はいいですね?」


「よ、良くないです。軽く手合せって言ったじゃないですか!」


「ええ、軽く手加減はしてあげますよ。意識を無くされたら困りますから」


「それは軽くないですから! 拷問テクニックの一つですから!」


「それが嫌なら必死で思い出しなさい!」


 エリーゼさんはそう言うと、再び俺に向かって高速で襲い掛かってきた。

 軽い手合せが一転、一方的なシゴキに変わった事で周囲の野次馬も気の毒そうな顔をしながら方々に散って行った……。


 何度宙を舞っただろう……。

 日は既に落ち辺りは夜の闇に覆われている。

 大の字になって大地に仰向けに倒れながら空を見上げていると、エリーゼさんが冷たく濡れたタオルを俺に投げ渡してくれる。


「この痛み……。何だか懐かしい気がします……」


「人聞きの悪い事を言わないで下さい。それではまるで私が常日頃から貴方を痛めつけていたようではありませんか……」


 俺と同じように濡れたタオルで汗を拭きながらエリーゼさんは不機嫌な声で答えてくる。


「……俺は……、弱くなっていますか? かつての俺はもっと強かったのですか?」


「……そうですね。以前の貴方と比べると、弱くなっていますよ。技術や体力ではなく、精神面での事ですが……」


「精神面? 記憶が無くなった事が原因とかですか?」


「いいえ。そうでは無く……、いや、それも一因かもしれませんが、恐らく原因は別ですね……」


「別?」


「魔剣……。私はあれを装備した貴方の戦い方を知りませんが、生身の貴方と打ち合って、今の貴方にはかつて持っていた物が無くなってしまったように感じました」


「それは?」


「生きると言う強い思い。生存に対する執着心といった物でしょうか。かつての貴方の目は、とてもギラギラとしていました。戦い方もそう。常に相手の隙を窺い、自身は絶対に致命傷を避ける。かつての貴方は、何の力も無い状況から戦場に放り込まれていましたから、恐らくそう言った環境から培われた物でしょうが、もっと生きる事に貪欲な戦い方をしていましたよ。それが訓練であってもです」


「……今でもその思いはあると思うのですが……」


「いいえ。私はかつて貴方に技術以上に、自身が生き残る為の戦い方を仕込みました。ですが……」


 今の俺にはその時にあった生への貪欲さが無くなっているとエリーゼ様は言う。

 

「シェルファニールのお蔭で、俺は死の危険がかなり少なくなっています……。そのせいで、そう言った貪欲さが抜けてしまっていると?」


「さあ、どうでしょうか。一概に死と隣り合わせだから強くなるとは言いません。ただ、かつての貴方と比べた時に、今の貴方にはそれが感じないと……、そう思いました」


「……正直に言えば、昔の俺を知らないので、俺にはその違いが解りません。ですが、昔の俺を知る貴方がそう言うのなら……。きっとそうなんでしょうね……」


 俺は俯きながら答える。確かに、今の俺は安全圏から戦いをしている。ここに来た当時、何の力も無かった俺は、恐らく想像以上に様々な重圧の中で必死に生きていたのだろう。


「エリーゼさん。もしよかったら、機会があればまたこうして稽古をつけて貰えますか?」


「勿論構いませんよ。貴方は私の一番弟子なんですから。弱くなられては困ります」


 エリーゼさんはそう言うと立ち上がって俺を見下ろす。


「これからも宜しくお願いしますよ、高志。それと……、お帰りなさい、高志。また会えて良かった」


 そう言ってエリーゼさんは俺に笑顔を向けてくれた。普段無表情な彼女のその笑顔はとても美しく、そして何故かとても懐かしく感じた。

 

 そして何故か涙が溢れてきた。


 俺は、この人のこの笑顔を知っている……。この空気も……。


 ズキッ!


「くっ……」


「如何しました? 高志」


 泣いたかと思えば突然頭痛に耐えだした俺をみてエリーゼさんが心配そうな声を出す。


「大丈夫です。何かを思い出しそうになった時によく襲われる頭痛なんで……。すぐに収まりますから心配しないで下さい」


 俺は笑顔でエリーゼさんを見る。


「まったく……。急に泣き出すかと思えば苦しみだすので心配したではありませんか……」


「急にエリーゼさんが優しくなるから、何だか驚いてしまったんですよ」


「……なんですかそれは。それではまるで私が優しくないような言い方ですね……」


「い、いや。そう言う訳では無いんですが……」


 何と言うか、第一印象からこの人はドSな人という感じがしていたとは言えんな……。


 そんな事を考えている俺をジット見つめるエリーゼさん。だが、ふと彼女は俺の背後に視線を向けると、また俺を見ながらニヤッとした笑顔になる。


 俺は、この人のこの笑顔を知っている……。この空気も……。

 

 別の意味で涙が出そうだ。この顔はヤバい。記憶には無いが、俺の心が警報を鳴らす。


「まあいいでしょう。さあ、高志。そろそろ行きましょうか」


 そう言って俺に手を差し出してくるエリーゼさん。


 あれ。おかしいな……。もしかして考え過ぎたか……。


 一抹の不安を残しながらも、優しく差しのべられた手を断る訳には行かずその手を掴む。

 すると、突然エリーゼさんは俺の方に倒れ込んできた。


「ああ! 高志。突然私を引き込むなんて。そんな、困ります」


「は……、はぁぁ? な、何を言って……」


「あ・ん・た・な・に・を・し・て・い・る・の・?」


 俺の背後から、途轍もない殺気が……。


「ああ! こんな所を見られてしまうなんて……」


 エリーゼさんは即座に俺から離れると、色っぽい座り方で頬を染めながら俯くと。


「突然高志が、「へっへっへ。じゃあそろそろ夜の特別訓練でも始めようか」などと言って私を強引に抱きしめようとしたとか、「へっへっへ。やっぱり胸はこれぐらいがいいよな。無いのは許せるが、無さ過ぎなのは許せないな」と誰の胸と比較したのかは解りませんが、そんな事を言っていたとかを人に知られてしまいました」


 とても困ったような声でとんでもない事を言いだす。


「ちょっとまて! あんたにしても、俺にしてもそれ絶対キャラが違うじゃねぇか!」


「驚きました。やはり記憶が無くなり、人格も少し変わられたのですね。まさか貴方がこんな事を……」


 あ、あんた汚いぞ! そこでそう言う言い方をしてくるか!


「ふーん……。少し見ない間に随分と積極的な性格になったみたいね。特に女関係に……」


「ま、まて。違う。決してそんな事は無い。俺は」


「今もね、休憩中に他の子達と話をしてたんだけど……。あんた生徒の女の子達に色々……、い・ろ・い・ろ・し・て・た・み・た・い・ね」


 もうすでにその殺気は俺の真後ろに到着していた……。焦って振り向いた俺のすぐ傍には、とても良い笑顔のフェリスさんが俺を見下ろしている。


 俺は、この人のこの笑顔を知っている……。この空気も……。


 いや、そんな事を考えている場合じゃない。どうやら、エリーゼさんとの一件だけでなく、他の事でも俺は疑惑を持たれていたようだ。そして……、今の姿でその疑惑が確信になったようだ……。


「ねぇ……、高志。私ね、あんたが飼ってる魔人に負けてから反省したの」


「は、反省されたのですか……。そうですか……。ですがそれが俺に一体なんの関係が……」


「ふふ。だからね。これからはもっと自分を鍛えないといけないと思うの」


「い、良い事ですね。俺も先ほどそう決意した所なんですよ。き、奇遇ですね」


「だ・か・ら・ね・、・き・ょ・う・り・ょ・く・し・て・ほ・し・い・の」


「き、協力ですか? で、ですが、俺に出来る事なんか……」


「大丈夫よ。これはあんたにしか出来ない事だから……」


 フェリスさんの目が……。


「お、俺に何をしろと……」


「ま・と・に・な・っ・て・♪」


「は、はぁぁぁぁ!」


「いいから私の的になりなさい! さあ、行くわよ!」


「ま、まって。俺生身だから。せめて魔剣を。しぇ、シェルファニール! た、助けてくれ!」


 フェリスさんの手から魔力弾が放出され、俺はそれを寸での所でかわした。


「……へぇー。躱すんだ」


「当り前だ!」


「これはお仕置きなんだから、あんたは素直に有難うございますって言いながら当たりなさいよ!」


「い、嫌だ! もうそれはあかん奴になってるやろ、俺!」


「まあいいわ。何処まで避けれるか試してあげる。精々逃げ回りなさい、バカ犬……」


 フェリスさんの手から更に複数の魔力弾が生成されている。


「え、エリーゼさん! た、助け……」


「高志。前言を撤回します。やはり死と隣り合わせとなって初めて得られる物もあります。ですから頑張りなさい」


「い、嫌だ! 得る物よりも失う物の方が多い気がするんですが!」


「それは貴方次第です。私の弟子ならきっとこの位の危機は乗り越えられますよ、多分」


 そう言ってエリーゼさんはフェリスさんがやって来た建物へと去って行く。


 ま、まって……。置いてかないで、この人と二人にしないで……。


「さあ、訓練を始めるわよ。覚悟はいいわね……」


「ま、まって。ご、誤解なんです。俺は……」


「問答無用よ! このエロ犬がぁぁぁぁぁぁ! 大きいのがそんなに好きかぁ! あんたはぁぁぁぁぁ!」


「違うぅぅぅぅ! そんな事はないぃぃぃ!」


 静かな夜の訓練場で、何度も大きな爆音が響くが、何故かそこの兵士たちは誰一人この場にやって来ないのだった……。


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