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WORLD END はすぐそこに  作者: 一一
ギブ・アンド・テイク
14/25

ギブ・アンド・テイク 9

◯ ◯ ◯


広場から放たれる閃光、鳴り響く轟音に少年の体が慣れてくる。

戦闘している彼らが一動作するたびに光が生じ、音が空気を伝い衝撃として腹に響く。

それを建物の陰から見つめる穣がいる。正確にはその視線は広場の端にいる少女に向けられている。

そして一瞬、戦場が静寂に包まれる。建物の砕ける音も、地面が抉れるにぶい音も、剣が交わる音もしない。それを見計らったように少年の後方にいるリベカが


「行って!!!」


後ろからの声に背を押され、少年は一気に飛び出す。

少年が駆ける間に広場の戦闘の音は再開している。

広場を囲うように建つ建物に沿って全力で走る。左側に見える建物らは視界の端へ飛んでいく。右からは突風や轟音を肌で感じる。


真っ直ぐに救うべき少女を一点に見つめ、走り走り走り抜ける。

少年の頭の中はほぼ真っ白だ。数少なく脳内に残る言葉は、走れ、前だけ見ろ、早くこの場から逃れるために、だ。


「ッ!!!」


不意に後方から、少年が一秒前までいたその場所が爆炎に飲み込まれる。爆砕音、そして背に熱を感じる少年。

後ろで爆発したのはいったい何なのだろうか。戦闘による流れ弾か、自分に向けられた攻撃なのか、少年には分からない。

だが今は走り続けることしか頭にない。少女を救いリベカとの約束を守ること、そして少年が自分自身の命を長らえさせるために。


彼女が穣の存在に気づき、顔をこちらへ向ける。驚きと疑問の混じったその表情は、なぜ一般人がこんなところにいるのだろう?と言わんばかりだ。

そして少年と彼女の距離が残り数メートルとなった時、少女の真上を一筋の光が通る。

鼓膜を破ろうかという破砕音がし、少女の後ろに建っていたビルが爆発する。三階部分、そして二階の片側が盛大に抉られ、小規模な爆風。それからビルの破片が雨のように降り注ぐ。

しかし、それだけではない。

ビルを形作っていた壁等も崩れ、ただのコンクリートの塊となり落下する。

少年、そして少女が巨大な影に覆われる。落下する塊の中でも特に大きなものが二人を飲み込もうとしているのだ。

彼女は恐怖の表情をする暇さえなく、驚きの顔で上方を見たまま固まってしまっている。

だが少年は頭上から降るガレキを気にも止めない。前方のみに意識を集中させる。そして動けなくなっている彼女の手を握りしめ、そのまま力まかせに引く。


たちまち彼女が立っていた場所にガレキが落下、にぶい音が辺りに鳴る。コンマ数秒の僅かな差でなんとか少女を救い出す。

そのまま少年は走りの速度を落とすことなく、彼女の手を引く。彼女もなんとかついて来る。

そしてリベカが指定した建物の陰に飛び込む。そこは路地になっており奥の方へ道が続いている。ある程度まで奥へ進み、止まる。

少年は壁に背をあずけ力なく座り込む。大きく肩を上下させながら荒く呼吸する。ざっと三百メートルはあっただろう、その距離をかなりの緊張感と共に全力で走ったのだ。

救い出した少女は穣の隣、奥側に立っている。彼女も息を切らしているが少年ほどではない。壁に寄りかかり息を整えている。


気づけば広場の音が止んでいる。二人がこの路地へ逃げ込んだあたりからだろうか。先程あったような一瞬ではなく、今も継続して音がない。

時々、建物のガレキが一つ、二つ崩れ落ちる音がする程度だ。

恐らく戦闘が終わったのだ。しかし少年はその事に気づく余裕もない。以前として肩を上下させ、息を落ち着かせている。

それに対し、となりの彼女はもう息は上がっていない。

そして大きく一息。深呼吸した後、右下で座り込み辛そうにしている“命の恩人”へ


「あ、ありがとう」


震える声。少年はその左上からの言葉に右腕だけ軽く上げ反応を示す。

声を出すのも辛いという感じだ。

すると彼女がゆっくりと歩き少年の右にしゃがみ、右腕を手に取る。

少年は手を腕を持たれている事に気づき、視線を地面から右腕の方へ移す。彼女と目が合う。


「……ケ、ケガしてる、ちょっと待って」


彼女の言葉によって右腕を見れば、乾きかけの血が付いており、鮮血も少しずつだが流れている。

目の前の彼女は取り出したハンカチで、少年の出血箇所を巻こうとする。だがなかなか上手くいかない。彼女の手が震えており上手く結べないのだ。

平静を装っているようだが震える手、潤んだ瞳からして精神的なショックが見て取れる。昨日の少年と同じだ。


ハンカチを結ぼうと頑張る彼女。何かをして気を落ち着かせようという様子だ。少年はその光景を、ついで彼女の顔を眺める。初めてしっかりと見るが


……キレイな顔だなぁ。なに人だろ?


思わず見惚れてしまう。

なんとかハンカチを結ぶことができ、硬い表情ながら安堵を見せる彼女。まだ震えの止まらないその手を一瞥し、少年は


「ありがと」


礼を述べ、そして言葉を続けようとするがしなかった。

声を発するよりも先に穣の視界の端、この路地の奥の曲がり角で手招きする人影が見えたのだ。

その影は仮面を着けており、すぐさまリベカだと判断する。その手の動きから、早く、という意思が伝わってくる。少年は横目てリベカを見ながら軽く頷きゆっくり立ち上がりる。

しゃがんだままの少女へ、じゃあ、と一言。

ハンカチの巻かれた右の手を上げ、そして小走りでこの場から去る。


◯ ◯ ◯


奥の曲がり角まで行くとリベカがさらに奥で待っていた。

そして入り組んだ道を歩くこと数分、ようやく始めに見たコンクリートの壁とそこをこじ開けて作られた入り口へたどり着く。

蹴り壊された壁、続いて蹴り破られたフェンスを通り抜けようやく表に戻って来る。


「死ぬかと思いましたよ!」


「? でも、大したケガはしてないみたいだけど?」


「……大きなケガはしてないですけど、一歩間違ったら死ぬところでしたよ!」


「なら、いいじゃない。生きて戻って来れたんだから」


強めの口調で言った穣に対し、リベカはさほど心配をしていないような軽い返答をする。

少年がその態度に苛立ちを覚える中、追いうちを掛けるように


「ところでもう一つ頼みたいことがあるのだけれど?」


命を危険に晒して頼み事をしてくれた少年の身を案じないばかりか、また頼みたいことがあると言い始める仮面の彼女。


「は?」


「だから、また頼みたいことがあるの。数日後なのだけれど、この場所で……」


「リベカさんに救われた分の恩は返しましたから!もう頼みは聞きません。これで失礼します!」


少年の苛立ちは限界点に到達しており、リベカの話を遮り怒りを露わにする。

そして町の方向、自宅へ帰ろうとするが


「待って」


リベカの声に止められ、横目で後ろを見る。しかし続く彼女の言葉は謝罪ではなかった。


「これを渡しておくわ」


二つ折にされた一枚のメモ用紙を差し出すリベカ。少年は受け取りはするが中を見る事なく、荒い手つきでズボンのポケットへ突っ込む。そして挨拶することなく、歩き出す。


憤りながら帰った行く少年の後姿をじっと見つめるリベカ。


「さすがにここまですると怒っちゃうようね……まあ、いいんだけれど」


独り呟く彼女。そしておもむろに顔を覆う仮面へ手を伸ばす。顎の部分を掴み、上へ引き剥がすように勢いよく取る。それに伴い長く艶のある黒髪が波打ち、陽の光を美しく反射させる。

その時、不意に着信音が鳴る。彼女は胸ポケットにあるスマートフォンを取り出し、通話にする。すると男の声がスピーカーから聞こえる。


「作戦終了しました」


「了解。特に問題はなかったか?」


男に答えるリベカ。だがその声は穣と会話をしている時とは全く違う。低く抑えられた声だ。


「特には。ただ殺っちゃいけないってのがめんどくさかったな」


「ここで死者が出ると警戒が強くなりあとあと、面倒なことになるからな。今回はこちらの存在を示すだけ十分だ」


「そんなもんかね。あ、一つ質問が」


「なんだ?」


「なんか戦ってる時、一人女がいたんですけどもしかしてターゲットっすか?」


「女?どんな格好だった?」


「んあっと、長い茶髪でまだ子どもぽかったけど」


「……恐らくそれが作戦のターゲットだ」


「あれがO.T.Oのトップの娘か。それなら作戦前倒しで捕まえちまった方が楽じゃなかったっすか?」


「確かにそういう方法も出来なくもなかったが。問題点が多い」


「問題点?」


「一つはあの場にターゲットが来るということが分かっていなかったことだ。作戦もろくに立てず行動すれば失敗する。

二つ目にお前一人で敵を相手にした後、ターゲットを連れて来るというのはかなり骨の折れる作業だ。どこかにミスが起きかねない」


「ん、でも二つ目の理由ならエサウを呼べば解決するんじゃあ」


「……そういえば伝えていなかったな。

エサウは最初の作戦が行われた昨日、顎の骨と肋骨数本を折る怪我を負わされた。数日で完治するが今日はまだ安静にしていなければならない状態だ」


「はあ?O.T.Oの奴らにやられたのか!?あいつ!」


「いや、それは無い。もしそうだとすれば今行った作戦の時点で何かしらの行動がO.T.O側からあるはすだ、こちらの存在を見越しての何かが。だが特に問題は無かったのだろう?」


「そうですよ。っていうかO.T.Oの連中じゃないなら誰なんすか?」


「元々、お前たちのみで実行される作戦だからお前たち二人の情報が全てなんだが。エサウが言うには、仮面をつけた奴にやられた、と」


「ふーん、仮面をつけた奴かァ。エサウがショボいだけかもしれねぇが、O.T.Oの雑魚傭兵たちと比べれば骨がありそうだな」


「勝手な行動はするな。この作戦はRDWから任された重要な任務だと言うことを忘れるなよ」


「はいはい、分かってますよ。じゃあ次の作戦までまた待機してます」


通話が終了する。

スマートフォンをポケットへ戻し、大きく溜息。視線の先には遠くで粒のように小さく見える少年の姿。


「“舞台”が整いつつあるわね。穣くんは“WORLD END”の舞台に立つことが出来るかしら?」


左手に持つ仮面を挨拶代りで振り


「また、明日会いましょ」


微笑を浮かべ、聞かれることのない別れの挨拶を述べた。


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