第九十九話:襲い来る過去
「じゃあ。私はこれで」
「有難うアリア。気を付けてね」
「ドルギア帝国に入る前に一度ヴェールに寄るから。そこでまた会おう」
「ん、解った。待ってる」
砂漠に去って行くアリアに俺達は手を振って別れを告げる。
今生の別れではないが、去って行く後ろ姿を見ていると寂しい気持ちが湧き上がってくる。短い間にここまで溶け込んでいるのは彼女の人徳のなせるわざなのかもしれないな。
「さてと。俺達も行くか」
アリアの姿が見えなくなるまで見送ると、俺達もベルゼムに向かって歩きだした。
「それで先生。ベルゼムに着いてからは如何するのですか?」
「そうだな……。当初は街で目的に見合った竜の牙が売っていればそれを買って終わらせるつもりだったけど、竜を倒して竜玉を手に入れるとなると、もう直接ボルネアに渡った方がいいだろうな」
「そうですわね。所で狙う竜は如何しますの?」
「出来れば中位種以上の竜を倒したいのですが……」
リベリアが出されている条件は中位種以上の竜玉らしい。
中位種か……。確かシェルファニールから聞いた話では、その辺りまでなら人間の力でも倒す事は可能だと言っていたな。上位種には手を出すなとも。
もっとも上位になると知能も高く、こちらから攻撃を仕掛けなければ襲い掛かってくる事も無いらしいが。
「中位種ですか……。飛竜系は避けたいですわね」
下位であっても基本的に竜系は物理、魔法の両障壁が常に展開されているらしく、ロゼッタの銃は使い物にならない。従って空の敵に攻撃出来るのは俺だけになってしまうのだ。
「銃に障壁貫通能力があればかなり強力な武器になるんだがなぁ……。なんで弓とかには魔法を付与できるのに銃はダメなんだ?」
「その辺りは未だ研究中らしいですね。一説には人力での攻撃であれば射出時に魔力を流せるけど、火薬を使う銃ではそれが出来ないとか聞いた事があります。弾丸を特殊な物にすればという話もあるそうなんですが、一発がかなり高価になるみたいで現実的では無いそうです」
成程ねぇ。その辺りが改善されたらこの世界の武器は銃や大砲で一新されるんだろうがなぁ……。
「僕達が相手をするなら地竜系が良いでしょうね。スピノンを狙うのが良いんじゃないですか?」
「そうね。先生を主軸に考えたらスピノンは良い獲物かも知れない」
ロイの提案にロゼッタが賛同する。
「解った。それならスピノンを狙おうか。ちなみにスピノンって言うのはどんな竜なんだ?」
「二本足で歩行する巨大なワニのような物ですわ。背に船の帆のような大きな突起物があるのが特徴で竜としては知能も低いので魔獣を相手にする感覚で戦える相手ですわ」
「ただ、全長が小さくても十メートル以上はあるのでその攻撃力は侮れません。僕達も軽く言っていますが、あくまで先生がいるからで、僕達だけでは相手にしようなんて考えませんよ」
アデリシアとロイが簡単に説明をしてくれる。話を聞く限りでは竜といっても俺の想像していたファンタジー系の竜ではなく恐竜的な生物のようだな。
「シェルファニールの必要とする牙もそれで大丈夫か?」
『ふむ。実際に見て見んとハッキリした事は言えぬが、恐らく大丈夫であろう』
それもそうだな。まあダメなときはその時また考えれば良いだろう。俺達はスピノンを狙うという事で今後の方針を纏める。
その後女子連は女の子トークに花を咲かせ、俺とロイは時折聞こえてくる女子連の下品な単語を聞こえない振りをしながら、少し距離を開けて歩き続けていた。
「あいつ等……。俺達の存在を忘れてやがるのか……」
「学校の女の子達は皆あんな感じです。アディやロゼッタは比較的お淑やかな部類ですね」
「マジか……」
『主様は女に幻想を抱き過ぎなんじゃよ』
「何だよ。じゃあお前もあそこに混じったらあんな感じになるのか?」
『我を何歳じゃと思っておる。小娘共と同じにするでないわ』
「ああ、そうだった。もういい歳こいてるんだったな。枯れたお前にキャピキャピ感を求めるのは酷だったな」
『な!? か、枯れてなどおらぬわ! 我がその気になったらキャピキャピの一つや二つ……』
俺の言葉に憤るシェルファニール。
キャピキャピなシェルファニールか……。
『きゃる~ん☆! ご主人たまぁ、だ~いしゅきぃ!』
「ごめん。それは無いわ。お前は今のままで居てくれ」
『それはただ痛いだけの女じゃろう。主様の想像力に問題があると我は思うぞ……』
俺の想像に呆れた声を出すシェルファニール。うーむ。二次元脳の弊害がこんな所に……。
「あ! 街が見えてきましたよ」
ロイの声に視線を上げると、街道の先に大きな街のシルエットが見えてくる。どうやら無事にベルゼムに辿り着けたようだ。
「よし、じゃあ街に着いたら宿を探して今日は休む事にしようか。明日……」
「やっと見つけたぜ!」
突然男の声が聞こえる。声の方を向くとそこには四人組の男がこちらに向かって歩いてきていた。
「あんた達は?」
「おいおい。本当に俺達の事を覚えていないのか。話には聞いていたが実際に目の当たりにすると結構悲しい物だな」
俺の質問に男の一人が笑いながら答えてくる。
俺は男の言葉を聞きながら、じっくりと四人を観察する。
今話している男は、両腰に剣を下げた同じ歳ぐらいの優男だ。短い黒髪のパッと見は品のある顔をしているが、その眼光はとても鋭いものがある。その横には二人の男が立っている。茶色い髪をした小柄な若い男と短い黒髪に無精髭を生やした三十ぐらいの男。この三人は装備からみて恐らく剣士だろう。
この男たちは腕利きの剣士に見えるが、さほど脅威は感じない。だが問題なのはその後ろに立つ男だ。
大きな筋肉質の体をしたパッと見は拳法家と言った感じの年配の男。だが、その男からは尋常ではない魔力が感じられる。
普段の抑えられた魔力ですらここまでの圧力が感じられるのだ。戦闘時にはどれ程になるのか……。
魔力を感じられないロゼッタ以外はボー然とした感じでその男を見ている。
「先生。この人達は?」
ロイが小さな声で尋ねてくる。
魔法使い一人と剣士三人の四人組……。間違いない、こいつらは……。
「恐らくロイが言っていた盗賊団だ」
連中に聞こえないように小さな声で答えると、ロイ達も同じ結論だったのだろう、コクリと小さく頷いた。
だが、そんな事は小さな問題だ。俺にとって一番の問題はこいつらが゛俺を知っているという事゛だ。
それはつまり……。
「俺もこいつ等の仲間だったという事か……」
冗談が冗談で無くなった事に俺は大きなショックを受ける。だがここで思考停止させる訳にもいかない。俺はすぐさま冷静さを取り戻す。
「お前たちは今すぐ街へ向かえ。ここは俺一人で対処する。この連中の目的は恐らく俺だ」
俺の言葉に、一緒に戦うつもりだったロイ達は驚きの声を上げる。だが、こいつ等を巻き込みたくは無い。いや、正確には゛知られたくはない゛かも知れないな……。
「俺の事なら大丈夫だ。これは俺の問題でもあるし、お前達を巻き込みたくは無いんだ。頼む」
俺の態度と連中のセリフにある程度の状況を察したのだろう。ロイ達は解りましたと一言言うと街へと早足で向かって行った。
「あれ? あの子達行っちゃったよ?」
若い男が疑問の声を上げる。
「用があるのは俺だけだろ? あいつ等を巻き込むな」
俺は少し低い声でそう言うと、連中の一人が「それが良いかもな」と言って来る。
「それで? お前は俺達の事を全く覚えていないのか?」
二本の剣を持つ優男が再度尋ねてくる。
「ああ。だがある程度の推測は出来ているよ。そこの魔法使いの男が俺の親玉で、あんた達が同僚といった所だろ? それで、俺はその男の命令で仕事をしていた……。そうだな?」
「ああ、そうだ。記憶が無くても、案外それ以外の所で覚えているんだろうな。ははは、不思議なものだが俺達は真っ当な仕事をしていた訳じゃないからな。それだけ印象も強烈に残ったのかも知れないな」
俺の推測を優男が肯定する。
真っ当な仕事じゃない……か……。どうやら推測は確定的のようだな……。
「俺からも質問させてくれ。俺は、あんた達と仕事をしていてどうだった? どんな感じだった?」
「どんな感じか……。そうだな、初めの内はかなり辛そうだったな。元々お前にはあまり向いていない仕事だったし、無理やりやらされていた所もあったからな。だけど、慣れてからは結構楽しげにしていたぜ?」
「そうだったな。俺も初めの内は生きる為に必死だったけど、ある程度慣れてくると楽しみ方が解ってきてな」
俺の質問に優男と無精ひげの男が答えてくる。
楽しんでいた? 俺がそんな行為を楽しんでやっていただと……。
男達の言葉に俺は思わず吐き気を催す。
信じられない、いや信じたくない……。
俺は必死にこの男達の言葉を否定する。だが、どれだけ否定しても無駄だ。この男達が俺に嘘をつく意味が見出せない。何より、こいつらは俺の事情を知っていた。その時点で関係者だという事は確定しているのだ。
「あんた達は、後悔は無いのか? そんな仕事をしていた事に……」
俺は吐き気を必死に抑えながら低い声で呟く。
「後悔って……。僕達に拒否権は無かったからどうしようもないよ。生きる為に戦っていたんだ」
「俺は膨大な借金があったから、仕方がなかったな。だけど案外楽しんでいたぜ、俺は」
金の為、生きる為……。理由としてはありきたりな物だな……。そして俺も生きる為に身を落としたんだろう……。
「ワシはお前達を使う立場だったからな。正直言うと正しい行いでは無いとは思っておる。人を人として扱わぬ。それは如何なる理由があっても恥ずべき事だ。だが今のこの世界では仕方の無い事でもある。必要悪と言った所か……」
そうか……。こいつ等は自分の行為を理解したうえで開き直っていやがるのか。
「なあ、高志。お前さんの事情は理解しているよ。本来ならお前さんをすぐにでも連れて行きたい所なんだが……。やはり少しお互いの間を取った方が良いような気がするし……。まあなんだ。落ち着くまで暫く俺達と行動を共にしないか? その間にお前の事を色々教えてやるよ。どうだ?」
「うむ。お主にとっても周りの者にとってもそれが最善の選択だ。共に来い」
「……断る。俺はもう昔の俺では無い。二度と盗賊稼業などに手を汚したりはしない!」
「……え? 何を言って……」
男達は戸惑いの表情になる。こいつら俺が仲間に戻ると信じて疑ってすらいなかったのか……。それだけ過去の俺は悪逆非道な行いをしていたという事か……。
「シェルファニール。力を貸してくれ」
『良いのか? 剣士共はともかく、あの魔法使いはお主では勝てぬぞ。信じがたいが、あれは魔人である我と同等の強さを持っておる』
くっ。何でそんな奴が盗賊の親玉をやっていやがる……。いや、だからこそか? 強い力を持つがゆえに悪事を楽しんでいるのかも知れない……。
「勝てなくても、逃げる訳には行かない。自分の過ちから逃げる訳には行かないんだ!」
『……仕方あるまい。ならば存分に戦うが良かろう。お主の生き様、我は終生忘れぬぞ』
俺は死を覚悟して男達を睨み付けながらゆっくりと魔剣に手を伸ばす。
かつての俺は死を恐れ身を持ち崩したかも知れない。だが、同じ過ちを繰り返してたまるか!
と、その時。
「あ、あそこです。あそこにいる連中です」
俺の背中、街の方角からアデリシアの声と、沢山の鎧がこすれ合う音が聞こえてきた。
振り返ると、アデリシアを先頭にして大勢の鎧姿の男達がこちらに向かって走ってきていた。そしてあっと言う間に鎧姿の男達は俺の横をすり抜けて四人の男達を取り囲んだ。
「な、なんだ貴様らは?」
「黙れ! 盗賊共が。武器を捨てて大人しく投降しろ!」
「ちょっ、ぼ、僕達は盗賊じゃないよ」
「ええい、黙れ悪党が! 魔法使いに剣士の四人組、人相、風体、特徴と聞き及んでいる物と一致している! 誤魔化せるとは思うな!」
「……え? 人相、風体は全然違うような気も……」
「気にするな。私の勘が、こいつらは悪だと叫んでいる。間違いない」
「た、隊長がそう言うなら……」
どうやらアデリシア達が街の警備隊を連れて来てくれたようだ。
「さあ、先生! 今のうちに」
アデリシアはそう言うと、俺の手を掴んで引っ張って歩こうとする。
「先生が無事で良かったですわ。偶然街の近くに訓練中の警備兵の人達がいたので事情を説明して急行してもらったんですの」
「ま、まってくれアデリシア。逃げる訳には……。お前も気が付いているんだろ? 俺も奴らの関係者という事に……」
そうだ。俺も奴ら同様罪を償うべきなのだ。ならばここで警備隊に拘束されるべきではないか?
「何を言っていますの? 先生は先生。私たちにとってはそれが全てですわ」
そんな俺にアデリシアは笑顔でそう答える。
「だけど、それは!」
『小娘の言う通りじゃ。そもそも記憶のないお主が何を償う。身に覚えのない事をどのように償うと言うつもりじゃ? そんな物は償いでも何でも無い。唯の自己満足に過ぎん。お主が本当に罪を償いたいと言うのなら、先ずはその罪を全て思い出せ。全てはそこからじゃ。何より、お主には取らねばならぬ責任が他にもあるであろう? それらを全て放り出すつもりか?』
シェルファニールの正論にグッと言葉を詰まらせる。
こいつの言う通り、罪を償うと言っても俺にはその罪が何なのかが解らないのだ。例え奴らから聞き出したとしても、それはきっと他人事のように感じるだけだろう。
それに生徒たちやリベリアの事もある。
「……そうだな。シェルファニールの言う通りだな」
だが、今度は別の問題が出て来る。シェルファニールと同等の力を持つ魔法使いを、街の警備隊が果たして相手に出来るかどうかという事だ。
だが、その懸念も杞憂のようだ。
「ええぇい。こうなったらこの木端役人共を吹き飛ばして……」
「ま、待って下さいセドリック様。警備隊と事を荒立てるのは色々と不味過ぎます。下手をしたら国際問題に発展します。押さえて、押さえて下さい」
「うぬぬぬぬっ、おのれぇ……」
何故かは良く解らないが、どうやら連中は警備隊と事を荒立てたくないようだ。
……そうか。下手をしたら国が全力を挙げて討伐に来るかも知れないと思って思い切った行動に出れないのかも知れないな?
「行きますわよ、先生」
俺達は騒動に紛れて全力で街まで逃げ出す事にする。
その頃、四人組と警備隊の面々は……。
「ゼン。お前は離れていろ。こいつ等との戦いに参加する必要は無い」
「な!? 隊長! どういう……」
「そうだぞ。こいつらの事は俺達に任せておけ。お前は嫁さんの事を第一に考えていればいいんだよ。……もうすぐ子供も生まれるんだろ?」
「カルバン……。へっ、へへへっ。バカ言わないで下さいよ。ここで逃げたら俺は子供にどんな顔して会ったら良いんですか? 大切な家族を見捨てて生き残った父親だなんて、子供に言えませんよ」
「ゼン……。お前……」
「大丈夫っすよ。嫁は強い女ですから。俺が死んでも立派に子供を育ててくれますよ」
「……このバカ野郎が……」
「へへっ。この部隊に配属されたらバカになるんすよ。隊長がバカですからね」
「な、何だとこのぉ。生意気な部下には罰を与えんとな。だから……、死ぬなよ貴様ら……」
「た、隊長……」
「ええぇい。おのれ等、わし等を無視して勝手に盛り上がるな! わし等は盗賊等では無い。誤解するな!」
「往生際が悪いぞ! 話は詰め所で聞いてやる。さっさと武器を捨ててお縄につけ!」
「ふざけるな! 何故我らが捕えられなければならん!」
「せ、セドリック様。ここは穏便に、穏便に」
「うぬぬぬぬっ。わしはセドリック・オーモンドなるぞ。貴様ら木端役人風情に囚われる等我慢が出来るものかぁぁぁぁ!」
「き、貴様ぁ! 抵抗するつもりか! よしならば我らも本気で行くぞ。全員配置につけ! フォーメーションを崩すなよ! 厳しい訓練を思い出して全力でかかれぇぇぇぇ!」
後方では何やら小さな人間ドラマと小規模の争いが勃発しているようだった。
街へ向かう道すがら、応援とおぼしき警備隊の集団とすれ違う。
どうやらかなり大事になってきているようだ。
だが、俺にとってはそんな事よりももっと気がかりな事で頭が一杯だった。
「やはり俺は盗賊だったのか……」
初めて得た記憶の手掛かり。だがそれは俺の望む情報では無かった。
『今は忘れるのじゃ、主様よ。奴らが真実を伝えているという保証も無いのじゃから。もしかすれば、お主に記憶が無いのを良い事に適当な嘘を言って利用しようとしたのかもしれぬ。全てを鵜呑みにするでない。』
確かに、その可能性もあるかも知れないが……。
「先生……。昔の先生がどんな人だったかなんて、私には興味ありませんわ。私の知る先生は今ここにいる先生だけです」
「そうですよ。特に手配されている訳でも無さそうですし……」
「先生に盗賊なんて出来る訳が無い。きっとあいつ等が嘘をついて先生を騙そうとしているだけだと思う」
「私は短い付き合いだから貴方の事を良くは知らないけど……。ただ言える事は、貴方は私の命の恩人で、この子達が慕う先生という事だけ。でもそれだけで良いんじゃないかしら?」
「皆……」
目頭が熱くなってくる。
「有難う。俺ももう迷わない。過去から逃げるつもりは無い。ただ、先ずは君達の事を第一に考える。過去についてはそれが終わってから考える事にするよ」
俺は皆の顔を見渡しながらそう決意したのだった。