エイプリルフールのような 2
一部の続きです。
○ ○ ○
四、五つほど道の角を曲がり、やがて閉鎖された工場のような場所に行きつく。
そして建物と建物の間に駆け込む。荒い息をひたすら殺し、物音をたてないようにその場にしゃがみこみ静止する。
だが手足は意識とは関係なしに大きく震える。膝を抱く姿勢ののためその震えは全身へ伝わる。恐怖のため見開かれた目は前方の一点を見つめるばかりだ。
少年が人生で一番の嫌な緊張感を味わっている時、不意に後ろから声が放たれる。
「ねえ、君」
語りかけられた少年は恐怖とあまりの驚きに、声のする方を向くことも叫び声を上げることもできない。固まってしてしまった少年に対し声の主は
「ねえ、ちょっと君」
と両手で少年のアゴと後頭部をつかみ、無理やり自分の方に向けさせる。
「………………」
少年が見たのは仮面、そう仮面だ。アフリカやアマゾンの奥地の民族が儀式で使いそうなおかしな仮面。それをつけた人が少年の目の前にいるのだ。声をかけられた事以上の驚きに、硬直して仮面を凝視する少年だったが数秒後、絶叫を上げ――
る寸前でその仮面の人に口を押さえられ、かろうじて声は出さずにすむ。
やがて窒息状態になっている少年の口から、”仮面の人”の手が離される。
「危ないわね、ここで叫んだら奴に見つかっちゃうでしょうが」
仮面の人が息を切らす少年に対して言う。
「ほら、とりあえず深呼吸して。吸ってー、吐いてー」
錯乱状態の少年は言うとおりにし、落ち着きを取り戻す。そこで初めて仮面の人が女性であることに気付く。
腰まで伸びる長くつやのある黒髪、メリハリのあるスタイルに、そもそも声が女性の声だ。雰囲気から察するに相当の美人ではないか、と想像してしまうが変な仮面のせいで顔はまったく見えない。
少年は今おかれた状況を必死に理解しようとするが、カケラもわからない。そんな混乱気味の頭でなんとか知恵を搾り出す。
そして涙目で仮面を見つめ
「た……助けてください」
震え声のひどくか細い声で懇願する。
この怪しい仮面の女が、さっきの殺人犯の仲間の可能性も無くはないが、今の少年はワラにもすがりたい思いで、ろくに思考も回っていない。
とはいっても、もし彼女が本当に殺人犯の仲間なら今頃少年は殺されているだろう。
「ん~その前に……とりあえず」
彼女は一度言葉を切り、少年から見て左方向、少年が逃げてきた方向へ、そのしなやかな人差し指を向け
「見つかっちゃったみたい」
楽しげな口調で彼女が告げる。
少年が恐る恐る指された方を見ると、そこにはあの血まみれの男が静かに歩いてきていた。
事実を確認してしまった少年の顔はみるみる青ざめていき、脂汗を滝のように流す。
呼吸は荒くなり、その足は恐怖のあまり激しく震える。
少年は仮面の女のことなんか目にも止めず、挙動不審な動きであたりを見回す。必死に逃げ道を探しているのだ。
だがこの場所は建物と建物の間にできたスペースであり通り抜けできる道はない。
両側、そして後方はコンクリートの壁。前方は゛処刑台゛への一本道だ。
……終わった
少年は直感的に悟る。どうあがいてもここから生き延びることは出来ないことを。
少年はうつむき目を瞑る。
これは悪い夢なんだ、次に目を開ければきっといつものベッドの上に……、と安い現実逃避をする。だが足音は聞こえる、この路地の中で反響し増幅し、ゆっくりとだが確実に近づいていることが分かる。
この音が少年を現実世界へ繋ぎ止めている。見たくないものから目を逸らしても結局は逃れられず、何の解決にもならない。
響く足音が大きくなるのを感じ、現実逃避という思考すら霧散する。目を開けようとも思うが、もし男がすぐ目の前まで来ていたら、と考えると恐怖で見れない。少年は何もできない、全身を震わせ目を瞑ることしかできない。そしてあまりの恐怖に叫び声を挙げそうになったその時、
不意の横からの声で中断させられる。
「いつまで目を瞑ってるの。ほら、目開けて現実をよく見なさい」
仮面の女の存在をすっかり忘れていた少年は、驚きとともにゆっくりと声のする方を向き、目を開く。
そこには変わらずおかしな女が立っていた。
パニック状態の頭で、何も考えれない少年へ
「助けてあげてもいいわよ」
救いの一言がかけられる。