ミンギと俺
ずっしりと肩が重くなった。それでもゲームを続けて、何とかステージをクリアしたところで俺はそっとコントローラーを床の上に置いてテレビ画面から目を離す。
別にやりすぎたわけじゃない。まだ始めたばかりだ。
俺の胸元にはしっかりと腕が絡み付いてる。ゲームに夢中になる俺に彼女が拗ねて構ってほしくて抱きついてきたとかだったら可愛かったのに、残念ながらそうじゃない。
可愛いと言えば可愛いんだ。確かに。
「ミンギ?」
呼びかけて振り向けば近くにミンギの顔があって驚いた。それこそ唇が触れそうな距離で。
「何ですか? ヒョン」
ミンギは首を傾げてみせる。整った顔はあどけなさを残して、可愛らしさにドキッとするくらいだ。
安敏基は男だ。俺をヒョンと慕う後輩で、韓国からの留学生。困ってたっぽいとところを助けたら懐かれてしまったらしい。
別にミンギのことは嫌いじゃない。ヒョンと慕われて悪い気はしないけど、過剰な気もする。
「どうぞ僕のことは気にせずヒョンはゲームをしてください」
「そう言われても……」
にっこりと笑顔を見せられても、お言葉に甘えて、とはいかない。
新しいゲームを買ったから一緒にやりましょう、と誘ってきたのはミンギだ。
財布と相談した結果、泣く泣く見送るしかなかった新作ゲームに釣られる形で俺はミンギの家にやってきて、促されるままに一人でゲームを始めた。
ミンギはじっと俺の後ろから見ていたかと思えば、なぜかおかしなことになった。最初の内は、なんか髪の毛触られてるなぁとか思ってたけど。誰がこんなことになると予測していたか。
「重いよ、ミンギ」
この状態でゲームを続けたら明日は確実に肩が懲りそうだ。
「じゃあ、こうします」
首に巻き付いていた腕は腰に移動して、ぴとっとくっついたミンギの体温を服越しに感じる。
「だから、何でひっつくの」
悪化してると思うのは俺だけか。
「ヒョンは僕にくっつかれるの嫌なんですね……わかりました」
少し寂しそうだったけど、やっとミンギは離れてくれた。何だろう、この心臓が痛む感じ。俺が凄く悪いことしたみたいな感じ。
「じゃあ、こうしましょう」
それからミンギがもぞもぞと移動して……
「ここで見てますから心おきなく」
床に座る俺の足の間に入り込んでミンギが満面の笑みでコントローラーを差し出してくる。
「いや、お前、でかいから邪魔だよ」
可愛い顔をしてミンギの身長は百八十センチ以上。俺なんかギリギリ百七十なのに。ちょっと悔しい。
「ヒョン……」
しょんぼりするミンギに俺はどうしたらいいかわからなくなった。
後輩の家でゲームをやらせてもらってる手前、いくら先輩とは言っても威張れない。いや、そもそも、半ば強引に連れ込まれたような気がしなくもない。
元々、ミンギはやけにボディタッチが多いなぁと思うところがあった。
ホモかと疑ったりもした。怖くてミンギには聞けなかったけど。
だって、俺は別にイケメンでも何でもない。多分、普通だ。背も低いし。対してミンギは女子にやたらモテる。それなのに、女子の誘いを断っては俺のところにくる。
でも、考えてみれば、いくら同じアジア系とは言ってもミンギは外国人だ。男同士で仲良く手を繋ぐ国だってあるって言うし。
それから、韓国人は男同士でもよくスキンシップをすると教えてくれたのは同級生の女子だった。
きっとミンギ君も家族と離れて寂しいのよ、と言われて俺はすっかり納得してしまった。可愛い後輩に俺も舞い上がっていた。
ミンギは末っ子でお兄さんとお姉さんがいるという話を聞いたことがあった。だから、俺を日本での兄だと思ってるんだろう、考えることにした。
そうしたはずだったけど……。
一切れ千円もするような高級ケーキを口に押し込まれる午後三時。可愛い彼女ならまだしも、なぜ、俺は男に「あーん」をされてるんだろう。
あれから数十分後、俺はじゃれてくるミンギをペットだと思うことに成功していた。俺が諦めて好きにさせてやることにした。
けれど、完璧に俺の方が餌付けされてるんじゃないかと思い始めた。昼はミンギが作ったキムチチャーハンをごちそうになった。寂しいから一緒に昼食を食べてほしいと言われて断る理由もなかったし、チャーハンは美味しかった。
ケーキも美味しい。ミンギはニコニコしながら俺に食べさせてくる。
ただ、問題はケーキが一つしかなかったことだ。俺は良いからミンギが食べればって言ったのに「ヒョンのために買ったんです」と言われたら食べるしかない。俺のためにこんなに高いケーキを買わなくても、とは思うけど。
ミンギの女子力が怖い。
ケーキを食べた後は勧められるがまま漫画を読んで、やっぱりミンギがくっついて……よくわからないけど、幸せだと思ってしまう辺り俺はもうミンギから離れられないのかもしれなかった。
男性が年上の男性を呼ぶ時に使うのがヒョン(お兄さん)です。