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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役転生記 〜久々に悪役を回避してみようと思う。〜

作者: syu-kuri-muumeeeee

 ある時は、学校追放。


 ある時は、国外逃亡。


 ある時は、首吊り自殺。


 ある時は、一家全員惨殺。



 私はこれまで数え切れないほどの悪事を働き、その度に報復に合い、時には死ぬこともあった。


 それでも、私は自分の行いを改めようとは思わなかった。


 これが私の役目だから。






**






 一番最初の私は、どこにでもいそうな根暗女だった。


 人と関わることが苦手で、胃痛とは大親友。思い通りに人と話すことが出来なくてはストレスを感じ、そんな些細なことも出来ずに苛々する自分にまたストレスを感じる。

 色々なことが苦痛で、どうして生きているのかさえ分からない日々。


 しかし、そんな私にも唯一の楽しみというものがあった。


 女性向け恋愛シミュレーションゲーム。


 所謂乙女ゲームというやつだった。


 現実ではすぐに吃る私も、ゲームの中ではすらすらと話すことができた。

 現実ではいつも胃痛に悩まされていた私も、ゲームの中では毎日元気に過ごすことができた。

 現実では恋なんて出来ない私も、ゲームの中では好きな人も恋人もできた。


 休日は家に篭って乙女ゲーム三昧。

 ゲームをしている時だけは、私も幸せになることができた。






**






 そろそろ次のゲームが欲しいと思い始めたころ、私は久々に出かけることにした。

 いつもは密林などでネットショッピングをするのだけれど、その日は珍しく体調がよかったからか、わざわざ店まで行ってみようと思ったのだ。


 しかし、それが私の運の尽きだったらしい。


 ゲーム類を取り扱っていて、家から一番近いお店が見えてきたところで、私は歩道に突っ込んできた大型トラックに轢かれた。


 体に何か大きな物がぶつかるような感覚がして、すぐに私の意識は途切れた。






**






 意識が浮上し目を開ける。

 しかし、視界はぼやけていてよく見えない。

 事故のせいだろうか。それにしても、まさか生きていたなんて。てっきり私は即死かと思った。


 すると、右から誰かの顔が視界に入ってきた。

 髪の毛が長いから女の人だろうか。


「あら、目が覚めたの? りーちゃんは大人しいわねぇ。全然泣かないわ」


 ――?


 私の名前に"り"なんて文字は入っていない。それに私はそう頻繁に泣いたりだってしない。この年になってまで、しょっちゅう泣いている人の方が珍しいだろう。


 何かがおかしい。


 しかし、相変わらず視界は冴えない。

 何がどうなっているのかを女の人に聞こうとしたところで、今度は左から小さい頭がこちらを覗いてきた。


「お母様、妹の名前はりーちゃんと言うのですか?」


 私には兄も姉もいない。

 嫌な予感がしてきた。


「そうよ。あなたの妹の名前は玖珠李里奈(くす りりな)。お兄ちゃんなんだから、妹の面倒はちゃんと見てあげてね」


「は、はい!」


 嬉しそうな返事とともに、私の兄らしい少年は、こちらへ手を伸ばしてきた。


 思わずその手を掴む。


 私のぼやけた視界でも分かる。私のそれはとても小さくて、まるで紅葉のようだった。

 自然と声が漏れる。


「あぶぅ」


「あっ!」


「まぁ! きっとお兄ちゃんだって分かったのね!」


 推定母と兄の嬉しそうな声を尻目に私は思った。


 どうやら私は、今巷で流行っている"転生"というものをしたらしい、と。






**






 それから私はすくすくと育ち、それはとても美しい令嬢となった。

 自分で言うのもなんだが、父と母の遺伝子が素晴らしいから仕方が無い。


 私の二歳年上の兄も、それはそれはとても美しく成長した。

 我が兄ながら、そこに居るだけで煌びやかで、眩しいほどだ。

 良いのは容姿だけではない。勉学も運動も何だって卒なくこなす。天は二物を与えずという言葉があるが、それはどうも違ったようだ。


 そんな兄の成長を間近で見るに当たって、私は一つ気付いた事がある。


 どうやら私は、今巷で流行っている"乙女ゲーム転生"というものをしたらしい、と。


 しかも私はこのゲームの悪役である。


 このゲームは、私が乙女ゲームをやり始めた頃にやったもので、ストーリーも大道。よくある、平凡な主人公がお金持ち学校に入学して、色んなイケメン御曹司と恋に落ちるというものだ。

 で、私はその攻略対象たちの中の一人である兄のルートのライバルキャラ、というわけである。


 私こと李里奈は大好きな兄を取られまいと、主人公にあの手この手で嫌がらせをしてくるキャラだ。

 最初は上靴が隠されたりと些細なものだったが、どんどんそれはエスカレートしていき、最終的には暴漢に主人公を襲わせようとしたりする。

 可愛い顔をしていて、なかなかやりおる奴である。


 そして肝心な、その後の李里奈の処遇についてだが、良くて退学、悪くて死亡といったところだろうか。


 ゲーム内ではあまり詳しく描かれなかったが、不運の事故か何かでごにょごにょごにょらしい。


 もちろん、私はそんなことを望んだりはしない。

 折角可愛い容姿を持っているのだから、今度は人生を謳歌するのだ!


「待っていなさい! 私のリア充生活(ライフ)よ! 死亡フラグなんてぶった切ってやりますわ!!」


 幸い、このゲームの記憶は結構残っている。


 こうして私の乙女ゲーム世界での、死亡フラグ回避生活が始まったのだった。






**






 と、私にも粋がっている時代がありました。


 結論から言うと、私の作戦はことごとく失敗した。


 ゲームの矯正力というやつだろうか。

 私がやって無いことも私のせいになり、見覚えの無い証拠品が出てくる出てくる。


 どうやら、決められた(ルート)を外れる事は出来ないらしい。


 もともと、一つのものに一生懸命になることが苦手な私は、早々に回避しようと努力することをやめた。


 必要だから悪役という役目があるんだよね、うん。恋には障害がないと燃えないもんね、うんうん。



 涙なんて流していない。これは汗である。そう、心の汗……!!





 それからも私は幾つもの乙女ゲームの世界に転生してきた。もちろん悪役として。






**






 どうもみなさんこんにちは、私です。


 今回私が転生したのは、現代日本にそっくりな日本。というか、普通に日本だ。


 私はとある高貴な一族の末端の一家に生まれた。


 末端と言っても金持ちには変わりない。一番最初の私の家に比べたら、雲の上のような存在だ。


 そんな家の長女として生まれた私は、明日からとある学園に通うことになっている。


 私立美森学園。


 都会にあるとは思えないほど大きく、文字通り自然がいっぱいな学校。

 お金持ちなら、いくら金を積んででも自分の子供を入れたい、と思うほど有名な学校だ。


 しかし、全寮制のこの学校は金を出せば入れるわけではない。


 入学するためには超難関入試を突破しなくてはならないのだ。


 幼い頃から学園の名前をいたるところで聞いてきた私は、当然自分もこの学校に入学するものなのだと思い、毎日必死に勉強をしてきた。

 末端でも一応お金持ちの一族の端くれだし。


 しかし、現在、入学式前日の夜。私の目の前には、美森学園への入学をどうにか止めさせようする、両親と弟の姿がある。


「わ、私たちを置いて行ってしまうのか……! こ、この親不こっ、うっ!」


 とおっしゃるのはお父様。

 そんな今生の別れのような台詞を言わないで欲しい。というか、言えていない。確かに未来は半分決まっているようなものだが、別に私だって死にたくて死ぬわけではない。


「ああ! わたくしがもっと早くに気付いていれば、こんなことにはならなかったのに! テストで良い成績を残す度に褒めたりなんてしなかったのに……!」


 とは、お母様の言。

 お母様のお陰で今まで勉強を頑張ってこれたというのに、この言葉はなかなか傷つく。あの時食べたご褒美のシュークリームは美味しかったなぁ。


「絶対に名前を言うなよ!? ちゃんと身元が確認できた、親しい友人以外には自分の口から名前を教えるなよ!? お前はぼやぼやしているんだから、庶民の学校に行った方が絶対にいい!!」


 と言うのは一つ下の弟。

 ペラペラと家名を吹聴しては、どこでいいように利用されるかは分からない。あまり発言力のない我が家の行く末を心配しているのだろう。しかし、実の姉に向かってお前とは聞き捨てならないな。


 その後も三人はやいのやいの言い続けるが、今となってはどうしようもない。私の入学は決定事項だ。


「はぁ……」


 そのため息はとても小さなものだったのだが、途端に三人は動きを止めた。

 私と同じ紫色の瞳を持った、綺麗な顔がこちらを見る。

 そのなんとも言えない心配そうな表情に、苦笑が漏れる。私、愛されているなぁ。


「そんなに心配されなくても、大丈夫です。今まであらゆることについて、しっかりと教育を受けてきました。我が家名に泥を塗るようなことは絶対にしないと誓います」



 そう、私は誓ったのだ。今世では悪役にはならないと。



 こんなにも私のことを思ってくれる家族は今までいなかった。

 むしろ無いものとして扱われることが多かった。悪役キャラだしね。


 だから久々に運命に抗ってみようと思う。


 この大切な家族を傷つけないために。



 こうして入学式前日の夜は明けていった。






**






 美森学園へ入学してからはや三日。今日の分の授業が終わった私は、学園の敷地内にある森の中を散策している。


 今までの転生でも、まず最初にしていたのは散策だ。


 やはりゲームと現実では建物などの距離感が違う。それを確認することによって、物事を有利に進めていこうという魂胆だ。


 森の中は空気が澄んでいるのか、歩いていてとても気持ちがいい。

 こんなに清々しい気持ちになるのは久しぶりだ。

 ここ数日、誰が攻略対象で誰が主人公なのか神経を尖らせていた。しかし、それらしき人物は一向に見つからず、私はすっかり疲弊しきっていた。


 そう、思い出せないのだ。


 私はまだ、この世界がどの乙女ゲームの世界なのかがわからない。

 今までならこの時点で分かっていることが多かったのだが、今回は全くそんな気配がない。

 これでは、死亡フラグを回避しようにも何もできない。


「困った……」


 しかし、ここで諦めてはいけない。家族みんなで幸せに、平和に生きていくのだ……! と決意を新たにしたところで、森の奥から人の声が聞こえてきた。


「……い?」


「……んっ! あ……こっ! 」


 どうやら二人いるようだ。

 こんなところで何をしているんだろうと思い、ゆっくり音を立てないように進んで行く。

 セキュリティ万全な学園に限って無いだろうけど、不審者だったら嫌だしね。私、自慢じゃないが、武術は殆ど出来ないのだ。


 近づくにつれ、声がどんどん明瞭になっていく。


「君……どこ……い? 早く……楽に……」


「わた……ちが……やめ! あっ! んんっ!」


 あ、もしかして……と思いながら木の陰からそっと声がする方を覗くと、そこには、何というか、やっぱりというか、その、大きな木の前でにゃんにゃんしている二人の生徒がいた。

 入学三日目でこんな所に遭遇するなんてついていない。


 私が居ることに気がついていないのか、男子生徒は女子生徒の首元に顔を埋め、女子生徒は声をあげている。


 私には、他人がにゃんにゃんしている所を覗く、などという趣味は無いので、立ち去ろうとしたのだが、二人が絡み合っている方から思いも寄らない音がした。


 ぐちゃ、ぬっちゃ、ガリッ。


 それはまるで骨ごと生肉を咀嚼するような……。


 頭の中に警告音が響く。それにあわせて冷や汗が吹き出した。

 しかし、私の身体は警告に反して振り返った。


 ごとん。


 そこには頭の落ちた女子生徒と、血塗れになった男子生徒の姿があった。


「……!」


 身体に震えが走る。息が上手く吸えない。何が起こったのか分からなかった、否、分かりたくなかった。


 ぐちゅ、ねちゃ、ぬちゅ。


 男子生徒はなおも女子生徒だったものに顔を埋めている。


 気持ちの悪さに耐えられなくなって、その場で嘔吐く。

 灰色の長い髪の毛が汚れてしまったが、そんなものを気にする余裕はなかった。

 涙が出てきた。手が震える。


 こんなことは初めてだった。


 私がしていた乙女ゲームはどれも全年齢向けの健全なものだった。

 危ない場面でも主人公は駆けつけた攻略対象によって必ず助かる。

 それなのにこんな目に遭うなんて……。


 酸素が足りていない様で意識が盲ろうとする。足に力が入らなくて立てない。


 ぼんやりとする視界で地面を見ていた私の耳に、砂利を踏む音が響いた。


 ざっ。


「!!」


 身体の震えが大きくなる。

 きっと、さっきの男子生徒だ。

 どうやら見つかってしまったらしい。

 濃厚な鉄の匂いが周りに充満する。


 頭の中で何かが、がんがんと響く。

 再び襲ってきた嘔吐感を堪えて、ゆっくりと顔を上げる。


「ひっ……」


 私は後悔した。

 そこにはもちろん血塗れの男子生徒。


 それを見た私の意識は、一気に黒く塗りつぶされる。



 意識が途切れる寸前にみたものは、綺麗に弧を描いた真っ赤な目だった。



**



 目が覚める。

 天蓋と背中の柔らかい感触。私はベットに寝ていたらしい。

 身体を起こして周りを見回すが、カーテンが閉めてあるのか殆ど暗くて見えない。

 しかし、雰囲気から察するに、実家の私室でも寮の私室でもなさそうだ。


 そして仄かに香る、鉄の匂い。


「うっ」


 頭がずきんと痛んだ。

 私はここへ来る前には何をしていたのだろうか。思い出せない。

 冷や汗が吹き出し、鼓動が早くなる。


 すると扉が開く音がした。


「おや、目が覚めたのかい?」


 そう声をかけて近寄ってきたのは、銀色に輝く髪と瑠璃色の瞳を持つ青年だった。


「あ……」


 その青年は三日前に壇上で見た生徒会長、一條煌雅(いちじょう こうが)その人であった。

 非常に整った容姿をしていたし、その役職から攻略対象ではないかと疑っている一人だ。

 そして彼の家、一條はホテル経営を主にやっている、とても有名な会社である。


「あれ? 僕のこと知ってる?」


 そう言いながら一條先輩はベッドの端に座った。

 香水でもつけているのか、先輩からはやけに甘い匂いがする。

 しかし、その匂いのお陰か、少し気分の悪さが遠のいた。


「はい。生徒会長の一條先輩ですよね? 入学式の祝辞、とても素晴らしいものでした」


 すると先輩は幼い子供のように、無邪気ににこっと笑った。そういう笑い方をしそうな人では無い、という印象があったため驚いた。


「そっかぁ。君みたいに可愛い子にそう言ってもらえると嬉しいね」


「!」


 先輩が向けてくる笑顔とその台詞に顔が熱くなる。私はこういう経験は豊富では無いのだ。

 何のフラグだ。

 赤くなったであろう頬を誤魔化すように、私は早口で捲し立てた。


「あの! 私はどうしてここに!」


「ああ、君は北の森で倒れていたんだよ。ちょうど散歩していたら、見つけてね」


 どうやら私は散策途中に森で倒れていたらしい。

 どうしてそんなところに倒れているんだと、今度は違う理由で顔が熱くなる。

 今この場に穴があったら、喜んで入ろう。


「寮に連れて行った方が良かったんだろうけど、如何せん、君が何処の寮生かが分からなくて。ここは生徒会寮のゲストルームだよ」


「す、すみません……」


 ここの学園は全寮制であり、かつ、多くの学生が通っているので、寮がいくつかある。

 その中でも一番豪華なのがこの生徒会寮。

 生徒会に所属している生徒は超大金持ちの一族の子息、令嬢であることが多く、生徒会の仕事も大変らしいので、休む時はゆっくりと休めるようにと他の寮に比べて内装は豪華に作ってあるらしい。

 道理で天蓋付きのベッドなんてリッチなものに私は寝ていたわけだ。


 それにしても、先輩は優しい人だ。

 これからは生徒会寮に足を向けて寝られないな。


「本当にご迷惑をかけてしまいした。私はこれでお暇させていただきますね」


 私がベットから降りようとしたら、突然先輩に二の腕を掴まれた。

 その掴む力があまりにも強くて驚いた。


「えっ?」


「!」


 先輩自身も目を丸くしたが、直ぐに腕から手を離した。


「ああ、すまない。外はもう暗くなっているだろうから、君の寮まで送ろう」


 私はその言葉に慌てた。流石にそこまでしてもらう訳にはいなない。今まで散々迷惑をかけてしまったのだ。これ以上先輩を煩わせるのは申し訳なかった。


「えっ? いや、いいですよ! 体調も良くなりましたし、寮までの路もきちんと分かってます」


 すると、先輩はずいと顔を近づけてきた。

 甘い匂いが私の辺り一面に広がる。


「夜は危ない。色々なものを惹きつけるからね。それに、僕が君のことを送りたいんだ」


 もちろん私に拒否権は無かった。





**





 先輩と並んで寮への道を歩く。


 辺りはすっかり暗くなっていて、月が出ている。

 今宵は満月だ。


 何か話をした方がいいのだろうが、気が利かない私はこれといって面白い話題を持ち合わせていない。

 どうしようと悶々としていたところで、先輩に声をかけられた。


「少し近道をしようか」


 そう言って先輩が私の手を引いたのは、森の中だった。

 夜の森ははっきり言って怖かった。何か良く無いものが出てきそうだ。


「せ、先輩、本当にここを通るのですか? 足元もよく見えないし、危ないですよ?」


 その間にも先輩の足はとまらず、ずんずんと奥へ進んで行く。

 私は手を引かれているため、転けそうになりながらも、その後について行った。


「ははっ! 面白いことを言うね。君は見えない種族なのかい?」


 そして突然先輩は笑いながら止まった。



 振り返った先輩の目の色は真っ赤だった。



「!」


 冷たい汗が滲み出て、膝が震えた。

 先輩の口は弧を描いていたが、目は全く笑っていなかった。


「いつまで茶番を続けるつもりだったのかなぁ? 」


 茶番?

 何のことだか私にはさっぱりだった。


「そんなに力の弱い魅了で、僕を服従させることができると思っていたの? 一條の名も舐められたものだねぇ」


 魅了?

 もちろん私は、そんな奇怪な能力は持ち合わせていない。ただの一般人だ。

 先輩は何か誤解をしているのでは無いだろうか。


「な、何か、ご、ごか、いを、してい……」


「はぁ? まだ惚けるつもり? 君、見ていたでしょ? 森の中で僕が食べていたの」


 その瞬間に私の脳内に昼間の光景が流れ込んできた。



 鉄の匂い、落ちた頭、滴る赤い液体。



「うっ……!」


 すぐに悪心を抱くが、胃の中は空のようで、口の中が酸っぱくなっただけだった。

 しかし、気分の悪さで膝の力が抜ける。


「おっとぉ、何勝手に座ろうとしているのかなぁ?」


 そう言って先輩は私の髪の毛を掴む。


「あ……」


 気付いた時にはもう遅かった。

 私の口から間抜けな声が漏れる。


 はらり。


 灰色の髪の毛の間から黒いものがこぼれ落ちる。


 それは私の本当の色だった。



「は?」


 先輩の手には灰色の髪の毛の束。

 目の前には重力に従い、地面にお尻をつけた私。


 呆然としていた先輩は、肩を震わせて笑い出した。


「あはははは! なる程ね! そういうカラクリだったわけだ!!」


 先輩は私の前にしゃがみ、両手を私の肩に置いた。

 それと同時に甘いにおいが周りに充満する。頭の中が痺れるような、今までよりも更に甘く濃密な匂いだった。

 身体の震えも、吐き気も収まった。


「君は、人間なんだ?」


 先輩が優しく問いかける。

 その質問の意図が全く分からず、私は困惑する。


「……?」


 クスクスと笑ながら、先輩は私の首元に顔を近づけた。

 そしてざらりとした感触。


「っ……」


 さっきとは違う意味で私の身体は震える。

 頭に霧がかかっていった。


「甘い」


 濡れたところに吐息がかかりくすぐったい。


「ここで食べてしまうのは勿体無いな」


 私には、先輩が何を食べてしまうことが勿体無いと考えたのかは分からなかったが、勿体無いと思うほど美味しい物なんだろうということはぼんやり分かった。

 顔を上げた先輩は私に向かって優しく微笑む。


「他の奴らに取られたら困るね」


「はい……」


 私も微笑む。


「君、名前は?」


 なまえ、名前。

 私の名前は……?


藤枝(ふじえだ)咲夜(さや)……」


「藤枝……?」


 そこで先輩は少し考える素振りをした。


「んー、聞かない名前だね。まぁ、美森学園(ここ)へ入学してくるぐらいだし、大丈夫かな?」


 何が大丈夫なのだろうか。


「咲夜、少し痛いと思うけど我慢してね。これは僕たちにとって大切な儀式だから」


 そう言うや否や、先輩はさっきと同じところへ顔を近づけ、歯を立てた。


「っ!!」


 瞬間、鋭い痛みが走る。身体が熱くなり、心臓が波打つ。

 とっさに先輩の肩を掴んだ。ぐしゃぐしゃになったブレザーの上着なんて、目に入らない。

 全身を得体の知れない何かが駆け巡る。

 その気持ち悪さに、今すぐ先輩を突き飛ばしたい欲求に駆られた。

 しかし、私は先輩の言葉に従い必死に我慢した。

 コレは大切な儀式なんだ。


 大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な。


 それは数秒間のことだったかもしれないが、私にはとても長い時間に感じた。


 顔を上げた先輩の口は艶かしく濡れていた。

 背後で輝く月も相まって、先輩の姿はとても神秘的だった。

 私は荒い息をしながら、涙で滲んだ視界でそれを見ていた。


「ごめんね。痛かったね」


 少し眉根を寄せて、先輩は優しく私の涙を拭ってくれた。

 たったそれだけの行為でも、首の痛みが軽くなったように私は感じた。


「でも、これでずっと僕たちは一緒だよ」


 こつん。

 先輩と私の額がぶつかる。



「永遠に、ね」




 重なる二つの唇。



 柔らかいそれは、とても甘い味がした。





 こうして私は先輩のモノになったのだった。






**






 美森学園に入学式してはや一ヶ月。


 私は今、生徒会室で書類整理をしている。


「咲夜、僕、疲れた」


 そう言って背後から抱きついてきたのは、生徒会長である一條煌雅先輩。

 一気に周りに広がる甘い匂い。

 しかし、私は今、来週行われる文化祭の要望書整理で準備で忙しいのだ。

 右手で書類を捲りながら、左手の甲で抱きついてきた先輩の頭をぺしぺしと叩く。


「煌雅先輩、きちんと仕事をやってしまってから休憩はとって下さい。他の方に示しがつきませんよ」


 うーだかあーだかよく分からないことを言っていた煌雅先輩が、いきなり私の左手を掴んだ。


 しまった。


 そのまま私の左手は煌雅先輩の口元へ。


 ぺろり。


 指を舐められる。


「ちょー! やめてくださっ!!」


「美味しい、甘い、幸せ」


 必死に左手を取り戻そうとするが、どこにそんな力があるのか、煌雅先輩の手はピクリともしない。

 これは何という羞恥プレイだ。


 騒いでいた私と煌雅先輩の周りに、他の生徒会メンバーが集まってくる。


「あのさぁ、そういうことは他所でやってくれる? 」


 苦笑いをしているのは副会長の二木(にき)先輩。

 生徒会の頼れるお兄さん的存在である。


「不純異性交友は禁止だと生徒手帳にも書いておろうが! 戯け者め!」


 そう言って煌雅先輩を抑えにかかったのは、生徒会書記の三ツ葉(みつば)先輩。

 見ての通り、堅物である。しかし私にとってはとても有難い人物ではある。


「そうだよう! ふっちーはみんなのものだよねえ?」


 にこにこしながら私の手を取ったのは会計の四之原(しのはら)君。

 私と同じ一年生なのに、入学早々生徒会役員に抜擢された秀才君だ。


「ボクにもその綺麗な髪の毛を見せて欲しいなあ」


 そしてその手は私の灰色の髪の毛に伸びる。

 しかし、その手が届くことはなかった。


「僕の咲夜に触らないでくれるかなぁ」


 すぐ後ろから聞こえる声には殺気が滲んでいた。

 いつの間にかに三ツ葉先輩の包囲網を抜けた、煌雅先輩が私を抱きすくめる。

 三ツ葉先輩は生徒会室の隅に転がっていた。なむなむ。


「わあ! びりびりするう! 先輩の力は相変わらず凄いですねえ!」


 嬉しそうに言いながら、四ノ原君は戦闘態勢に入る。


「へぇ! 四ノ原如きがこの僕に勝てるとでも思っているのかなぁ? おめでたい頭だねぇ」


 私の頭の上でバチバチと火花が散る。


 私は唯の人間なので、巻き込まれたら確実に死ぬ。


 四ノ原君の後ろで、三ツ葉先輩をソファーまで運んでいた二木先輩に目で必死に訴えかける。


 私、まだ、死にたくありません!


 すると私の思いが伝わったのか、二木先輩はやれやれといった風に肩を竦め、四ノ原君の背後に立つ。


「はいはい、生徒会室が壊れるからやめてねー」


 言いながら四ノ原君の髪の毛をガシッと掴んだかと思うと、首に手刀を入れた。


 四ノ原君の頭と身体は綺麗に二つに別れた。


「!!」


 思わず煌雅先輩にしがみつく。


「別に死んでないし、そのうち再生するから心配いらないよ」


 とは二木先輩の言。


 そうなのだ。


 この世界には人ではない生き物が多く生息している。

 主に私たちが所属する、この上流階級に。

 彼らは見た目は人間とは変わらない。が、誰もが見目麗しく、美男美女ばかりだ。

 髪の毛の色も特徴的で、派手な色をしているものが多い。ショッキングピンクに蛍光オレンジなんでもござれ、だ。


 そして、一番の特徴は、その食性にある。


 彼らは植物だろうが、動物だろうが、極端な話、同種だろうが食べることができる。気に食わない奴がいれば、食べてしまう、ということも可能だ。まさに弱肉強食である。


 そんな彼らにとって一番の好物は人間だ。

 人間は香りはもちろんのこと、舌触りもよく、最高の食材だそうで。


 しかし、現在、人間を食べることは禁止されているらしい。


 人間はその美味しさゆえに中毒性が高いとかなんとか。

 どこの麻薬だ。


 そういう理由で人間の乱獲、盛んな売買などが行われるようになった。

 一時は絶滅するかもしれないというほどにまで陥ったらしいが、厳しい取り締まりが行われたことにより今はまた一定数にまで増えた。


 で、その人間についてだが、人間は基本的に一般市民にしかいない。


 昔は上流階級にも多くいたそうだが、弱肉強食は伊達じゃない。どんどん数は減っていき、今ではいない。


 では、私こと藤枝咲夜はどうなんだ、という話なのだが、私は所謂先祖返りというやつらしい。

 だから、私は人間しか持ち得ない黒い髪の毛を持っているのだ。


 このことについて、私はあの夜まで全く知らなかったのだが、そのことについて私の家族は


「咲夜が私たち家族に食べられるのではないか、と怖がられることが怖かった」


とのこと。


 流石に私だって実の家族にそんなことは思うまい。


 そして、恐怖対象だらけの学園で、私がなるべく安全に過ごせるようにという思いによって贈られたものが、今私がかぶっている灰色の髪の毛のウィッグである。


 これは家族みんなの力が注いである、お守りなのだ。


 人間から発せられる、彼らとは異なる匂いを抑えてくれる。この匂いに、彼らはとても強く魅きつけられるらしい。

 また、この灰色の髪の毛は、一目で人間だと分かり、かつ、目立つ私の黒い色を隠してくれる。


 本当に私のことを思ってくれる家族で、涙が出てきそうだ。


 しかし、そのせいで私は死ぬほど怖い思いもしたのだが。


 そして、普通の日本とか冒頭に吐かした奴は誰だ。


 私だ。


 ……。


 まぁ、それは置いておこう。



「本当に可愛いね、咲夜は」


 そう言って煌雅先輩が私の髪の毛に顔を埋める。

 は! そうだった。私はまだ仕事が途中だったのだ。


「はいはいはい! さっきも言いましたが、まだ今日の分の仕事は終わっていませんよね? 私の仕事はあと少しで終わるので、先に帰らせてもらいますよ?」


 私が言い終わってからの、煌雅先輩の行動は早かった。

 目の前に転がっていた四ノ原君の身体を踏み、自分の机に着くと、目にも止まらぬ速さで書類の決裁を行っていく。


「ふぅ」


 それを見てため息をついた私は、自分の机に着く。


 いつもこうなら助かるのだが、私に一度くっ付くと離れない時もある。

 私は色々な意味で弱い。だから、なかなか強く言うことが出来ないのだ。


 それに、みなさんはお忘れかもしれないが、私は悪役である。


 この世界での攻略対象だと思われる生徒会の面々に、振り回されるだけではダメなのだ。

 むしろ、自分が周りを振り回すぐらいの勢いがないと……!

 と言っても、私は死亡フラグは立てたくない。

 だから、この世界の主人公が現れるまでは、周りとの丁度良い距離感を測ろうと思っている。

 そして、悪役としての役目を回避し、主人公と誰かをくっ付けた後、フェードアウトが出来たら私にとって大団円だ。




 望むものは私と家族の幸せのみ。





 この世界における、私の悪役回避生活は、まだ始まったばかりである。

主人公は気付いていなかった。

フェードアウトなんて出来るはずがないということに……。



さて、如何だったでしょうか?

少しでも皆様に楽しんでもらえたのなら幸いです。


この後、主人公こと咲夜ちゃんは、誰かに刺されそうになったり、また別の誰かに刺されそうになったり、お家騒動に巻き込まれたり、まぁ色々とあるのですが、それは皆様の脳内補完ということでよろしくお願いします。


続き? そんなもの無いよ!



このような駄文を最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。

誤字・脱字がありましたら、こっそり教えてもらえると嬉しいです。


感想もお待ちしておりますよ〜。




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