エイプリルフールのような
初投稿作品です。
少しでも気づいた点、良いものでも悪いものでもありましたらズバッと感想を書いていただきたいですm(__)m
――――四月一日
「O.T.Oの奴らに気付かれるようにやってくれとは言ったが派手にやり過ぎるなよ。
くれぐれも目撃者を出すな、もし見られたなら即刻消せ。――事前の確認は以上だ。では五分後にスタートだ、うまくやってくれ」
一人の女が通話を終了する。
長い黒髪を風になびかせながら、眼前に広がる街を眺める。
小高くなったこの丘からは街の全体を見渡せる。店や公共施設、家々が立ち並びそれなりに繁栄しているようだが都会と言うには程遠い。
昼を過ぎたというのに辺りは薄暗い。見れば空は低い雲に覆われ、今にも雨が降りそうだ。
「この極東に来るのも久しぶりね…………今回の子は合格できるかしら?」
先程の電話とは全く違う、透き通る声で一人呟く。
視線の先、数キロほどの場所に一人の少年が歩いている。
間もなく開演する舞台
彼女の手掛けた戯曲
主人公に抜擢された少年
何も知らされず、一方的に始まるこの物語
少年は演じ切れるだろうか
世界が終わるその日まで。
――――同刻
今年の春は冬の寒さを残す肌寒いものだ。
例年ならば桜が咲き乱れている頃だが、ここにある川沿いの桜並木にはもうしわけ程度の小ぶりの花しかついていない。
しかも今日は重そうな暗雲が立ちこめており普通の道はおろか、この時期の散歩コースの定番である桜並木にも人の姿がない。
そんな日に、桜並木のあるこちらへと向かう一人の影がある。
シルエットだけ見れば、ガッチリとした体格に見えるが、恐らく着がさねしているせいだろう。
顔を見ればまだ子供っぽさの抜けきらない少年だとわかる。
少年は灰色の空をながめながら
「空から美少女でも降ってこないかなあ。それか異能の力に目覚めて人助けしまくるスパイダーマン状態になりたいな」
アホなことを一人つぶやく。
そして少年は特別いいわけでもない顔を寒さによりこわばらせながら、慣れた手つきでスマホを扱う。
画面に写っているのは、ここ最近のニュース一覧だ。
『三十代女性、変死体で発見』『強盗殺人容疑で四十代男性逮捕』『ヨーロッパで爆破テロ相次ぐ』というような見出しがトップを飾っている。
悪い表現だが、もう見慣れてしまったような事件ばかりだ。少年はそれらの見出しを見、ため息を一つ。そして空に視線を移す。
「こんなニュースばっか。ほんと……生きるのが嫌になる世界だな」
誰にでもないが強いて言えば少年が自分自身になげかけた言葉かもしれない。
この世界に幻滅したようなセリフを吐き、そのまま真っ直ぐと住宅街を歩く。
少年の進行方向に位置する桜並木のある河川、桜川という名称なのだが
この町においてその川はある種の境のようになっている。
川の片側、東の方向にはデパートなどを中心とする多くの店が立ち並び、病院や市役所等の施設も整っている。
その反対側、西方は主に住宅やマンションの集まる住宅街となっており、さらに西に進めば田んぼの広がる田舎風景な土地となる。
少年が歩いているのはちょうどその住宅街、そしてもう桜並木のある川沿いの手前まで来ていた。
そこで少年は奇妙な音を耳にする。
なにかが固い場所に打ちつけられるような耳障りな音。
何かの生物が地面に叩きつけられるような鈍い音。
それに続き、液体や水気の多い物体が地面へ飛び散る生々しい音。
音のする方向は少年から見て右ななめ前あたり。数メートル前方のT字路を右に曲がったあたりだ。
少年は歩幅を小さくし音をたてないよう、恐る恐る曲がり角まで行く。
そして音のする右側を慎重にのぞきこむ。
まず赤色が目に入った。絵の具のような赤ではない。
闇を混ぜ込んだような汚らわしい赤。
その赤が道を蹂躙し占領するように一面に広がっていた。
そしてその赤の中に、形状の異なる大小様々な物体が転がっている。
少年は最初、この光景がなんなのか理解できず、興味の目で赤の中にある特に大きな物体を見る。
その中からは紫や赤黒い色をした“もの”が露出し、外へと飛び出している。
まさかと思い少年が凝視していると、物体の中、一つ白いものがある。
こちらを見つめる瞳、半分以上抉られた頭部にかろうじて繋がる眼球がある。
それを見、自分の予想を確信へと変えた少年は嫌悪の表情につつまれながらつぶやく。
「……人間だ」
そのあまりにも残酷で残虐的で生々しい光景に少年は思わず、壁に手をつき嘔吐する。やがて胃の中の物を全部だしてしまい、胃液ばかりが吐き出される。
やがて嗚咽は止まり、少年は体を震わせ口を拭う。
そして道に広がる地獄絵図へと視線を戻す。何かの気配を感じたのだ。
すると先ほどまでは気づかなかった男の姿が血の池のなかにある。
その男の着ている白ワイシャツは地面と同様、血の色が染み込んでおり赤色のワイシャツではないかと思うほどだ。
男は肉塊と化した死体の一つに手を置いている。
まるでその感触を確かめるかのように、指で肉塊の輪郭をなぞる。
そして”血色の白ワイシャツ”を着ている男は、肉塊に置いていた手を下げゆっくりと立ち上がる。
その身長は百八十前後あるが細身の体が、それほど大きくないように見せてしまっている。
どこかさびしげな雰囲気のある男だが、その目は己の本能に従い行動する、まるで肉食獣のように鋭くギラついていた。
先ほどまでは嫌なもの、見たくないものをニュースという自分から遠く離れた場所で起きたものとして見ていた少年。
だがその嫌悪している、見たくないものが自分のすぐそばで起きてしまっている。
少年は自分の目の前にある状況に、嫌悪感、驚き、そして恐怖を感じる、
がそれらは一つにまとまることなく困惑として表情に出てくる。
その場からすぐにでも逃げ出したいが、足が震えまったくいうことをきこうとしない。
足だけではない。体全体が逃げるという行動をしない、というよりできないでいる。
体からヒシヒシと伝わる恐怖が脳からの非難警告をかき消してしまっているのだ。
唯一、かろうじて動かせる口が奥歯を力なく噛み締めようとする。
目前に広がる残虐行為への嫌悪感、そして恐怖している自分へ喝を入れるためだ。
だがやはり恐怖心が邪魔をし、身体は動こうとしない。
そんな最悪の状況の中、追い打ちをかけるかのように血まみれの男がゆっくりと少年へと視線を向ける。そして見開かれたその獣の眼と――視線が合う。
その時、あまりの恐怖にかせがはずれたかのように少年の中で何かが変わる。
体から震え収まり、奥歯を噛み締めしめることで力が入るようになったことを確認する。
――眼前の恐怖を受け少年の本能が反応し、止まった身体を動かす。
役立たずの理性を押しのけ本能が少年を突き動かす。
そしてもう一度、歯を噛み締め、力まかせに地面をけりだす。向かうのは後方、つまりこの場から逃げる動きだ。
一秒でも早く、一センチでも遠くへ、この死の危険から離れたいという思いで。
獣の視線を背に受けつつ全速力で走り、走り、ただただ逃げる。