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第百六話:前哨戦

 強烈な怒りのオーラと共に現れた黒髪の女性。彼女は俺を睨みつけながら近づいて来る。

 

「先生……。あの人たちは?」


「俺の関係者だ。お前達は少し下がっていてくれ」


 俺はそう言うと一歩前に進み出る。


『どうするのじゃ? 主様よ』


「如何するも何も無いよ。今さら逃げる事も出来ないしな……。ただ、出来れば話し合いで矛を収めて貰えればとは思う……」


『ふむ……。謝罪と賠償金と言った所か?』


「……そうだな……。謝るだけではダメだろうな……」


 彼女達が何を求めているか……。命を差し出す訳には行かない。なら他に出来る事は誠心誠意謝る事と、形として金銭を差し出す事ぐらいしか思いつかない。


 そうこう考えている間に、彼女達は俺のすぐ目の前までやって来た。

 相変わらず俺を睨みつけている彼女を俺も真っ直ぐに見つめる。


 ……何だろう。この感じは……。


 彼女を見ていると、胸の奥から何か熱い物が込み上げてくる。

 親の仇のように俺を睨みつける彼女をとても可愛らしいと感じている俺はどうかしている気がする。


「久しぶりですね、高志」


 騎士風の女性が俺に声を掛けてくる。


「……済みません。俺は……」


「心配はいりません。貴方の中に我々の記憶が無い事は理解しています」


 俺の言葉に、騎士風の女性は事情は分かっていると返答してくる。


 ……どういう事だ? 何故この人はまるで親しい仲間のような態度で接してくるんだ?


 この人だけでは無い、シスター風の女性もとても穏やかな笑みで俺を見つめている。


「さて、私達はただの野次馬ですので、あちらで彼らと見学させて頂きます。貴方はフェリス様とじっくりと話し合って貰えますか?」


 騎士風の女性はそう言うと後ろにいたロイ達を連れて少し離れた場所へと移動する。

 残されたのは、俺と未だ怒りの表情で俺を睨みつけている女性、恐らくこの人がフェリスと言う人なのだろうが、その二人だけとなる。


 ……え? どうせなら間に入ってもらいたいんだが……。何と無く貴方の方が話が通じる気が……。


 俺が振り返って背後に陣取っている騎士風の女性を見つめていると、


「何処……、見てるの……」


 フェリスさんからとても低い声が聞こえてくる。


「い、いや……、その……」


「……あんた、大きいのが好きなの?」


「……へ?」


 質問の意味がよく解らないんだが……。


「ほう。第一声にそれを選ぶとは……。流石はフェリス様。私達の想像の斜め上に行きますね」


「うふふふふ。結構気にされているんですね。こんなの肩は凝るし、動くのに邪魔ですし、良い事なんて少ないんですけどねぇ……」


「……貴方がそれを言うと、嫌味にしか聞こえませんよ……」


 後方では、座って茶を飲みだした騎士とシスターがほのぼのと会話をしている。

 

 お願いだから、そのほのぼのをこっちにも持ってきてくれ……。


「……えっと、その、何の事だか……」


「……とぼける気?」


「い、いや……。とぼけるも何も……」


「あんた、小っちゃい方が好きだったんじゃないの?」


「い、いや。そもそも何の事を言っているのか……」


「あのぉ……。お二人は何の話をしているんでしょうか?」


「まあ、フェリス様自身もテンパってよく解らない事を言っている見たいですから深く考えなくていいと思いますよ。さあ、それより遠慮せずお菓子も食べて下さい」


「あ、私このお菓子好きなんです」


「うふふ、これは王都ローゼスの本店で買った物ですよ」


「えぇっ! 本当ですか? 私本店の物を一度食べて見たかったんです。ドルギアの店の物よりずっと味が深いって聞いてたんですよ」


「え? もしかしてヴェールの店の物よりもおいしいんですか?」


「如何なんでしょう? 食べ比べた事が無いので解りませんわ。でも皆さんそう言いますわね」


 何か後ろで皆してほのぼのしてやがるんだが……。


「何処見てるのよ……」


 またも低い声で呟くフェリスさん。


「い、いや、その……」


「……ねぇ、私の事、何も覚えて無いの?」


 フェリスさんが少し悲しみの色が含まれたような声音で聞いてくる。

 

 どういう事だ? 彼女にとっても忘れたい過去では無いのか? 口ぶりだと俺が覚えていない事を悲しんでいるような感じなのだが……。


『あれじゃな。加害者が被害者の事を忘れてのうのうと生きておる事を責めておるんじゃないかのぉ』


 ……そう……なのか? そんな口ぶりとも思えないんだが……。


「どうなの?」


 彼女が再度問いかけてくる。どうやらこの質問は絶対に答えて欲しいのだろう。なら正直に答えた方が良いだろうな。

 

「……夢で……、見たよ。君の事を……。何度も……」


 俺は彼女を真っ直ぐに見つめると、紳士な声でそう伝える。するとその言葉を聞いたフェリスさんは驚きの表情を見せると、突如その瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ出したのだ。


 な、な……、何で急に……。


『フラッシュバックじゃ。お主から夢に見たと聞いて、あの娘もお主に受けた辱めを思い出してしまったのじゃろう』


 え……、えぇぇぇ? ま、マジでか? そんな風には見えないんだが……。い、いや、でも……。ど、どうしたらいいんだ?


『謝るのじゃ、主様よ。兎に角、謝罪の姿勢を見せるのじゃ』


「す、済まなかったぁぁぁぁぁ!」


 俺はジャンピング土下座で額を地面に擦りながら謝る。


「……それは……、何の真似……?」


 彼女の声音が絶対零度まで下がった。


 おい、シェルファニール……。何かヤバい感じになってるぞ……。


『あれじゃ。謝るだけで済むと思っているのかと問うておるのじゃ。更なる誠意を見せるんじゃ、主様よ』


 せ、誠意って、俺に出来る事と言えば……。


「かっ」


「か?」


「金なら払う!」


「何でそうなるのよぉぉぉぉっ!」


 彼女の渾身の魔力が籠ったアッパーカットが俺の顎に直撃し、俺は宙へと舞い上がった。


「あれですね。不倫相手に別れ話を切り出したは良いが、相手が絶対に別れないと駄々を捏ねだしたので金で解決しようとした……。そんな感じですかねぇ……」


「夢で見たの辺りはとてもいい感じでしたのに……。何故最後は金なら払うになったのでしょう……」


 背後では先ほどのやり取りの品評が繰り広げられていた。

 

 おかしい。俺は何を間違えたんだ?

 荒く肩で息をしているフェリスさんを眺めながら、俺は自身を振り返る。


「……あんた、私の事を何だと思ってるの?」


 アッパーカットで吹っ飛び、地面に転がっている俺を上から見下ろしながら彼女は問いかけてくる。


「えっと……」


「…………」


 彼女が絶対零度の視線で俺を見下ろしている。その姿はまさに女王様と言っても過言ではあるまい。そして、そんな彼女を見てとても微笑ましく感じている俺はやはり何処かおかしいのだろうか?


「さっさと答えなさい」


「そ、その……。俺がかつて、その、酷い目に遭わせてしまった女性?」


「…………」


 俺の答えを聞いて無言になる彼女。その顔は何と言うか、怒ると言うより呆れていると言った感じだ。


「……はぁ……」


 彼女は大きく溜息をつくと、倒れている俺の顔に足を乗せてグリグリとしてくる。


「そうだったわね。あんたは自分がかつて盗賊をしていたって勘違いしてたのよね。成程、つまり私は盗賊のあんたに辱められた被害者女性その一と、そう思ってる訳ね……」


「ち、違うんでしょうか? 後、グリグリを止めて頂けますか?」


 彼女に顔面を踏まれて心地よく感じている自分は、やはりかなりおかしい。早くやめて貰わないと、俺は俺で無くなってしまうような気がする……。


「はぁ……。そんな訳ないでしょ。まったく……」


 足を離しながら溜息をつく彼女。そして離れて行く足を名残惜しく感じている俺。

 やばい、絶対に何かがおかしい……。


「じゃあ、貴方は俺の何なんでしょうか?」


 俺の質問に彼女は言葉を詰まらせる。その顔は真っ赤になっており、何と言うか先ほどの女王様然とした姿とは正反対の、とても可愛らしい物だった。


「私は、その……、あんたの……、こ、こ、こい、こ、ここ……」


「こ?」


「こ……。ご主人様よ!」


「日和りましたね……」


「あらあら……」


「ご、ご主人様ぁ?」


「そ、そうよ。あんたは私が買った奴隷で、私はあんたのご主人様よ。文句ある?」


 彼女は少し顔を赤らめながら、早口にそうまくしたてる。


「奴隷……。俺は奴隷だったと?」


「そうよ。あんたは異世界からこっちに来てすぐ奴隷商人に売られたのよ。そして、そこにいるあんたを私が買ったの」


『成程のぉ。確かにその方が主様らしい話じゃな。いや、我は信じておったぞ。主様に盗賊など出来るはずが無いと、我は信じておった。ほ、本当じゃぞ?』


 …………。


「だから私はあんたのご主人様なの。解った?」


「……確かにありそうな話だな……。そうか……。俺はあんたの奴隷だったのか……。じゃあ、以前会ったあの男達は一体……」


「あれ、私のお父様とあんたの元奴隷仲間よ。探すのを手伝ってもらっていたの」


「……はぁぁぁぁぁぁ……。なんだ、そう言う事だったのか。俺は盗賊じゃなく、奴隷だったのか……」


 俺は胡坐をかいて座ると、長く大きなため息をついた。

 心の中にあった大きな不安の一つが無くなって、体が軽くなった感じがする。


「じゃあ、君たちは居なくなった奴隷を追ってここまで来たのか?」


「……そ、そ、そ、そうよ。べ、別にあんたの事なんか……。で、でも、その……」


 フェリスさんはまたも顔を真っ赤にして、しどろもどろになっている。

 何故かそんな彼女を見ていると、今まで感じた事が無い安心感と言うか、何と言うか不思議な気持ちがする。


『どうした? 主様よ』


 いや、彼女を見ているととても安心するんだ。何なんだろうな、この気持ちは……。


『ふむ……。恐らくあれじゃな。お主はあの者に依存しておったのじゃろう。何の力も無かったお主が生きる為に……』


 依存……か……。確かにそうなのかも知れないな……。


『主様よ。どうするのじゃ? この娘はお主を奴隷として取り戻そうとしておるようじゃが?』


 彼女の奴隷か……。


 俺は真っ赤になって今度は何故か一人でアタフタしだした彼女を眺める。

 とても美しく、可愛らしい人だ。きっと俺は奴隷として彼女に仕え、それなりに満足した生活を送らせてもらっていたのだろう。

 だが……。


「きっと、俺は君のお蔭でこの世界で生きる事が出来たんだろうね。有難う」


「べ、別にそんなお礼言わなくても。わ、私が買った奴隷なんだから、め、面倒見るのも当然だし……」


「こうして、探してくれたのも、俺の事を心配してくれたからだと思ってるよ」


「と、当然よ。あ、あんたが何処かで野垂れ死にしてるんじゃないかって……、その、本当に心配したんだから……」


「だけど。もう心配はいらない。俺はこの世界で生きる事が出来るぐらいの力を手に入れたんだ。だから……」


「……だ・か・ら・な・に・?」


 突如彼女の声音が極低温になる。


「ひぃっ! い、いや、だから、俺の事はもう心配いらないし、俺自身も、その、奴隷とかそういうのに戻るつもりは……」


「……も・ど・る・つ・も・り・は・?」


 彼女から徐々に怒りのオーラがまた湧き出し始める。な、なんだ。また俺の体が震えだした。心の奥底からは言っては駄目な事言った見たいな後悔みたいな感情も湧き上がってくる。何より、今彼女はとても怒った表情をしているのだが、俺にはとても悲しい表情をしているように見えるのだ。まるで泣いているみたいに……。


「い、いや、だから、その、お、俺もやらないといけない事があって、そ、それに、俺のいた国ではき、基本的人権ってのがあってだな……」


 無言のまま俺に近づいて来る彼女と、座った状態で後ろにズリズリと下がる俺。

 何なんだ、この状況は……。


「い、いや、だから、その、本当に君には感謝はしているんだ。」


「…………」


 無言で近づいて来る彼女。


「何だか修羅場になってますねぇ」


「なってますねぇ」


 背後で他人事のように見物している人達。


「まったく、情けない主様じゃ!」


 と、突然俺とフェリスさんとの間に人影が現れる。


「しぇ、シェルファニール!?」


 実体化したシェルファニールが俺と彼女の間に立ちはだかったのだ。



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