エイプリルフールのような 3
二部の続きです。
そのセリフに少年は目を丸くし声の主を見る。
仮面の女は言葉を続け
「ただし条件つきで。私はあなたを助け続ける。だからあなたは私の頼みごとを聞いてほしいの。どうかしら?」
問われる少年の耳には「助ける」という単語しか入っておらず、他の言葉は入ってこない。
そして小さな希望にすがりつくように全力で首を縦に振る。
肯定の返事を確認した彼女は、少年の頭を優しくなでる。
そして迫り来る殺人犯の進行方向、少年を男から守る形で二人の間に仁王立ちする。
男は鋭い眼光を細め、仮面の女をにらみつける。
そして男は歩みを続けながら何かを呟きだす。だがここからでは口を動かしてることしか確認できず声は聞こえない。
すると男の周りから蛍のように淡く、小さな光が発生する。
それらは男の右手へ集まりだし、消え入りそうにか細い輪郭を形作る。
長い棒のように見える光のシルエット、それが右手に握られている。
――淡い光がすべて、その棒へと吸収され
――棒は先の方から光を失っていき、代わりに銀色が現れる。
やがて光は全て消失し、男の手には銀の光沢を持つ一メートル強の諸刃の剣が握られていた。
中世の騎士が持っていそうな重量感のある長剣、それを地面に擦らせながら男はそのまま歩みを止めることなく、ゆっくりと近づいてくる。
少年は夢を見ているような虚ろな目で先の“奇跡”を目撃している。
一方仮面の女は驚く素振りを見せない、それどころか今の“奇跡”を見、
「――模倣。ざっと一万といったところかしら」
なにかの自己分析をする。そして組んでいた腕をはずし、軽く身構える。
対する男は変わらず歩いていたが、ここで変化が起きる。
ちょうど仮面の女との間合いが十メートルを切ったあたりで
急に男が、前に倒れこむように身体を前方へ投げ出す。
まるで目の前にベットでもあるかのような脱力した動き。
だがそれは彼女を殺すための初動だ。
あと少しで地面にあたる、というところで地面が男の足元を中心にへしゃげ、ほぼ同時に男の姿が消える。
空気が張り裂け、突風がふく。
――金属が衝突したような甲高い音が響き渡り、男は目の前の仮面の女と鍔迫り合いしていた。
一瞬にして十メートルの距離を縮めた男、それは人間離れした業というほかないが、それと同じ、いやそれ以上に人間離れした、現実離れした状況がそこにはある。
鍔迫り合いしている二人、男の長剣に対抗しているのは、何物でもない彼女の生身の左腕だ。
左上から斜めに振り下ろされた剣を彼女がガードしているのだが、その腕には血はおろか傷一つ見受けられない。
彼女は防御の左腕を自分の身に寄せる。力負けしている?そうではない。次へと繋げるフェイクだ。
腕が少し下がったことを感じた男が剣に体重を乗せ押し切ろうとする。
その動きに対し彼女は待っていたように急に重心を後ろに下げる。
意表を突かれた男はほんの一瞬、体勢をを崩す。それが命取りだ。
彼女はまるでつかまれた腕を振り解くようにして男の剣を、その左腕で振り払う。
二度目の甲高い衝突音。
剣は弾かれ後方へと勢いよく飛びそうになるが、男の手から離れることはなかった。
結果、後方に向かうその力は男をのけぞらせ、さらに体勢が崩れる。
彼女は男が体勢を立て直す前に、払った左腕の遠心力を活かし、両腕で円を描くように回転をかける。
そして回転運動によって右の腕を持ってくる、さらに下がった重心をうまく前に持っていき
そして――――振り抜く!!!
右の拳は男の顎へクリーンヒット。骨が砕ける鈍い音をさせ、ゴミのように吹っ飛ぶ。
そしてコンクリートの壁へ激突。地面へと力なく倒れこむ。見れば壁には激突部分を中心として亀裂が生じており、男が衝突したときの威力の強さ、言い換えれば彼女の力の強さを物語っている。
男の手に剣が握られてから、ほんの数秒。まさに瞬く間のできごとだ。