第九話:騎士のおもちゃ
「少しの間、あいつを鍛えて」
フェリス様に呼ばれ執務室へ行くと、私はそう命じられた。
あいつ、が誰の事なのかは聞くまでもない。数か月前フェリス様が気まぐれに購入した奴隷の事だ。
「言葉の方は問題ないわ」
暇があれば、フェリス様はあの奴隷を呼び勉強を教えていたし、それ以外の時もあの奴隷は一人で昼夜問わず必死に勉強していたのを思い出す。
「ずいぶん早いですね。何者ですか? 彼は」
正直ただの奴隷とは思えない。立ち居振る舞いを見ていると、何かしらの教育を受けていると感じる。
「過去の記憶を無くし、気がづくと奴隷市場に居たそうよ」
「記憶喪失……、ですか……」
「本人はそう言ってるわ。まあ、その辺りは徐々に調べていけばいいと思うわ。すぐに解ってしまったらつまらないもの」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、フェリス様はそう言った。
「でね、エリーゼ。あいつ、頭の出来は良いんだけど戦いの方はまったくダメみたいなの。簡単に死なれたらつまらないから、そうならないように手を貸してもらいたいの」
私は溜息を一つつき、頭の中で私の仕事を誰に割り振るかを考える。
まあいいか、雑務を人に押し付けられる。
私は解りましたと返事をして、詰め所へと戻った。
訓練開始二日目
この奴隷は盾だけで戦うと言い出した。
訓練初日の不甲斐無さから、色々考えたのだろう。
私は昨日同様、手加減をしながらも剣を振るう。
上手い、と素直にそう感じた。
ただの思いつきかとも思ったが、色々考えているようだ。
私の攻撃には魔力が込められている。力で受け止めようとすれば耐えきれず吹き飛ばされるだろう。
この男はそれを理解している。だから止めずに流すように動いている。
だが、それだけではすぐに追い詰められて詰む。
そうならない様、私の動きに合わせ、時には盾ごとぶつかってくるなど自身の立ち位置も考えながら防御をしている。
これは盾の理想的な使い方だ。本来なら、これに加えて剣で攻撃するのだが、こいつは実力不足を補う為それを捨てたのだ。
昨日よりは格段に動きが良い、だが……。
「甘い!」
私はフェイントで相手のバランスを崩すと、相手を思いっきり剣で吹っ飛ばした。
高志という奴隷は地面に寝転がり荒く息を吸っている。
何度か戦った後模擬戦を終わらせ、昨日同様走らせる。
根本的に基礎体力が不足している。暫くは朝から晩まで走らせる事にしよう。
「どう? 使えそう?」
高志の走っている姿を眺めていると、フェリス様が声を掛けてきた。
「面白い発想ですね。理にも適っていると思います。連携次第で十分実戦に使えると思いますよ」
私の返答にフェリス様は満足のようだ。
「でも、なんで盾なの? 両手持ちの武器ではダメなのかしら?」
「盾のみの方が生き残る確率が高い、そう考えたのでは無いでしょうか」
「だけど……」
フェリス様はあの戦い方を見て、実戦での使い道に気づいているのだろう。
「そうですね、あの戦い方の一番の……いや、唯一の使い道は……」
おとり、常に最前列で敵の攻撃を味方の代わりに積極的に受け続けなければならない。
戦い方を間違えれば、自分の安全のみを考え動かなければ、ただの臆病者だ。
味方は決してそれを許さないだろう。
戦場全体を常に見渡す広い視野も必要になってくる。
それが出来てこそ、この戦い方に意味が生まれるのだ。
今までにない兵科……。
当然だ、リスクが大きく知識と度胸が無ければ勤まらない。
「あいつ……、ちゃんと気づいてるのかしら……」
心配そうな顔をしている。よっぽど気に入っているのだろう。貴族の令嬢が奴隷に向ける表情では無い。
だが気持ちはわかる。
あの奴隷は普通ではない。
体力も無い、技術も無い。戦った事など一度も無いだろう。
貴族? いや、そんな雰囲気は無い。だが一般人とも思えない。
一般人にしては教養がありすぎる。
あの男は、戦いをした事が無いにも関わらず、゛理にかなった戦い゛をしてくる。
フェリス様が気に入るのがよくわかる。
面白い奴隷だ。
フェリス様がこの奴隷を買った時、正直驚いた。
確かに、あのオークションに出品されていた奴隷の中では、唯一マシな目をしていた。
コロコロ変わる表情も面白かったし、フェリス様を見て顔を青くした時など爆笑しそうになったものだ。
だがそれだけだ。
私はそれ以上の興味を覚えなかった。
だが、フェリス様は違った。
改めてこの人の凄さを理解する。
この方は、あの時瞬時に悟ったのだ、この奴隷の魅力を。
まあ、本能で生きてる野生動物みたいな所がある人ですからねぇ……。
「エリーゼ? なにか失礼な事考えてない?」
相変わらず勘が鋭い。
「いえ、気のせいでは?」
私はしれっとした顔で誤魔化す。
「それよりも、一つお願いがあるのですが」
その言葉に、フェリス様はジッと私の顔を見つめ
「そうね、まあいいわ、あなたなら貸してあげても。壊しちゃダメよ」
笑顔でそう答えるフェリス様。
そんなに解りやすい顔をしていたのだろうか……。
まあいい、許可を得たのだ。
新兵科の設立。
それに伴う部隊の編制。
連携訓練に実戦テスト。
自然と笑みが浮かぶ。しばらくは退屈せずに済みそうだ。
「ではフェリス様、私はさっそく人員の選定を行います」
「お父様には私の方から許可を得ておくわ。あなたの好きに動きなさい」
私はフェリス様に一礼し、詰め所へと向かう。
フェリス様のおもちゃ遊びに、私も仲間に加えてもらおう……。




