ギブ・アンド・テイク 11
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「どこから話そうかしら?……とりあえず基礎情報、この“世界”の基本情報について説明するわね」
リベカは先程まで穣の座っていたソファーに座り、穣は痛む体で床に正座し聞くために姿勢を正す。
彼女は一呼吸おき語り出す。
「昨日一昨日と穣くんが見た、あの魔法のような異能の力。
あれは“願いの力”(デザイア)というのよ。ちなみに“願いの力”(デザイア)を使う人のことも同じようにデザイアと呼ぶの、そこはややこしいから間違えないようにね。
彼らは世界中にざっと一万人くらいいて、五つの組織に分かれているわ。中でも大きい二つの組織のは“RDW”と“SA”。一昨日あなたを襲い、昨日一人で複数人相手にしていたのはRDWの同盟組織の連中ね。この辺は説明が面倒だからまた今度」
一度言葉を切り、ここまで大丈夫?とリベカ。少年は肯定の返事として頷きを見せる。そして彼女は語りを再開する。
「昨日あなたが助けた女の子。あれは五つある組織のうちの一つ、“O.T.O”と呼ばれる組織のトップの娘よ。
私、そのO.T.Oのほうにある交渉をしに行くの。それでその交渉を優位に進めるために手札を、交渉カードを増やしたかったの。だから穣くんにあの子を助けてもらったのよ」
「ちょっと待ってください、質問いいですか。
昨日のあの娘に死の危険があるっていうのはどうやって知ったんですか?」
「“ある筋”からの情報で一つの組織があの娘を狙っているという情報を得たの。それで未来を見通したら昨日のあの時刻に白い建物の立ち並ぶあの場所、あそこはO.T.Oの施設なのだけれどそこで危険が及ぶことがわかって、これは交渉に使えるんじゃないかしらって思ったのよ」
「……未来予知……んまあ今はいいや。なら、何も僕が助ける必要は無いんじゃないですか?リベカさんがわざわざ素人の僕にやらせる理由が全く見えてこないんですが」
「……実は私、追われている身なの。だからなるべく表には出たくないのよ」
「そうなんですか。だから仮面を……」
「いえ、これはただのファッションよ」
「え?なら取りましょうよ!トレードマークというか目印というかその仮面の所為で遠くからでもすぐ分かっちゃうんですよ!」
「いやよ、これ取ったらみんな驚愕しちゃうもの」
「? そんなにブサイクなんですか?」
刹那、部屋の中に風を裂く音が鳴る。そして少年の目の前、その顔面にリベカの拳が寸止めされていた。
あまりの速さに目を瞑ることすらできなかった少年。
「……あら、穣くん。そんなに死にたいのかしら?折角救われた命を粗末にしちゃいけないわよ?」
「…………ごめんなさい!ごめんなさい!何でもないです、出過ぎた事を言いました!」
一瞬、恐ろしい程の殺気を放ち、少年を本当に殺すのではないかと思うほどの右ストレートを繰り出したリベカ。だがすぐに普段通りに戻り言葉を続ける。
「話しがそれちゃったわね。それで私が交渉を優位に、強く言えばこちらの条件を飲まざるを得ないようにするために穣くんにもう一仕事してほしいのよ」
「ちょっとストップしてください!昨日の事はもう怒っては無いですけど、頼みを聞くとは一言も言ってないですよ!」
「私、追われる身だって言ったでしょ?だからどの組織にも所属してないの。つ・ま・り頼れるのは穣くんだけなぉ」
リベカのイメージとは違う甘えた声色で体を前へ、穣に近づけるように乗り出す。吐息の掛かりそうな程の距離まで接近する、が結局は相変わらずの仮面が少年の眼前にあり
……一瞬ドキドキしちゃったけど仮面の所為で全部どっかへ消えたな
そして寄って来たリベカに対し少年は、冗談はこれくらいにしてください、と呆れ気味に言う。彼女はつまらなさそうに元の位置へ戻り、一つ溜息。そして
「穣くん、私が最初あなたに交換条件を提示した時、なんて言ったか覚えてる?」
「昨日、聞いたあの録音されたやつですよね?確か……
『私はあなたを助ける、だから私の頼み事を聞いてほしい』っていう感じでしたっけ」
「惜しいわね、正確には『私はあなたを“助け続ける”』よ」
「それがどうかしたんですか?」
「ここでちょっと頭を使ってみて。私は助け“つ・づ・け・る”って言ったわ。この言いまわしだと、どんな風に感じるかしら?」
「それは……なんか助けなければいけない事がこれからもあるって言うような言い方ですよね」
「そう、そう言う事よ」
「?」
「私は未来予知ができるって言ったでしょ?未来のわかる私が穣くんに対して助け“続ける”って言ったのよ。つまり」
「これからも僕に命の危険があるって事ですか?」
「正解、ちゃんと分かってるじゃない」
「いや、でも異能の力とかはもう信じるというか実際目撃したんで存在は確信してますけど。未来予知とかって言うとまた、話は……」
「じゃあ昨日渡した紙は一体何なのかしら?」
「ん~、あれは……」
「まあ、いいわ。まだ時間があるもの。……今日はこれで失礼するわ」
そう言い立ち上がる仮面の彼女。少年は未来予知の件の事を考えているようで少し反応に遅れる。彼女はそのまま玄関へ、置かれたブーツを履き後ろを振り返る。
目線はリベカの方が高い。近くに並んで立つことが今まで無く、少年自身も気にしていなかったがリベカの方が身長は上だ。現在は玄関の小さな段差とブーツの高さにより正確な差ではないが。
彼女はそっとポケットに手を入れる。出てくるのはまた紙、だが今回は大きめだ。
少年は受け取ってすぐに広げて見る。サイズはB5、中にはメモ用紙と同じように予言が記されている。日にち、大まかな時刻、その事件事故の内容がびっしりと書かれている。
日にちは今日、三日からになっており、最後は二日後の五日だ。
「また二日後にお邪魔させてもらうわね。予定とか入ってないわよね?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「じゃあ、また。ゆっくり休んでね」
別れの挨拶を述べ、彼女は帰った。
一人玄関に立つ少年は頭を抱えつつ、老人のように小さい歩幅で身体を痛めないよう歩きながら、もう一度ベットへと向かった。
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四月五日。
リベカが来ると言った約束の日。
少年は一昨日からの二日間、ニュースを欠かさず見、リベカの予言と照らし合わせていた。
書かれていた内容は様々な事件事故、国内のものはもちろん国外のものまであった。ネットも使いながら確認していった。
そして部屋の中に招き入れたリベカへ
「……全部当たってました」
「これで信じてくれるかしら?」
「……はい。これが世界規模で行われたドッキリという可能性を除けば」
「まあ、ホントは全部ドッキリよ」
「マジですか!?」
「うそよ」
「……」
「ちょっと黙らないでよ、穣くん。せっかくボケに乗ってあげたのに」
「すみません、まさか乗ってくれるとは思わなかったんで」
一息。少し真剣な顔つきに変わり少年は言葉を続ける。
「……リベカさん、その頼み事詳しく聞かせてくれませんか?」
――――――――十五分後。
「っていう感じよ」
「…………」
「どうしたの?そんな苦そうな泣きそうな顔して」
「そんな危険なことしろって言われたら誰でも泣きそうな顔の一つや二つしますよ!
……でもやらないとリベカさん助けてくれないんですよね」
「なんかその言い方だと私が悪者みたいね。ギブ・アンド・テイク、御恩と奉公よ。受けたらその分を返さなきゃ。それともこの約束は無しにする?私が助け続けなければあなたは死ぬけど?」
「やりますよ、やりますけど……」
「なら、いいわ」
以前表情の晴れない少年を、彼女は仮面の下にてモノを見る目で眺めるのであった。