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第百話:気付いた気持ち

 セドリック様達と別れた私達は、ガルディア王国首都マリシアンへと向かう馬車に乗っていた。

 マリシアン到着後、彼らの情報を探り目撃情報が無ければバルタゴルタへと向かう予定だ。


「今、お父様達はどの辺りまで進んでいるかしら?」


「そうですね。寄り道せず真っ直ぐに向かっていればエルファリアとエルードの境といった所でしょうか」


「うふふっ。気になりますか? あちらの事が」


 マリーの質問にフェリス様は「当然でしょ」と言ってのける。


「大体あいつはあっちにいる可能性の方が圧倒的に高いんだから……」


 フェリス様はプイッっとそっぽを向くと吐き捨てるように言う。


「ほう。それが解っていてこちらに来たのですか?」


「そうよ。あんたとお父様がそう仕向けたんでしょ」


 頭に血が上っているように見えて、実際は冷静に物事を捉えていたのですか……。

 フェリス様はあえて私とセドリック様の考えに乗ったのだと暗に言っている。


「それで? それが解っていて策に乗ったのは何故です? フェリス様」


「そ、それは……」


 私の疑問にフェリス様は急に弱々しい表情になる。


「怖かったんですよね? 高志様に会うのが」


「なっ!? ち、違うわよ。そんな事……、無いわよ……」


 マリーの言葉にフェリス様は反論をするが、その反論は徐々に小さな声になっていく。その態度がすでにその通りだと言っているようなものだ。

 成程。怒りの持続も限界に来たという事か……。


「包囲網は完成し、高志様を捕まえるのは時間の問題になりましたからね。現実味を帯びた事で不安の方が大きくなったんですよね? フェリス様は」


 最早反論すらせず、フェリス様は小さく縮こまってしまった。どうやらマリーの言っている事が正しいようだ。

 しかし、長い付き合いの私よりもマリーの方が余程フェリス様の心情を理解している。

 もう少し色恋に関して勉強する必要があるかも知れませんね、私は……。


「しかし随分な変わりようですね。あれだけ気勢を上げておきながら、急に弱気になるなど……」


「そんな事はありませんわ、エリーゼ様。最初からフェリス様はずっと寂しがっていらしたのですから」


「そんな事は……、無いわよ……」


 弱々しくボソリと呟くフェリス様を見ると、マリーのいう事が全て正しいと解る。結局私は、いやマリー以外の者達はフェリス様の寂しさを紛らわせる演技に騙されて右往左往していただけという事ですか……。


「全く人騒がせな……。それで? 何が怖いのですか?」


「何がって、彼奴は私の事を覚えて無いのよ? ベルファルトで会った時、彼奴は私の事を知らない女としてしか見ていなかった。記憶を取り戻して私の所に帰るって約束したくせに……」


「それは仕方がない事でしょう。記憶を封じたのは神とおぼしき者なのですよ。人である高志に抗える訳ないでしょう。だからこそ、彼を捕まえて思い出させようとしているのではないですか」


「それに、彼奴の傍に変な女がいるみたいだし、色々冒険を楽しんでいるみたいだし……」


「それは、まあ……。彼にも色々事情があるでしょうし、仕方の無い事では無いかと……」


「もしね……。彼奴が、私を捨てて今を選んだとしたらと考えると……」


 フェリス様の声のトーンが徐々に低くなっていく。


「私……、自分が何をするか解らないわ……」


 何処か遠くを見ているようにそう言うフェリス様の目の光は完全に消えていた。

 その様子を見て私の背に途轍もない寒気が襲い掛かってくる。ふとマリーを見ると、笑顔はそのままだが良く見ると額に脂汗が浮かんでいるのが見える。


「なーんてね。まあ、それは冗談なんだけど……」


 本当に冗談なのか? あの目を演技で出来るのか? 


「マリー。あれは本当に大丈夫なんでしょうか? 私がかつて捕えた殺人鬼があんな目をしていたのですが……」


 私は小声でマリーに尋ねる。


「だ、大丈夫ですわ、きっと。高志様がフェリス様を捨てる事は無いでしょうから……。多分……」


 その言い方だと捨てなかったら大丈夫であって、捨てた場合は……。

 いや、深く考えてはいけない。

 あれは冗談なのだ。そう言っているのだからそう信じよう。

 

「……ところでフェリス様。そろそろお気持ちの方もハッキリとさせて頂きたいのですが」


「気持ちをハッキリって……」


「そうですわね。捨てられたく無いと思っておられるなら、もうご自分の気持ちに気づいておられるのですよね?」


 私とマリーの言葉にフェリス様は顔を赤くしながらコクリと頷いた。

 その仕草はとても可愛らしい。いつの間に取りだしたのか両手で首輪を持ってモジモジしている姿は少し気にはなるが……。

 

「認めたく無いけど、彼奴が居ない毎日がこんなに詰まらないとは思わなかったわ。彼奴の傍に居たい。他愛無い話でもいいから声が聞きたい。この気持ちが多分好きって事なんだと思う……」


 首輪は見ない事にするとして、顔を真っ赤にして俯きながら小さく呟いているフェリス様の姿は本当に可愛らしい。出来れば初めからこの姿を見せてくれていれば、我々は安心して捜索活動に専念出来たのだが……。


「うふふっ。でしたら、何にも心配する事はありませんわ。今のその可愛らしい姿をそのまま高志様にぶつけたらいいのです。記憶が無くても構わないじゃありませんか。話を聞く限り、あの方の根本は私達が知る高志様となんら変わっていないみたいですし、もう一度初めから恋をやり直したらいいのですわ」


「初めからやり直す……」


「そうです。思い出させようなんて考えず、新たに積み上げて行けばいいじゃないですか。ライバルがいても、戦って勝てばいいのです。大丈夫ですわ。フェリス様なら相手がどれだけ強敵でも勝てますわ」


「戦って……、勝ち取る……、か……」


 マリーの言葉を聞いてフェリス様の目に力強さが戻ってくる。この目は私が良く知るフェリス様だ。

 確かに、フェリス様は普通にしていれば同性の私から見てもいい女なのだ。高志だって一度は惚れた女なのだから、記憶は無くても好みは変わっていないだろう。

 マリーが言う通り、覚えていないならもう一度惚れさせれば良いのだ。何より、その方がフェリス様らしい。


「そうですね。私もマリーと同意見です。大丈夫ですよ。フェリス様ならどんなライバルにも勝てます。寧ろ今の不安に怯えるフェリス様は、本来の魅力を失っているように感じますよ。過去の思い出は私達が覚えていたら良いではありませんか。失ったのなら、また作れば良いのです」


 私の言葉を聞いてフェリス様は考え込む。


「……そうね。確かに私らしくなかったわね……」


「あまり考え過ぎず、今のあの方を受け入れれば良いのですよ。第一、その方が面白そうじゃありませんか」


 マリーが笑顔でそう言う。

 面白そう……。マリーは常に笑顔を絶やさなかったが、その根底にあったのはその気持ちだったのか……。

 思えば、マリーは高志を神と崇めている。神なのだから、当然心配などする必要が無い。だからこの子は現状を最大に楽しむ事が出来ているのだ。

 情けない……。フェリス様もそうだが、私もどうやら色々考え過ぎていたようだ。

 

 今の状況を楽しまないのは損だ。

 

 フェリス様とてもう子供では無いし、高志だっていい大人なのだ。外野がグダグダ考えて如何する。良く考えれば現状はかなり楽しい状況ではないか?

 楽しもう。心配なんかする必要は無い。高志とフェリス様なんだから、どの様な状況でも私を楽しませてくれるはずだ。

 そう考えると、久しぶりに私の心が高揚していく。


 ああ、この気持ちは久しぶりだ……。


 高志がいた頃。フェリス様と高志の二人をからかって過ごした日々を思い出す。


「そうですね。マリーの言う通りです。フェリス様はいつも通りに胸を張って高志に会えばいいのです。そこから先も貴方の思うようにすればいい。言葉も行動も、きっと自然に出てきますよ」


 フェリス様がどういう行動に出るか? 想像が出来ない分、それがとても楽しみだ。私は生暖かい目で二人を見守っていればいい。この二人ならなるようになるだろう。


「……そうね……」


 フェリス様が小さく呟く。

 どうやら何かを考えているようだ。そうして少しの時間思案した後、フェリス様は意を決したように御者の方へと顔を向ける。


「御者さん。進路を変更してもらえるかしら。ここから最短コースでベルゼムに向かって」


「宜しいのですか?」


「逃げるのはやめるわ。状況的に考えてあいつは間違いなくベルゼムにいるはず。なら私は少しでも早くあいつに会いたい」


「……そうですね……。確かにバルタゴルタに向かう確率はかなり低いですし……」


 元々フェリス様の精神状態を鑑みて無理やり引き離したのだ。今のフェリス様なら合わせても問題は無いだろう。多分……、恐らく……。

 今から向かえば数日差ぐらいでセドリック様に追いつく事も可能だ。


「決まりですね」


「ええ、決まりよ」


 マリーの言葉にフェリス様は力強く答える。高志が消えてから随分と振り回されたが、考えようによっては良かったのかも知れない。悲しみ、混乱、怒り、憎しみ、嫉妬、不安……。フェリス様は多くの負の感情に支配されてきたが、今のフェリス様はそれらの感情を全て飲み込みつつあるようだ。

 それは人として成長したという事だろう。

 愛とは綺麗な物だけでは無い。醜く汚い物も多く含んでいる。恋愛関連に疎い私ですら、そう言った感情はあったが、以前のフェリス様には無かったように思う。

 良く言えば清廉……、だがそれは感情の欠落とも取れる。


 そうか……。今まさにフェリス様は子供から大人に成りつつあるのですね……。


 嬉しくもあり、悔しくもある。

 高志と再会を果たした時、私はフェリス様に女としての器量を越えられてしまうだろう。

 私はそう思いながらフェリス様を見つめる。


「……何? エリーゼ」


「……いいえ。何でもありません。ただ、私もいい加減にいい男を見つけないと駄目だなぁと思いまして……」


「な!? き、急に変な事言わないでよ……」


 私の呟きにフェリス様は顔を真っ赤にする。

 

「うふふっ。羨ましくなったんですか? エリーゼ様?」


「ええ、そうですね。今の色ボケしたフェリス様を見ていると、なんだか無性に悔しくなってきました」


「い、色ボケって何よ!」


「そうですよ、エリーゼ様。色ボケなんて言っては可哀想じゃないですか。恋する乙女に向かって」


 マリーの言葉に顔を真っ赤にして俯くフェリス様。

 ここで否定しないあたりが成長を窺わせる。少し前なら全力で否定しただろう。

 

 これはこれで、からかいがいありますね……。


 思わず顔がにやけてくる。その表情を見て私の考えに気づいたのか、不満そうな顔で睨んでくるフェリス様と温かい笑顔で見守っているマリー。

 そんな三人を乗せた馬車は進路を変え、ベルゼムへと向かうのであった。

 

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